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近隣地域は、連尺学区といいます。岡崎の中心に位置します。岡崎城や矢作橋などがある、歴史情緒豊かな、そして、ずっと商業の中心としてまちが造られてきました。城下町という意味ではある意味特別な地域だと思われます。また、東京・京都・岡崎と安藤広重の東海道五十三次では三ヶ所のみが橋の情景があったという歴史的に貴重な土地柄でもあります。そんな、地域をちょっと見てみましょう。

岡崎城 旧矢作橋
地域の学校等について
小学校 連尺小学校 TEL:22−6574 児童数約450名
中学校 城北中学校 TEL:21−8103 生徒数約550名 ホームページはこちら
ふたば幼稚園 TEL:21−0708
城北保育園 TEL:23−5600
八帖保育園 TEL:23−2911
地域の人口分布ついて
人口9,120人(H19.1.1現在)
年々減少傾向が続いてきましたが、ここへ来て、マンションの建設に伴ない人口が若干増える方向へ向かうもようです。
旧中心街
中心地の本町・東康生界隈は岡崎の商業の中心でした。20年前は確かに栄えていました。現在のメルサ・松坂屋・セルビ・シビコはいつも大賑わいでした。ジャスコの岡田社長いわく、「岡崎は第2の故郷です。」と。四日市から発祥した、「岡田屋」(ジャスコの前身)が岡崎に進出して来たのは、30年余り前。その後は、地元はもとより、周辺都市への商圏の拡大が図られました。間違いなく西三河における中心地だったのです。
八幡町の「二七市通り」では、毎2と7の日(2、7、12、17、22、27)に市がたちます。約200軒あまりが並ぶ東海地方随一と言える市です。生鮮食料品はもとより、衣類、雑貨まで、本当に数多くのお店です。ちょっと覗くだけでも楽しいですよ。

岡崎城・岡崎公園
年間30〜40万人がこの地域に観光で来ます。岡崎城を中心とする岡崎公園には、「三河武士の館」があり、徳川家ゆかりの品々が展示してあります。その横には能楽堂があって、「薪能」が開催されます。また、春には桜の名称として多くの人々の「花見」で賑わい、城のすぐ南に流れる乙川は、河川公園の感もあり、イベント等が開催されます。特に8月の第1土曜日には岡崎観光夏祭りのメインである「岡崎市花火大会」が行われ、25,000発の花火が打ち上げられます。伝統的なお祭りだけに町のど真ん中でできるわけですが、近距離の分、他では絶対味わえない臨場感があります。
観光用のバス駐車場の北側には2000年7月より「三河小町」ができております。ここは、観光みやげはもとより、食事処・食材販売・イベント開催と多彩な施設になっています。旗や目印が少ないためか、今一来場者数は少ないですが、2001年に向けまた、改善された運営が期待されています。
残念ながら、2002年6月現在、「三河小町」は閉館いたしました。
寺院・仏閣
岡崎は寺院・仏閣が多いことでも有名です。(ちなみに愛知県は寺院数では日本一です。京都よりも多いのですよ。)連尺学区の中にも、たくさんの寺院・仏閣があり、多くが、松平家・徳川家にゆかりがあるか、またはその家臣にゆかりがあります。歴史的なことを知るにもたくさんの遺産があると言えます。
交通アクセス
東西を走る国道1号線と南北に走る国道248号線が八帖町で交差しています。
旧東海道27曲がり
岡崎には旧東海道があります。学区から外れた東の総門(欠町)から矢作橋までの市内の旧道は右へ左へと曲がりくねっています。その数実に27箇所。これが「二十七曲」です。岡崎城主であった田中吉政公(1590年〜1600年にかけての岡崎城主)が造ったものといわれます。これにより、敵が攻めてきても曲がりくねった道のため、城にたどり着くのに時間が稼げ、尚且つ、辻、辻から味方が攻めやすくなると言うわけです。この、田中吉政の敵というのが、なんとだったのです。もともと田中吉政は豊臣家の家臣であり、秀吉に江戸へ行くことを命じられた家康の後釜として岡崎に赴任したのでした。そのため、いつ家康が責めてくるかと戦々恐々としていたのです。町の中には当時を偲ばせるようないろいろな石碑が今もあります。