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八重桜 (やえざくら)

  神は『ヤホ』 (未確定シリーズ)

現在、

「やお」と発音される言葉には、「神の名」が秘められている。

古語では『ヤホ』という韻になるが、

これは、

『ヤハウェ』(YHWH)という学術的な名に一致している。


日本神道に伝わる祝詞(のりと)の多くに、

『ヤホ』の韻が含まれるのは、偶然ではない。



【八百】や‐お(ヤホ)
はっぴゃく。また、数のきわめて多いこと。



【八百会】やお‐あい(ヤホアヒ)
多くのものが集まり出会うこと。また、その所。
特に八重の潮路の集まりあう所。

祝詞、大祓詞:「八塩道(ヤシオジ)の塩の『ヤホアヒ』に座(マ)す」



【八百重】やお‐え(ヤホヘ)
幾重にも重なり合っていること。また、非常に隔たっていること。

神代紀上:「滄海原(アオウナハラ)の潮の『ヤホヘ』」



【八百日】やお‐か(ヤホカ)
きわめて多くの日数。
万葉集4:「『ヤホカ』ゆく浜の沙(マナゴ)も」



【八百穎】やお‐かい(ヤホカヒ)
きわめて多くの稲の穂。
祝詞、祈年祭:「初穂をば千穎(チカイ)『ヤホカヒ』に奉り置きて」



【矢送り】や‐おくり
戦場で、敵から射て来た矢を敵方に射かえすこと。矢のとどいたことを敵方に返答するものだという。(甲陽軍鑑7)



【八百路】やお‐じ(ヤホヂ)
きわめて多くの道。また、遠い道。
祝詞、大祓詞:「荒塩の塩の『ヤホヂ』の」



【八百稲】やお‐しね(ヤホシネ)
きわめて多くの稲。
祝詞、竜田風神祭:「『ヤホシネ』千稲(チシネ)に引き居(スゑ)置きて」



・・・


神の名前は、民謡からの復元で『ヤエ』とも発せられる。

『ヤエ桜』の『ヤエ』は、「神の名である」とされている。

ところがここで、疑問が湧いてくる。


「神の名を、桜に付すのは『失礼』ではないのか?」



【八重桜】やえ‐ざくら(ヤヘザクラ)
 重弁の花の咲く、サトザクラの品種群。他の桜におくれて開花。
花色は淡紅・紅・淡黄色などを呈し、濃艶。ボタンザクラ。
金葉和歌集春:「九重に久しくにほへ『ヤヘザクラ』のどけき春のかぜと知らずや」

 五衣(イツツギヌ)に用いる桜色。
栄華物語若水:「御装束は『ヤヘザクラ』をえもいはず匂はせ給へり」



しかし、

その疑問に答えを出す英語がある。



【サクラメント】sac・ra・ment
1   キリスト教 サクラメント
神の恩寵(オンチヨウ)の印として神聖と考えられる宗教的儀式

○ カトリックでは「秘跡」といい、洗礼 (baptism)・堅信 (confirmation)・聖体(theEucharist)・告解 (penance)・終油 (extreme unction)・叙階 (holy orders)・婚姻(matrimony)の七つをさす;

○ プロテスタントでは「聖礼典」、聖公会では「聖奠(セイテン)」といい、洗礼と聖餐だけをさす

2 [通例 the 〜,the S ]
a 聖餐(式)、聖晩餐(式)
b 聖体: (特に)聖餐用パン カトリックでは the Blessed [Holy] Sacrament という

◎ ラテン語「神聖な誓い」の意;   sacramental



【サクレッド カウ】sacred cow
1 (インドの)聖牛 インドでは牛は神聖な動物とされて大事に扱われる
2 口語 神聖にして犯すべからざる人[もの] 批判・攻撃のできない人・思想・制度など



・・・
つまり、

「サクラー」とは、

『神聖』(・・・な存在、儀式)

という意味を持っているようだ。


日本ヘブライ語においては、


『ヤエ・サクラー』


という言葉に、


『神聖なるヤーエ』


という意味が込められている。


よって、

伊達や酔狂で、桜ごときに神の名を付したものではないようである。

では次に、もう一つの『桜』を考えよう。




  桜?

「あれ?あの人だかりは?」

  「ああ、あの店は、いつも『桜』を使ってるんだ」

「さくら?」



【桜】さくら

1. バラ科サクラ属の落葉高木または低木の一部の総称。同属でもウメ・モモ・アンズなどを除く。中国大陸・ヒマラヤにも数種あるが、日本に最も種類が多い。園芸品種が非常に多く、春、白色・淡紅色から濃紅色の花を開く。八重咲きの品種もある。

古来、花王と称せられ、日本の国花とし、古くは「花」といえば桜を指した。

材は均質で器具材・造船材などとし、また、古来、版木に最適とされる。樹皮は咳止薬(桜皮仁)に用いるほか曲物マゲモノなどに作り、花の塩漬は桜湯、葉の塩漬は桜餅に使
用。また桜桃(オウトウ)の果実は食用にする。ヤマザクラ・ソメイヨシノ・サトザクラ・ヒガンザクラなどが普通。

2. 桜色の略。

3. 桜襲(サクラガサネ)の略。「雁衣抄」によれば、表は白、裏は花色のかさねをいう。

4. 紋所の名。単弁の桜花を正面から見た形を描いたもの。桜紋。

5. (色が桜色なのでいう) 馬肉の異称。桜肉。

6.  ただで見る意。芝居で、役者に声を掛けるよう頼まれた無料の見物人。
 転じて露店商などで、業者と通謀し、客のふりをして他の客の購買心をそそる者。また、まわし者の意。

7. 市街の繁華な所。(隠語)



・・・

「6」の意味で使われる『さくら』という言葉も、

先ほどの『サクラー』の類語であるらしい。

下記「3b」に注意。


【セイクリィド】sa・cred  (more 〜; most 〜)
1
a (神にささげられたの意で)神聖な
b 動物など 神の使いの、神聖視された

2 宗教(的儀式)に関する、宗教的な、宗教上の

3 +to+(代)名
a 神・人の霊などに 献じられて、 …を 祭って
b ある人・目的などに 専用で

4 約束・義務など (神聖で)破れない、尊重すべき
 the Sacred Heart (of Jesus)
〜・ly
〜・ness



【サクリファイシァル】sac・ri・fi・cial

1 いけにえの
2 犠牲的な、献身的な
〜・ly  
SACRIFIC(E)+ IAL

sa・cral
   聖式の[による]



・・・
つまり、

「宗教行事を囲む、神聖な人々」・・・

というのが原意である。


それを、面白おかしくチャカして表現し、

「彼らは『サクレー』なり」

などと使い始めたのだろう。




・・・
(『さくら』の意味がわかってうれしいな)

  (もうバイトで、『さくら』するなよ)

(失礼な!)

  (あっ!間違いか、ごめん!)

(今はやめてるで)

  (やっぱり、しとったんか!!)




※変なバイトは、やめようね。

(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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付録: 聖なる名前


『谷保』(やほ)

これは、そのまま「神の名」を頂いた人名だろう。


次の地名は、「神聖な行事」が行われた所なのかもしれない。(サクラー)



【佐倉】さくら

千葉県北部の市。成田街道に沿い、もと堀田氏11万石の城下町。酪農・養豚・養鶏が盛んであったが、現在は住宅・工場が進出。国立歴史民俗博物館がある。人口16万8千。


次の人名は、神聖な行事に携わった人なのか?


【佐久良】さくら
姓氏の一。



以下の地名も、「神聖」という意味を含むはずだ。



【桜井】さくらゐ
 奈良県の市。奈良盆地の南東隅。伊勢・伊賀・大阪を結ぶ交通の要地で、製材業が盛ん。人口6万3千。
 大阪府の北東部、三島郡島本町の地名。西国街道に沿って駅址がある。楠正成・正行父子訣別の史跡。



人名では、『彼は神聖』という意味が汲み取れる。



【桜井】さくらゐ
姓氏の一。






(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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八重は神の新しい名前 (やえはかみのあたらしいなまえ)
  神の名前は変化した

聖書での神の名前は、一度変化している。
その変化は、モーセの時代に起こった。

モーセの前に現れた神は、こう言った。


出エジプト記 3:15
 神はさらにモーセに仰せられた。「イスラエル人に言え。
あなたがたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、ヤーエーが、私をあなたがたのところに遣わされた、と言え。
これが永遠にわたしの名、これが代々にわたってわたしの呼び名である。


・・・
これ以降、古い神の名前は変更された。
新しい名前の

「ヤーエー」

は、日本で
樹木の名前「八重桜」
人の名前「八重」
などに、含まれているのだろうか?

しかし、日本のヘブライ文化は、古い方の名前
である「ヤーウ」(短縮形はヤー)を使っているようだ。
では、神の古い名前について考えてみよう。


  ヨセフの名前の意味

聖書に出てくるイスラエル人の元祖イスラエル
(ヤコブ)には12人の子供がいたが、
年老いてからの子供であるヨセフを特に愛した。
そのため、他の兄達からヨセフは憎まれた。
その後ヨセフは、兄達から罠にはめられ
売り飛ばされてしまう。
しかし、彼によって、家族は逆に救われる。
(創世記37章)

*余談:白人社会では、ほとんどの名前が聖書から
取られており、「ヨセフ」は「ジョーゼフ」として
定着しているはずだ。略して「ジョー」である。

この「ヨセフ」は最初「ヤーウセフ」(IWHSF)だった。
その意味は、

「ヤーウ加えたまえり」

である。
この名前には、神の古い方の名前
「ヤーウ」が含まれる。

しかし、後の時代の写字生が、その古名
である「ヤーウ」を取り去った。
結果、ヨセフは聖書中では
「イウセフ」(IWSF)
と、呼ばれるようになった。

その意味は、

「彼、加えたまわん、またも男の子を」

だと説明されている。しかし、
この綴りである「IW]は、
やはり神の古名であるので、

深く解釈すれば、「彼」ではなく
「ヤー添えたまえり」
となるのだ。


  八百万の神とは?

神の名前は、日本では

「八百万(やおよろず)の神」だ。

もちろん、当て字を排除すれば、

「ヤオヨロズ」

となる。
この名前は、

「ヤオ・ヨロズ」

と分解できる。(ヤー・オ・ヨロズという分解も可能)

「ヨロズ」はすぐに思い付く。

「万(よろず)相談」

の「よろず」に違いない。
では、

「ヤオ」

とは何だろう?

これは、神の名前だと考えてみる。
つまり、「ヤーウ」という神の古名だ。

「ヤーウ・ヨロズ」

これを聖書風に訳すと、

「万軍のヤーウ」

である。

何と、聖書の神の通称そのものだ。



(資料A:p158)

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八百万の神とは?
やお談義 (やおだんぎ)
  「やお」とは?

「やお」を研究してみた。


  町の名前としての「やお」

八尾: やを

八尾市は、大阪市南東部に隣接する。
「東本願寺別院」の寺内町として発展した都市。

大阪市の衛星都市で、人口26万9千。(該当時)
常光寺(八尾地蔵)・大信寺(八尾御坊)などがある。

しかし、なぜか「ヤオ」という地名自体は「神ヤーエ」の古名に一致している。
おそらく、寺が存在する前から、その名前があったのだろう。




  ヤオ(yao)族

中国にも「やお」が存在する。

中国南部から、東南アジア北部の山地には、「ヤオ族」と呼ばれる民族がいる。

林業、狩猟、採集、焼畑耕作によって暮らしており、特に陸稲(おかぼ)やトウモロコシ、イモ類の栽培などを行う。

言語はシナ・チベット語族のミャオ・ヤオ語派に属する。

「ヤオ族」とは、中国側が呼ぶ名である。彼らは、「瑶族」(ヨウ族)と呼ばれることもあるようだ。
『ヨウ』といえば、あの「ボー人伝説」研究における、中国の民謡を思い出す。

「ボー」とするな!2

「ヨウ」の一家は「リー族」

と、唄われている。

「ヨウ」という苗字を名乗る彼らは「リー族」出身者だろうか?
また、

「ファン」の一家は「ミャオ族」

とあるので、
シナ・チベット語族の「ミャオ・ヤオ語派」だ。

つまり、「ヨウ」という名前と、「ファン」という名前の一族は、近い親戚ということだろうか?


整理してみよう。


1. ヨウ氏は、「リー族」(漢字では「瑶族」、中国人は「ヤオ族」と呼ぶ)

2. ファン氏は、「ミャオ族」

3. フワ氏は、「ボー族」


ベトナムには、

「ホーチミン」(ボー族?)

「ファン・ゴク・タオ」(「ファン」・・・ミャオ族?)

などの名前があり、その他の地域にも

「リー」姓などが多く見うけられる。


日本にも、同じ名前のまま来ている人はいるようだ。

多分、

「要・楊・洋・庸・耀」、

「宮尾・真央」、

「不破・付和」 (訛った場合「宇和」)

などの「氏」を名乗っているかもしれない。



彼らが「同じ民謡」の中で唄われているのは、多分こういうことだろう。

「一括りにできる関係にある」

・・・
どんな関係なのだろうか?

「やお」という名前を持つ「ヨウ氏」は、おそらくイスラエルの民である。

「ヤオ」・「ヨー」などの名前は、

イスラエルの神「ヤーエ」の古名であるからだ。

彼らはおそらく、「十部族」の末裔だ。
となると、他の両者も同じ立場のはずである。




  ヤオヨロズは重厚長大

「やお」(八百)という言葉は、古来「ヤホ」という発音だったようだ。

(数の「きわめて多い」ことを意味する。)


※「『ヤオ』は神の名前である」・・・
と考えながら進めてみよう。


1.  やおあい:(八百会)(古語ではヤホアヒ)

多くのものが集まる、出会う。その場所。

祝詞、大祓詞に含まれる言葉

「八塩道(ヤシオジ)の塩の『ヤホアヒ』に座ます・・・」


2. 「やおえ←ヤホヘ」(八百重)

幾重にも重なり合っている。
非常に隔たっているという意味がある。

八重の潮路の集まりあう所。

「神代紀上」には、「滄海原(あおうなはら)の潮のヤホヘ」と出てくる。


3. 「やおか←ヤホカ」(八百日)

きわめて多くの日数。

万葉集4「『ヤホカ』ゆく浜の沙(まなご)も・・・」


4. やおじ←ヤホヂ(八百路)

きわめて多くの道。遠い道。

祝詞:大祓詞「荒塩の塩の『ヤホヂ』の」



これらの説明から、現代人の頭に浮かんでくる「ヤオ(ヤホ)」へのイメージは、こうだろう。


○ 数え切れないほどの配下(み使い)を引き連れた神の姿

○ 創造された「宇宙の星」の存在

○ 宇宙の果てよりも遠い、神との距離



  「八百屋」解明

学者の中にも、

「『八百屋』という言葉は『神の名前』か?」

と、やじる人がいるようだ。

しかし八百屋の「ヤオ」は、単に「数が多い」という意味に過ぎない。

昔の店舗は、「何でも屋」という取り揃えは少なく、

米なら米、

芋なら芋、

青菜なら青菜、

という単品商売だった。
自分の畑で採れた作物だから、複数であってもせいぜい数種類だ。


そこで顧客は、種類を揃えるためには、多くの店を廻る必要があった。

このように、「スーパーマーケットの概念」など無かった時代に

「野菜なら、何でもある」

という画期的な店が出現した。
それが、『八百屋』である。


だからこれは、「『何でもある』という称号」の店であり、「青物」におけるスーパーの役割を果たしていたのだろう。

現代人は、

「なんだ、野菜しか置いてない」

・・・と、不足を言うだろう。

しかし、野菜だけであっても、当時としては「画期的な店」だったはずである。

品揃えが非常に多いから、胸を張って

「八百屋」

という称号を掲げるに至ったと思われる。


「やおや←ヤホや」(八百屋)

野菜類を売る商家。
また、その人。青物屋。

学問・技芸・趣味など雑駁(ざつぱく)なこと。
どんなことにも多少の趣味をもって手を出すこと。
そのような人。


・・・
それで、店舗としての「八百屋」の場合は、「神の名前」を付けているのではなく、「非常に多く」という意味を持つ語「ヤオ」が使いたかったのだ。



※神の名(通称)は、


1. 「ヤー・オ・ヨロズ」(ヤー・オ・ヨラド)

2. 「ヤオ・ヨロズ」(ヤオ・ヨラド)


という二つの説がある。


辞書で引けば、

「やおよろず←ヤホヨロヅ」(八百万)

数がきわめて多いこと。
ちよろず。

「古事記・上」で、「ヤホヨロヅの神・・・」と出てくる。

完全解明は、まだ先だろう。
しかし、『ヤオヨロズ』崇拝が、その名前とは逆に、
「一神教」であることははっきりしている。




  馬舎(うまやど)の御子

聖徳太子も、この名前を持っていたそうだが、ヤーエの御子であるイエスが、どうして厩(うまや)で産まれたかを考えよう。


古い言葉で、「厩(馬屋)」のことを

「やか」(駅家)

と呼ぶ。

(うまや=駅)〈字類抄〉


従って、

メシアであるイエスは、言葉遊びの上でも

「ヤーの家(か)で産まれた」ということだ。

漢字を作ったのが大陸に住むイスラエル人であるなら、彼らは言葉の中にまで「信仰」を埋め込むのを忘れなかったようである。




(資料 CD広辞苑第5版)

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八尾は神の土地? (やおはかみのとち)
  大阪の地名・・・謎

「八百」(やお)

というのは、神の名前そのものとされている。

漢字は後から当てているのだろうから、

「やお」

は、「八百」でも、

「八尾」

でもいいはずだ。
(矢尾もある)

このうち、「八尾」という町が、大阪にある。
大阪平野の東の端に近い。

ここは、神聖で、かしこまった町かというと
そうでもない。
河内の人情があふれる庶民の町だ。

しかし、正しく生きていないと
罰が当たるような気がする町なのだ。

「八尾」という漢字にだまされて、昔は

「八本の尾を持つ狐でもいたのだろうか?」

と、考えていたのだが、ヘブライ語の知識で
探れば、もっとすごい何かが判明しただろう。

ここは、特別な秘密が眠っている町のように
感じてならない。

今はもう行くことがないので、
調査できないのが残念だ。

(謎のまま)



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八百万の神とは? (やおよろずのかみとは?)

  日本の神の名前

誰でも知っているだろう。

日本の神は、

「八百万の神」(やおよろずのかみ)

である。


では、なぜそういうのだろうか?

文字から理解しようとして、

「神様が、八百万人いるんだよ」

などと、子供に教えていないだろうか?

完全に間違いではないが、ちょっと誤解がある。
神は一人だけなのだ。

これは、ヘブライ語から理解するとこのようになる。


神の名前は、

「ヤー・オ・ヨロズ」

と、分解され

「ヤー」

が、神の名前。

「オ・ヨロズ」

は、

「万の軍勢を伴った」

という意味だ。 (これは、最新の理解)


つまり神は、大勢の配下を引き連れた神であり、
一人だけで奮闘する神ではない。

神は、その配下を使って数々の業をこなしている。

「ヨロズ」

という語を辞書で引けば、
ちゃんと、

「万」

と出てくる。

その意味が、日本語の中に、古来から定着しているからだ。


では、問題の

「オ」

は、何かというと、

「彼」

という意味を持っている。

しかしこれは、英語の「of」のように、後に来る語を受けているので

「オ・ヨロズ」

は、

「万を伴う」

という風に訳せるのだ。



それで、日本の神の名前は、

「万の軍勢を伴った神」・・・

つまり、

「万軍のヤー」 (Yaha of yorad)

ということになる。

それは、聖書の中の、神の名前そのものだ。

(資料A:p41)



以下参考聖句

:神の名前(通称)

ゼカリヤ書 8:6
 万軍のヤーはこう仰せられる。「もし、これが、その日、この民の残りの者の目に不思議に見えても、わたしの目に、これが不思議に見えるだろうか。――万軍のヤーの御告げ。――」
ゼカリヤ書 8:7
 万軍のヤーはこう仰せられる。「見よ。わたしは、わたしの民を日の出る地と日の入る地から救い、
ゼカリヤ書 8:8
 彼らを連れ帰り、エルサレムの中に住ませる。このとき、彼らはわたしの民となり、わたしは真実と正義をもって彼らの神となる。」
ゼカリヤ書 8:9
 万軍のヤーはこう仰せられる。「勇気を出せ。あなたがたは、万軍のヤーの家である神殿を建てるための礎が据えられた日以来、預言者たちの口から、これらのことばを日ごろ聞いているではないか。


ゼカリヤ書8:13
 ユダの家よ。イスラエルの家よ。あなたがたは諸国の民の間でのろいとなったが、そのように、わたしはあなたがたを救って、祝福とならせる。恐れるな。勇気を出せ。」
ゼカリヤ書 8:14
 万軍のヤーはこう仰せられる。「あなたがたの先祖がわたしを怒らせたとき、わたしはあなたがたにわざわいを下そうと考えた。――万軍のヤーは仰せられる。――そしてわたしは思い直さなかった。
ゼカリヤ書 8:15
 しかし、このごろ、わたしはエルサレムとユダの家とに幸いを下そうと考えている。恐れるな。
ゼカリヤ書 8:16
 これがあなたがたのしなければならないことだ。互いに真実を語り、あなたがたの町囲みのうちで、真実と平和のさばきを行なえ。
ゼカリヤ書 8:17
 互いに心の中で悪を計るな。偽りの誓いを愛するな。これらはみな、わたしが憎むからだ。――ヤーの御告げ。――」


マラキ書 4:1
 見よ。その日が来る。
かまどのように燃えながら。
その日、すべて高ぶる者、
すべて悪を行なう者は、わらとなる。
来ようとしているその日は、彼らを焼き尽くし、
根も枝も残さない。
――万軍のヤーは仰せられる。――
マラキ書 4:2
 しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、
義の太陽が上り、
その翼には、癒しがある。
あなたがたは外に出て、
牛舎の子牛のようにはね回る。



:以下は、神の配下の数を教えている聖句。


黙示録 5:11
 また私は見た。私は、御座と生き物と長老たちとの回りに、多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の幾万倍、千の幾千倍であった。



・・・
これは驚くべき発見となり、世界に流布する日が来るだろう。

その日、

日本文化には、世界中から注目が集まる。

日本人はもっと真剣に、この事実を噛みしめよう。



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ヤハウェ東漸史(1) エロヒーム編八重は神の新しい名前
八百万の神とは?(補足) (やおよろずのかみとはほそく)
  正確に言うと・・・

「ヤオヨロズ」という解析(発音)で満足していたが、
その後の考察で、さらに補足すべき点があった。

ここはやはり、東北の誰かに登場して
もらわないといけない。

「ヨロズ」を

掛け値無しの東北弁で発音してもらうと、
きっとこうなる。

「ヨラズー」
(発音表記が難しい)

「ズ」は、「ド」と「ズ」の中間くらい。

ヘブライ語では、

「ヨラド」

が、あって
意味は、

「子孫を産む」

だけれども、わずかではない。

空の星のように、
海の砂粒のように・・・
という意味を含んでいるらしい。
つまり

「非常に多く」

である。

これでやっと、

「万」

に到達できた。
(いや、真剣ですよ)

それで、「東北フィルター」を通して、

「ヤー・オ・ヨロズ」を

発音してもらえば、正解だ。
それは多分、

「ヤー・オ・ヨラド」

と、聞こえるはずなのだ。 (古代の発音に、より近付いた)



(資料A:p249)

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「やかましい!」 (やかましい)
  やかましいおしゃべり (未確定シリーズ)

「ねえ、自民党の新人かっこいいよ」

  「ホントにね、『あの人』でしょ」

    「・・・」

「私の好みなのよ」

  「それで、バラエティに熱心なのか」

    「・・・」

「出演してる番組は、みんな見てる」

  「だけどあの『髪型』がどうかと思うよ」

「そうかな、あれでいいと思うけど」

    「やっかましー!!」

「えっ?」

  「何で怒るの?」

    「うちの会社、『倒産』したんだ」




・・・
不幸な人の前で、「自民党」の話はしないほうがいいかも。



さて、

「やかましい」

という言葉を調べてみた。


これはどうやら、三つの言葉が合わさったもののようだ。



【ヤック】yuck
  [嫌悪・拒絶などを表わして]
オエッ!、ゲーッ!、 ウヘーッ!

  yuck・y (俗)
  すごくまずい; 不快な



【ギャブ】gab (口語)
  おしゃべり、むだ口
 the gift of (the) gab
    (gabbed; gab・bing) おしゃべりをする、むだ口をきく about,on .



【マス】mass
1   (一定の形のない)大きなかたまり; 密集、集団、集まり
2 (口語) 多数、多量



・・・

それで、


「ヤック・ギャブ・マス」

と使うと、

「『不快』な『無駄口』が『多量』だ」

という意味になる。



当初は、

「『ヤック・ギャブ』・ましい」

と、考えていたのだが不自然だった。

そこで、『マス』を加えて整えた。


他の説が出るまで、これで行こうと考えている。




・・・
(それで、『短縮形』は『やかまし』なんか?)

  (そう、『濁り』を入れて正解)

(昔の発音は『ヤギャマス』?)

  (そんな感じ)

(ヤック・ギャブ・マス・・・)

(やっ・ぎゃ・ます)

(やっ・が・ます)

(や・が・ます)

  (やっかましー!!)

(あれ?なんで怒るの?)

  (耳のそばで言うから!)





(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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付録:関係資料



【ギャビー】gab・by
   (gab・bi・er; gab・bi・est) 口語
おしゃべりな



【ギャブフェスト】gab・fest
  米口語
1 おしゃべりの会、放談会
2 長会話



【マス】mass

1   (一定の形のない)大きなかたまり; 密集、集団、集まり of .

2 [a 〜; 口語 〜es] 多数、多量 of .

3 [the 〜] 大部分,大半 of .

4 [the 〜es] (エリートに対して)大衆、庶民、労働者階級

5
a   大きさ、量、かさ
b   (理) 質量

6   (美) マ(ッ)ス 作品中で相当量を占める,一つのまとまりと感じられる色や光のまとまり . be a mass of…
 in the mass


1 大衆の[による]、大衆向けの
2 大量の、大規模な; 集団の


1 …を ひとかたまり[一団]にする
2 軍隊などを 集結させる、集める


1 ひとかたまりになる
2 集合する

※ ギリシャ語「大麦をこねて作ったケーキ」→「かたまり」の意;   massive



【増し】まし
 増すこと。ふえること。また、割増しをすること。
浄、博多小女郎波枕:「急ぎの者ぢや『まし』遣らう」。
「一割『まし』」

 どちらかといえばまさっていること。
「これでもないより『まし』だ」

※「ますます」は当然、「mass・mass」



【ヤッキー】  yuck・y (俗)
  すごくまずい; 不快な



・・・
『ヤッキー』に『不快な』という意味があるので、

「焼きいれる」という言葉にも

それが「重ねて」使われているのかもしれない。



(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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「ヤキ入れる」とは? (やきいれるとは)
  怖い人

「やきいれたろか!」

関西の怖い人は、こんなことを言う。

しかし本人も、その意味はわからないようだ。

多分、「焼く」というのだから、

「熱い思いをさせる」という意味だろう・・・

などと考えているかもしれない。


しかし・・・



  「ヤキ」は「ヤ・キム」らしい

「キム」(QIM)

というヘブライ語は、

「強化する」、「確定する」

という意味がある。

それで、

「ヤキム」

というのは、

「ヤーの気合いを入れる」

と翻訳できる。


つまり、

神である「ヤー」に

「強化してもらう」

というのである。


それが、

「ヤキ」

と、縮んだと理解している。

「ヤキン」の「ン」は

消える韻だからだ。



  名前の意味

聖書に出てくる

「エホヤキム」

という名前の意味は、

「ヤー樹立し給えり」

であり、

キム=樹立

となっている。


そして「キム」は、

「君が代」の

「君」という言葉の元になった。

それは、

「ヤーの樹立した者」

・・・つまり

「指名された者」

を意味する。

「決め事」の、「決め」(kime)も同根だ。

こちらは、そのままである。


昔は、

「褒める」(ほめる)

を、

「褒む」(ほむ)

と言っていたし、

「慰める」(なぐさめる)

は、

「慰む」(なぐさむ)

だった。

だから、

「決める」(きめる)

が、

「決む」(きむ)

であっても不思議ではない。


そうなると、

「決む」=キム(確定する)

という日本語は、「そのままヘブライ語」なのだ。



・・・この考察、なかなか

「決まってるね!」

そう思わない?

『天狗』には『ヤキ』いれるぞぉ!

(使い方ちょっと違うかな?)



(資料A:p197)

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厄とヤー (やくとやー)
  厄介

「ちょっと、ちょっと」

  「何かな?」

「厄介な事になってね」



・・・
この『厄介』が英語にもある。



【ヤッキー】yuck・y
  (俗) すごくまずい: 不快な


【ヤック】yuck
   [嫌悪・拒絶などを表わして] オエッ!, ゲーッ!, ウヘーッ!



日本では、「神に関係した用語」だが、

英語では、「単なる嫌悪」であり、言葉に厚みが無い。



・・・
日本語の

「厄介物」(やっかいもの)

とか

「役立たず」(やくたたず)

という言葉にも、

「ヤク」という語が含まれている。


しかし

日本古来の文化には、どうして

「神が『厄』をもたらす」

という概念があるのだろうか?

(『疫病神』とは何だろう?)


別の考察と重複するが、もう少し掘り下げよう。




  疫病(やくびょう)神

西洋では、

「神と敵対する『悪魔』が害をもたらす」

と理解されている。(または「魔神」の行いなど)


しかし、日本固有の文化では、

もう少し「区切り」が曖昧なようだ。


「益(えき)の神」は「疫(えき)の神」でもあり、

言葉の点でも似通っている。



【疫病の神】えやみ‐の‐かみ
病気をはやらせる神。疫神。
今昔物語集20:「『えやみのかみ』を賂(マイナイ)てこれを饗す」


【疫病神】やくびょう‐がみ(ヤクビヤウ)
 疫病を流行させるという神。えやみのかみ。瘟鬼(オンキ)。
おらが春:「『ヤクビャウがみ』蚤も負せて流しけり」

 転じて、人々に忌み嫌われる人のたとえ。
「『やくびょうがみ』のお出ましだ」



・・・
「魔神と神とが、はっきり区別されない理由があった。

それを考えよう。




  『厄』は『ヤー』から来た?

聖書の神の名前は

『ヤーエ』

となるが、

『ヤー』という短縮形も使われる。



古代ヘブライ語の

「ヤク」=「日本語での『厄』」

は、元々

「ヤー・クーム」

と分解され、

「(我らの神)『ヤー』が敵対した」

という意味を持つ。



キリスト以前の聖書には、

ヘブライ人にとっての神が、「幸運も災厄ももたらす」という考えがあった。(ヨブ記参照)

(『厄神』と『福の神』を同一視する傾向)


日本古来の文化が、この精神と一致しているのはどうしてだろうか?

それは、大和民族に「ヘブライ文化」が染み込んでいるからだ。




  追い立てる神

神『ヤー』は「追い立てる神」でもある。


「ヤー」というヘブライ語は

「追いやる」(追い立てる)という意味がある。


つまり、神の名前(ヤー)は掛詞が可能で、

これが聖書の中でも使われている。




創世記 3:23
 そこで神であるヤーは、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。



出エジプト記 11:1
 ヤーはモーセに仰せられた。「わたしはパロとエジプトの上になお一つのわざわいを下す。そのあとで彼は、あなたがたをここから行かせる。彼があなたがたを行かせるときは、ほんとうにひとり残らずあなたがたをここから追い出してしまおう。



出エジプト記 34:24
 わたしがあなたの前から、異邦の民を追い出し、あなたの国境を広げるので、あなたが年に三度、あなたの神、ヤーの前に出るために上る間にあなたの地を欲しがる者はだれもいないであろう。



申命記 9:4 あなたの神、ヤーが、あなたの前から彼らを追い出されたとき、あなたは心の中で、「私が正しいから、ヤーが私にこの地を得させてくださったのだ。」と言ってはならない。これらの国々が悪いために、ヤーはあなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。



イザヤ書 27:7
 ヤーは、イスラエルを打った者を打つように、イスラエルを打たれただろうか。あるいは、イスラエルを殺した者を殺すように、イスラエルを殺されただろうか。
イザヤ書 27:8
 あなたは彼らを追い立て、追い出し、彼らと争い、東風の日、激しい風で彼らを追放された。




・・・
神『ヤー』(万軍のヤー)は、追い立てる神であった。

※『万軍のヤー』は、日本ヘブライ語で『ヤオヨロズ』(ヤー・オ・ヨラド)


神ヤーが敵を追い立てると、イスラエルを煩わせる諸国民はいなくなる。

これを知る価値は、石油よりも貴重であり、

力は、原水爆よりも強力だ。


※中東イスラエルに、もしこの神が付いていたら、彼らの周辺に敵はいなくなるはずだ。「そうならない」のはなぜだろうか?




・・・
(『役立たず』は、複雑な重ね言葉やな)

  (どんな?)

(『厄・絶たず』と『役・立たず』や)

  (「神」と、「人」の双方に掛けてあるわけか)

(そうそう)

  (掘れば、まだあるやろ?)

(眠いから、また今度)

  (役立たず!!)




※やっぱり、そう落とすか

(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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八咫の鏡はユダの鏡? (やだのかがみはゆだのかがみ)
  二つの意味

八咫(やだ)の鏡の「やだ」という語は、ヘブライ語の「ヤダー」であるに違いなく、それには二つの意味がある。一つは、

「ヤダー」=「知れ」、「偲べ」、「親しめ」の意味を含む語であり、鏡に込められている意味は、「この鏡を見る事、われを見るごとくにせよ」というものだ。

もう一つは、

「ヤダー」=「感謝・感恩」、「頌栄賛美(しょうえいさんび)」という意味を持つ語句である。こちらの語句は、ユダヤ国名の「ヤウーダ」の語源で、日本全国の地名や神社名に残る「八幡」(ヤワダ)となっている。


八咫の鏡の正体は、丸い金の筒に納められた長方形の金属らしい。それは、天孫族がユダヤ地方から持ってきたものに違いない。(資料A:p161)



  八咫の鏡は二つある?

日本神話によれば、八咫の鏡は「天照大神が天の岩戸に隠れた時に作られた」・・・とされている。

この時神々が相談して、岩戸の前で祭りを行い、鏡作部(かがみつくりべ)の祖先、天糖戸(あまのあらと)という者に鏡を作らせた。

別の日本神話では、天糖戸は「天抜土」(あまのぬかど)となっており、鏡を作ったのはその児の石凝戸辺(いしごりとべ)だ。(それ以外にもあるが省略)

三種の神器は様々な形で神話に出てくるが、特に八咫の鏡が重んじられる。

天照大神がその嫡子「天忍穂耳尊」(あめのおしほみみのみこと)に宝鏡(八咫の鏡)を授けた。

この時こう述べている。

「我が児(こ)、この宝鏡を見るときには、まさに吾をみるがごとくすべし、宝鏡と共に床を同じくして殿(おおとの)をひとつにして、それを斎(いわいの)鏡とすべし」


それで、天皇家において八咫の鏡は身を守るための呪物として尊重された。

『古語拾遺』(こごしゅうい)によれば、天皇は八咫の鏡を宮殿の中に祀っていたが、崇神天皇が鏡を笠縫邑(かさぬいむら)に移して、そこで天照大神を祀るために新たに鏡を作らせたという。

すると、天照大神の祭祀は笠縫邑から移転しながら伊勢に落ち着いたため、八咫の鏡が伊勢神宮の御神体とされるようになったと受け取れる。

しかし、崇神天皇(4世紀前半)の存在は疑う人もいるため、「崇神天皇発注説」を信じるのは難しい。

結論としては、元々宮中と伊勢の鏡とは別物であり、コピー説は後の時代に加えられたと考えられるのだ。

(資料 天皇家歴史大事典 新人物往来社:p182〜3)



  御神体としての鏡

このようなわけで、日本の神社に数多い「御神体の鏡」には「八咫の鏡」という元祖があった。また、その鏡には深い意味があった。鏡についてまとめてみよう。


1. 「八咫」(やだ)という名前そのものが、ユダヤ国名の「ヤウーダ」を意味する。
   (つまり、「ユダヤ人」は元々「ヤウーダ人」である)

2. 鏡に込められている意味は、「天照大神の写し」である。
   (「われを見るごとくにせよ」・・・とある)

3. ヘブライ語で「ヤダー」は「知れ」、「偲べ」、「親しめ」の意味がある。

4. 「感謝・感恩」、「頌栄賛美」(しょうえいさんび)という意味もある。

5. 「ヤウーダ」は、日本全国の地名や神社名に残る「八幡」(ヤワダ)となった。

6. 「天照大神」は、「イエス」だと推測できるので、シンボルは「太陽」である。

7. すると「鏡」は『太陽』・・・つまり、『光の源』を象徴している。

8. そのイエスは、「魔物(悪魔)は光を嫌って光に来ない」と述べている。

9. それで、鏡は「魔除け」となるのだ。(古代日本人は、それを理解していた)

10. 古代の出土品である「鋳造された鏡」は、「魔除け」の意味を持つはずだ。

11. 容易に割れてしまう「ガラスの鏡」は「魔除け」にならない。


日本の神社の御神体が「鏡」であるというのは、確かに道理にかなっている。そしてそれは、「太陽からの光」を受けて輝くため、聖書のキリスト・イエスの「写しとしての象徴」となっているはずだ。

「天照大神」が「イエス」であるなら、彼は王権を備えた「ユダ族の獅子」である。故に、その子孫としての天皇に「ユダヤ王朝」(ヤウーダ)の爵位(しゃくい)が備わっていることは疑えない。

しかし、「鏡」だけでは「世界」を納得させられない。

ユダヤ王朝を受け継ぐ「絶対的権威」は、あの「失われたアーク」つまり、神からモーセが受け取った「石盤」を収めた契約の箱・・・「ヤーエの御輿」が出現したその時に与えられる。

(その中には、十戒を刻んだ石盤、芽を吹いたアロンの杖、マナを入れた壺が入っている)

ヤオヨロズは間違いなく、それを保管しているはずだ。そしてその出現は近い。

それはいったい、いつだろうか?



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やったらアカン! (やったらあかん)
  悪事を諫める

関西では、悪いことをすればこう言われる。

「そんなこと、やったらアカンよ!」


では、この言葉『アカン』の語源は何だろうか?

辞書で正式に掲載されているのは、


:「遺憾」(いかん) =心残りなこと

:「いかん」 =不可能の意味、だめなこと


・・・となっている。

関西での「あかん」は辞書にも載せられていない。

しかしそれが、「いかん」と同義であることは間違いない。


すると、

「いかん」→「あかん」

「あかん」→「いかん」

・・・という、どちらかの流れが正しいのだろう。

さて、どちらだろうか?



  方言の方に歴史がある

さて、我々大和民族の場合、言葉については一つの鉄則がある。

それは、「方言こそルーツ」・・・というものだ。

標準語が定められる以前に、大和言葉は

「奈良弁」

「京都弁」

などの「関西弁」であり、

さらに古い時代には、

「東北弁」

が一世風靡していた時代があったはずなのである。

それで、言葉調査の軸足は、『方言』に置かなければならない。


結局、「『いかん』の語源は、むしろ『あかん』の方にあった」・・・とする方が正しいだろうと思う。

そう考え始めると、たちまち謎が解け始める。



  アカンの物語

もし「イスラエル民族」が目の前にいて、彼らに「アカン」という言葉を聞かせるとどう思うだろうか?

「そんなこと、やったらアカンよ」

すると、彼らはたちまちその行動を停止する。

なぜなら、聖書にはこのような記述があるからだ。



ヨシュア記 6:27
 ヤーエがヨシュアとともにおられたので、そのうわさは地にあまねく広まった。
ヨシュア記 7:1
 しかしイスラエルの子らは、聖絶のもののことで罪を犯し、ユダ部族のゼラフの子ザブディの子であるカルミの子アカンが、聖絶のもののいくらかを取った。そこで、主の怒りはイスラエル人に向かって燃え上がった。



・・・
「聖絶のもの」とは、神の命じた「破棄処分」を意味する。

現代ならさしずめ、

「放射能汚染」とか

「炭素菌汚染」など、

触れるだけで汚れる・・・というものについて指定される。

神の命ずる「聖絶」は、「霊的な汚れ」が中心だったが、

それは人の目に、「宝物」である場合もあった。


それで、中にはそれを「もったいない」と考えて懐に入れる輩も存在したのだ。

「アカン」はそれをやってしまった。

その結果は、「仲間への迷惑」だった。



ヨシュア記 7:2
 ヨシュアはエリコから人々をベテルの東、ベテ・アベンの近くにあるアイに遣わすとき、その人々に次のように言った。「上って行って、あの地を偵察して来なさい。」そこで、人々は上って行って、アイを偵察した。
ヨシュア記 7:3
 彼らはヨシュアのもとに帰って来て言った。「民を全部行かせないでください。二、三千人ぐらいを上らせて、アイを打たせるといいでしょう。彼らはわずかなのですから、民を全部やって、骨折らせるようなことはしないでください。」



・・・
偵察隊は、弱そうな敵を見て、攻略の予定人数を告げた。

それは、百戦錬磨の目で推し量ったものだから「適切」なはずだった。

ところが・・・



ヨシュア記 7:4
 そこで、民のうち、およそ三千人がそこに上ったが、彼らはアイの人々の前から逃げた。
ヨシュア記 7:5
 アイの人々は、彼らの中の約三十六人を打ち殺し、彼らを門の前からシェバリムまで追って、下り坂で彼らを打ったので、民の心がしなえ、水のようになった。
ヨシュア記 7:6
 ヨシュアは着物を裂き、イスラエルの長老たちといっしょに、ヤーエの箱の前で、夕方まで地にひれ伏し、自分たちの頭にちりをかぶった。
ヨシュア記 7:7
 ヨシュアは言った。「ああ、神、ヤーエよ。あなたはどうしてこの民にヨルダン川をあくまでも渡らせて、私たちをエモリ人の手に渡して、滅ぼそうとされるのですか。私たちは心を決めてヨルダン川の向こう側に居残ればよかったのです。
ヨシュア記 7:8
 ああ、ヤーエよ。イスラエルが敵の前に背を見せた今となっては、何を申し上げることができましょう。
ヨシュア記 7:9
 カナン人や、この地の住民がみな、これを聞いて、私たちを攻め囲み、私たちの名を地から断ってしまうでしょう。あなたは、あなたの大いなる御名のために何をなさろうとするのですか。」



・・・
楽勝のはずが、36人もの戦死者を出し、さらに敗退してしまう。

このショックは大きく、司令官だったヨシュアは「惨敗の苦痛」を神に投げかけた。

そこで、神は「その原因」となっていた事柄を告げる。



ヨシュア記 7:10
 主はヨシュアに仰せられた。
「立て。あなたはどうしてそのようにひれ伏しているのか。
ヨシュア記 7:11
 イスラエルは罪を犯した。現に、彼らは、わたしが彼らに命じたわたしの契約を破り、聖絶のものの中から取り、盗み、偽って、それを自分たちのものの中に入れさえした。
ヨシュア記 7:12
 だから、イスラエル人は敵の前に立つことができず、敵に背を見せたのだ。彼らが聖絶のものとなったからである。あなたがたのうちから、その聖絶のものを一掃してしまわないなら、わたしはもはやあなたがたとともにはいない。
ヨシュア記 7:13
 立て。民をきよめよ。そして言え。
あなたがたは、あすのために身をきよめなさい。イスラエルの神、ヤーエがこう仰せられるからだ。『イスラエルよ。あなたのうちに、聖絶のものがある。あなたがたがその聖絶のものを、あなたがたのうちから除き去るまで、敵の前に立つことはできない。



・・・
汚れたものに触れることは、神の保護を去らせるため、これほどの難儀をもたらす。

しかもそれは、たった一人の違反者のためである。

民への教訓が必用だった。

神ヤーエは、民に「神聖さ」を理解させるため「神の業」を見せた。



ヨシュア記 7:14
 あしたの朝、あなたがたは部族ごとに進み出なければならない。ヤーエがくじで取り分ける部族は、氏族ごとに進みいで、ヤーエが取り分ける氏族は、家族ごとに進みいで、ヤーエが取り分ける家族は、男ひとりひとり進み出なければならない。
ヨシュア記 7:15
 その聖絶のものを持っている者が取り分けられたなら、その者は、所有物全部といっしょに、火で焼かれなければならない。彼がヤーエの契約を破り、イスラエルの中で恥辱になることをしたからである。』」
ヨシュア記 7:16
 そこで、ヨシュアは翌朝早く、イスラエルを部族ごとに進み出させた。するとユダの部族がくじで取り分けられた。
ヨシュア記 7:17
 ユダの氏族を進み出させると、ゼラフ人の氏族が取られた。ゼラフ人の氏族を男ひとりひとり進み出させると、ザブディが取られた。
ヨシュア記 7:18
 ザブディの家族を男ひとりひとり進み出させると、ユダの部族のゼラフの子ザブディの子カルミの子のアカンが取られた。
ヨシュア記 7:19
 そこで、ヨシュアはアカンに言った。「わが子よ。イスラエルの神、ヤーエに栄光を帰し、ヤーエに告白しなさい。あなたが何をしたのか私に告げなさい。私に隠してはいけない。」



・・・
アカンは悪辣な人間ではなかったのだろうが、無知な人のように神聖な神からの命令に違反してしまった。(魔が差したのか?)

従って、ヨシュアが彼に対する態度は、反逆者に対するものではない。

しかし、アカンの行為は「36人・・・またそれ以上の死?」に関係しているのだ。

アカンはそれを認め、このように告白した。



ヨシュア記 7:20
 アカンはヨシュアに答えて言った。「ほんとうに、私はイスラエルの神、ヤーエに対して罪を犯しました。私は次のようなことをいたしました。
ヨシュア記 7:21
 私は、分捕り物の中に、シヌアルの美しい外套一枚と、銀二百シェケルと、目方五十シェケルの金の延べ棒一本があるのを見て、欲しくなり、それらを取りました。それらは今、私の天幕の中の地に隠してあり、銀はその下にあります。」
ヨシュア記 7:22
 そこで、ヨシュアが使いたちを遣わした。彼らは天幕に走って行った。そして、見よ、それらが彼の天幕に隠してあって、銀はその下にあった。
ヨシュア記 7:23
 彼らは、それらを天幕の中から取り出して、ヨシュアと全イスラエル人のところに持って来た。彼らは、それらをヤーエの前に置いた。



・・・
その後の処刑は、残酷に感じるかもしれない。

しかし、

彼の行為によって夫や息子を失った家族にすれば、許しはあり得ないだろう。



ヨシュア記 7:24
 ヨシュアは全イスラエルとともに、ゼラフの子アカンと、銀や、外套、金の延べ棒、および彼の息子、娘、牛、ろば、羊、天幕、それに、彼の所有物全部を取って、アコルの谷へ連れて行った。
ヨシュア記 7:25
 そこでヨシュアは言った。「なぜあなたは私たちにわざわいをもたらしたのか。ヤーエは、きょう、あなたにわざわいをもたらされる。」全イスラエルは彼を石で打ち殺し、彼らのものを火で焼き、それらに石を投げつけた。
ヨシュア記 7:26
 こうして彼らは、アカンの上に、大きな、石くれの山を積み上げた。今日もそのままである。そこで、ヤーエは燃える怒りをやめられた。そういうわけで、その所の名は、アコルの谷と呼ばれた。今日もそうである。



・・・
こうして、イスラエルの民の心に、

「アカンの罪」はしっかりと刻まれた。

そして彼らは、子々孫々にこう告げるようになった。

「そんなことをしたら『アカン』よ」


この言葉には、

「それは、『アカンの罪』と同じだよ」

という意味が含まれている。




(自信ありげに書いてるけど、これホント?)

  (嘘ついたら『アカン』から、保証しないー)




聖書:リツパは立派

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「やっとー」 (やっとー)
  鍛錬「やっとー」

「君の体、たくましいね」

  「鍛錬やっとーから」

「えっ?剣道?」

  「いや、『ボディビル』」



神戸に行くと、おかしな会話に出会う。


『やっとー』

というのは、剣道の掛け声にも聞こえるが・・・

これは、

「やってる」

という神戸弁だ。



古代ヘブライ語の

「ヤットー(IYT`)」

とは、

「彼、装わせ給えり」

という意味なので、

「あんなことやっとー」

と言えば、

「あんなことを装っている」

という訳になる。


しかも選民にとっての『彼』は、神である「ヤーエ」を意味するので、

「やっと」は、

『ヤーエのお陰』

という意味がある。(民謡:足利小唄

(しかし、背教者にとっての『彼』は、『偽の神』を意味するのである。)





  「『やっと』終わった」

「仕事、はかどってる?」

  「やっと終わったよ」


この会話も

同じヘブライ語らしい。


「ヤット・終わった」とは、

「装わせていただいて+終わった」

という丁寧言葉になる。




古代には、どう使われていただろうか?


「出陣の準備はどうか?」

  「やっと終わりました」


この場合は、

「(ヤーエのお陰で)装いが終了しました」

になる。


しかし、

  「やっとー」

と答えた場合は、

「(今)装っております」

となるのだろう。


違うヘブライ語が、重なっているかもしれないが、
今のところは判明していない。



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(やっと、『神戸の謎』が解けたなあ)

  (ちょっと、大げさやないの?)

(我田引水じゃあ)

  (すきににやっとれ!)



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付録:「やっと」

古代ヘブライ語は、影が薄くなってしまった。それは、現代語辞書からは見出す事ができない。



【やっ・と】 副

○ 実現や成立がむずかしい物事が、どうにかこうにか成り立つさま。
かろうじて。ようやく。

「『やっと』の思いで」「『やっと』できあがった」「終電に『やっと』間に合った」

○ (上方語) たくさん。多く。
東海道中膝栗毛8:「あないなえい男は『やっと』はござりませんはいな」

○ (上方語) ずっと。はるかに。
浮世風呂2:「横にねて転コケる方が『やっと』速いぢや」

  感 
 掛け声。
 応答の声。

狂、仏師:「は、ここな仏師との『やっと』」

 『やっと』な
 『やっと』まかせ
 『やっと』の事で



【やっとう】

(剣道の掛け声によっていう) 剣の道のこと。



(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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『屋』とは? (やとは)
  「ぼうず」を冷やかす (未確定シリーズ)


「おや?『釣り』の帰り?」

  「うん」

「どこで?」

  「魚梨川」

「ふーん、どれどれ?」

  「あっ!勝手に開けるな!」

「おや?…最近は、川で『サンマ』が釣れるんか」

  「い、いや…これは」




・・・
「皮肉屋」のお陰で、

『顔』までひき釣ってもた・・・



さて、

日本語には、『屋』という語尾がある。

こりゃ、何だろう?



【屋・家】や (接尾)

1. その職業の家、またはその人を表す語。
「花『や』」「八百『や』」

2. 家号や雅号、書斎に用いる語。
「鈴『や』(スズノヤ)」「播磨『や』」

3. あなどりやからかいの気持をこめて人を呼ぶ語。
   性向を表す語に添え、そのような傾向の人である意を表す。
「わからず『や』」「やかまし『や』」「がんばり『や』」

4. 仕事・分野を表す語に添え、そればかりを専門としている人の意を表す。
「政治『や』」「技術『や』」



時には、皮肉をこめて使うこともある。(3)

ところが、・・・

英語にも、まったく同じものがあるのだ。

いあ、

少し訛っているけど・・・



【イァ】・・・eer

1 「…関係者」「…取扱者」の意の名詞語尾
★しばしば軽蔑的な意味をもつ
auctioneer; profiteer. 

2 「…に従事する」の意の動詞語尾
electioneer.




○「魚『屋』」の意味は、

→ 「魚『取り扱い者』」(魚・eer)



○「飯『屋』」は、

→ 「飯『提供に従事する者』」(飯・eer)



○「くすり『屋』」は、

→ 「くすり『取り扱い者』」(くすり・eer)



○「新聞『屋』」は、

→ 「新聞『関係者』」(新聞・eer)




「軽蔑の意味」も、このように・・・



○「お天気『屋』」

→ 「お天気『みたいに変る者』」(お天気・eer)



○「皮肉『屋』」

→ 「皮肉『を常とする者』」(皮肉・eer)



・・・
これが、「いつ」流れ込んだかはよく判らない。




・・・
(ほな、「エンジニア」は、「エンジン『屋』」か?)

  (らしいぞ)


【エンジニア】
an engineer.


(「魚屋」は、『サカヌ・イーア』やな?)

  (そう、八百屋は『ヤウ・イーア』)

(「豆腐屋」は、『トロフ・イーア』)

  (めちゃ、かっこええ!!)

(『ダフ屋』は、『ダフ・イーア』)

  (変なん入れるな!!)







(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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「宿」と「ヤード」 (やどとやーど)
  『宿』は簡素? (未確定シリーズ)


「今日のお宿は、どこじゃいな?」


昔の旅人は、こう言いながら旅をした。

電話一本で、確実に予約できる現代とは、事情がまるで違っていたのだ。


しかも、

「どうしても見つからない」

・・・となれば、

『馬小屋』や『軒下』でさえ貴重な「宿」となった。


・・・
「やど」とはもちろん、古代ヘブライ語だが、


「やど」→「ヤド・オ」=「彼の場所」

・・・という意味である。


「彼の場所」が、

『立派な宿舎』などを意味していなかった事が解かる。


これを、英語と照合してみよう。



【ヤード】yard(1)
1
a (家・建物に隣接した、通例囲まれた)庭、囲い地
★ 類語
 yard は通例舗装された囲い地や学校などの中庭: 米 では芝生などを植えた前庭 (front yard) や裏庭 (backyard) もさす:
 garden は花や野菜の植えてある庭
b (鶏・家畜などを入れる)囲い

2   [しばしば複合語をなして] …製造場、仕事場、(れんが・材木・車などの)置き場

3   鉄道 駅構内、操車場

4 [the Y ] 英 = Scotland Yard.

◎ 古期英語「囲まれた土地」の意



・・・
この『ヤド』は、あまり居心地がよくなさそうだ。


しかし、古代イスラエルは、常に「臨戦体制」にあったから宿営も簡素で、

「ヤド」は本当に『囲っただけの場所』であった可能性は高い。


この言葉がそのまま流れていって、

「yard」になったとさ。



・・・
(ホンマかい!!)

  (やー、どーかいな?)



※ 何んかいね、その難解な洒落!

(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)



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付録:宿り


「宿」に「り」が付属した

『宿り』という表現がある。


これを、英語流に表記してみよう。(造語)

「yard(ヤド)」 + 「ly(リィ)」 = 「yard・ly」 (ヤドリ)


造語なので英語の説明はないが、日本ヘブライ語においてはこんな意味を持つ。



【宿り】やどり(名)スル

(1)旅先で泊まること。また、その所。「湖岸に『やどり』する」
(2)住むこと。また、その所。
「秋田刈る仮廬(カリホ)の『やどり』にほふまで:万葉{2100}」
(3)とどまる所。「花ちらす風の『やどり』はたれかしる:古今{春下}」
(4)星の、天体にしめる座。「星の『やどり』」



それはつまり、

「『囲われた場所』を利用する」

(または、その中に定着した状態)

と解釈できるだろう。



但し、

『yard・ly』は、

今のところ一説に過ぎない。




(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)



ヤハウェ東漸史(1) エロヒーム編 (やはうぇとうぜんし1)
  はるかな旅

今から2800年以上の昔、西の国イスラエルから東へ旅立った集団があった。預言者イザヤに編成され組織された、「ダビデ王統継続」をもくろむ国粋の志士達である。

彼らは野を越え山を越えて東へ進軍し、途中で出会った土着の民との様々な駆け引きや交渉や戦いに明け暮れながら大陸を横断した。

東の端の海を越える頃には数々の文化を吸収し、お国訛りも薄れ掛けていた。しかし、彼らを守る神についての政(まつりごと)だけは行い続けていた。

遂に海を渡る時が来た。その向こうに横たわる国は小さな土地ではあったが、水に恵まれた緑豊かな楽園であった。自分達を包み込むその安全な器にたどり着いた彼らは、土着の民を平定し腰を落ち着けた。


  言語体系からの分析

日本の古代史は謎に包まれている。上記の文章は、その謎を解く基礎となる一つの仮定である。古事記や日本書紀も、はるかな古代についての記述はベールの向こうを見るように霞んでいる。しかし、大和言葉の注意深い分析によって、日本の過去の歴史のあらましが組み立てられ解明されつつある。


  仮定を組み上げる

物事には基礎となる仮定が肝心だ。中でも、

「大和民族は古代ヘブライの流れである」

という仮定が、日本民族のルーツの謎解きには一番適しているように見える。これからその理由を考慮してみよう。まず、大和民族が古代ヘブライの流れであるとしても、「流れてきた時期」を特定しなければならない。それを解く鍵が「ヘクサテウク」(またはヘクサチューク)である。

  四つの原典

旧約聖書の最初の六巻をヘキサテウク(六経)という。聖書学者は、それを構成する原典を次の四つに分類する。

J (ヤハウェ原典)
これは紀元前850年までに、南朝ユダヤで編集された。

E (エロヒーム原典)
紀元前750年までに、北朝イスラエルで編集された。

D (申命記原典)
(学者により、これからHである神聖原典を分ける場合もある。)
紀元前650年までに、南朝ユダヤで編集された。

P (祭司原典)
紀元前450年頃、バビロン捕囚から帰還し、ユダヤにて書かれた。


上記の四原典は、それぞれ文体も違っているし、記述に使われる語句も異なっている。ちょうど日本の現代文に対する古語の文献のようなものだ。現在伝わる旧約聖書にしても、最初からあの形にまとまっていたのではない。古語を現代仮名遣いに直してまとめるようにして、歴代の編さん者たちの手で、少しずつ合体して行った。


J+E 「ヤハウェ原典」+「エロヒーム原典」
紀元前700年までに、ユダヤにて合体・・・JEとなる。

JE+D 上記に「申命記原典」(D)が加わる
紀元前550年、バビロンにて合体・・・JEDとなる。

JED+P 帰還後(BC450)ユダヤで祭司原典が書かれ、加えられる。
紀元前400年、ユダヤにて合体・・・JEDPとなる。

最後の「JEDP」については、紀元前400年頃の仮名遣いや文体に変化している事になる。それはその当時の言葉の文化を反映しているはずだ。しかし同時に翻訳編さん前の書物(古い仮名遣い文書)も古文書として残されてきたため、次のような分析が可能となった。


  物差しとしての古文書

親になる古い民族(この場合イスラエル地域の古代ヘブライ民族)から、各時代において分離し、独自の地域で発展したいくつかの民族の流れがあったとする。彼らは、分離した頃の文化や言葉の体系を、ずっと引きずって行くはずだ(親民族との交遊から絶たれる場合)。

彼らが、自分達の歴史を残す意図が薄かった場合、はっきりした年代表を持たない「謎の民族」となっている。

しかし、親になった民族は、「各時代の語彙や文化の背景」を残す「古文書」を保存しており、古文書毎に年代もはっきりしている。

すると、そこから分かれていった謎の民族の言語体系を、親民族の古文書と照らし合わせれば彼らの「分岐年代」が判るという仕組みである。

幸い、親となった民族の持つ「言葉の物差し」(年代がはっきりしている各時代の古文書)がしっかりと体系化されていたので、これが可能となったのだ。ここでの「親民族」は、イスラエル地域のヘブライ人であり、「謎の分岐民族」は大和民族である。

では、大和民族の言語文化を比較検討する上で、「キー」となった語句は何だろうか?それは「神の名前」である。


  「エロヒーム」を知らない民

これらJ,E,D,P原典の中では、神の名前の使われ方が違っている。それを手がかりにして、ターゲットの年代特定ができるのだ。とは言っても、際立った違いを持っているのは、「J原典」だけである。それ以後は「E原典」の影響が入り込んでいる。つまり「ヤハウェ原典」に「エロヒーム原典」が加えられた時点(紀元前700年頃)には、南朝ユダヤ地方にも「エロヒーム」という語彙が入ったと考えなければならない。

「J原典」に神の呼び名「エロヒーム」という語句が全く使われていないということは、その書物が編集された当時の南朝ユダ王国には、そうした語彙が無かったというわけだ。西暦前850年頃の状況である。

一方、北朝イスラエルで育まれた「E原典」には、「エロヒーム」(神々)という神の呼び名が多数出現する。そしてそれ以後の合体操作で語彙は混ざり合い、南朝ユダ文化にも、その影響が紛れ込んで行く。

「エロヒーム」という語句に関連して、日本側の言語文化を調べれば何かが判りそうだ。日本はどうなっているだろうか?

ところが、日本側の古文書には正確さが欠けている。忠実に古代の言語体系を記した、「たたき台」が残されていないのだ。現代人が古代の人々の言語文化を調べる場合、それを正確に再現できる辞書のような古文書が欲しいのだが、日本にはそれが無い。

古事記や日本書紀にしても、漢字文化や大陸文化の影響を受けており、古代の純粋な言語体系がつかめない。しかし、一つだけ日本文化の中に手がかりとなる伝統芸能があった。「日本民謡」である。その中には、当時使われていた神の名前が古い形で残されていたのだ。


  「エロヒーム」は無かった

日本民謡の中に出現する神の名前を調べると、四通りに使い分けられている。しかしその中に「エロヒーム」(神々)という用語は皆無である。
(厳密に言えば単数形のエロハーというのがあるが例外)

従って、日本民謡は「エロヒーム」という名前に影響を受けていないのだ。

これは大変な発見だ。その事実は、日本民謡の形成された年代を特定してくれる。それは少なくとも、「エロヒーム原典」以前、また意外の文化圏において形成された詩歌である。

紀元前700年には、エロヒーム原典がヤハウェ原典に合体しているので、エロヒームという語彙が文化に融合される。逆にそれ以前のユダ王国文化には、「エロヒーム」という神の呼び名は知られていなかった。(または使う習慣が無かった)つまり神を「エロヒーム」と呼ばない詩歌が形成されたとすれば、・・・紀元前700年より前の南朝ユダ王国しかないという事になる。

このような詩歌を民謡として抱く民族は、「J原典(ヤハウェ原典)の民」という事になる。紀元前850年の文化を伝えているのだ。神の名前から手繰れば、日本はまさに世界最古の記憶を留めたヘブライ文化圏なのである。


  十部族説は遠のく

以下の理由で、日本に定着した支配者が「失われた北朝十部族」であったという説は霞(かす)んでしまう。

北朝イスラエルに文化拠点を持った民族であれば、神の名前を「エロヒーム」(神々)と置き換える風習が必ず入り込んでいるはずである。大和民族にはそれが無いのだ。従って、民謡を根拠にしているとはいえ、かなりの確率で大和民族は、北朝イスラエル出身の十部族候補から外れてしまうのである。彼らとは接触の無い時代(及び地域)の人々であったとしか結論できない。

彼らははるかな遠い時代に、南朝ユダヤを出た後、もう二度と故郷と接触を持たなかった背景を持った民族だろう。なぜなら故郷の南朝ユダ王国でさえ、後の時代には神を「エロヒーム」と呼ぶようになったからである。

南朝ユダ族がバビロン流刑にされた時期は紀元前586年頃であり、「脱出組」はそれより138年も昔(紀元前712年)に預言者イザヤ一行と共に、日本に東漸している可能性が高い。

なお、JEDPが合体した写本を基礎とする現代の旧約聖書には、「エロヒーム」という神の呼び名が多用されているのは当然の事だろう。結局、「エロヒーム原典の存在を知らない民」だけが、「神をエロヒームと呼ばない民」なのだ。そしてそれこそが「大和民族」なのである。

資料A:253〜287,309

:PS(追加)
神の名前については、資料が複雑に錯綜している。それは、子音だけを表記するヘブライ文字のせいである。聖書の中の神の名前は、「テトラグラマトン」と呼ばれる「YHWH」で置き換えられており、正確な発音が残っていない。それで、聖書学者達がいろいろと模索した結果、正しい発音は多分「ヤハウェ」だろうとされている。

ここで、「ヤハウェ」を使っているのは、そうした学会に配慮してのことだ。しかし、日本民族には古代の発音がそのまま受け継がれており、民謡の中などからそれを探り出すことができる。「考察の杜」の中には、様々な神の名前が出てくるが「ヤハウェ」以外は、こうして復元された本来の名前となっている。


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ヤハウェ東漸史(2) 先住民編 (やはうぇとうぜんし2 せんじゅうみんへん)
  「えびす」と「ササ」

「商売繁盛でササもってこい!」

これは、大阪の「今宮戎」などで祭りがあるときに叫ばれる、福女のかけ声である。

それを、

「笹持ってこい」

だと理解しようとするかもしれない。
しかし、ヘブライ人が聞くとこう理解する。

「商売繁盛で『喜び』もってこい(やってこい)」



  「ササ」の謎

古代ヘブライ語では、

「ササ」 (SVSV)

は、

「喜び」

という意味である。

:これは「欣喜雀躍」(キンキジャクヤク)・・・つまり、「躍り上がって喜ぶ」ほどの意味であり、「サザメ」→「スズメ」(雀)という鳥の名前に派生しているようだ。(資料A:p197)


では、現代の「恵比寿(戎)神社」に、どうして古代ヘブライ語の「ササ」が伝わっているのだろうか?そしてなぜ、現代ではその意味が忘れ去られたのだろうか?

この考察はもちろん、「ササ」を古代ヘブライ語だと特定した場合に成り立つのだが、そこは独断と偏見で進めたい。

さて、この考察でも「日本のユダヤ勢力は二つある」と想定しなければならない。そうでないと、微妙な引っかかりが解決しないのだ。引っかかりとは・・・「なぜ現代の日本人は、 『ササ』の意味を忘れたか」というあたりにある。



  「戎」の謎

戎(えびす)というのは、神として崇められているのだが、元々日本の古代には人間を祀り上げて崇拝する風習があった。それで、神社などで「神」とされているものも、実際の「GOD」ではないと推理できる。「彼」はおそらく「勢力の大きな氏族」かその長だろう。ある時期に「ある事情」があって神として祀られたのだ。

日本の武将達は、相手を攻め滅ぼした場合には、彼らからの「祟り」を恐れて神社を建て、そこに相手を神として祀り上げ、「祟り封じ」を行う。これが常だった。それゆえ「戎」というのは、壊滅した氏族だったに違いない。では、「戎」(えびす)の正体は何だろうか?



  敗軍の将「えびす」?

北海道は、蝦夷地とか蝦夷ケ島とか呼ばれていた。しかし、「蝦夷」と書いて「えぞ」と読むようになったのは14世紀中頃からで、昔はこれを「えみし」とか「えびす」と呼んでいた。

戎(えびす)は、古代に放逐された民族の呼称だろうか。

それは、蝦夷(えぞ)という勢力と共通か、あるいは混同されているようだ。

しかしその蝦夷にも多くの呼び名があり、それがさらに混乱を招いている。


「蝦夷」という文字が初めて登場するのは7世紀の中国の歴史記述である。(ここでは「カイ」という呼び名になっている。以下、多くの部分で「蝦夷」は「カイ」と読まれる。)

高宗の顕慶四年(659)に蝦夷(かい)という国から使節がやってきた・・・と『通典』(つてん)に書かれている。

「蝦夷(かい)の国は海にある島の中の小国である。この使節はひげが長さ四尺もある。弓矢を射るのが非常にうまい。顕慶四年十月、倭の国の使節に随行して朝貢にやってきた」

・・・
ここで、「倭国」とは『魏志』「倭人伝」でおなじみの日本(大和朝廷)のことである。では、この倭国の使節に随行して長安までやってきた「蝦夷(かい)の国」とはどんな国だったのだろうか?

日本の歴史に照らしてみると、斉明天皇の五年(659)七月に第四次に当たる遣唐使が派遣されている。(日本書紀)

その時に遣唐使は、

「陸奥(みちのく)の蝦夷(かい)の男女二人を唐の天子に示(み)せた」

という。

第四次遣唐使は、陸奥の蝦夷(かい)の男女二人を連れて唐に朝貢したのだった。その際、蝦夷(かい)は白鹿の皮と弓矢を天子に献上している。

唐では、日本の遣唐使に随行してきたこの蝦夷(かい)の男女を、「蝦夷国(かいこく)からの朝貢使節」とみなしていた。実際、遣唐使もまた中国にこれを「蝦夷国」として説明している。

遣唐使は高宗から、このように訊かれた。

「これらの蝦夷(かい)の国はどこにあるのか?」

  「その国はわが国の東北にあります」

「蝦夷は何種類いるのか?」

  「三種類います。遠きは都加留(つかる)といい、次は麁蝦夷(そかい)といい、次は熟蝦夷(じゅくかい)といいます。この者たちは熟蝦夷で、毎年わが国に朝貢に来ています」

日本の使節は、大化の改新から十四年がたち、唐に習った国家整備を急いでいた。それで、このような誇らしげな言葉が口から出たのだろう。

だが、唐は日本が蝦夷国を服属下においているとは考えていなかったようだ。だからこそ、『通典』には蝦夷国が日本とは別な国として記載されたのである。

ここで「熟」(じゅく)は、「帰順した」という意味がある。

それで、「熟蝦夷」は、「征服された蝦夷」のことである。

一方、「麁」(そ)は「遠い」、「詳しく知られていない」という意味である。

また「都加留」は、日本書紀に津刈(つかる)の蝦夷とか、津軽(つかる)の郡(こおり)という表現があるからこれは地名であり、「津軽の蝦夷」を省略したものだろう。

結局、「蝦夷国」は当時、倭国の東北にあり、北は津軽までの地域を指していた。

この頃の蝦夷の国は陸奥・・・つまり道の奥にあって遠く津軽までの土地であり、日本はまだその最も手前の地域を服属させていたにすぎなかったのだ。

そしてこの「蝦夷」を「えみし」とか、「えびす」と呼んでいたのである。

(※以下「蝦夷」=「えびす」と読む部分あり)



  蝦夷(えびす)の反乱

陸奥の蝦夷国(かいこく)は日本国(大和朝廷)に朝貢するのを拒み、八世紀初めからしきりに反乱を起こし、日本国の進出を阻んでいた。日本の中央政府は蝦夷(えびす)平定にやっきだった。

蝦夷(えびす)の国が日本の支配下に入ったのは、十世紀前半である。

蝦夷の「蝦」という文字は「エビ」であるという。次の文字「夷」(い)は単独で「えびす」、「えみし」と読む。それは、「野の野蛮な人」という意味であるらしい。

中国の史書は、「蝦夷(かい)の使節のひげは長さ四尺もある」と書いていたが、日本では「エビのように長いひげの未開人」といった意味で彼らを「えびす」と呼び、これに「蝦夷」の文字を当てたのだという。(通説)

しかし、「蝦夷」という表現は以前から中国にあった。逆に日本がその表現を取り入れたのだとする説もある。

中国では、元、明、清の王朝がサハリン島を支配下に入れていたが、その頃そこに住んでいたアイヌ民族を「クイ」と呼んだ。

よって唐もすでにアイヌ民族を知っていて、これを「蝦夷」(かい)と呼んでいた可能性はある。(クイ→カイ)

このように、古代日本列島の北の勢力(蝦夷)は独立心が強く、独自の政府を長期間保っていた。それは大和朝廷に最後まで抵抗した。



  アイヌの国「蝦夷」は「流鬼」か?

時代を少し遡った中国史には、この「蝦夷(かい)」つまり(えびす)に相当するかもしれない「流鬼」(りゅうき)という国についての記述がある。

『資治通鑑』(しじつがん)によれば、唐の太宗の貞観(じょうがん)十四年(640年)三月にあった出来事はこうである。

「流鬼国(りゅうきこく)が使節を派遣し、貢ぎ物をもってやってきた。その国は長安を去ること一万五千里、北海のほとりにあって、南は『靺鞨』(まつかつ)と隣り合っている。いまだかつて中国に通じたことがなかったが、三訳を重ねてやってきた。太宗はその使節の余志というものに『騎都慰』(きとい)の称号を授けた」。

また、さらなる詳細が、唐代に編集された『通典』(つてん)に載っている。

「流鬼の国は北海の北にある。その北は『夜叉』(やしゃ)国に至り、ほかの三面はみな大海である。その国には城壁に囲まれた町がなく、人々は海の中の島のあちこちに住んでいる。人はみな革製の服や、犬の毛と麻で織った布を衣服とし、特に婦人の冬の衣服は豚や鹿の皮で作り、夏の衣服は魚の皮でつくる。その土地は寒く、早くに霜や雪となる」

この北海のほとりにあって、南は「靺鞨」と隣り合っているという国「流鬼」は、樺太(サハリン)島だろうと一般には推理されている。

しかし、それはもしかすると、中国の認識していた「クイ」つまり「蝦夷(かい)」である「アイヌ国」であったのかもしれない。日本国内における彼らの国は、やがて絶滅に瀕し、その死者達は征服者によって「えびす神社」に葬られる。そして「東北」つまり「鬼門」に住む民として、疎まれ、貶められつつ熔けて行くのである。

「ササ」(喜び)

というヘブライ語だけが、そこ(えびす神社)に残された。それは正反対の境遇を語る皮肉となった。

(資料:「古代史を語る」朝日新聞社編:p215菊池俊彦)



  アイヌと第一次ユダヤ王朝は同一か?

古代史の解析を進めていると、アイヌには確かに相当古い時代のヘブライ語が使われているが、これが古代の第一次ユダヤ王朝と同一だとは思えない。なぜなら彼らは、宗教的には第一次王朝とは異質で、人種的には聖書で言うハムの子「カナン」の子孫達であると思えるからだ。(しかし、ヘブライ語を使っているなら、エサウの子孫という可能性もある・・・まだはっきりしていない)

彼らは彼らを平定した日本の古代ユダヤ王朝(第一次)から見れば、「多毛なる異人種」であった。それはヘブライ語では「サーイェ」と表現される。平定の様子は、「ナギアド・ヤラ」のような日本民謡の歌詞にうかがうことができる。「ナギアド・ヤラ」は古代ユダヤ軍の進軍歌である。

民謡:ナギァド・ヤラ

アイヌ民族は一度、この進軍歌を歌っていた「第一次ユダヤ王朝」に征服されたはずである。なぜなら、彼らの勢力(人種)は北海道と九州のような日本の「南北の両端」に押しやられているからだ。

この理由は、「中央分断」だろう。つまり、一度全国に広がっていた彼らを、出雲地方から侵入した第一次のユダヤ王朝軍が分断し、そのまま勢力を広げて全国を制覇した結果、この「多毛なる人種」は南北両端に追い込まれてしまったと考えられるのだ。

一方、「第二次ユダヤ王朝」に相当する「大和朝廷」は、九州の日向あたりから北へと遡って奈良地方に本拠地を置き、日本平定を進めていったため、最後は北の勢力を残すことになった。

もしただ単に、大和朝廷が先住民としてのアイヌ民族を平定したという歴史を描いた場合、天皇家の歴史の不自然さはそのまま残ってしまう。「神武天皇」の時代との間に、全天皇の系図を組み入れても数百年もの隙間が空いてしまうからだ。(人間寿命からの演算による)

この場合、ユダヤ王朝が二つ存在し、その両者の継ぎ目あたりで天皇家の歴史の何代かが失われたとするなら、つじつまが合うのである。

聖書の杜:御輿はなぜ封印されたのか?を参照

「アイヌ」つまり「えびす民族(?)」の最終的平定を行ったのは確かに大和朝廷だが、初期の天皇である「カムヤマトイワレビコ」(神武天皇)は誰と戦ったのだろうか?彼の時代は、紀元前660年もの昔である。これも同様にアイヌと戦った大和朝廷であるとするなら、天皇の軍は実に1400年以上もかかって平定を遂げたことになる。これはあまりにも不自然である。


  蝦夷に光を当てる

ここで、日本の遣唐使が述べていた言葉を振り返ってみよう。

「蝦夷(かい)は何種類いるのか?」

という質問に対して、

「三種類います。」

と答えた。

その種類は、こうであった。

「遠きは都加留(つかる)といい、次は麁蝦夷(そかい)といい、次は熟蝦夷(じゅくかい)といいます。」

つまり、東北から北の地域には、

1. 都加留(つかる)

2. 麁蝦夷(そかい)

3. 熟蝦夷(じゅくかい)

という部族がいたことになる。彼らはやがてすべてが平定されてしまうのだが、ここでの分類は重要である。

「蝦夷」(かい)という言葉でまとめられているが、彼らは「まったく違う民族」であったと推測できるからである。

熟蝦夷(じゅくかい)という人々が、アイヌだとすれば、その他の種族はいったい何であるのか?

彼らを注意深く分類すれば、次のような分かれが生じるのではないかと考える。


A アイヌ民族

B 国譲りを行った第一次ユダヤ王朝

C その他の豪族


このうち、重要なのは「B」の勢力だろう。彼らこそが最初の天皇である「カムヤマトイワレビコ」に通じる民であり、多くのユダヤ文化を保持している民である。そして彼らは一度は日本全土を平定していたのだ。(それは都加留か?麁蝦夷か?あるいは・・・)

彼らの本拠地は、最初「出雲地方」にあり、そこにやってきた大和朝廷に押されて北へ北へと敗退し、やがては東北地方に押し込められた。彼らはアイヌ勢力とまとめて「蝦夷」(カイ)と呼ばれるようになる。(推理である)

やがて自分達の過去を失い、新たな政府(大和朝廷)の民として平定されてしまう。この時の敗軍の将こそが出雲で国譲りを承諾した「大国主の尊」であり、「えびす」と共に祀られている「大黒天」ではないだろうか?



  強大だった出雲

この出雲の勢力については、非常に謎が多い。しかし、その勢力が「強大」であったことは明らかである。古事記の中でも、出雲神話が3分の1ほどを占めている。

また、出雲の「神名火(かんなび)山」傍らの荒神谷遺跡から、358本という大量の銅剣が出土したというのもこの勢力が「ただ者ではない」という証拠となっている。(昭和59年出土。銅剣は2世紀頃のもの)

この勢力を、「第一次のユダヤ王朝」(あるいは同郷からの出身者)とするなら、数々の謎が解けてくる。その根拠のひとつは「出雲神話が大和朝廷に取り込まれた」という事情にある。

彼らの特殊な信仰は、大和朝廷に排除されるどころか「取り込まれて融合している」のである。



  出雲神話が吸収される

「記紀」の中の出雲神話に、このような物語がある。

大王の皇祖神、「天照大神」の弟、「素戔嗚尊」(すさのおのみこと)が「高天原」で暴れたため、怒った天照は天の岩屋に隠れ天地が暗闇になったとされる。

この時、八百万(ヤオヨロズ)の神々が歌ったり踊ったりして天照を岩屋からだそうとする一方、荒ぶる神である「素戔嗚(すさのお)」を高天原から追放してしまう。この後「素戔嗚」が降臨したのが吉備と出雲の中央地帯の山だという。

この物語は、遠い「中東ユダヤ地方での出来事」を象徴化したものだと考えることができる。

即ち、

「高天原」は、「中東イスラエル地方」であり、「天照大神」は、救世主「キリストイエス」である。その「キリスト」を困らせ怒らせ、天の岩屋に引きこもらせてしまった素戔嗚の行為は、当時のイエスにことごとく反逆した「イスラエルの民衆」の行動に似ている。(宗教指導者達に率いられた民衆を指す)

彼らはイエスを「死(墓)」に追い込んだ。ローマに対して「十字架につけろ」として処刑を要求したからである。

イエスの死後、彼らはローマによって絶滅するが、一部はイスラエル地方から追い出され(脱出?)、日本に到達する。それは出雲山岳地方に住み着いた。

(「日本神話」が、時差のあるいくつかの話を束ねたものだとすれば、「大陸の景教から影響を受けている」とする説も出現する。しかし、主体である「インマヌエルの勢力」が日本の「屋台骨」となっているはずなので、これに合流する枝葉の勢力が、「捕捉する情報」を加えた可能性は高い。)

よって、荒ぶる神「素戔嗚」は、イスラエルからやって来た「残余者達」であり、天照が閉じこもった「岩屋」はイエスが処刑後に葬られた「墓」の象徴に思える。この処刑の際には実際に天地が暗くなった。しかし、イエスが復活して後、弟子達は希望(光)を取り戻した。

また、墓の前で神々の大騒ぎは無かったが、イエスを復活させた(墓から出した)のは確かにイスラエルの神「ヤー・オ・ヨロズ」(八百万)である。

そして今でも、皇祖神つまりイスラエルを導いているのは天照(イエス)である。そのイエスの象徴は、聖書においても「太陽」となっている。

ここで、八百万(ヤオヨロズ)というのはヘブライ語で「万の軍勢を伴った神ヤー」という意味であり、聖書に何度も出てくる表現である。

八百万の神とは

神の使いである天使達を含めて語っているのだ。従って、「ヤオヨロズ」という神の名を使う民族は、「イスラエルの民」しかいない。また、単独で創造神であるイスラエルの神を呼ぶには、「ヤーエ(ヤー)」になる。出雲族は「ヤーエ」という名前を使っていなかったのだろうか?



  崇拝形態

古代出雲には、高いところに登って崇拝するという習俗があった。それは、古代イスラエルと似ている。イスラエルの宗教都市は山の上にあり、彼らは高いところに祭壇を築き神を崇拝した。(モーセは山の上で神に会った)出雲の崇拝形態は、非常にイスラエル的である。

一方、大和朝廷にはそうしたものが見当たらない。山を崇拝するという古来からの日本の習慣も、大和朝廷が持ち込んだというより「出雲族」からの引継のように感じる。大和の三輪山も彼らの信仰の対象だった。



  出雲と大和朝廷の関係

出雲の国を譲った代表者は、「大国主の命」だが、彼の名前は多数あって「大物主(おおものぬし)神」、「葦原醜男(あしばらのしこお)」、「八千戈(やちほこ)神」、「大国玉(おおくにたま)神」、「顕国玉(うつくしくにたま)神」、『出雲国風土記』では「大穴持(おおあなもち)」となっている。

その「風土記」では、「八千戈(やちほこ)神」つまり「大国主の命」が「高志(コシ)」(越)を平定したといい、「大穴持」(やはり大国主の命?)が「天の下を造らしし大神」であるとしている。つまり「創造神」だというのである。

創造の神は、天孫族(大和朝廷)の神だけだったのではないか?・・・そのような出雲族の神話が排除されずに、逆に取り込まれたのは不可解な出来事であるはずだ。

(資料:古代史の真相 黒岩重吾 PHP文庫:p149〜167)

しかしこれは、「大国主」の崇拝する神が大和朝廷の神と同一の「創造神(ヤー)」であり、「彼らの神が『コシ』を平定した」と理解できる。それは大和朝廷にとっても嬉しい話だったはずである。(だからこそこの神話が、受け入れられたのだと・・・)

このように、双方に「同じ流れ」という認識があったからこそ、出雲の側も大和朝廷に「国譲り」を承諾できたのではないだろうか?

彼らは大和朝廷より先輩であり、「同系列の文化」を保有した民だと考えて良いかもしれない。つまり出雲はすでに昔から列島を掌握しており、彼らの言う「コシ勢力」をうち負かした歴史を持っていたのだ。すると、その「コシ」こそが、初代天皇(カムヤマトイワレビコ?)が平定した「クシュ族」だったことになる。

このように、「高志(コシ)」は「クシ(クシュ族)」に思える。出雲勢力は「ナギァド・ヤラ(東北民謡)」の民だろうか?「クシュを平定せよ」という歌詞が、そこに何度も出てくるのだがまだ断言まではできない。

この時点で、「出雲族」を日本における「第一次ユダヤ王朝」と断定するのは早計かもしれない。日本への「イスラエルからの流れ」は、「時代を経ていくつかあった」と考えることもできるからである。しかし大和朝廷の歴史編者は、確証をつかんでいたはずである。

出雲族の歴史は、彼ら自身の編纂ではない。8世紀前半の律令制を敷く大和朝廷の手で編纂された「記紀」や、その後数十年下った「出雲国風土記」に書かれたものであるためいわば「大和朝廷による代筆」のようなものだ。正しく記載されているかどうかは怪しいが、一塊の史実は拾い上げることができるだろう。

いずれにしても、「出雲神話」が「記紀」などに取り込まれたという事実こそが、大和朝廷が彼らに一目置いていただけでなく、「同族意識を持っていた」という推理を可能にするのである。



  「ユダヤ色」の薄い大和朝廷

大和朝廷には御輿が無かった分、イスラエル民族としての記憶が薄れていたようだ。(イスラエル民族の宝である「契約の箱」は出雲族あたりが持っていた可能性がある。)大和朝廷では先祖から伝わった「モーセの十戒」も「道徳」のように変化し、「我々はユダヤ民族だ」という記憶も薄らいでいただろう。

結局、大和朝廷にはもはや古代ヘブライ語である「ササ」の意味が理解できなかった。しかし、平定された「えびす(カイ)」勢力の中には「ササ」を正しく理解した人々がいた。だからこそ、彼らの象徴である「えびす神社」で、「ササ」という言葉が使われているのだ。

神社の神としての「えびす」や「大黒」のイメージは、にぎやかなかけ声とは逆に、うらさびしい「敗者」、「放浪者」のイメージが付きまとう。それは彼らが平定される側だったからだろう。

「大黒天」つまり国を譲った「大国主の命」がそれ(カイ)に含まれていると思えるのは、当初、国を譲った出雲勢力が、大和朝廷に押されて弾き出されるようになり、「平定される側」として「蝦夷(カイ)」に分類されていったからかもしれない。

しかし、言葉の研究からしても、カイ勢力の方がユダヤ色が強いのである。つまり、大和朝廷は『大陸色』が強く、『蝦夷』(かい)勢力(大和朝廷以前の勢力)には、イスラエルから出た当時の『濃密なユダヤ文化』が残っている。


:続き


  「ボアズクイ」との関係

以前の資料から「カイ族」の記述を見直してみよう。

言葉の杜:「シャモ」はどんな意味?・・・という考察には、

古代小アジアにあった、「ヒッタイト帝国」の国民こそが「カイ族」だろうと記している。

彼らの都は

「ボアズクイ」

という名前だったが、それは

「ボアズ・カイ」

と分解され、

意味は、

「蝦夷の主力」

となる。

(資料Aより)

日本人の多くは、紛れもなくヒッタイトの顔であり、今でもその地域に行くと日本人そっくりの人々に出くわす。

ヒッタイトは、「鉄の民族」として有名だが、その帝国は強大であり、大陸全土にその名が知られていたはずである。それで、中国でも「カイ=ヒッタイト」という認識があったのだろう。

彼らは、近隣に勃興した「セム族」に押しのけられ、東に移動した集団は日本列島まで落ち延びたが、それでも後から押し掛けてくるセム系「天孫民族」によって平定されたと思われる。


  混同された「カイ」達

征服者側の分類は歴史学者による学術的なものではないため、違う民族を束ねて同じ分類に押し込んでいる場合もあるだろう。

実際、第二次ユダヤ王朝としての大和朝廷の分類はすべてが「蝦夷(カイ)」となっているし、第一次王朝だったと思える出雲族の場合は、大部分を「高志、越(コシ)」と呼んでいるようである。

日本民謡の「ナギァド・ヤラ」のような進軍歌に「敵」として歌い込まれている民族は、「国栖(クス・・・クシ、クシュ、コシ?)が多い。この歌は、第一次ユダヤ王朝(出雲族?)の遺産だと思われる。当時の日本先住民族としては、多分以下のようになるだろう。(資料Aの分類による)


1. アエノ、エジョ、カイ(蝦夷)と呼ばれる「ヒビ人」

2. エッタと称された「ヘテ人」

3. エミシと呼ばれた「エブス人」


これらはあの「大洪水」を生き残ったノアの三男であるハムの子孫(黒人系)であり、歴史では「国栖、櫛、葛、久自」などと当て字されている。(小谷部全一郎氏説)

(注:黒人系人種の父祖としての「ハム」の出自を、こちらの都合で「三男」と修正したので、俗説とは食い違いがある。)(資料A:169)

これらの民は、古代イスラエルによく知られていた。

:以下聖書から


  ハムの歴史

歴代誌第一 1:8
 ハムの子孫は、クシュ、ミツライム、プテ、カナン。
歴代誌第一 1:9
 クシュの子孫は、セバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカ。ラマの子孫は、シェバ、デダン。
歴代誌第一 1:10
 クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。
歴代誌第一 1:11
 ミツライムは、ルデ人、アナミム人、レハビム人、ナフトヒム人を生み、
歴代誌第一 1:12
 パテロス人、カスルヒム人――これからペリシテ人が出た――、カフトル人を生んだ。
歴代誌第一 1:13
 カナンは、長子シドン、ヘテ、
歴代誌第一 1:14
 エブス人、エモリ人、ギルガシ人、
歴代誌第一 1:15
 ヒビ人、アルキ人、シニ人、
歴代誌第一 1:16
 アルワデ人、ツェマリ人、ハマテ人を生んだ。


・・・
1章12節では、 『カスルヒム人――これからペリシテ人が出た――』、とある。この「ペリシテ人」は、「フィリスティア人」・・・つまりイスラエルの宿敵であった。それはハムの子供のうち、「ミツライム」の系統であることがわかる。

また、「ハム」の子孫である、「クシュ、ミツライム、プテ、カナン」のうち、「カナン」の子孫として、「ヘテ人、エブス人、ヒビ人」の名前が見える。

「クシュ」の子孫では「ニムロデ」という力ある王が出現しているが、日本の先住民(?)であったヘテ、エブス、ヒビといった民族は「クシュ系」ではなく「カナン系」である。しかし、「クシュ」と「カナン」は兄弟であり、いずれにしても黒人系ハムの子孫であることには違いない。

それ故、彼らすべてを総まとめで「クス(クシュ)」と呼んいるのだろう。しかし、その中に「出雲族」まで含められていた場合、正しい分類ではなくなってしまう。なぜなら、出雲族は日本を平定したイスラエルの末裔であるかもしれないからだ。つまり彼らはセム族である。



  セムの歴史

ちなみに長男セムの系図はこうである。「天孫族」は、ここから出ている。


歴代誌第一 1:17
 セムの子孫は、エラム、アシュル、アルパクシャデ、ルデ、アラム、ウツ、フル、ゲテル、メシェク。
歴代誌第一 1:18
 アルパクシャデはシェラフを生み、シェラフはエベルを生んだ。
歴代誌第一 1:19
 エベルにはふたりの男の子が生まれ、ひとりの名はペレグであった。彼の時代に地が分けられたからである。もうひとりの兄弟の名はヨクタンであった。
歴代誌第一 1:20
 ヨクタンは、アルモダデ、シェレフ、ハツァルマベテ、エラフ、
歴代誌第一 1:21
 ハドラム、ウザル、ディクラ、
歴代誌第一 1:22
 エバル、アビマエル、シェバ、
歴代誌第一 1:23
 オフィル、ハビラ、ヨバブを生んだ。これらはみなヨクタンの子孫であった。
歴代誌第一 1:24
 セム、アルパクシャデ、シェラフ、
歴代誌第一 1:25
 エベル、ペレグ、レウ、
歴代誌第一 1:26
 セルグ、ナホル、テラ、
歴代誌第一 1:27
 アブラム、すなわちアブラハム。


・・・
ここに、イスラエルの偉大な祖先である「アブラハム」の名が見える。彼は最初の名前「アブラム」を「アブラハム」と改名した。


歴代誌第一 1:28
 アブラハムの子は、イサク、イシュマエル。


・・・
イサクとイシュマエルは腹違いの兄弟である。


歴代誌第一 1:29
 これは彼らの歴史である。イシュマエルの長子はネバヨテ。ケダル、アデベエル、ミブサム、
歴代誌第一 1:30
 ミシュマ、ドマ、マサ、ハダデ、テマ、
歴代誌第一 1:31
 エトル、ナフィシュ、ケデマ。これがイシュマエルの子孫である。


・・・
「マイクル・ドロズニン」の著書にも出てくるように、中東イスラエルに隣接するアラブ諸国の民の多数は、この「イシュマエル」から出ている。イサクとイシュマエルは同じアブラハムを父に持っているが、イサクが正妻の子であった。


しかしそれ以外にも、腹違いの兄弟達(親戚)は存在する。


歴代誌第一 1:32
 アブラハムのそばめケトラの息子たち。彼女は、ジムラン、ヨクシャン、メダン、ミデヤン、イシュバク、シュアハを産んだ。ヨクシャンの子は、シェバ、デダン。
歴代誌第一 1:33
 ミデヤンの子は、エファ、エフェル、エノク、アビダ、エルダア。これらはみな、ケトラの子孫である。


歴代誌第一 1:34
 アブラハムはイサクを生んだ。イサクの子は、エサウ、イスラエル。


・・・
ここでイサクの息子達は、「エサウ」と「イスラエル」と書かれている。しかし、「イスラエル」は元々「ヤコブ」という名前だった。ある時から改名したのである。

イスラエル民族の歴史は、「ヤコブ」が「イスラエル」と名を変えたときから始まっている。そして、ヤコブの双子の兄エサウの子孫達は神の選民からはずれてしまった。

エサウの子孫は、イスラエル民族にとって親戚となる。以下は伯父(エサウ)の家の系図である。


歴代誌第一 1:35
 エサウの子は、エリファズ、レウエル、エウシュ、ヤラムとコラ、
歴代誌第一 1:36
 エリファズの子は、テマン、オマル、ツェフィとガタム、ケナズ、ティムナ、アマレク。
歴代誌第一 1:37
 レウエルの子は、ナハテ、ゼラフ、シャマとミザ。
歴代誌第一 1:38
 セイルの子は、ロタン、ショバル、ツィブオン、アナ、ディション、エツェル、ディシャン。
歴代誌第一 1:39
 ロタンの子は、ホリ、ホマム。ロタンの妹はティムナ。
歴代誌第一 1:40
 ショバルの子は、アルヤンとマナハテとエバル、シェフィ、オナム。ツィブオンの子は、アヤ、アナ。
歴代誌第一 1:41
 アナの子は、ディション。ディションの子は、ハムラン、エシュバン、イテラン、ケラン。
歴代誌第一 1:42
 エツェルの子は、ビルハン、ザアワン、ヤアカン。ディションの子は、ウツ、アラン。
歴代誌第一 1:43
 イスラエル人の王が治める以前、エドムの地で治めた王たちは次のとおりである。ベオルの子ベラ。その町の名はディヌハバであった。


・・・
ノアの子供達のうち、次男坊のヤペテ(白人種)の系図を落とすことはできないので、本文には関係ないが挙げておくことにする。(しかし、予言解明にこれらの名は重要である。)


歴代誌第一 1:5
 ヤペテの子孫は、ゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メシェク、ティラス。
歴代誌第一 1:6
 ゴメルの子孫は、アシュケナズ、ディファテ、トガルマ。
歴代誌第一 1:7
 ヤワンの子孫は、エリシャ、タルシシュ、キティム人、ロダニム人。


・・・
さて、これらが聖書の述べる正確な系図であり、大和民族解明の鍵でもある。
   
日本にはほかに、南方からの苗族、朝鮮族、大陸系(漢民族やモンゴル系)、などが住んでいたはずである。

天孫族(大和朝廷)が、刃向かう他民族すべてをまとめて「蝦夷」と呼んでいるため、後代の日本人には正確な古代史が掌握できない。しかし、実際には大和朝廷が「カイ」と分類する「蝦夷」勢力の中には、「遣唐使の言葉」にあるように


1.先の朝廷「出雲族」に平定された「クシュ族(クシ、またはコシ?)の民

2.出雲族自身(セム系)

3.その他

が混在していただろう。

この部族の分類は重要で、霞んだ歴史をはっきりさせるために避けて通れないのだ。

実際の民族の名前とは違っている場合はあるにしても、「第一次ユダヤ王朝(出雲族?)」は、彼らの敵を通称で「クス(クシ、クシュ、コシ?)」と呼び、「第二次ユダヤ王朝(大和朝廷)」はそれを「カイ(クイ)」と呼んでいたのかもしれない。



:続く

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インマヌエルと神
ヤハウェ東漸史(3) 津軽魂 編 (やはうぇとうぜんし3 つがるだましいへん)
  なぜ「津軽」は特殊なのか?

東北の津軽地方は、特別な地方である。

同じ東北、秋田の人々でさえ、

「津軽弁はわからない」

と言う。

つまり訛りがきついため、理解できないのである。では、この事実は何を語っているのだろうか?ここで、蝦夷(カイ)の分類をもう一度思い起こしてみよう。

熟蝦夷(じゅくかい)はすでに平定され、麁蝦夷(そかい)は知られていないカイだった。もう一つの「『都加留』(つかる)は知られているが『カイ』に分類された」と考えることができる。

仮にそうだとすると、彼らこそが「第一次王朝」の残余者であり、出雲で国譲りを行った後、落ち延びてきた「大国主の命の仲間」ではないだろうか。


彼らはすでに「出雲」での面識があったため、大和朝廷には素性を知られていた。しかし、朝廷との妥協を嫌って平定に応じなかった故に「蝦夷勢力」とひとまとめにされて「カイ」と呼ばれるようになったと・・・。


(注:「Fの民」には、東北秋田と出雲に共通点があると結論されている。秋田こそ出雲族なのだろうか?・・・というより、東北全体に出雲文化が満ちているのは疑う余地がない。もう少し研究が必要だ。)言葉:「F」の民族




  後世の「混同」

後代に、「カイ」は「エゾ」と呼ばれるようになり、分類がさらに困難になった。

大和朝廷には、アメリカの先住民をインド人と勘違いしてインディアン(インド人)と呼んだコロンブスのように、関係者の「思いこみ」があったのかもしれない。

言葉の通じない人々とは、この種の誤解が生じやすい。大和朝廷は、同郷(イスラエル)であった第一次ユダヤ王朝の人々とでさえ話が通じないほど時代が離れており、訛りの壁があったのだろう。津軽「つがる」(津軽)を「つかる」(都加留)と呼ぶのは、朝鮮系大陸訛りのように思える。

現在でも地方訛りはまともに理解できない。

例えば鹿児島地方へ旅行した人は、地元の人同士の話は「内容が聞き取れない」という。そして津軽では、隣接する秋田の人が「津軽弁はわからない」と話すほどそこは特殊な地方である。過去の「都加留」も特殊な人々の本拠地だったに違いない。



  平定されてから融合した言葉の文化

現代の日本人には、古代朝鮮族系の訛りが薄れ「濁る」韻が定着している。

遣唐使が使っていた「つがる→つかる」と発音するのは大陸系の訛りだが、それは消えている。(遣唐使の言葉を聞くと、当初の大和朝廷には大陸訛りがあったはず)

1. 大和朝廷は「ツカル」

2. 出雲族は「ツガル」

と使ったはずであり、「後者」が日本に定着している。これは不思議な現実である。

それは、多分「都加留」が平定されてから彼らの文化が理解され広まっていったからかもしれない。

ちょうどギリシャを征服した古代ローマが、ギリシャから多大な影響を受け、建築様式から思想に至るまで取り込んだようにである。

同じヤペテ系の種族であった彼らがそうであるなら、セム系の流れである大和朝廷が同系列の出雲族(ツカル?)からそのような形で影響を受けても不思議ではない。それはそれだけ、第一次王朝文化に深みがあり、重みがあったからだと考えることができる。

もう一つの仮説は、庶民からの影響である。

最初、日本に流れ込んできた大和朝廷はいわば外国人だった。当時、第一次王朝文化は、日本の庶民に染み込んでいた。

先の王朝は土着の民(コシ、その他)を平定した後、千年以上も続いた。当然、彼らの言葉は先住民に影響を与えていただろう。「濁り音」を使う第一次王朝の古代ヘブライ語は、民衆に染み渡った。

もちろん完璧に同じではない。民衆は雑多な民であったため、古代ヘブライ語を純粋なまま話すことができず、かなりの変更も加わった。大和朝廷が流れ込んできたとき、民衆はそうした言葉を使っていたはずである。この中で、大和朝廷が影響を受けない方が不思議である。

こうして、濁らない韻(ツカル)を使っていた大和朝廷の言葉も、民衆の使っていた濁る言葉(ツガル)に置き換わっていった。

純粋な古代ヘブライ語は・・・というと、出雲族だけがこれを保持していた。それは現代では「東北の方言(ズーズー弁)」となった。

まだ断定できないが、蝦夷勢力の中では「都加留」(広義では東北)が出雲勢力の残党に思えるのである。では、恵比寿(戎)神社をどう捉えればいいのだろうか?
  
アイヌ系の蝦夷と、都加留と、その他の蝦夷勢力を合同して祀っているのだろうか?これは、征服者が一方的に祀るシステムであるため、混祀していても不思議ではない。その中には、追われ滅ぼされた幾種類かの「蝦夷」が眠っているかもしれない。



  「アイヌ」を掘り下げる

アイヌ民族は、「恵比寿神社」への思い入れは深くないようだ。征服者が祀っている神社だから当然だろう。しかし、元々アイヌの崇拝形式は「神社形式」ではなかった。彼らは精霊崇拝に近いような、自然信仰に似た形式である。

彼らの住居は「穴蔵」であったので、「アエノ→アナ」と言う語彙が生じ、日本語の「穴」になったと資料Aにある。

言葉:エサウはエゾゥ?

一方、イスラエルの子孫達は、洞窟に住む風習は定着しなかった。もちろん一時的に、雨露をしのぐことはあったが、イスラエルならエジプトのような「日干し煉瓦」を使おうとするだろう。

ただ、高温多湿で地震の多い日本にはこの様式は適さない。高床式である南方の様式が定着している。しかし、土蔵や土壁などは「切りわらを混ぜる」という日干し煉瓦工法である。

もし古代のアイヌ民族に、「切りわらと泥をこねた壁」を多用する習慣が定着していた場合、「彼らはイスラエルの流れだ」と言えるのだが、実際は違う。

どちらかと言えば荒野に住んでいたイシュマエルの子孫達が、山の土手に穴を掘り抜いて住んでいたような形だった。(古代での話し)

イシュマエルはイスラエルの子孫とは親戚筋の民族であり、アラブ人の祖先である。それで、言葉に共通の語彙がある。

しかし、さらに近い親戚としてイスラエル(ヤコブ)の双子の兄「エサウ」の子孫がいる。アイヌはこの流れだと言えなくはない。それは、系統樹でいえば、「すぐ隣の枝」に当たる。

「近い」とはいっても関係は微妙で、強風が吹いてきた場合、隣同士の枝ほどこすれ合いぶつかり合うことになる。「争いが生じる」という意味である。

エサウは「エドム」(赤い)と言われ、「赤い色」の人種を産み出した。これはアイヌに合致するだろうか?


:続く


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インマヌエルと神
ヤハウェ東漸史(4)島根のネズミ編 (やはうぇとうぜんし4 しまねのねずみへん)

  王朝の根は?

出雲族の上陸地点は出雲地方だ。

つまり現在の島根県である。

それは、「地名のヒント」として、我々に残されている。


「島根」という地名は、ヘブライ語の解析を通せば

「シマ」+「ネ」

となり、次の示唆が浮かんでくる。


「シマ」=「国」 (または居留地)

「ネ」=「根本」 (つまりルーツ)


・・・
これは、第一次ユダヤ王朝が、この地域から始まったという示唆である。

言葉:「シマ」を荒らすんじゃない!


「出雲族の王朝」・・・つまり、「第一次ユダヤ王朝」の代表的人物は「大国主の尊」だった。

彼が出雲の代表格なら、「第二次ユダヤ王朝」・・・つまり「大和朝廷」の代表格が「素戔嗚尊」と言えるかもしれない。

このライバル同士は、『火』にちなむ戦いを交えた。

言葉:外はシブシブ


日本神話の中の記述は、聖書に照らして判断すれば「多重人物」として描かれているようなのである。

イザナギとイザナミは、

アダムとイブ、

アブラハムとサラ、

が、重なっているように見える。


それで、「素戔嗚尊」と「大国主の尊」もいくつかの人物の行動や歴史を重ねて描かれているのかもしれない。

例えば、

素戔嗚尊は、暴れて天照大神を悩ませているが、それは、イエスキリストを悩ませ、遂に岩(墓)の中に閉じ込めたイスラエル民衆の行動に重なっている。

(イスラエルの中で、イエスに追随した人々は一部だった。イエスに敵対していた宗教指導者が、その周囲に従える民衆もまた多かったのだ。)

「イエス」は復活して岩穴から出てくるが、これは「天照大神」が天岩戸の前で行われた祭事に興味を持って誘い出されたくだりに相当するのだろう。





  「ネズミ」は逃亡の旅へ


島根を根拠地にしていた出雲族は、南からくる敵に押され、北に向けて逃亡する。

攻め込んだ勢力である大和朝廷は、九州に上陸し、そこから北に向かったので列島の出雲は北方へと落ち延びるしかなかった。

だとすれば、どのルートを辿るだろうか?

それはおそらく、日本海に沿ったルートになるだろう。

「根住み(ネズミ)」と呼ばれる出雲族の大衆は、逃亡の旅に出る。一族郎党を引き連れての逃避行だ。その苦労は計り知れない。

場合によっては、「因幡の白兎」のような駆け引きも、あっただろう。

その多くは、秋田周辺に居付いたと思われる。

こうして、「出雲」と東北「秋田」に言語文化の共通点が存在するようになった。

両者の言葉が似通っているのは偶然ではなく、島根から脱出した人々が東北秋田にまで到達しているからである。


瀬戸内海側に定着していた出雲の他部族は、島根の母体とは違って太平洋側に沿った移動を行なったのだろう。最後には東北地方が彼ら出雲族の集結地となった。

では、出雲を駆逐した大和朝廷について考えてみよう。





  大陸からの流入


大和朝廷は、古代朝鮮との深い係わりを持っているはずだ。根拠は、「『朝』という文字が含まれているから」などと言うつもりはない。

その集団が残した「墳墓の形」は、朝鮮半島に点在し、それが日本に持ち込まれているからである。

(以下、資料:知恵蔵より)


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  韓国の前方後円墳

1983年、韓国の考古学者・姜仁求は慶尚南道・固城邑の松鶴堂1号墳(舞妓山古墳)が前方後円墳だと発表。以後、円筒埴輪のあるものを含め、多くの報告が相次ぐ。墳墓形の認定にも賛否があり、大半は全長40m前後で5、6世紀の築造であろうとの見解が強く、韓国側の「紀元説」は、日本側の大方には受け入れられていない。発展的な研究・検討が迫られる段階にある。



  前方後円墳型積石塚

この遺跡は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)にある。

中国との国境に近い北朝鮮の鴨麹]中流沿岸の松岩里、雲坪里で発見されたとの報告があった。(1990年)

石積みの前方後円墳遺跡で、いずれも長さ20〜30メートルで計10基。出土した鉄器や馬具などから、紀元前2世紀から紀元前後のものという。高句麗独自の積石塚の一種だが、日本列島の前方後円墳の源流かもしれないと噂されている。



  中国・韓国の「方形周溝墓」

中国の研究者が、1996年に山西省・喬村、陜西省秦都(ヨウ城?)の両遺跡で日本の方形周溝墓と同じような「秦」(紀元前3世紀)人特有の「囲溝墓」が計52基見つかっていると発表。95年、韓国の保寧市・寛倉里遺跡での紀元前4世紀の方形周溝墓49基発見の発表とともに、重視されている。



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こうした資料から、大和朝廷の侵入路が理解できる。


(中東イスラエルの十部族)
     ↓

(大陸に散って長年暮らす)
     ↓

(モンゴル地方経由?)
     ↓

※一部の部族が、日本列島に向けて動き始めた。
(以下、年代は未整理)
     ↓

中国、山西省・陜西省(紀元前3世紀)
     ↓

北朝鮮の鴨麹]中流沿岸の松岩里、雲坪里(紀元前2世紀〜紀元前後)
     ↓

韓国 保寧市・寛倉里遺跡
慶尚南道・固城邑の松鶴堂1号墳(舞妓山古墳)(5世紀?)
     ↓

日本列島・九州地方(4世紀?)



こうしたルートを辿って日本に到着したのが、「大和朝廷」を築いた渡来勢力である。(現行説)


彼らは、前方後円墳という、独自の墳墓を特徴とする民族であった。古代朝鮮族との混合もあったが、主軸となった民族は、宗教面・言語面の考察から「エフライム(十部族)ではないか」という考えが浮上する。(そのうちの一部族?)


1. 神道という形態は、日本独自

2. 大陸系の言語訛りは大和朝廷が持ち込んだと考える

3. 日本語の基礎は古代ヘブライ語で、出雲言葉と融合



列島に流れ込んだ大和朝廷は、その頃の支配者であった出雲族との敵対があった。が、同時に親近感も抱いていた。

それは、「出雲の宗教」と「朝廷の神道」が似通っていたからだ。それが「ユダヤ教だった」という線は非常に濃厚である。
 


  「縄文農耕」ありき

歴史には、「書き換え」がつきものだ。

日本列島の農耕は、「弥生時代の稲作の伝来から」・・・というのが通説だった。しかし、耕作具のような石器などを根拠とした縄文時代の農耕を想定する説がある。狩猟・採取の生活とされてきた縄文時代のイメージが変わりつつある。

近年のプラント・オパール(931)検査による縄文稲作の究明を始め、青森市・三内丸山遺跡の大粒の栗、福井県・鳥浜貝塚の瓢箪など栽培を考えさせる大型集落遺跡の相次ぐ発見などで、「縄文の農耕」は可能性が高くなった。

(知恵蔵P930〜931)

歴史とは意外なものである。ここで唱えている「日本文化イスラエル起源説」は、学界の常識には離反するかもしれない。しかし、新発見が続けばその信憑性が高まってゆくものと信じている。



  系譜の引継ぎ

天皇の系図は、後代になって大和朝廷が編纂した。そのうち、初代「神武天皇」は、「出雲系の大王」であったと推理できる。系図が途中で「カオス」の中を潜ったようにぼやけているのは、出雲族と大和朝廷との戦乱が原因だろう。

天皇の系図を編纂した聖徳太子は、初代天皇の即位年をなんと「占い」で決めている。これこそが、「神武天皇」が出雲系であったという傍証である。(そもそも、大和朝廷が列島に入ったのは4世紀以降のはず)

自分達と同種族の天皇であれば、その即位年を見失うはずがない。しかし、出雲族においてもその大王を、過去の指導者「モーセ」や「ダビデ」などと重ねて語り継いでいた可能性もある。

戦乱の後、出雲族の残党が伝えるそうした回顧録を、大和朝廷が引き継いで取り込む形となっているのであれば、曖昧さが絡んでいても無理はない。



  研究者は意地を捨てよ

「大和朝廷」発祥を、大陸に見出そうとしない学者がいる。

数々の証拠を無視してまで、民族の独立にこだわるのはどうしてだろうか?

「意地」のためだ。


学者らしくないその態度は、「極右的純粋理論」に影響を受けているからだろう。大陸を蔑視する右翼の論拠には、拭いがたい固定観念がある。

「大和民族は、大陸とは違う!」


しかしそうした希望的観測も、日本の神が送り出す奔流に払拭される日がやってくる。

時代の流れに洗われて、真の歴史が現れる。




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「F」の民
ヤバイ!の意味 (やばいのいみ)
  大変だ

何事かが起きた時、ある人々はこう言う。

「これは、ヤバイことになった!」


・・・では、この

「ヤバイ」

とはどんな意味なのだろう?


もし、これが

「ヤベー」

という、東北風の発音からきているとすれば、

それは元々

「ヤー」・「ベー」

だったかもしれない。

それは、

「神ヤー」と「神の敵バール」との狭間で

葛藤する気持ちを意味する語彙だ。


また、「ヤーベ」には、

「我が主、ヤーよ!」

という意味もある。


それは、英語で言うところの

「オー・マイ・ゴッド」

に相当する。


すると

「ヤバイ」

は、

ヘブライ人が、衝撃や当惑を感じたときに使う
言葉だったのかもしれない。



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べろ(舌)を出す・・・意味は?主人のように威張るな
『ヤマ』 (やま)
  「ヤマ」は何語?(未確定シリーズ)

「山に行って、木を植えてくるよ」

  「『植林?』、偉いねえ」

「スコップある?」

  「うん、それでなんの木?」

「ユーカリ」

  「えっ?」

「『コアラ』増やすんだ」

  「なんだってぇ!!」




【山】やま
 平地よりも高く隆起した地塊。谷と谷との間に挟まれた凸起部。
古く、神が降下し領する所として信仰の対象とされた。
万葉集17:「すめ神の裾廻(スソミ)の『やま』の」。
「『やま』に登る」
「富士は日本一の『やま』」



日本語の

「ヤ・マ」という言葉を

「ヤー・マウン」

と仮定してルーツを考えた。



「マウン」は、英語辞書を参考に復元してみよう。



【マウント】 mount(1)
1
a 山、山岳
★ 用法
通例 hill より高いものにいう:
固有名詞の後に置くことはあるが前には置かない: cf.  mount2 .
b [the…Mountains として] …山脈

2
a [しばしば複数形で] (山ほどの)多数、多量 of .
b [複数形で: 副詞的に] 山のように(高い)
 make a mountain out of a molehill
 move [remove] mountains


1 山の
2 山に住む

ラテン語 mons,mont 「山」から:   mountainous



・・・
ヘブライ語原型は、ラテン語の『モンス』から推して

『モン』

という発音に近いだろう。


では次は、

『ヤ』

を考えよう。




  「ヤ・マ」の「ヤ」


日本古来の信仰は、

『山』を

『神が降臨する場所』

と考える。

これは、「古代イスラエルの信仰」と同じだ。


すると、そこに降り立つのは

イスラエルの神である

「ヤー」(ヤーエ)

ではないか。


そこで、信仰の対象としての

「ヤ・マ」

つまり、

「ヤー・マウン」は、


「『ヤー』(の)・『山』」

ということになる。


また、

「マウン」=「『ヤー』のまたがる場所」

という解釈もできる。



当初は、

『ヤ・モン』

と発音していたかも知れない。


「ヤーモン」→「ヤーマン」→「ヤマ」


「ヤマ」に信仰心を持ち、

「ヤマ」を神聖視して森を保つ民族は、

「モーセ以来の伝統」を保有する『神の民』だろう。


それはまさに、

日本人なのだ。



・・・
(どこもかしこも、『神の山』かな?)

  (当初は、『モン』だけで使こたはず)

(ほな、『モン』の名残は?)

  (『門徒』ちゅーのがあるで)



【門徒】もん‐と
 門人。教え子。
 〔仏〕
 宗門を同じくする信徒。特に浄土真宗の信者。
 門跡の下に属する寺院。


イスラエルの信仰では、こんな関係になる。

※「モン」=『山』=「宗教国家」(または総本山)


『山』という意味の『モン』は、「宗教の一派」と訳すことができる。

それゆえ、

「門徒」の『モン』には、「山」という漢字を充てる方が正しい。

・・・と、上記仮説から推理している。



(すごい『モン題』やな)

  (やむに『ヤマ』れぬ、この研究)

(もんもんと、やんなはれ)




※元々、ヘブライ語で『門』は、『ダラシ』という。


(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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「ヤマト」って勇ましいの? (やまとっていさましいの)
  すぐ思い出す「戦艦大和」

日本の国は、大和の国だ。

「ヤマト」と書くと、なんだか勇ましそうだ。
(漢字は元々当て字)

「戦艦大和」の名前だし・・・

ではこの「ヤマト」って何だろう?


それは、

「ヤマド」

というヘブライ語で、

「天壌無窮」

という意味だそうである。(東北風の発音が正解)


つまり、

「天地と共に、永久に続くこと」

だ。


(すると、『あの戦艦』には当てはまらないなあ・・・)

「でも、『宇宙戦艦ヤマト』なら、いけるかも?」

「ね?」

  「永久に考えてれば?」 (-_-;)

「・・・」 (*_*)



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山と饅頭 (やまとまんじゅう)
  饅頭

店頭で饅頭を売っている。

「まんじゅう買って」

  「あんた、好きやな」

「買うまでうごかない」

  「はい、買ったよ」

「次は、ジュース」

  「なんやて?」




・・・
饅頭という言葉の調査をした。



【饅頭】まん‐じゅう(マン ヂユウ)
(ジュウは唐音)
 小麦粉・米粉・そば粉などでつくった皮で餡アンを包んで蒸して作る菓子。
暦応(1338〜1342)年間、中国から帰化した林浄因が奈良で始めた奈良饅頭を始めとする。
狂、栗焼:「『まんじゅう』羊羹などではござりませぬか」


【饅頭笠】まんじゅう‐がさ(マン ヂユウガサ)
頂はまるく浅く、饅頭を横に半分に切ったような形につくったかぶり笠。



この名前はその形からきているようだが、当初は中国からの帰化人が命名したらしい。

すると、大陸発の名前ということになるが、大陸ではこんな饅頭がある。


【包子】パオズ
(中国語) 肉や餡などを入れた饅頭(マンジユウ)。中華饅頭。


「まんじゅう」は、当初から日本にあった語だろうか?

いずれにしても大陸の『彼ら』もまた「イスラエル十部族」の流れを汲むので、言葉上の共通点はある。


らちがあかないので、一足飛びにこう考えた。


『マウンド・シュー』


まんじゅうの「まん」は『マウン』で、英語から逆推すれば『小山』に相当する。

つまり「マウン」は『マウンド』だ。



【マウンド】mound  
   
1
a (土砂・石などの)山、土手、堤
b (古代の城の廃墟・墓などの)塚; 古墳

2 [the 〜] 野球 マウンド

3 (積み上げた)山 of .  



・・・
では、「シュー」はどうだろうか?

それは「包む」ではないか?



【シュー‐クリーム】(chou a la creme)フランス 
(クリーム入りキャベツの意)
キャベツ形の薄い皮の中にクリームを詰めた洋菓子。
 シュークリーム


【シューズ】shoes
靴。短靴。
「ジョギング‐『シューズ』」



『シュー(shoe)』という古期英語には、

『被うもの』

という意味がある。


これで、「シュー」も理解できた。

饅頭の「じゅー」も、元々『シュー』というヘブライ語だと思われる。


原型となった言葉が、英語の「シールド」にも流れたらしい。

するとそれは、『シュール』のような発音か?


『シュール?』 → シュール → シュー(覆い)


結局、

「まんじゅー」は、

『マウン・シュー』

つまり、『何かを包んだ小山』という意味のヘブライ語なのだろう。(仮定段階)




  山(やま)を模索する

※日本語の「やま(山)」という発音は、

「ヤー・マウン」(ヤーエの盛り上げたもの)

という意味を持っているのではないだろうか。


「ヤー・マウン」→「ヤーマウ」→「やま」


英語では、神の名前が抜けて『マウンティン』と使われている。



ところで、

「非常に多く」を意味する

『万』

なども、

このヘブライ語『マウン』に関連がありそうだが?

(ただし、『マウン』は、今のところ仮定)



ところで、「流動物」、「移動物」には

『満』

が使われる。


付録の「漢字解析」には、「満」=『被う』とある。

「マウン」の中には、「何か」が包まれているという示唆だろうか?

今はそれ以上わかっていない。





・・・
(資料として、『饅頭』が必要や)

  (なんで?)

(切って、中身を調べる)

  (それから?)

(口に入れて、感触を調べる)

  (その後は?)

(飲み込んで、喉越しを調べる)

  (『食う』のが目的か!)

(『山勘』、鋭いな)

  (誰でもわかるわ!)





(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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付録:用語解説

「まん」と「マウント」と「シュー」



【満】 
12画 水部 [四年]

【滿】旧字 旧字
14画 水部

《常用音訓》マン/み…たす/み…ちる
《音読み》 マン /バン
《訓読み》 みちる(みつ)/みたす
《名付け》 あり・ます・まろ・みち・みつ・みつる

《意味》
 {動}みちる(ミツ)。みたす。わくいっぱいになる。欠けめなくみちる。
〈対語〉 損・ 欠。〈類義語〉 充・ 盈(エイ)。「充満」「盈満(エイマン)(みちる)」
「満庭=庭ニ満ツ」「金玉、満堂=金玉、堂ニ満ツ」〔 老子〕
 {形・動}わくいっぱいのさま。…じゅう。その面全部に行き渡る。
「満身(からだじゅう)」「満目(見わたすかぎり)」
「満城風雨(町全体にたちこめた風雨)」

 {名}いっぱいになった状態。「満招損=満ハ損ヲ招ク」〔 書経〕
 {名}満州のこと。「満蒙マンモウ(満州と蒙古モウコ)」



【マウント】mount(1)    
   
1 山・階段・王位に 登る.  

2
a 馬・自転車などに 乗る、またがる  
b +目+on+(代)名 人を 馬などに 乗せる
★しばしば受身で用いる

3 +目(+前+(代)名)
a 像・大砲などを …に 据えつける、装置する on .  
b 写真などを …に はる in,on .  
c 宝石などを …に はめる in .  
d 標本を スライドに 固定する on .  

4 展覧会・展示会などを 開催する; 劇・コンサートなどを 上演する

5 抗議・デモ・攻撃・戦闘などを 準備する、開始する

6 +目+前+(代)名 見張りを …に 立てる on,round .  

7 動物の雄が (交尾のため) 雌に 乗る
  


1 +to+(代)名
a …に 上る、登る
b 血が ほおに 上る  

2
a 馬に乗る
b +on+(代)名 馬・自転車などに 乗る

3
a 動(+up) 費用などが 上がる、増す; 緊張などが 高まる、つのる; 問題などが 増加する.  b (+up)+to+(代)名 費用などが …にまで 上がる
 mount guard
   


1
a (写真などの)台紙
b (宝石などの)台
c (顕微鏡の)スライド(グラス)
d (切手アルバムの)透明なポケット
e (軍) 砲架

2 乗用馬(など)
ラテン語 mons,mont 「山」の意; ⇒MOUNTAIN



【マウント】mount(2)  
   [M ; 山の名につけて] …山 略 Mt.
 the Sermon on the Mount

 {名}満州民族のこと。
ツングース系に属し、十七世紀には中国を統一して、清(シン)朝をたてた。それ以前には女真といった。「満飾」「満珠」とも。「排満興漢(満州族を排斥して漢民族をおこす。清末の革命のさい、漢人の唱えたスローガン)」

《解字》 
会意兼形声。滿の右側の字(音マン)は、蔓(マン)(おおう)と同系のことばで、全体をいっぱいにおおうこと。滿はそれを音符とし、水を加えた字で、わくいっぱいに水をみたして、その面をおおうこと。

《類義》
 実




【万】まん 
3画 一部 [二年]

【萬】旧字
12画 艸部

《常用音訓》バン/マン
《音読み》 マン /バン /モン
《訓読み》 よろず(よろづ)
《名付け》 かず・かつ・すすむ・たか・つむ・つもる・よろず

《意味》
 {数}数で、千の十倍。「十万円」
 {副}よろず(ヨロヅ)。非常に数が多いことを示すことば。
▽千とともに用いる。「千万」「千変万化」
 {形}よろず(ヨロヅ)。非常に多いさま。「万言」
 {副}ぜったいに。どんなことがあっても。「万万不可=万万不可ナリ」

《解字》 
象形。萬(マン)は、もと、大きなはさみを持ち、猛毒のあるさそりを描いたもの。のち、さそりは萬の下に虫を加えて別の字となり、萬(マン)は音を利用して、長く長く続く数の意に当てた。
▽「万」は卍(まんじ)の変形で、古くから萬の通用字として用いられている。

《単語家族》
連綿の綿(メン)(長い) 緬(メン)(長い) 蔓(マン)(長く続く)などと同系。




【シュー】shoe
   
1 [通例複数形で] 靴
★ 解説 boot と区別してくるぶしまでの靴、短靴をさすことがある;
英米では家に入る時に靴を脱がない;
家の中ではくつろぐ時に slippers (室内ばき)にはきかえることがある;
靴は化粧だんすの靴置き棚 (shoe rack) などに保管する;
靴ひもをとかずに靴を脱ぐことは行儀がよくないとされる

2 蹄鉄(テイテツ).

3
a (車輪の)輪止め
b (そりの滑走部の)すべり金
c (自動車の)タイヤの外装
d (自動車などの)ブレーキシュー ブレーキドラムに圧着して制動する
e (机・いすなどの足にかぶせる)キャップ
f (つえなどの)石突き

  ★ 語形 特に分詞形容詞としては shod を用いる

1
a …に 靴をはかせる
b 馬に 蹄鉄を打つ

2 +目(+with+(代)名) …に 輪金などを つける
古期英語; 「(足を)おおうもの」の意から




(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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「病み付き」とは? (やみつきとは)
  食わず嫌い (未確定シリーズ)

「これ食べてごらん」

  「なんか、へんなの」

「食べたら、『病み付き』だよ」

  「えー?」



・・・
さて、

人間、「病気」になんかなりたくないが、

『病み付き』と聞くと悪い顔はしない。


『ヤミ』とは、いったい何だろう?



【病み付き】やみ‐つき
1. 病みつくこと。病気のかかりはじめ。
2. ある事に夢中になり、やめられなくなる状態。「賭事が『やみつき』になる」


【病み付く】やみ‐つ・く 自五
1. 病気になる。わずらいつく。
2. 熱中してやめられなくなる。悪習などに染まる。



・・・
人々が頭に描くのは、もちろん「2」を意味する情景だ。


古代ヘブライ語に、

『ヤミ』という、謎の言葉があったらしいが、

皆目見当がつかない。


そこで、英語辞書の出番となった。



【ヤミー】yum・my
  (yum・mi・er; yum・mi・est)
  口語
1 おいしい、舌ざわりのよい
2 すばらしい、すてきな



【ヤム・ヤム】yum yum
  口語
うまい!、 おいしい!: おいしそう!



これで理解できる。

古代ヘブライ語の『ヤミ』(仮定)は、

「美味」で、「素晴らしい」という意味だったのだ。


こんな「ヤミツキ」なら、歓迎できる。

(元々、グルメ用語?)




・・・
(すると、『ヤミ鍋』もこれが発祥か?)

  (うーん、そうらしいな)

(後世の人は、「洒落」で苦労する)

  (経験あるの?)

(タワシ食わされた)

  (もう「やみ」たい?)

(『ヤム』に『ヤマ』れぬこの風習!)

  (好っきゃな!!)




※「すっきゃな」=「スキャナー」→「『転写』男」→「繰り返す」


(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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弥生は三月 (やよいはさんがつ)
  なぜ三月だろうか?

暦で「三月」を「弥生」という。

どうしてだろうか?


「弥生」はヘブライ語の「ヤヨヒ」で、

元は、

「ヤー・ヨヒ」

だった。

(「ヤー・ヤウェ」と神の名を重ねたもの)


「ヤーエ、生かし給う」

という意味である。


これは、冬枯れの状態より草木を生かし、

死より甦(よみがえ)らせる営みを意味し、

外国での「イースター」(復活祭)に当たる。


実はこの「ヤー・ヤウェ」(ヤー・ヨヒ)が、

聖書のイザヤ書にのみ出てくる表現である。

(イザヤ12:2、26:4)


この語を訳す場合、

「主、ヤーエ」 (英語圏では、「ロード・ヤーエ」、「ロード・ヤハ」)

などとされる場合が多い。


しかし、実際にはもっと深い意味があり、

「ヤー・ヨヒ」をそのまま

「歴史の上に、御意志を成就し給うヤーエ」

と、解釈しなければならない。


その意味で「イザヤ」は、正しく神の名を扱い、

また「弥生(ヤヨヒ)」という語を日本にもたらした、

「特別の預言者」だと思える。

(黙示録で、神の名を正しく残している「フィラデルフィア」は「日本に相当する」と考えられるが、それはこのイザヤのお陰だ。 )



黙示録 1:4
 ヨハネから、アジヤにある七つの教会へ。・・・

黙示録 3:7
 また、フィラデルフィヤにある教会の御使いに書き送れ。
『聖なる方、真実な方、ダビデのかぎを持っている方、彼が開くとだれも閉じる者がなく、彼が閉じるとだれも開く者がない、その方がこう言われる。
黙示録 3:8
 「わたしは、あなたの行ないを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。なぜなら、あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。



・・・
『アジヤにある』という表現から、
これは「西洋を意味していない」ことが理解できる。

そして、神の名前を「文化」の中に正しく残し、使っている国は、

この日本だけなのである。


イザヤが古代ユダヤ王家の王子「インマヌエル」と共に日本に来ていると目されるのだが、

そうだとすれば彼の名は、

「伊佐」(いさ)、「伊沢」(イザワ)、伊勢屋(いせや)、伊勢谷(いぜや)などと変わっているのかもしれない。



(資料A:p205)

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「野郎!」・・・とは? (やろうとは)
  怒ったら怖い人

「野郎!」

を、連発する怖い人がいる。

足を踏んでも、

「野郎!」

車で水を撥ねても、

「野郎!」

しかし相手が女でも、

「野郎!」

になっていない?

では「野郎」の語源は何だろうか?



  「やろう」は「ナラー」か?

子供が、学校から帰るあぜ道で、
誰かがいるのを見つけた。

草むらの中で、じっとして動かない。

「きっと、『珍しい虫』がいるんだ」

二人ほどの子供がその側に走っていった。

すると、しゃがんでいたおじさんは、
怖い顔をして振り返るとこう言った。

「ナラー!」


人間、腐ったものを食べると、このおじさんのように
なるんだよ・・・気を付けようね。



  追い払うつもりだった

ヘブライ語で、

「追い払われよ」

というのは、

「ナラー」(ニァラー)(NYRH)

である。

それで、「いらぬ時」にヘブライ人に近付くと
こんな言葉を浴びせられる。


おじさんは正確に発音したが、
それが地方では、

「ナロー」

とか、

「ニャロー」

とか、

「ヤロー」

になったと言えなくもない。

しかし、「ナロー」と「ヤロー」ではかなり違う。

それでこう考えた。


  ヤーエに追い払われてしまえ

神の名が加わった、

「ヤー・ナラー」

というのは、

「神ヤーに追い払われる(べし)」

という意味になる。


つまり、

「や・ならー」

が縮んで、

「や・んらー」

となり、

「ヤロー」

になったかもしれない。

これなら、「敵」に使うこともできる。


同じヘブライ語で、

「ヤラー」(ラヤラー)

というのがあるのだが、

これは、

「夜」

という意味である。


それで、「ヤロー」の語源としては

「ヤンラー」説が今のところ有力だ。

まあ、「夜中」にうろうろする怪しい奴は、

「ヤラー!」

でもいいけどね。



(資料A:p192)

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(ゆう)

  天才児童


「あんた『飛び級』やて?」

  「はい!」

「優秀やなー!」



・・・
さて、

「頭脳明晰」とか

「成績抜群」の相手に向けては

『優』という言葉で賞賛する。


優秀・優良・優等


・・・など。


『優』の付く評価は、うれしい評価だ。



【優】ゆう イウ
一_(形動){__ナリ}
(1)しとやかであるさま。上品であるさま。
「全く其『ゆう』な心を尽して、其人を愛恋した故で:小公子{賤子}」
(2)上品で美しいさま。優美であるさま。
「かぐや姫のかたち『ゆう』におはす也:竹取」
(3)じょうずであるさま。すぐれているさま。
「年頃添ひ給ひける御耳の聞きなしにや、いとにあはれに思さるれば/源氏{若菜上}」
→優に。
二_(名)(1)すぐれまさっていること。「―劣」
(2)成績のすぐれていることを示す評語。普通、優・良・可の三段階の最上位をいうが、さらにその上に「秀」をおくこともある。



この表現『優』は、次の英語に繋がっている。



【イウ…】eu‐ ―[接頭]
「良…」「好…」「善…」「真正」などの意 (⇔→dys‐)



『真正』という意味を含んでいるが、

日本でもそうした意味で使われている。



【優に】ゆう_に イウニ(副)
十分にあるさま。多く、下に数を表す語を伴って用いる。
「『ゆうに』100キロを超す堂々たる体格」



「優に100キロを超す体格」という表現は、

「正に100キロを超す体格」と置き換え可能。



「ヨーロッパ」という言葉にも、「eu」が付属する。



【ユーロ】Euro
ヨーロッパのこと。他の語と複合して用いる。



【ヨーロッパ】(ポルトガル)Europa
六大州の一。アジア大陸の西部に連なる半島状の大陸と付属の島々からなる。北は北極海、西は大西洋に面し、南は地中海を隔ててアフリカ大陸に接する。北西部にゲルマン民族、南西部にラテン民族、東部にスラブ民族が居住し、大小三十余の独立国がある。一般に経済や文化の水準が高い。エウロパ。欧州。
〔「欧羅巴」とも書く〕



別に、『エウロパ』という発音があるから、

「eu」=『エウ』という発音の流れもあるわけだ。


そこで、関西弁などの「ええなあ」という語も、こんな解釈ができる。

「エウ・エウ(eu・eu)・なあ」

「『優なあ』という意味である」・・・という主張も可能となる。





・・・
(ほんまかなあ)

  (ユウユウ!)



(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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優柔普段? (ゆうじゅうふだん)
  優柔不断 (未確定シリーズ)

連休になった。

「『憂さ晴らし』に、映画でも行こか?」

  「また映画?」

    「海外に行きたい」

「か・・・!」(目をむいて)

  「パパったら、いつも『優柔不断』ねえ」



・・・
主(あるじ)、ちゅーのは、辛いもんすね。


さて、

「優柔不断」を考えよう。



【優柔不断】ゆうじゅう‐ふだん(イウジウフダン)
ぐずぐずして物事の決断のにぶいこと。優遊不断。
「『ゆうじゅうふだん』な指導者」



多くの言葉で、漢字は後から当てられたと考えて正解だろう。

すると、英語に次のヒントがある。



【ユージュアル】 u・su・al
   (more 〜; most 〜)
1
a いつもの、平素の、ふだんの: 通常の
b +for+(代)名+to do 人が …するのは 通例で、普通で
★ 類語 ⇒ habitual .

2 日常見られる、普通に経験する: 平凡な

 as is usual with…
 as usual
   口語 [the [one's] 〜] 例のもの、いつもの飲み物[料理]

ラテン語「いつも使っている」の意



・・・
これを見た上で、もう一度振り返ってみよう。


「優柔不断ね」・・・という指摘は、

『平凡ね』・・・という意味になる。


また、

「不断」を「普段」に置き換えると

「ゆうじゅうふだん」=「usual・普段」

つまり、

「usual(イウジウ)← 普段」

という解説にまでなっている。

あまりにも、できすぎだ。




  「うさ」も含まれていた(?)


さらに「usual」を、ローマ字読みで復元すると

【ウサー】となった。(ウスアル →ウスァ →うさ)


浮かんでくるのは、

『憂さ晴らし』という言葉だ。


この『憂さ』は、「ストレス(鬱積)」だが、

それは

『普段』の生活で積もってゆく。


『平凡な生活(usual)』の退屈さは、

今も昔も同じであるらしい。

(他の重ね言葉も?)




・・・
(『平凡』愛して、なに悪い!)

  (うざったい人!)




※【うざった・い】 形
こまごまとしていてうっとうしい。煩わしい。面倒臭い。


(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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融通 (ゆうずう)
  使わせないぞ (未確定シリーズ)

「そのバケツ、使ってないね」

  「うん」

「なら、ちょっと貸して」

  「やだよ」

「『ゆうず』きかんな!」



・・・
関西では、

「使いまわし」

などを、

「ゆうず」(融通)

と言う。


この言葉は明らかに、「英語に流れたヘブライ語」だ。



【ユーズ】use
a ものを「使う」、「用いる」、「使用する」、「利用する」
b …のためにものを「用いる」




しかし日本で、

「私は、資金を『ゆうず』する」

という場合、

『確保する』という意味が強い。

(または、『人に貸す』など)




【融通】ゆう‐ずう (ユウヅウ)
○ 融(ト)けあって滞りなく通ずること。『ゆずう』。

○ 金銭の流通すること。また、金銭などをお互いの間でやりくりすること。

○ 臨機応変に事を処理すること。
「『ゆうずう』がきく」



このように、

日本での『ゆうず』は、

『流通』の意味が強く

英語とは微妙に違うのだが、それは伝播する際によくあることだ。

こんな場面が想定できる。




  『使え』

ヘブライの軍に、新しい仲間が加わった。

敵対していた支族のつわもの達だ。

彼らは寝返って、「味方」として働くようになった。


彼らに面会していた部隊長が、振り返って部下に言った。


「余ったヨロイはあるか?」


部下は、人数分のヨロイを探してきた。

隊長は、つわもの達に言った。



「ユウズ!」

・・・

『これを使え』


・・・と言ったのだ。


つわもの達は各々、好みのヨロイを手に取った。


この状況を、

村の若者が見ていたが、彼はこう思った。


「これが『ゆうず』か」


彼は、天孫族の言葉を一つ憶えた。




・・・
(これ実話か?)

  (しらんよ、見てないもん)

(通すか通すまいか・・・)

  (『ユウズ』利かしてーな)




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付録:use

【ユーズ】use

1)
a ものを「使う」、「用いる」、「使用する」、「利用する」
b +目+for+(代)名 …のためにものを「用いる」


2)才能・暴力などを」「行使する」、「働かす」


3)ものを「消費する」、金を「使う」


4)[well などの様態の副詞を伴って]
 人を (…に)「遇する」、「取り扱う」「あしらう」


5)人を 自分の都合のよいように「使う」、機会をうまく「利用する」


6 [could 〜 で] 口語
…が 「得られ」たらありがたい[よい]
⇒ used(2).
  use up



1)  [また a 〜] 「使用」(すること)、「利用」(法) of .


2)
a 使用する(能)力 of .
b 使用の許可[自由]、使用権 of .


3)
a 役に立つこと、効用、益 of .
b [(of) 〜 で] (有・無)益で
★ 用法 any,no などの前の of は慣用的にしばしば省略される
c (+in)+doing [形容詞的に] …するのに 役に立って
★ 用法 in は通例略される .  


4)
a   使用目的,用途 for .  
b   …の 使用の必要[機会] for .  


5) 慣習、慣行、習慣
 have no use for…
 in use
 make use of…
 put of use
 put…to use

ラテン語「使用する」の意;   useful,useless





(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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有名 (ゆうめい)


  「有名」とは? (未確定シリーズ)


「彼は有名な人だよ」

  「へー!サインもらっとこ!」



【有名】ゆう_めい イウメイ(名・形動){_ナリ}
(1)広く知られていること。名高いこと。また、そのさま。⇔無名。
「『ゆうめい』作家」
「『ゆうめい』な人物」
(2)名を有すること。




普通、名前は誰にでもある。

なのになぜ、「名が有る」という語が通用しているのだろう?

「名(メイ)」には、何か深い意味があるらしい。



謎は、以下の英語から解けた。



【メイン】main (☆めい)
主な、主要な: 主要部をなす
《★【類語】 main は物事の大きさ・重要さが他よりまさっている: chief は,人に関する場合は第一の優位を占めているの意で、物事については main と似た意》
1
 a (水道・下水・ガス・電気などの)本管、幹線
 b [the 〜s] (建物へ引き込む水道・下水・ガス・電気などの)本管、本線 (cf. →mains 2)
2 [the 〜] 《詩》 大海原
→in the main
→with might and main
◎ 古期英語「力」の意: 「力がある」ことから「主要な」の意味となった



古期英語から、

「メイ」=「力ある」

と理解できる。


つまり

「有名」とは、

●「力が有る」→ 「政治力」や「経済力」などを有している。

という意味だろう。(説)

(意味を重ねた「重義法」の線も有る)



以下も見直してみよう。


【名士】めいし (☆mainの士)
世間に名を知られている人。著名な人。



【名産】めいさん (☆mainの産品)
その土地の有名な産物。名物。


【名工】めいこう (☆mainの匠)
すぐれた工芸人。名高い工芸人。名匠。



【名君】めいくん (☆mainの主君)
立派な君主。すぐれた君主。




この土地の「名物」は何だ?

と聞くなら

→ 「主要(メイン)な産品」は何だ?

と同じ意味になる。


我々は「メイン(main)」を日常で使いまくっていたらしい。




・・・
(なんじゃ!こりゃーっ!)

  (氏名の「名(めい)」と混同しとるぞー!)

(メイ惑じゃーっ!)

  (先人に怒ってもしゃーないで)


さて、

先人はどこかに、

「メイ=『main』=力」

というヒントを残しているはずだ。

あった!



【本命】ほんめい
(1)競馬や競輪などで一着になると予想されている馬や選手。転じて、一般に最有力とみられている人。
(2)「ほんみょう(本命)」に同じ。




「本命」の「メイ」は正に、「main」を意味する語ではないか。



漢字は、広範囲に使われる傾向があるので、同じ語根に、いくつかの漢字があてがわれている場合が多い。

こうなると、後人にはもう見分けが付かず、「枝葉の論議」に終始する。


結局、日本語は「謎の言葉」になった。

しかし、ちょっと考えてみよう。


「日本」=「古代イスラエル」


こうした正体が、なぜ秘密になっていたか?


おそらく、「歴史の神」によって仕組まれた「巧妙な隠蔽」なのではないか?

もし、日本の正体が「謎」に包まれ保護されていなければ、民族は温存されず、現在の世界地図に「残され」ていなかっただろう。

早い段階で世にしゃしゃり出ていれば、「世の神」の集中攻撃があって、とっくの昔に国ごと消滅していただろう。


※ 古代ユダ王国は、古代ローマに滅ぼされ、草も生えないほど封殺された。こうした圧力は、神の民の宿命とさえ言える。


今になって「謎解き」が可能になったのは、「機が熟した証拠」なのだろう。

驚天動地の発表に向けての準備が整ったようだ。

「民族の正体」が世界の目に明らかにされ、衝撃が走る。


その日、

日本という国家は、神の「本命」として地位が高まる。

泣いていた人々が、笑うようになる。


天の名君。

主人の「メイ」によって。




・・・
(名ーんも、言うことない)

  (そや名)


※ 「メイ」で落ちてないぞーっ!

(「メイン」が落ちな、あかんがな)


(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

(日本書紀と日本語のユダヤ起源:ヨセフ・アイデルバーグ著:久保有政 訳)

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雪や『コンコ』 (ゆきやこんこ)

  鼻歌の謎 (未確定シリーズ)


ユキオがパジャマに着替えていると、

お風呂で、ねーちゃんが気持ちよく歌っていた。


「ゆーきやコンコ、あられやコンコ・・・」


※ 一般には「コンコン」と理解されているが、「正解は『コンコ』だ」という。


ユキオは床に入ってからも、気になってしかたがなかった。

何がって?

「『コンコ』の意味」だ。


そこで次の日になってから、『ねーちゃんインタビュー』を遂行した。


「なあ、『コンコ』ってなんや?」

  「なんの話?」

「ほら!『雪やコンコ』の歌!」

  「あー」・・・


ねーちゃんは、そっけなく答えた。


「しらん!」


がっくりと肩を落としたユキオは、こうつぶやいた。


「謎が解けねーんじゃ、おらに『雪解け』は来ねー!」





  これじゃないですか?


その謎を、英語から汲み上げてみた。

これかもしれない。



【コンセントレート】con・cen・trate
1
a 光線・努力などを 集中する
b 光線・努力などを …に 集中する on,upon .

2 ものなどを …に 集める at,in .

3 液体を 濃縮する.


1 …に 集中する at,in .

2 …に 全力を注ぐ、専念する on,upon .
    [個々には  ] 濃縮液[ジュース]

◎ CON +ラテン語 centrum `center'+ ATE2;   concentration



【コンセントレーテッド】con・cen・trat・ed

1   集中した

2 濃縮した、濃厚な



【コンセントレーション】 con・cen・tra・tion

1  集結 of .

2  
a 仕事などへの 集中、集中力、専念 on,upon .
b (専門分野の)集中研究

3
a   濃縮
b (液体の)濃度



・・・
英語では「コンセントレート」で表現する「濃縮ジュース」だが、

日本では、通称『コンク(conc)・ジュース』で通っている。


「のうしゅく 濃縮」
濃縮する concentrate; condense; enrich.
濃縮ウラン enriched [concentrated] uranium
濃縮オレンジジュース orange juice concentrate; concentrated orange juice


日本ヘブライ語では、おそらく「コンク」と使っていたのだろう。


北国の雪は、生半可な密度ではない。

数メートル先が見えないほどだ。

日本にやってきたヘブライ人達はこれを見て、


『コンク!』


と表現したのかもしれない。


それが訛って、

「コンコ」

となったのだ。



・・・
(ここ…、これは濃密!)

  (よー、考えたやろ?)

(『濃い』の次は、『薄い』の調査やな)

  (コーンコン!) (困々)



※ そういえば、『紺』は『濃い色』やぞ。


(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)




ゆくゆく (ゆくゆく)


  将来の夢


「ねえ、『お金』貯まった?」

  「まだ、あかんね」

「貯めてどうすんの?」

  「ゆくゆくは、お店を開きたいんだ」

「へえーっ!」



・・・
未来を話す場合、


「ゆくゆくは…」


と、使う場合がある。



【行く行く】ゆくゆく(副)〔動詞「ゆく」を重ねた語〕
(1)将来。行く末。
「『ゆくゆく』大物になるだろう」
「『ゆくゆく』はここに住もう」
(2)行きながら。
「中海に入り、『ゆくゆく』御倉半島の断崖を仰ぐ:十和田湖{桂月}」



「どんどん先に行く」のはわかるが、

時間が経過すれば、それだけでいい・・・というわけではない。

深い意味があるんだろうか?

(おそらく、『行く』に重なった何かがある。)


そこでまず、

「ゆく」から調べた。





  惣菜に挑戦


「ひじき、炊いてみようか」

  「簡単だよ、こんなの」


・・・そして


  「やっぱり、うまくゆかん」

「ひりきー!」



・・・
味付けって、難しいね。

さて、

「うまく行(ゆ)く」

「うまく行(ゆ)かん」

というのも、よく使う言葉だ。


これを煮詰めてみれば・・・



【ユクア】yukhla (he)
力、能力

◎ヘブライ語



ヘブライ語で、

「能力」、「力量」を意味する言葉が

「ユクア」だ。


日本語の中では


『ゆく』(ユクア)→ (その力がある)

『ゆかない』(ユクア・ナイン)→ (その力がない)


と使っている。


だから、


「ゆくゆくは、お店を開きたい」

と使う場合、


「力が付いたら、お店を開きたい」

という意味になる。


ならば、それ以外の「ゆく」も謎が解けそうだ。



【ゆく_ゆく】(副)
(1)他をはばからないさま。心のままであるさま。
「何事にかはとどこほり給はむ、『ゆくゆく』と宮にも愁へ聞こえ給ふ:源氏{賢木}」
(2)ものごとが速く進行するさま。どんどん。ずんずん。すらすら。
「御腹は『ゆくゆく』と高くなる:宇津保{国譲下}」



この場合、

「『能力』を行使して、物事を進める状況」

・・・ということだろう。





  接待ゴルフ


「彼は、達人なんよ」

  「そうなん?」

「ほんまは、簡単に勝てるんやけど」

  「奥ゆかしい」

「つーか・・・まあ、『接待』やからね」



【奥床しい】おく_ゆかし・い(形){_シクおくゆか・し}
(1)上品で軽薄なところがなく、心がひかれる。態度にこまやかな心配りがみえて、ひきつけられる。
「『おくゆかし』いところのある人」
「『おくゆかし』い態度」
(2)心がひかれて、見たい、聞きたい、知りたい、と思う。
「いつしかと聞かまほしく、『おくゆか』しき心地するに:大鏡{序}」

[派生]
『おくゆかし』が・る

(動ラ五[四])
『おくゆかし』げ

(形動)
『おくゆかし』さ(名)




これも、ヘブライ語(ユクア)であるはず。


1. 置く・ユクア・しい (能力を置いて)

2. 奥く・ユクア・しい (奥にある能力)


(多分「1」の意味が強い?)





  「愉快犯」とは?


「あっ!落書き!!」

  「力作といえば力作やけど」

「なんで、こんなことをするんじゃー!!」

  「『力を誇示』したいんやろな」



・・・
こんな犯人を、「愉快犯」と言う。



【愉快犯】ゆかい_はん ユクワイハン
世間を騒がせ、その反響を楽しむことを目的とする犯罪。また、その犯人。



○ 「ユクァ・い・犯」→ 「力を誇示するための」犯罪を行う者


『力量』・『能力』に言及するこうした言い回しには、

ヘブライ語「ユクア」が含まれることになる。





・・・
(発音は、『ユクァ』と違う?)

  (そやから、『床』に聞こえる)

(ここで「落ち」を決めたら、『いかす!』とゆーたるで)

  (まかしとけ!!)


『バタン!!』


(なに?それ)

  (床に落ちたボク)

(「床下」まで潜っとけーっ!!)



※ 喜べんね、「床下(ゆかすた)男」じゃ。


【いか・す】(動サ五)
〔「行く」の使役動詞「行かす」から出たものか〕 (☆→元は「ゆかす」?)
気が利いていて、魅力的である。
「『いか』すスタイル」
「『いか』した車」



以下も、「力・能力」の関係か?



【生かす・活かす】いか・す(動サ五[四])
(1)命を保たせる。生きていさせる。死なないようにする。⇔殺す。
「『いか』すも殺すもこちら次第」
(2)本来のそなわっている能力を十分に出させ役に立たせる。力を発揮させ活用する。⇔殺す。
「才能を『いか』す」
(3)価値のないものや、そのままではむだになってしまうものを活用する。
「草稿の後半は『いか』す」
「はぎれを『いか』して作った座布団」
(4)印刷物の校正で、一度消した字句を復活させる。
[可能]いかせる




※ 彼を『ユクァ』・す→ 彼を「いか」・す→ 彼の『力や能力』を発揮させる



(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

(日本書紀と日本語のユダヤ起源:ヨセフ・アイデルバーグ著:久保有政 訳)

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ゆすり (ゆすり)
  弱みを突く (未確定シリーズ・一部修正)

「なーなー、あれこうて」

  「だめ!」

「『あのこと』、ばらすよ」

  「あんた、『ゆする』んか?」




・・・
『ゆすり』とは、

目的達成のため、相手の弱みを突く行為だ。



元々、

『ゆすり』という言葉は、意味不明に近い形で使われていた。

なんとなく抱くのは、

「揺さぶる」のイメージくらいである。(付録参照)




しかしこれが、「英語」にもあった。

つまりこれは、『古代ヘブライ語』である。

(英語流出の法則)



【ユスリー】u・su・ry

1 高利で金を貸すこと、高利貸し
2 法外な高利、暴利
ラテン語「(金銭の)使用」の意



古代日本でも、

『ゆすりー』

という発音に近かったと思われる。

それは、「暴利を貪る」などの意味だから、

「金をせびる」

とは、少しずれている。


しかし、

日本語と英語の組み合わせで、

かなり原意に近付くだろう。




・・・
(これ・・・、掛詞ちゃう?)

  (どんな?)

(『強請り』と『揺すり』)

  (かもな・・・)

(やる気ないな、もう!・・・減点や!)

  (そんなあ)

(よし、許すかわりに・・・)

  (この人、『ゆすり』でっせー!)

(うわっ!・・・ユ・・・ユーは天才!!)

  (こんどは、ごますりー!)




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付録1:ゆする

【揺する】ゆす・る 他五
○ ゆり動かす。
万葉集7:「大海の磯もと『ゆす』り立つ波の」。
「木を『ゆす』る」「体を『ゆす』る」


○ (遊里語) 言いがかりをつけたり、おどしたりして相手の心を知ろうとする。
色道大鏡:「『ゆす』る。心正しき人をおどしかけつ口説(クゼツ)しかけつ心をみるかたちなり」
 (「強請る」とも当てる)


○おどしたり、言いがかりをつけたりして無理に金品を出させる。
「有名人を『ゆす』る」


○ 美しく着飾る。見栄をはる。しゃれる。 自四


○ ゆれ動く。ゆらぐ。
宇津保物語吹上下:「賜はりて何心なく掻き鳴らすに、天地『ゆす』りて響く」


○ 人々が大騒ぎをする。
源氏物語須磨:「世『ゆす』り惜しみ聞え、したには公をそしり恨み奉れど」






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付録2:暴利とユダヤ人

言葉の点で、「暴利」と「ユダヤ」は掛詞ができる。


先ほどの英語辞書を、もう一度引いてみよう。



【ユスラー】u・su・rer
    高利貸し



【ユスリアス】u・su・ri・ous
   高利(貸し)の; 高利を取る[むさぼる].

〜・ly
〜・ness
u・surp

  王座・権力などを 奪う,横領[強奪]する

〜・er  
ラテン語「自分の使用のために取る」の意



【ユサペーション】u・sur・pa・tion
  (具体的には) 権利侵害、横領



【ユスリー】u・su・ry
   
1 高利で金を貸すこと、高利貸し
2 法外な高利、暴利
ラテン語「(金銭の)使用」の意



※これらの言葉が、派出して『ジュー』という発音を発した場合

『ユダヤ人』が連想される事になる。



【ジュー】Jew
ユダヤ人。


これは元々、


『ユダヤ』→『ユー』

となるべきことばだった。


『ユー』→『ジュー』

『ユスリ』→『ジュスリ』


こんな派出の流れがあるようだ。




  富をまとう民

世界を牛耳る金貸しは、実際に「ユダヤ系資本」だ。

彼らの金融支配は、生易しいものではない。

「ジュエリー(jewelry)=宝石」という名前さえも、ユダヤを思わせる。



【jew・el・ry】
英 jew・el・ler・y
    [集合的に] 宝石類、(宝石入りの)装身具類.

JEWEL+ RY


【Jew・ish】
1 ユダヤ人の、ユダヤ人特有の[らしい]
2 ユダヤ教の
    口語 = Yiddish.

JEW+ ISH1


【Jew・ry】
    [集合的に] ユダヤ人集団



※オッペンハイマー一族は、実際に世界の「ダイヤモンド」市場や「金」の市場を牛耳っている。



『ベニスの商人』という劇でも、
ユダヤの金融支配は、風刺されている。



【ベニスの商人】

シェークスピア作の喜劇。《The Merchant ofVenice》。5幕。推定初演1597年。ユダヤ人の金貸シャイロックは借金を返済できぬアントーニオから証文どおり胸の肉を切りとろうとするが,男装して裁判官に化けたポーシャの機転で敗訴する。19世紀以後シャイロックの悲劇的存在について解釈が行われている。日本では1885年《何桜彼桜銭世中(さくらどきぜにのよのなか)》として翻案上演され,最初に紹介されたシェークスピア劇となった。

(資料:マイペディア(C)株式会社日立システムアンドサービス)



そんなわけで、

ユダヤ人は、『富をまとう民』だと言えるかもしれない。


土の中の『石ころ』が、高額で取引される。

確かに「宝石の値段」は、『あって、ないようなものだ』と言われる。

(それは、ある意味での『暴利』である)


だから、『ジュエリー』と『ユスリー』は無関係ではない。



「ユスリー」と「ジュエリー」と「ジュー」

この三者の関係は、実に奇妙である。





(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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ゆとりはヤタルから (ゆとりはやたるから)
  飛ばし屋

「あの人たら、車に乗ると、やたらめったらに飛ばすのよ」

  「へえー・・・おとなしいように見えるのにねえ」


この会話の中の、

「ヤタラ(矢鱈)」

という語は、
ヘブライ語の

「ヤタル」だろう。

それは、

「充分以上に」という意味を持っている。



  給料上がればゆとりができる

日本人は、

「お金に『ゆとり』がある」

とか、

「時間に『ゆとり』がある」

などと話す。


この言葉の語源は、やはり上記のヘブライ語にある。


先の「ヤタル」は、

「イェテル」と派出(変化)するので、

これが日本語の「ゆとり」(余裕)になった。

ヤタル→イェテル→ユテリ→ユトリ

・・・と変化したようだ。


またこれから、

「ゆったり」

という副詞なども出ている。



(資料A:p116)

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指きり拳万(げんまん) (ゆびきりげんまん)
  「指きり拳万」 (未確定シリーズ)

おもちゃ売り場で・・・


「あれ、かってくれるよね」

  「ああ、憶えてる」

「たんじょうびがきたら?」

  「そう」

「じゃ、ゆびきりしてよ」



・・・
子供は、「約束が守られるかどうか」が、心配で仕方がない。


※確かに今は、『嘘つき政治』の時代だ。

そんな『手本』じゃ、「心配」は当たり前だね。



さて、

だれでも一度は使った言葉、

『指きり拳万』

とは、どんな意味だろうか?




  『偏在』だった

「ゆびきり」

とは、

「ユビクィリィ」

というヘブライ語だろうと考えた。

ラテン語の『偏在』という語に相当する。



【ユビキタス】u・biq・ui・tous

1 (同時に)至る所にある、遍在する
2 人が 至る所に姿を現わす
〜・ly
〜・ness



【ユビキティ】u・biq・ui・ty
  (同時に)至る所にあること、遍在

◎ ラテン語「至る所にあること」の意



アルファベット表記では多分

『ubiquily』

のようになる。



さて次に、『拳万(げんまん)』を考えなければならない。



【拳万】げん‐まん
(幼児語) 約束を必ず守るしるしとして、相手と小指をからみ合せること。
ゆびきり。



これに近いのは、これだろう。



【ジェニゥイン】gen・u・ine
   (more 〜; most 〜)
1 (比較なし)
a ものが 正真正銘の、本物の
b 人が 正にその名に値する、本物の
2 感情が 心からの、本当の、偽りのない
3 (比較なし) 純種の、純粋な
〜・ly
〜・ness
◎ ラテン語「生来の、真正の」の意



・・・
ヘブライ語の発音は、『ローマ字読み』で

『ゲヌ』となるだろうから、

『ゲヌ』=『正真正銘』

と、解釈し、

『マン』=『万』、『満』

だとすれば、


「ユビクィリィ・ゲヌ・マン」=

『いつどこにいても・正直さを・満たす」

という意味になる。




しかし、さらに奥底には、

深い意味が潜んでいるようだ。



【ジーニアス】ge・nius
1 天才、非凡な才能
2   天才、 鬼才
3 特殊な才能
★ 用法 皮肉で悪い方面の才能にも使う
4 人種・言語・制度などの 特徴、特質: 時代・社会などの 傾向、精神、風潮
b ある場所の 雰囲気、気分、気風
5 [通例修飾語を伴って] (人・土地などの)守り神、守護神

◎ ラテン語「守護神」の意



・・・
『守護神』というラテン語の意味から、ピンとくる。

「ユビキリィ・ゲニ・マニ」

とすれば、

『守護神の目はどこにでもあって、返報する』

と意訳できるのだ。



箴言 15:3
 ヤーエの御目はどこにでもあり、悪人と善人とを見張っている。



「ユビキリィ」=偏在

「ゲニ(genius)」=守護神

「マニ」=応答(神からの返報)


・・・こうした言葉なら、

「信仰の民」古代イスラエルが「約束」に使うことは

充分考えられる。


しかし、

さらにまた、別の言葉が重なっている可能性も否定できない。




・・・
(小さい頃、『指切る』と痛いな・・・と、おもとった)

  (嘘つかなんだらええやん)

(つ、ついたことなんかないぞ)

  (ほら!『嘘』ついた!)





(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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(ユメ)
  将来の『イメ』 (未確定シリーズ)


「マコトちゃん、将来『何』になりたい?」

  「せいじか!」

「やめなさい!そんなの」

  「なんで?」

「あれは、『嘘つき』がなるんだよ」



・・・
なんて時代がくるのかな?

確かに、このままじゃそうなるだろうね。


ところで、

『夢』という言葉を調べると、こうなった。



【イメージ】 im・age

1 …の 像を作る[描く]
2 …を 心に描く、想像する
3 …を 生きているように描く
4 …を 映す、映し出す
5 …を 象徴する

ラテン語「類似、肖像」の意: IMITATE と関連語:   imagine,imagery


・・・
『ゆめ』は、

『イメ』ではないだろうか?


古代ヘブライ語の発音は当初、

『イマジ』

または、

『イメジ』

のようだったと考えた。

それは、次の言葉になっているようだ。



【夢路】ゆめ じ(ユメヂ)

(1)夢が経過してゆくさまを、道を行くのにみなしていう語。
「『ゆめじ』をたどる」

(2)夢の中で行き来すること。また、その道。
「恋ふれどもあふよのなきは忘草『ゆめじ』にさへや生ひ茂るらむ:古今{恋五}」



漢字が導入されてから、

「漢字に付随する意味が加わった」・・・と考えている。


「イメジ」(image)→『ユメジ』

と訛ったのだろうか。





  ご主人の「ユメ」


ある家の主(あるじ)が眠りから覚めた時、

そばにいた「お付き」にこう言った。


「私は『イメジ』の中を彷徨った」


すると「お付き」は、こう思った。


「『ユメジ』だって?」

「ご主人は、『架空の道』でも歩いたのだろう」


このように、

眠りの中で見る「イメージ」を、

『ユメジ』

と呼んでいたが、

さらに短縮されて、

『ユメ』

となった。(仮定)


では、もう一つの発音である

「イマジ」はどう伝わっただろうか?





  今更(いまさら)


友達が、電話してきた。

涙声だ。


「あれね、インチキだったよ」

  「ほら!だから『詐欺だ』って言ったじゃん!!」

「どうにか、ならん?」

  「今更のように相談されたって・・・」




・・・
ここで、

『今更』というのは、

『イマジ・サラ』

だったかもしれない。



【今更】いま さら

一 (副)
(1)今となっては(もう遅過ぎる)。
「『いまさら』あとへは退けない」
「『いまさら』愚痴をこぼすな」

(2)今改めて。
「どんなに泣きわめこうと『いまさら』驚かない」
「実力不足を『いまさら』のように痛感した」


二 (形動ナリ)
(1)今になって改めて。
「『いまさら』に、この御ことよ、かけても聞えじ:源氏{柏木}」

(2)今初めて。新しく。
「目の前に移りかはる世のありさま、『いまさら』ならねど:増鏡{むら時雨}」



・・・
『イマ(ジ)・サラ』は、こうなる。


『今』=『イマ(ジ)』(image)

『更』=『サラ』(新しい)


判りにくいので、もう少し取り上げよう。



【今更めく】いまさら め・く(動カ五[四])

(1)わざわざ改めてという感じがする。
不必要に思われる。
「ここで言うのも『いまさらめ』いている」

(2)あらためて、こと新しく感じられる。
「二千里の外も残りなき心地する、『いまさらめ』きたり:増鏡{新島守}」



【今更らしい】いまさら らし・い(形)
(前からわかっていたのに)
今初めて知ったというようすである。
「『いまさららし』く弁解している」



・・・
『今更らしい』

という場合は、このように解釈できる。


「『イメージ(イマ)』・『サラ』・らしい」

=『新しい肖像のごとくに』(見せかけて)



だから、

「『今更』言うな」

とは、

「『今更らしく』言うな」であり、


「『新しいイメージであるかのごとくに』・・・言うな」

(すでに知られたこと)


と使っているのだろう。




・・・
(絵に描いたリアルな『虎』を見てどう言う?)

  (『今にも飛び出しそうな』…やろ?)

(意味わかるか?)

  (「飛び出る『イメージ』」?)

(正解!)

  (まあ、これも『仮定』やけど…)

(『ユメ』もそのうち、現実になる)

  (そや!『今』に見ておれ!!)





※忌々しいは、「『イマ』・忌ま・しい」かな?

(『重ね言葉』という可能性も)




(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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資料:イメージ


【イメージ】 im・age
1
a 像、彫像、画像
b 聖像、偶像
c 形、姿 of .

2
a …の よく似た人[もの] of .
b …の 象徴、典型、化身、具現 of .

3
a (鏡・レンズによって作られる)像、映像、影像
b (心に浮かんだ)映像、心像: 面影

4
a (個人の抱く)イメージ、印象
★ 比較 「イメージアップ」「イメージダウン」は和製英語
b (大衆の抱く)イメージ、観念

5
a (写実的)描写、表現
b 修辞 比喩(的表現)、 直喩、隠喩


1 …の 像を作る[描く]
2 …を 心に描く、想像する
3 …を 生きているように描く
4 …を 映す、映し出す
5 …を 象徴する

ラテン語「類似、肖像」の意: IMITATE と関連語:   imagine,imagery



im・ag・er・y
    [集合的に]
1 像、彫像: 心像
2 文芸 (比喩的表現に用いる)形象、イメージ
IMAGE+ ERY

「ヨーイショ」っと (よーいしょっと)
  「朝だよ」

寝起きの悪い人は、どこの家にもいたりする。

「ただお!」

「起きなさい!」

  「はーい!起きてます」


しかし、かーちゃんは鋭い。

「あの声は、起きた『ふり』だよ」

  「じゃあ、わたしが起こそうか?」

「そうしておくれ」


ねーちゃんは、二階に上がっていった。

「よーいしょっ」

布団をひっぺがす。

するとただおは、「買収」を始めた。


  「布団くれたら、500円やる」

「ダメだ、前も嘘ついた」

  「う、嘘じゃねえ」


・・・
こうして、朝のバトルは続いてく。

では、

このかけ声、を解明しよう。

「よーいしょっ」

・・・とは?


これはヘブライ語の、

「ヨー・イショ」 (IW・ISW)

に違いない。


「ヨー」=「神(ヤーエ)の古名」

「イショ」=「引き上げる(救援)」

・・・となるから

「ヤーエの救援」

という意味になる。


同じ「救い」でも

「イショ」 (ISW)

は、

「動的な救い」を意味する。

ちょうど、「レスキュー隊の救助活動」のようである。


・・・これは

「救世主」が人間界に出向いてもたらしたような救いで、

それとの対照が

「スウク」 (柵)

・・・つまり、「羊を柵で護る」という語だ。

(「救い」は、「スウク」を語源としている)



  「伊勢」にも関係する

元々、伊勢神宮の「イセ」は、「救世主・イエス」を意味する言葉だった。

民謡ではよく「イショ」と発音されているが、

「ISW」

という発音記号は、

「イシュー」

または、

「エシューア」

という語が出るはずで、

「エシュー」は、キリストの名「イエス」に移行した語だ。


つまり「伊勢神宮」は、「イエス神宮」であり、

「救世主神宮」と訳すこともできる。


さらに、

「イシュー」

から、

日本語の「イシ」(石)が出ているはずなので、

伊勢神宮は「石神宮」という意味も含んでいることになる。

聖書:石とイエスと伊勢神宮



  「磯」は船を引き上げる

「いそ」(磯)

という言葉は、

「イショー」 (ISW)と同類の

「イサー」 (ISA) ・・・

から出ている。


こちらは、

「引き上げる『場所』」

という意味。


だから、船を引き上げておく所が

「いそ(磯)」 (イソー)

なのだ。


もし、「ヨーイショ」・・・と言い放った人は、

少なくとも一度、ヤーエの救助を祈ったことになる。


(でも、布団とるとき「祈る」のおかしいぞ)

  (そお?・・・あんたは寝坊で、「イショー(救助)」がいるんだよ)

(わー!布団返したまえー!!)



(資料A:p44,45)

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「救う」は「垣を巡らす」だった「医者」は何語?
『ヨーシ!』頑張るぞ! (よーしがんばるぞ)
  締まって行こう

昨今は、事件が多い。


ある人の「家」は、地震で倒壊したけど、「家族」は残った。

そこで、こう言う。


「ヨーシ!頑張るぞ!」


・・・
命さえあれば、やり直しができる。

『夜明け』はやってくる。


こんな時、奮起する人のかけ声は

ほとんど

「ヨーシ!」

ではないだろうか?


では、この言葉の意味は何だろう?


これはヘブライ語の

「ヨーォシ」 (I YSH)で、

「引き締めよ」

という意味だ。


原型は民謡のお囃子の中にある。

「漁船引き上げ唄」のお囃子は、こんな感じである。

「ヨーォシ イヤコデ ヨーォシ セッ セッ」


意味は、

「引き締めよ、 巻き付けよ、 引き締めよ、 引き上げよ、 引き上げよ」

・・・となっている。


だから、日本人の「ヨーシ!」は、

出発の際に、気を引き締めるための言葉なのである。



  「セッセ」もやっとく?

では、この中の

「セッ セッ」

の方も考えてみよう。

それは、

「引き上げよ」

となっているから、こんな使い方ができる。


「それじゃ行ってくるよ」

  「とーさん、『セッセ』と稼いでね」

「よっしゃ!」


この時、「とーさん」が「漁師」であればぴったりの会話だ。


とーさんの『セッセッ』は、

「網を引き上げる」ということだから・・・ね。



・・・
(なるほど・・・それじゃ、数人がかりで石を持ち上げる・・・ってかけ声は?)

  (『セーノ!』・・・でしょ? あれも同類だよ)

(『引き上げろ!』という意味だね?)

  (たぶん)

(それじゃもう一個いってみる?)

 (えっ?まだやるの?)

(「イヤコデ」が残ってるじゃん)

  (あっ・・・それね!)



  「イヤコデ」とは?

漁で、魚を引き上げる場合、一匹でも逃がさないように気を遣う。

魚が網に掛かって上がってくると、

「引き上げろ!」

「巻き取れ!からめ取れ!」

・・・などと叫ぶだろう。


このヘブライ語、

「イヤコデ」(巻き付けよ)は日常、

どう使われているのだろうか?


それは、こうじゃないだろうか?



  絡む奴

「道を歩いてると悪い奴がいてね」

  「どうしたの?」

「ちょっと、肩があたったからって『金出せ』って言うんだ」

  「ヤクザだな!・・・それでどうしたの?」

「親戚は刑事だよ!・・・と言ってやったんだ」

  「すると?」

「逃げちゃった!」


・・・
ここでの

「ヤクザ」

こそ、

「イヤコデ」 (I YQD)

ではないだろうか?


この「I YQD」は、

「イヤクダ」

と、発音されただろう。


だから、

「ヤクダ」 → 「ヤクザ」

という発音に聞き取られたかもしれない。


意味は、

「絡みつく(人)」

・・・となるから、ぴったりだ。



(これ、あくまで『説』だよね?)

  (そういうこと)

(つまり、あまり信用できないね?)

  (まあ・・・)

(じゃあ、出さない方がいいのでは?)

  (やけに絡む・・・『ヤクザ』っぽいぞぉ!)

(『それ』、待ってたの!)



(資料A:p60)

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よーどを手配してよ (よーどをてはいしてよ)
  行楽だっちゃ

「ちょっと、遠くに旅行しようか?」

  「いこいこ」

「どこがいい?」

  「山口は?」

「よさそうだね」

  「じゃ、宿、手配する?」

「うん。僕が手配するよ。」


・・・
楽しそうな計画が決まった。


さて、この時の

「宿」(やど)の語源を考えてみよう。

これは、ヘブライ文字の

「ヨード」

が、元になっている。

それには、「手」という意味があり、

「場所」(place)

の、意味も持っている。

これに接尾語の「オ」が付けば

「彼の場所」である。

これは、日本語の

「宿」(やど)

として使われている。

つまり、

「『彼の場所』を確保してあげなさい」

というのが、

「『ヤドオ』を確保してあげなさい」

ということになる。


これに「リ」が付けば、

「我に属する場所」

という意味に変わり、

「ヤドリ」→「宿り」

・・・つまり、「我が宿」となる。


もしかすると、

「わがやど」

が、

「我が家」

の最初だったのかなあ?

(ぶつぶつ言ってないで、手配できたの?)

(あーい。)



(資料A:p157,158)

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「ヨイトマケ」の唄とは? (よいとまけのうたとは)
  とーちゃんのためなら

歌っていたのは、アキヒロ・三輪だったかな?

「とーちゃん」、「かーちゃん」のために、

「えーんやこら」

と、土を固める。

そんな情景が浮かんでくる。


では、この歌の名前となっている

「よいとまけ」

・・・て、何だ?


  ヘブライ語だった

「よいとまけ」

というのは、ヘブライ語になおせば

「ヨイド・マカ」

となる。

「ヨイド」 (IH’D)=「ことごとく」

「マカ」 (MK)=「沈める」

と訳せるので、

例によって、天孫族が「敵を鎮圧する」かけ声だったのだろう。


平和になってから、それが労働の歌に転用されたようだ。

土を突いて固める(搗いて沈める)労働には

よく馴染む。

:いわゆる、「土搗唄」(どとううた)で、
「土搗」とは、土を突き固めることをいう。

「搗く」(つく)という漢字は、穀物などを杵で叩きつぶすような場合にも使われる。
「搗(か)ち合う」とも使う。



  値切る言葉にもぴったり

この

「マカ」

を「値段交渉」に適用すれば、

「マカル」→「マケル」=「値段を圧縮する」

となって、

値切り交渉に使う言葉ができあがる。


確かに、「値段を圧縮する」

というなら、「値切り」にぴったりだ。

(別の説もあるよ)


さらに言えば、

勝ち負けの

「マケ」 (負け)

という語に移行している公算も大きい。


ヘブライ語の原意が

「沈む」

であるので、これもぴったりだ。


(それじゃ、当然「カチ」も調べてよ・・・それから「マカ不思議」もね)

(あっ!「エンヤコラ」忘れてるよ)

  (あんたにゃマケるわ!)



(資料A:p71)

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もっと、まからんの?
よいは、ヨフイ (よいはよふい)
  こうすればよい、ああすればよい

誰でもよく使う言葉だ。
この、

「よい」

も、ヘブライ語である。

「よい」は、「佳い」、「美しい」である。


ヘブライ語の

「ヨフイ」

が、「よい」と発音されるようになった。

その語根は、

「ヨフエ」

であり、これが「エ」(愛)に単純化された。


神武天皇は、七人の娘達から皇后を選ばれる時、
「かずもかずもいや先たてる、えしをばまかん」
と仰せになり、イスキヨリ姫を迎えられた。

「えしを」

の「え」は「愛」である。



(資料A:p158)

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ええなー、それ!
よくよく (よくよく)

  育児・法規 (未確定シリーズ)


「今から出かけるよ」

  「どこへ?」

「競艇さ」

  「お前、『よくよく』考えろ」

「え?」

  「『育児の責任』があるんだよ」



・・・
「博打を振り切れない人」は、『イクジなし』ですよね。


ところで、

「よくよく」の『よく』とは何だろう?


1. 「『よく』考えろ」

2. 「『よく』発見できた」

3. 「『よく』言ってくれた」



「よく」という言葉は、何となく見逃しているが、確かに「謎」がある。


英語からの逆流調査で、意外な意味が浮上した。


「よく」→ 「結び付き」

それも、単なる結び付きじゃなく、

『くびき』で繋がったような「密接」な結び付きだ。



【ヨーク】yoke
1
a (一対の牛などを首の所でつなぐ)くびき
b [しばしば単複同形で] (くびきにつないだ牛などの)一対 〔of〕
c [通例単数形で] (人やものを結びつける)絆(きずな): 夫婦の縁 〔of〕

2
a くびき状のもの
b (手おけなどを肩でかつぐための)天びん棒

3 [the 〜]
a (暴君などの)支配、圧迫 〔of〕
b (奴隷などの)束縛(状態)、 隷属 〔of〕

4 【服飾】 ヨーク
《シャツ・上着・ブラウスなどの襟肩やスカートの上部に入れる切り替え布》


1
a 〈牛などに〉くびきをかける
b 〈牛などを〉〔…に〕つなぐ

2
a 〈…を〉〔…に〕つなぎ合わせる、結合させる
b 〈男女を〉結婚させる 《★通例受身で用いる》

◎ YOGA と同語源



【軛・頸木・衡】くびき
(1)車の轅(ナガエ)の先端につけて、車を引く牛馬の頸の後ろにかける横木。
(2)(比喩的に)自由を束縛するもの。「国家の『くびき』から脱する」



・・・
「結び付いている」という意味を持つ「ヨーク」は

日本ヘブライ語の『よく』に「よく」当てはまる。



それで、以下の言葉には、こんな意味があるかもしれない。


1. 「『よく』考えろ」→ 「『結び付けて』考えろ」

2. 「『よく』発見できた」→ 「発見に『結び付いた』な」

3. 「『よく』言ってくれた」→ 「(それに)『結び付いた』言葉を発してくれた」
   (適切に発言してくれた)


そんなわけで、先ほどの

「『よくよく』考えろ」・・・とは、

→ 「『関連事項』を『結び付けて』考えろ」

(「競艇」に走る自分の行為を、『育児の責任:くびき』に『結び付けて』考えろ)

という意味になる。

不思議に意味が通る。



・・・
(「よく」が「ヨーク」見えてきたぞ)

  (『よく』言うよ)



※「よく言う」→ 「連結させて言う」→ 「こじ付けだな」

(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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付録:『よく』の再検討


『ヨーク』が持つ『結合』・『くびき』という意味・・・

それは、以下の語にも含まれるはずだ。



【よくせき】(副)(多く「よくせきのこと」の形で用いる)
他に方法がなく、やむをえないさま。よくよくのこと。
「『よくせき』のことがなければ、頼みはしまい」


意味として

ヨーク・席→ 「席に結合した」

ヨーク・籍→ 「籍に結合した」

ヨーク・積→ 「責任で繋がる」

など・・・


「よくせき」を『ヨーク』で訳せば

「あなたと『くびき』で繋がっている立場」・・・

と、理解できる。



また、

「欲目」についても、「『くびき』による連結」が真意かもしれない。

※くびきで繋がった牛は、2頭が同じ動きをする。



【欲目】よくめ
物事を、自分に都合のいいほうに見ること。自分の利害や欲・感情に左右されて、主観的に物事を見ること。ひいきめ。
「親の『よくめ』」



以下の語にも『連結』という意味の『ヨーク』が・・・



【翼成】よくせい(名)スル
助けて成就させること。力を添えて仕事を成し遂げさせること。
「人間は此福(サイワイ)を犠牲にして、纔(ワズ)かに世界の進化を『よくせい』してゐる:妄想{鴎外}」



【翌週】よくしゅう(ヨクシウ)
話題になっている週の次の週。

※じかに繋がっている週?



【翌日】よくじつ
話題になっている日の次の日。あくる日。

※連なった日?



【一翼】
(1)一つの翼。
(2)一つの役割、持ち場。

● 「『いちよく』を担う」

※ これは、「イーチ(each)・ヨーク(yoke)」を担う」と理解して、「『各々』の『くびき』を担う」とできる。



さらに、

「結び付く」「連結する」の意味で再検討すれば、「『よくも』の意味」が見えてくる。




  「呪いの夢」


詐欺ばかりやって生活していた男がいた。

ある晩、彼は、

恐ろしい夢を見た。


「おのれ、『よくも』騙したなー!」

  「う、うわーっ!お前は誰だ!」

「騙されて自殺したんだ、お前を呪いに来た」

  「ギャーッ!!」



【善くも】よくも(副)
ひどい仕打ちに驚いたり非難したりするときの気持ちを表す語。よくまあ。よくぞ。
「『よくも』だましたな」
「『よくも』そんなでたらめが言えたものだ」



『よく』も『騙した』な

というのは、


「ヨーク」も「騙し」

つまり

「騙し」に『結び付けた(yoke)』

という意味なのかもしれない。

(皮肉の洒落で、二つの意味を重ねた可能性もある→ 「うまく」+「結合」)

※「二つの意味」を重ねているために、「よく『も』」と使ったのかも。(も→more)


『よく』も「でたらめ」を・・・

であれば、

『でたらめ』に『結合(yoke)』させた

という意味になる。


このように、

「よく」=「結合」を念頭に置いて観察すれば、日本語はまだまだ掘れそうに思う。



【良く・能く・善く】よく(副)〔形容詞「よい」の連用形から〕
(1)十分に。念を入れて。手落ちなく。ていねいに。
「『よく』調べる」
「『よく』洗えば落ちる」

(2)非常に。大変に。
「『よく』晴れた日」
「『よく』できる人」
「『よく』食べる奴だ」
「『よく』走る」

(3)たびたび。しばしば。
「『よく』忘れる」
「『よく』言うところの他人の空似だ」

(4)困難なことをしたものだという気持ちを表す。
(ア)そのおこないをほめるとき使う。けなげにも。よくぞ。
「こんな日に『よく』来られたね」
「『よく』ぞやった」
(イ)逆説的に、そのおこないを非難する意味で使う。ぬけぬけと。ずうずうしくも。あきれたことに。
「『よく』そんなことが言えるね」
「『よく』もやったな」

(5)うれしい、ありがたいという気持ちを表す。
「『よく』いらっしゃいました」〔「こそ」の上に来ると「ようこそ」とも〕
「『よく』ぞ言ってくれました」

(6)事にあたって能力を立派に発揮するさまを表す。じょうずに。みごとに。
「『よく』文学を解する」
「『よく』困難に勝つ」



『よく』言う

うまく言う。あえて言う。多く、逆説的にその物言いを非難する気持ちで使う。
「全く『よく』うよ」



『よく』したもの
世の中は、自然にうまく補い合っているものだ。
「『よくしたもの』で、捨てる神あれば拾う神ありさ」



『よく』せずはわるくすると。
ひょっとすると。
「『よくせずはわるくすると』法師にもありなむとすや:宇津保{蔵開上}」



【欲垢】よくあか
欲を垢にたとえていう語。
「『よくあか』と煩悩と洗ひ清めて浄湯(オカユ)を浴びれば:滑稽本・浮世風呂{大意}」



●英語の「ヨーク」の意味に『くびき→ 圧政』とあるので、以下の言葉にも関係が深いはずだ。



【抑圧】よくあつ(名)スル
(1)行動や自由などを無理におさえつけること。
(2)政治権力などの力によっておさえつけること。
「政治活動を『よくあつ』する」
(3)精神分析の用語。不快な考えや感情を無意識のうちにおさえつけ、意識にのぼらないようにすること。
(4)第二の突然変異が、最初の突然変異による形質の変化をおさえ、元の形質を発現させること。



【抑遏】よくあつ(名)スル
おさえとどめること。おさえつけて、やめさせること。抑制。
「人力を以て強て世間の風潮を『よくあつ』するの危険:天賦人権論{辰猪}」



漢字は後から振られている事が多いので、

意味が通っていたとしても再考の余地がある。

また、先人がわざと「意味を重ねて」洒落で使っていた場合も多く、その時、一方の意味が消えていたりする。

それが、日本語を『よく』解からない言葉にしている。




(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)



装うって何? (よそおうってなに)
:この記事は一度消えてしまったようです
(失礼しました)


  「重ねる」という意味

日本人の正式な「装い」は、十二単(じゅうにひとえ)のように着物を「重ねる」ものだった。それだけでなく、打ち掛けを加え、髪飾りを付けたりもした。

このように、「加えて行く」ことを「装う」というのだ。

それはもちろん、ヘブライ語からきている。


正式な発音は、

「ヨソフ」

となる。

これは、エジプトに身売りされて苦労した
「ヨセフ」という聖書中の人物名と同じ意味を持つ。


ヨセフの名前を分解すれば、

ヨー・セフ (ヤーウ・セフ)

となり、意味は

「ヤー、またも加えたまえり」

となる。


父のヤコブには12人の息子がいて、
これが後に、イスラエル12氏族となる。
(ヤコブは、ある時からイスラエルと改名した)


ヨセフは末から二番目だった。
だから、そんな名前になったのだろう。

彼の名前を漢字に訳せば、

重男

ということになる。

ヨセフがエジプトに行くことになったのは、
何と兄たちが彼を売り飛ばしたからである。

ヨセフが父にかわいがられていたので
妬まれたのだ。

それだけでなく、

「兄たちが自分に傅く(かしずく・・・
つまり頭を下げている)夢を見た」

と本人が告げたため、兄たちは気分を害して
彼を内密に売り飛ばしたのだった。

もちろんヤコブには、

「獣に襲われたらしい」

と、服だけを持っていって嘘をついた。
ひどい兄たちである。
ヤコブは悲しみに暮れた。


しかしこれには神からの「親切」が
絡んでいた。

(というより、「悪魔の仕業」を神が好転させたのかもしれない。)


その後、彼らの住む土地に大規模な飢饉が
起きて命が危うくなった。
ヤコブ家は、一家そろってエジプトに逃れた。

するとそこには、出世したヨセフがいた。
彼が食糧配給を担当していたのだ。

兄たちはヨセフと知らずに
頭を下げた。

(ここで夢は現実となった)


この出来事を通して、神はヤコブとその家族を
飢饉から救った。

ヨセフは一時の不幸を通して、ヤコブの家を救った。
(もちろん兄たちは、彼に心から感謝した)


  ご飯をよそう

お茶碗にご飯をつぐときに、しゃもじで
一へら二へらと重ねるように盛り上げる。

この行為も、

「よそう」

と表現されるが、意味は同じ事である。
それで、もっと正確に言うなら

「ご飯ヨソフ?」

・・・ってことになる。

これは、

「ヨセフ(ヨソフ)が飢饉を切り抜ける要となった」

という逸話を知る、イスラエル民族
ならではの風習なのかもしれない。



(資料A:p263)

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「ヨボヨボ」 (よぼよぼ)
  老人の怒り (未確定シリーズ)


「『ヨボヨボ』は、家族から切り離すゆーとるぞ!」

  「老人医療保険ね」

「けしからん!」

  「ホンマやね」

「政府はもう、『しわくちゃ』や!!」

  「えっ?」



※ それ、『むちゃくちゃ』と違います?


さて、

日本には、

「ヨボヨボ」という言葉がある。



【よぼよぼ】

(副)スル
年をとって、体が衰えたり、足もとがふらふらしたりするさま。
「杖に頼って、『よぼよぼ』(と)歩く」
「『よぼよぼ』した犬」


(形動){ナリ一}に同じ。
「『よぼよぼ』の老人」


・・・
これはおそらく、旧約聖書の『ヨブ記』から取られた言葉ではないだろうか。

(または、重ねてある)



聖書:ヨブと「取り越し苦労」



日本人の祖先は聖書の民であるので、旧約の物語を知ってその言葉を使っていた可能性が高い。(推理)

それらしき示唆は、こんな言葉にも見出せる。



【予防】よぼう (ヨバウ)(名)スル

病気や災害などが生じないように注意し、前もって防ぐこと。
「火災を『よぼう』する」
「『よぼう』措置」



『予防』は、古語で「ヨバウ」

これを分解すれば、

「ヨブ・ハウ(how)」→ 「ヨブの方法」

という意味が浮かんでくる。

(※「予防」に該当する別のヘブライ語もあると思われる)


「ヨブと『取り越し苦労』」にある通り、

ヨブは、人一倍「先のこと」を気遣う人物であった。

そこをサタンに逆利用され、

心労で『よぼよぼ』にされてしまったのである。




・・・
(「ヨボヨボ」は「ヨバウ」したいよな)

  (同感!)

(「ハウハウ」教えてんか)←(方法)

  (『水』をぎょーさん飲め)

(なんで?)

  (『ボヨボヨ』になるぞ)

(洒落かよーっ!!)




※ それ、「ブヨブヨ」ちゃう?


(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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付録:よほどのこと


「余程」という言葉は、もう一つ不明な部分がある。



【余程】よほど〔「よきほど」の転。「余」は当て字〕

一(副)
(1)程度がはなはだしいさま。普通の程度を超えているさま。たいそう。ずいぶん。
「『よほど』自信があるのだろう」
「自分で直接行った方が『よほど』簡単だ」
「あれから『よほど』経つのに、まだ帰って来ない」

(2)すんでのところでそうなってしまいそうなさま。
「『よほど』捨てようかと思ったがやめた」

(3)ちょうどよい程度であるさま。
「是は『よほど』色付いた:狂言・瓜盗人{虎寛本}」


二(形動){ナリ}
(1){一(1)}に同じ。
「『よほど』なことがないかぎり中止はできない」
(2){一(3)}に同じ。
「花の跡けさは『よほど』の茂りかな{(子珊)}:炭俵」



・・・
上記「二」のように、

「余程のことがない限り」

と使う「よほど」には、何かの古言を「重ねている」ようなのである。

それが、次の推理だ。


「よほど」

に重ねている言葉は、

「ヨボド」ではないか? (仮定)

分解すると、

「ヨブ・オド(ヲド)」となる。

(「ヨブ・ヲド」→「ヨボド」→「ヨホド」)


「オド(ヲド)」は「沈殿」という意味で、

「弱気になって『オドオド』」・・・などと使われる。


「ヨブ」には、あれだけのことがあったのだから、「オドオド」するのは無理もない。

しかしこれは、もう一つ、

「ヲド」=「一件落着」 (ピリヲド)

と重ねているようなのだ。


それは、あの「ヨブ」が最後には「以前にも増した幸福」を与えられて

『心を落ち着けた』 (「ヲドんだ」→「よどんだ」→「澱んだ」)

という意味なのである。



・・・
この推理が本当か、

あるいは、妄想であるのかは・・・

「『余程』の洞察力」がなければ見破れまい。



(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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寄り道 (よりみち)
  縁日 (未確定シリーズ)


「さあ、寄ってらっしゃい」

  「見ていこか?」

    「また、金使うで」



・・・
「よってけ」

などの

『ヨー』という語には

「ジグザグに進む」

「進路がそれる」

などの意味があった。



【ヨー】yaw
   
1 海 船が (針路からそれて)偏走する、左右に船首を振りながら進む
2 空 航空機・ロケットなどが 偏(カタ)揺れする
   
1 偏走; 偏揺れ
2 偏揺れ角(度)



・・・
従って、

「寄り道」

は、

「yaw」+「ly」+「道」(ヨーリィ・ミチ)

に相当するかもしれない。(仮定)


意味は

「あちこちに針路変更」

・・・となる。





  初心者


「自転車って、『よろける』ね」

  「あぶないぞ、よそ見するな」



・・・
「よろける」は、どうだろう。



【蹌踉ける】よろ・ける

足もとがふらつく。よろめく。
「体が『よろ』ける」



英語のヒントはここにある。



【ロー(ル)】loll
1 〈舌などが〉だらりとたれる
2
a だらりと寄りかかる
b のらくらする
〈舌を〉だらりとたらす

◎中期英語から


これは、

『ろれつが廻らない』

などの

『ろれつ』

に関係すると思えるのだが、ここでは考えずに

『yaw』と組み合わせてみよう。


すると、

「yaw」+「loll」・「ける」

・・・となる。


これは、

「だらしなく、進路がふらつく」

・・・つまり、

正に『よろける』である。





・・・
(『よろめく』も似たような感じかな)

  (そのようで)

(けど、『loll』は、「中期英語」やから根拠が薄いな)

  (まあ、堅いこと言わずに…)

(『よ(yaw)・ろ(loll)・しく』かね?)

  (う、うまい!!)




※「少しダラリとして、進路もユウズを効かせる」ちゅーわけね。


(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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ヨロヨロ
夜は、ラヤラー (よるは、らやらー)
  「ら」抜きの日本訛り(なまり)

現代の日本人は、レール、ロープ、ラーメン、などの外国語を取り入れているが、古来からの大和言葉には、こうした頭に来る「ら行」はほとんど見受けない。

(楽は例外)


つまり、古代ヘブライ語が日本に定着する時、なぜか「ら行」(ラリルレロ)が消えたらしいのだ。これは独特の日本訛りと呼ぶべきだろうか?

これを念頭において分析を進めると、日本語の中に大量のヘブライ語が浮かび上がってくる。


例えば、「夜」はヘブライ語では「ラヤラー」である。

これから「ラ」を抜いた「ヤラー」が、日本語の「ヨル」になっているようなのだ。もっとも、原語から見ると、かなり訛ってしまっているが・・・。



(資料A:p115)

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鎧(よろい) (よろい)
  鎧を考える

「鎧」よろいという言葉は、ヘブライ語で解明できそうだ。

ヨ・ロイ

と、分解してみよう。

「ロイ」というのは、元々「羊飼い」という意味だが

「庇護者」(守護者)

という使われ方をする。

それは、「用具」に当てはめると

「守護の手だて」・・・となる。


すると、

「ヨ」は、「装う」(よそおう)という言葉の短縮かもしれない。

「ヨソフ・ロイ」 → 「ヨ・ロイ」

(資料A:p158)


だとすると、

「ヨ・ロイ」

は、

「守護の装い」

という意味だろうか?


ところで、民謡では「ヤーロイ」という語がある。

こちらは、「ヤーエは我が牧者なり」と訳されている。

相馬中村盆踊り歌


一方、

「ヨー」

といえば、神「ヤーエ」の古名だ。

軍人は「縁起」(えんぎ)を担(かつ)ぐ。

そこで、「ヨソフ」に

「『ヨー』の守護」

という言葉が重ねられて、

「ヨー・ロイ」

となり

「よろい」

という日本語ができあがったのではないだろうか?

(真偽については、まだ調査中だ)



・・・
(なるほど、説は説だが近い気がするね)

  (「ヨロイ」とくれば「カブト」もでしょ!)

(わっ!・・・仕事つくったな!)

  (ヨロヨロせずに、がんばるべえ)



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よろしい! (よろしい)
  ほめてくれた (未確定シリーズ)

仕事を終えた職人が言った。


「旦那、これでいかがで?」

  「よろしい!!」



・・・
当たり前のように使っているが、

「よろしい」

とは、何だろうか?




  『ゆーろじい』か?

以下の英語を、噛みしめよう。

『よろしい』

に見えてくる・・・(?)



【ユーロジィ】eu・lo・gy

1   賛辞 of,on,to .
2   称賛

ギリシャ語「ほめ言葉」の意:   eulogize,  eulogistic



【ユーロジスト】eu・lo・gist
  賛美者、称賛者



【ユーロジスティック】eu・lo・gis・tic
   賛美の、ほめたたえる

eu・lo・gis・ti・cal・ly



【ユーロザイズ】eu・lo・gize
  …を ほめたたえる、賛美する



・・・
古代ヘブライ語では、

「ユーロジィ」に近い発音だったと思える。


「優秀」の『優(ゆー)』もこれなのだろう。(?)

(古代には、『ユール?』)




・・・
(ヨーロッパの『ユーロ』と似とるな)

  (『ユーロ』は、ええ名前やろか)

(けど、「スペル」がちょい違う)

  (どう?)

(『euro』や!)※付録参照

  (『L』→『R』か・・・)

(我々には、区別できん)

  (ロリコン不可!)

(ゆーろじー!)



※深い落ち!


○ 「ロリコン」=『R』・『L』のコントロール(がでけん)・・・かな?

○ 最後の『ユー・ロジー』は、重ね言葉。



  意味解説1.「あんた、言うなあ!」(学がある)

you logy (ユー・ロジー)


【ロージー】lo・gy
[名詞連結形]
1 「言うこと、言葉、談話」の意
2 「学問、…論、…学」の意

ギリシャ語「言葉」の意: ⇒LOGIC



ヘブライ語をこじつけると、

「ヨー」(ヤーエの古名)

「ロジー」(言葉)

・・・となって、

音の上では、


『神ヨーのお言葉だ!!』

となる。(最高のほめ言葉?)



もうひとつ、こんなのも。(発音は違う)



  意味解説2.(のろま!!)


you logy (ユー・ロギー)


【ローギー】lo・gy
  (米) 活力[気]のない、のろまな






(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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付録:ユーロ


ヨーロッパ通貨統合

ヨーロッパ連合(EU)の経済通貨同盟(EMU)構想により、1990年にヨーロッパ理事会で合意。単一通貨の名称は〈ユーロ Euro〉。

1999年1月1日に各国通貨とユーロとの交換率を固定し金融・外国為替市場での使用を奨励、2002年1月までにユーロ建て通貨の市中流通を開始し、その半年後までに各国通貨とユーロとの交換を完了した。EU 構成国のうち1999年1月からユーロに参加する基準を満たす11ヵ国(ベルギー、ドイツ、スペイン、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、オーストリア、ポルトガル、フィンランド)が確定した。

ギリシア、スウェーデン、イギリス、デンマークの4ヵ国は当初はこれに加わらなかったが,2001年1月からギリシアが参加して12ヵ国となった。ユーロ導入にともない,1998年ヨーロッパ中央銀行制度(ESCB)が発足した。

資料:マイペディア(C)株式会社日立システムアンドサービス

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ヨロヨロ (よろよろ)
  ヨロヨロとは? (未確定シリーズ)

「ヨットはなぜヨロヨロと進むの?」

  「『風』を受けるためだよ」



・・・
『ヨロヨロ』とは何だろうか?


「ジグザグに進む」

という意味のヘブライ語

『ヨー』と、


「路線」を意味する

『ロー』(英語ではロード=road)

が、連なった言葉のようだ。



【ヨー】yaw

1 海 船が (針路からそれて)偏走する、左右に船首を振りながら進む
2 空 航空機・ロケットなどが 偏(カタ)揺れする

1 偏走: 偏揺れ
2 偏揺れ角(度)


『ヨー』には、「針路変更」という意味がある。

創世記に出てくる「神の古名」がこれだ。

なぜだろうか?



実は、「古代の神」には、『不思議な二重性』があったのだ。


祝福したり、

災難をもたらしたり、


穏やかだったり、

荒れ狂ったり、


昔の人々には、そうした揺れが「どうして起きるのか」がわからなかった。


(「ヨロヨロ」には、「主人が進路を変える」という意味も含まれるようだ)

※ 「yaw road(路線)」+「yaw lord(主人)」



理由は後世に判明する。

ジグザグの進路には、「天での事情」が絡んでいた。

当時の天には、『サタン』という「口出し者」がいて、

常に『進路変更』を余儀なくされていたのだ。

(天の『路線変更』は、神の名が変化した時になされたとしても、地上がそれを完全に理解するのはイエス以降である。「太陽」としてのイエスが来なければ、「闇の中」に『光』がなかったからだ。サタンが地上に落とされてから、やっと理解が広まり始めた)



神がイスラエル民族を選び取った際に、

新しい名前(ヤーエ)がモーセに告げられた。

それから神は、

「ヤエ」・・・

つまり、『新生』の路線を歩み始めた。


※外国人は「八重歯(やえば)」を好まないが、日本人はそれを疎まない。『やえ』という名前にその理由があるのかもしれない。




  『ヨー』の神聖さ

ただ、注意しなければならない。


『ヨー』というヘブライ語は

「進路が変わる」という意味を持つが

その『理由』までは含まない。


つまり、

「神と悪魔」の行うような

『善悪の振れ』や『二重性』を含まないのだ。


『ヨー』は、あくまでも『進路』を言い表す語であり、

ヨットのように、

「追い風」を利用した

『ジグザグ前進』

などの意味で使われる。



また、言葉の持つ意味と、

「その名前」の『格』

は切り離して考えるべきだろう。


ヘブライ人にとって

『ヨー』は、今でも

「創造主の古名」であり、

『神聖な名前』なのである。




(資料:広辞苑 第五版CD-ROM版)

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