貴方もなりたい野球バカ

『考える野球バカ』養成講座


第4回 素晴らしいベースボールを支える機構・システムは?


先日、日本のアマチュア野球がプロ野球を自由契約になった選手を受け入れると発表した。新聞紙面やインターネット上の関係ページを見ると、これを賞賛する声が圧倒的である。確かにこの制度によって救われる選手達が出てくるのは間違いないだろう。私自身、このアマチュア側の決断自体は十分評価しなければいけないものだと思っている。が、しかし・・・。

この決定は、実は現在の日本の野球界(プロ・アマ)が抱えている問題の根本的解決になっていない。それどころか、かえって球界の二極分化を進める危険要素を含んでいると私は考える。

その要素とは即ち「プロ野球から受け入れた選手の再度のプロ入りは認めない」という点である。この1点こそ、アマチュア野球がその利権を守ろうとするひとつの現われである。実に心が狭いことだ、と私は思う。「アマチュア野球はプロのための養成機関ではない」と彼等は言う。それはおおいに結構だと私は思う。アマチュア野球をする人の全てがプロを目指す訳ではない。しかし彼等は、このポリシーを「アマチュア野球はプロのための養成機関であってはいけない」というように曲解しているのではないか。「アマチュア野球はプロのための養成機関にしてたまるか」と思っているのではないか。

アマチュア野球はこの他にもプロに制約を押しつけている。何かと言えば、ノンプロ選手のドラフト指名の問題。高卒ならば3年、大卒ならば2年、プロ入りができない。アマチュア野球側の論理をプロが飲んだ訳であるが、基本的に選手の供給を受けるプロ側は弱者。実態として交渉の場に立てば受け入れざるを得ないものではないか、譲歩せざるを得ないものではないかと私は思う。

そこで、今回は前編として「機構・システム」の中でも、プロアマ問題に絞って話をしてみたいと思う。そして次回、後編としてドラフトを含めたその他の問題、そして私自身が理想とするプロ・アマの融合を提案したいと考えている。

さて、本論に入る前に、前提として言っておかなければいけないことがある。私はプロ野球のファンとしての立場からこの原稿を書いている。そのため、アマチュア野球側のパフォーマンスに対して厳しい書き方ないし批判的な書き方をしており、またこの後もする可能性がある。例え、それが公正を欠くものであっても、かまわず押し通すつもりなので、アマチュア野球ファンの方々には極めて不快なものになる可能性がある。予めご承知願いたい。

1 プロフェッショナルとアマチュアの間には・・・

日本において、プロとアマの区分にはあいまいな部分がある。そのあいまいさを形作っているのが、実業団、「ノンプロ」という存在である。

ノンプロの選手達は趣味として野球をやっている訳ではない。会社の広告塔としての役割、会社のイメージアップの役割を果たすため、仕事として野球をやっている。そういう意味ではまぎれもなく野球のプロである。しかし一方で、彼等はその企業の社員として給与と雇用を保証されている。野球をすることは業務命令であり、そういう意味ではまぎれもなくプロのビジネスマン、野球のプロではない。実にあいまい。

学生野球やリトルリーグなどは、親の庇護を受け、経済的に独立していない状態でやっているのだから、まちがいなく「アマチュア」と言える。北米においては、これらの純粋アマチュアの選手たちがドラフトされメジャーリーグの組織に入ったり、独立リーグに入ったりする。学校を出る時点で、ビジネスマンになるのか、それともプロスポーツ選手になるのか選択する。場合によっては1〜3年生だってドラフトされ、中退してプロに入る。これはプロスポーツというものの成熟が早かった北米ならではのもので、日本や韓国、台湾などは実業団に支えられてきた期間が長い。

もっとも、あいまいであるということは、ある意味で非常に便利なことである。過去、アマチュア球界は、ソウルオリンピックだったと記憶しているが、卒業年次の有望選手をオリンピック用に確保するため、ノンプロ選手のドラフト指名に1年在籍でOKという特例を設け、その代わりドラフトの指名対象外にするという作戦をとった。プロが必要とするようなハイレベルの選手をアマチュアにつなぎ止めるための作戦。本来プロへ行くであろう選手をもはや「名誉」だけでひきとめられなくなったアマチュア球界の言わば最後のあがきであり、実態は有望選手との条件交渉であったと私は評価している。

しかし、今、時代は変わった。オリンピックはアマチュアの祭典ではなくなった。最高の競技者が最高のプレイをする所に変わったのだ。善かれ悪しかれ、プロ選手による世界大会の様相を呈するに違いない。

こういう時代こそ、ノンプロはそのあいまい性を最大限に活かすべきだと私は思う。プロのための養成機関としての役割、プロにはならないがプレーは続けたい野球バカの受け皿としての役割、そしてプロで目がでなかった選手の受け皿としての役割、そして私はそこにプロで目が出なかった選手を再生する役割を求めたい。

過去、何人もの選手が韓国プロ野球や台湾プロ野球、場合によってはマイナーリーグに活きる道を求めている。彼等は、なんとか頑張ってプロとして表舞台に立とうとしている。でも国内に受け皿がない。なんと嘆かわしいことだろうか。

私はプロとアマチュアの交流はもっと活発に行なわれて良いのではないかと思う。しかし、それを効率的に行なうためには、現在のプロ・アマに分かれた野球機構(アマは野球連盟)では難しいであろう。利害関係が一致しない以上、現在行なわれている連絡会議程度のものでは身のある議論がなされる訳もない。両者にまたがる課題を考えるとき、そして日本の野球全てを考えるとき、競技団体が二つに分かれているというのは絶対的なハンデになる。私は、何としても組織の統合は必要だと思う。どうしても統合は必要だと思うが、縄張り意識の強い日本人がやっている以上、極めて見込みは薄いであろう。残念である。

2 組織的に遅れている「ベースボール」

実は、プロ・アマの組織を統合することを考える際、もうひとつ問題となってくる要素がある。それは世界的に見て、ベースボールのプロ・アマ融合がうまくいっていないことである。その原因はベースボールがアメリカ起源のスポーツであり、ヨーロッパ起源ではないことにあるのではないかと私は考える。

ワールドカップが行なわれているサッカーやラグビーはヨーロッパの国で幅広く行なわれているため、競技人口だけでなく、競技者のレベルが高い国が非常に多い。植民地制度を通じて広く中南米やアフリカに広がり、それがハイレベルの国際大会を可能ならしめている。しかし、ベースボールは違う。

元々植民地であった合衆国。そこで生まれたベースボールは北米で発展し、ヨーロッパ世界に広がるチャンスは少なかった。もちろん合衆国に植民地はない。広がる要素は少ない。大体、ヨーロッパに広がるチャンスがあったとしても、ヨーロッパの人間は、そもそも植民地アメリカで生まれたスポーツなど、小馬鹿にして相手にもしなかったのではなかろうか。

余談になるが、日本で発達したのは偶然だ。知らない方がほとんどだと思うので簡単に紹介しよう。

1871年、外国の技術を身につけようと海を渡った平岡熈という16才の少年が、たまたまサンフランシスコの港で見た鉄道に魅せられ、ボストンにあった鉄道工場に職工として就職した。彼はその後一旦イギリスへ渡り、さらに再度アメリカで学んだ後、1876年に帰国するのだが、彼は実はアメリカで鉄道技術のみならず、ベースボールの技術も学んでいたのである。彼は帰国時に鉄道技術とともにベースボールのルールブック、道具一式を持ち帰っており、入社した新橋鉄道局で同僚や部下にベースボールを教えた。1878年には新橋アスレティック倶楽部を結成しているが、これが日本で初めての本格的な実業団チームになる。

既にベースボールは1872年にアメリカ人教師によって当時の開成学校、現在の東京大学に伝えられ、その後現在の一橋大学や北海道大学などで競技が始められていたが、当初はルールブックもなく、道具もなし(と言ってもバットとボールはあったと思うが)で行なわれていたそうである。平岡がチームを結成したころになると民間でも学校でも序々に野球が盛んになってきていたが、どこのチームも平岡のチームには勝てない。なぜならば、平岡の投げる「バットから逃げるボール」(つまり、カーブ)が打てない。それで、どのチームも平岡に教えを乞うようになり、結果、日本でもルールが確立され、道具も使われるようになった。このことが、現在の野球隆盛のきっかけである。まさに平岡こそ日本野球のルーツ。その功を賛えられ、彼は正力松太郎らとともに、第一回の野球殿堂入りをしている。

ちなみに、韓国や台湾でベースボールが発達したのは、第二次大戦前に日本の植民地となっていたため。南米でサッカーが発展したのと同じである。

話を元に戻そう。そういう訳でベースボールはメジャーリーグを頂点として発達したものであり、メジャーと4階層のマイナーリーグ組織、そしてそこへ選手を供給する学生野球という構図の中で成長を遂げてきている。頂点はひとつしかない。サッカーがヨーロッパ、南米、アジアにいくつものリーグがあり、それぞれが皆横並びになっているのとは違う。国際的に見て、ベースボールというのは実にマイナーなスポーツなのだ。

プロリーグにおいて各国横並びの調整が必要なサッカーは国際組織があり、それがアマチュアも含めて統括している。これに対し、ベースボールはMLBという組織が全てを担う構造となっているように思える。現に、ベースボール発展途上国、それも主として西ヨーロッパ諸国への普及啓蒙活動をアマチュア組織ではなく、プロの組織であるMLB(MLBI:メジャーリーグベースボールインターナショナルというプロジェクト名)が行なっている。MLBと各国のアマチュア野球組織が連携しているという状態である。プロについて言えば、サッカーで必要な多国間調整など必要なく、日米、日韓、米韓といったような個別の調整で済んでしまうため、国際組織が成熟しないレベルにある。

MLBの努力は評価しなければならない。日本ではこうした組織的努力はないのだから(吉田義男氏個人は別として)・・・。しかし、このMLB中心主義は、世界的に見た場合、必ずしも芳ばしいものではない。果たしてこれでいいのか。

野球を愛するものとして、私は満足できない。世界的にプロ・アマを統合した組織作りこそ、ベースボールを国際的にメジャーにし、またプロ・アマを融合させる手段ではないのか。そして・・・。

そして、そのイニシャティブを取るのは長い歴史のある合衆国と日本、両国以外にはないと確信している。プロの組織ができ上がった合衆国とアマチュア野球に長い歴史を持つ日本が最終的に融和できれば、プロ・アマをひとつにした、大きな流れが作れるのだ。そして、作らねばならないと私は考えるのだ。

最後に繰り返すようだが、ベースボールは組織的には発展途上なのだ。

3 JOCとプロ野球 97.12.31 up

スポーツ界のシステムは、すべからく時代の流れに沿うもの、時代の要求に応えるものでなければならない。プロ・アマ問題について言えば、陸上の賞金レースを始めとして、世界的にプロとアマチュアの境界が極めてあいまいになっている現状が時代の流れであり、日本のスポーツ界もこれを踏まえた対応をするべきと私は考える。

実は、サッカー界などはプロとアマがうまく融合し、プロ選手のオリンピック出場も成し遂げられており、またJFLにおいてプロ・アマの共存が認められている。野球界も同様にプロ・アマの融合が必要であることは前回述べているが、日本のアマチュア野球界は頑固な迄に「アマチュア」というガイドラインにこだわっている。なぜだろうか。

それは『JOC』があるからである。

JOC、日本オリンピック委員会。私はその存在を否定するつもりはない。しかし、その現状には多くの問題を含んでいると言いたい。

JOCは、本来はアマチュア競技者団体の頂点に立つものである。したがって、アマチュア競技者団体がその傘下にプロリーグを結成したサッカーの如きものは、プロ選手であっても受け入れ、庇護している。一方、既にプロとアマが別の組織を持っているもの、例えば野球や相撲については、アマチュア組織のみを取り込んで、それを庇護している。また、オリンピック委員会などと言いながらも、オリンピックとは関係ない軟式野球連盟を傘下に収めているなど、全ての競技に影響力を駆使しようとしている。実態は、オリンピックもアマチュアリズムも自分の都合で使い分けているに過ぎない。

まあ、これは「オリンピックの正式競技になりたければまず競技者連盟を作り、登録せよ。」と言っているIOCの出先だからしようがないのだろうが、オリンピックを看板に縄張りを広げるマフィアの日本支部といったところ。実態としては、既にあるプロ競技も傘下に収めたいというのが本音だろう。

さて、話を野球に絞ってみよう。もし、プロ野球側がアマチュア野球を取り込むことによって日本の組織を一本化しようとした場合、JOCは一体どうするだろうか。私は全力でこれを阻止するだろうと思う。逆にアマチュア野球が主導でプロ野球を傘下に入れ、組織を一本化しようとした場合、恐らくJOCはこれを後押しするであろう。何せ、JOCにはプロ野球経験のある理事などいないのだから、そして自分達はアマチュア組織を運営しているのだから、結論は見えている。

特に最近、アマチュア側には「野球もプロに門戸を解放してやった」という意識が強いものと思う。最近の山本英一郎氏の言動を見る限りはアマチュア野球連盟の方がプロ野球機構よりフレキシブルに見えるが、山本発言に対するJOCの牽制などを見ても、あれはアマチュアスポーツ界の意見ではなく、山本氏個人の夢ないし理想なのではないかと思わざるを得ない。どうも、色々調べてみると、アマチュア野球連盟が閉鎖的なのではなく、JOCがそうさせているのではないかとさえ思える。

という訳で、日本の野球界を一本化するには、プロ野球機構がJOCに膝を屈し、その傘下に入ることによって調整を行なうのが容易な策、ということになるのだが、これが成し遂げられた場合、それは果たしてプロ野球にとってプラスなのだろうかマイナスなのだろうか。

まず、第一にプロ選手がオリンピックに出られる。例えば、メジャーリーグがシーズンを中断してオリンピック用にドリームチームの編成をやった場合、それに即応して国内ベストチームを編成することができる。フレキシビリティが高くなると言える。これはプラス

第二にJOCに上納金を収めなければならないが、興行成績の高いプロ側の負担が大きくなる危険性がある。もしくは、プロを組織に取り込んだことによって、上納金額を大きくされる危険性がある。簡単に言えば、プロ野球の興行収入が選手の年俸やファンサービスに還元されるのではなく、例えば陸上選手の海外合宿の費用になってしまうということ。これは、マイナス。

第三に、プロスポーツ経験のある人材をJOCの理事に送り込める可能性が出てくる。例えば、サッカーで岡野俊一郎氏が入っているように、例えば長嶋茂雄氏とか王貞治氏だとかが入る訳。これは、大きくプラス。但し、これはあくまで『可能性』だということを忘れてはならない。

第四に、JOCが日本のスポーツ界に絶対的な発言力を有するようになる。プロ野球がJOCに入れば、JOCに属さないメジャースポーツは大相撲とプロレス位になり、JOCの絶対優位が動かなくなる。これは現在の古橋会長のような特定スポーツ出身者の長期政権状態下においては好ましくない事態であり、大きなマイナスである。但し、会長職が各スポーツ持ち回りであれば問題ないし、公平な第三者であれば問題はないと考える。

まあ、JOCが自分の傘下にあるアマチュア野球連盟と傘下にないプロ野球機構を統合する新組織が自分の傘下に入らず、独立でいながら、なおかつオリンピックに参加することなど認める訳がないのだから、善かれ悪しかれ、世界の流れに沿うためにはプロ野球機構がJOC傘下に入らざるを得ないのだろうが・・・。

4 日本に合ったマイナーリーグ 

さて、プロ野球機構がJOCの傘下に組み込まれ、アマチュア野球とひとつになったとする。そうすると、日本のプロ野球にとって、新しい選手育成システムを形成できる可能性が出てくる。

メジャーリーグにおいては、メジャーの下に4階層ものマイナーシステムを持ち、選手を育成している。これに対し、日本ではマイナーはわずか1階層。プロ選手の層が圧倒的に薄いのである。そして、北米における選手育成の役割を果たしているのが社会人野球であるのは明らかである。

そこで私は考える。若手選手と社会人の交流を行ない、社会人野球を直接プロ選手の育成の場に使えないのだろうか、と。

具体的にはこうだ。一部の社会人野球チームで、リーグを組織する。一方、プロ12球団は4チームの若手連合チームを作り(つまりプロ3チームでひとつのチームという意味、メジャーの教育リーグのシステムと同じ、実態は2軍戦に出られない選手の集まり)、これをその社会人野球リーグに参加させる。これはプロとアマチュアが混在しているサッカーのJFLのイメージである。

もし、このリーグに参加させている選手を1軍で起用したい場合、該当チームは同一ポジションの別の選手を連合チームに送らなければならないということにすれば、選手の入れ替えも可能であるし、連合チームの戦力も落ちない。

連合チームの監督・コーチは、それぞれ該当の3チームのコーチ陣とは別に契約し、コストはシェアすることにすれば、選手の起用に当たって、チームの思惑が働きにくくなる。

また、リーグに参加する社会人チームも実力によって選抜するようにすれば、リーグのレベルを維持することが可能であり、社会人チームもそのリーグを目標とすることによりさらに研鑽されるという訳だ。極端な話、地域リーグと全国リーグに社会人野球を再編してしまう、という方法もある。

日本の野球で1軍がメジャー、2軍がAAAだとすれば、社会人リーグに参加する連合チームがAAということになる。恐らく日本で北米式のマイナーシステムを作っても興行的に成功するとは思えないし、せめて、少しでも北米式の良いところを取り入れようという考えである。

しかし、問題は、『社会人野球にとっては余りメリットがない』という点である。取り敢えず、余分にかかる経費(本拠地等)についてはプロが応分に負担し、またプロからアマチュア側に育成費のような金を払うという位しか考えつかない。金で解決するというのは貧弱な方法だが・・・。

しかし、この策もプロ・アマがひとつにならなければ実現不可能なものであり、そちらの実現がまたれるのたが・・・。

どうも今回は歯切れが悪くなったようだが、さて、君はどう考えるかな。