blueball.gif (1613 バイト)  唐代伝奇  blueball.gif (1613 バイト)


5 定婚店


憲宗元和年間のこと。杜陵に住む韋固という男は、若い頃に父に死なれて以来、後継ぎを残すために早く結婚して身を固めようとしたが、縁談はなかなかまとまらないでいた。ある時、家の娘と縁談をまとめるために、彼は宋城の地にやって来た。彼が家の者との待ち合わせ場所である店にやって来たのは早朝だったので、まだ天に月が残っていた。ふと見ると、一人の老人が店の前でその月に向かって書物をひもといていた。

韋固は好奇心から老人の読んでいる書物をのぞき込んだが、古代の虫篆科斗ともインドの梵字ともつかぬ見慣れない字体で書かれており、彼には読めなかった。老人は彼に気づいて言う。「これは人の世のものではなく、冥界の書物じゃ。お前さんが読めるはずはない。」韋固は老人の言葉を奇怪に思い、老人が何者なのかを尋ねた。すると驚くべきことに、老人は冥界の役人であると告げた。しかも下界の全ての婚姻を司ると言うではないか。

韋固は早速、自分と家との縁談がまとまるかどうか尋ねた。しかし老人は首を振って言った。「お前の結婚相手は家の娘などではない。この店の北に住んでいる、野菜売りの婆さんの娘じゃ。その娘子は今は三歳だが、十七歳になったらお前さんに嫁いで来るはずじゃ。」更に老人は袋から赤い縄を取り出した。「わしの仕事は、この赤い縄を将来夫婦となるべき男女の足につなぎ合わせることなのじゃ。お前さんの足も、既に婆さんの娘と赤い縄で結ばれている。それ以外の者と結婚など出来ようはずもないわい!」

取り敢えず韋固はその店で家の人々を待ったが、約束の時刻になっても現れなかった。仕方がないのでその老人に頼んで、婆さんの娘を見せてもらうことにした。老人は市場へと向かい、彼もその後に続く。市場ではひどくみすぼらしい、やぶにらみの老婆が幼子をあやしていた。その女の子もやつれていて醜い顔をしている。老人はその娘子を指さして言った。「あれがお前の妻じゃ。」韋固はそれを見て失望を感じ、老人に尋ねた。「あの女の子を殺したらどうなるのですか?」「あの幼子は天命により、その息子のお陰を被って太夫人(貴人の母)となる身じゃ。むやみに殺して良いものか?」そう言って老人は去って行った。

そう言われても韋固は納得出来ない。彼はそもそも名門の出身であり、その身分に釣り合うような名家の女性を結婚相手として求めていたのである。そこで彼は供の者に婆さんの娘子を刺殺させることにした。供の者は市場に潜入し、娘子の心臓を刺そうとしたが、狙いがはずれて眉間を傷つけてしまった。人ごみの中だったので再び刺すというわけにもいかず、そのまま逃亡して主人に報告した。

その後も韋固は結婚相手を求め続けたが、一度として縁談がまとまることはなかった。それから十四年たち、彼は恩蔭(祖先の功績によってその子孫が官職を与えられること)によって相州参軍に任命された。上司にあたる刺史王泰は彼の仕事ぶりが気に入り、自分の娘を彼に嫁入りさせることにした。その娘は十六、七歳の美少女であった。彼はこの婚姻を非常に喜んだ。

しかし彼女は眉間に花子という飾りを貼り付けており、入浴の時も寝る時もはずそうとしなかった。韋固は昔、婆さんの幼子を襲わせたことを思い出し、ある日眉間の花子のことを妻に問い詰めた。

妻は泣きながら答える。「実は私は、刺史の実の娘ではなく姪にあたります。実の父は宋城の太守でしたが、私がまだ赤子の頃に亡くなりました。母や兄もその後すぐに亡くなり、私は父の残した宋城の荘園で、乳母の氏に育てられました。しかし三歳の頃に、氏と市場を歩いていた時に、眉間を暴漢に刺されました。その後私は叔父のもとに引き取られましたが、眉間の傷は未だに消えず、こうやって隠していたというわけなのです。」

韋固はその話に衝撃を受けた。「その乳母の氏というのは、やぶにらみの目をしたお婆さんじゃなかったかね?」「確かにそうでした。でもなぜその事をご存知なの?」彼は妻に、十四年前のこと、婚姻を司る月下老人に出会ったことや、幼い頃の彼女を殺そうとしたことを全て告白した。妻は夫の全ての罪を許し、ただただ運命の巡り合わせの不思議さに感嘆したのであった。

その後、二人の間に(こん)という子が生まれた。彼は成人すると雁門太守に任じられ、彼の母もかつて老人が予言したように太原郡太夫人に封ぜられた。宋城太守はその話を伝え聞き、韋固と老人が出会った店を定婚店と命名したのである。


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