ドラゴン乗りの日記
 

10の月22日

 メッカニア連邦からの使者が、成長したクーリアを買い取りに来る。僕のガドに高値がついたらしく、今日の食事はいつもより多かった。でも、殺された変種の子の後始末をしたので、食べる気になれない。

 変種は生まれ次第撃ち殺す。それが村の掟だ。変種は人になつかず売り物にならない。そして何より、不吉の象徴だった。…大人たちの間では。でも、僕にとっては同じクーリアだ。変種の証である不思議な青白い光も、災いの前兆だなんて思えない。

1の月25日
 ジグが熱を出した。お産が近いのでつきっきりで世話をする。こいつを死なせてしまったら、ひどく叱られることになるだろう。結局みんなは、腕のいい世話係が欲しいだけで、それが僕である必要はないのかもしれない。
1の月26日
 ジグは死んでしまった。思ったとおり叱られたし、食事も抜かれた。けど、そんなことはもうどうでもいい。

 僕は、みんなに嘘をついた。

 みんなに死産だと言った変種の子は、いま、物置の隅で寝息をたてている。掟を破るつもりはなかった。ただ、殺せなかった。こいつの肩から生えている小さな翼が僕の心を捉えてしまったから。

 そう、こいつには翼があったのだ。

1の月27日
 変種の子には、ラギと名づけた。僕がなぜこいつを育てる気になったか聞いたら、みんな、きっと僕のことを笑うだろう。

 村の言い伝えや写本には、決まってドラゴンが出てくる。そして、ラギの姿は、そのドラゴンを思わせるのだ。自分でも、子供じみた考えだと思う。それでも僕は、ラギの成長した姿を見てみたい。そして、一度でいいからあの翼で飛んでみたい。小さい頃に聞いたおとぎ話に出てきたドラゴン乗りのように。

9の月8日
 ラギの成長は、驚くほど早い。一歳の誕生日を迎えるころには、すっかり大人になっていることだろう。はばたく力も上がっている。運動のために走らせていたら、一瞬だけど体が浮かんだ。この分だと、本当に空を飛べるかもしれない!
10の月19日
 昨日、僕は帰る場所を失った。住んでいた家も、村のみんなも、あの光とともに消えてしまった。突然現れた、旧世紀の巨大な機械。その機械が放った一条の光は、僕の生まれた村を、黒焦げの廃虚に変えてしまった。飛ぶ練習をするために、村の外に出ていた僕らだけが助かった。不思議と涙は出なかった。目の前で村が燃えているのに、なにか悪い夢のように思えて仕方なかった。

 むしろ、その後に起きたラギの異変が僕を恐れさせた。宙に浮かぶ旧世紀の機械に向けて、ラギが放ったもの…それはドラゴンの「光の矢」だった。

 僕の夢想は、現実になってしまった。今まで僕のまわりにあった、全ての現実を代償にして。

10の月23日

 旅に出てから3日目。キャラバンから水と食料を分けてもらう。例の旧世紀の機械(みんな「フネ」と呼んでいるようだ。メッカニアが発掘したものだという)の行方も聞いた。どうやら帝国との国境地帯に向かっているらしい。

 どうして旧世紀のフネを追うのか、実のところ自分でもよくわからない。

 かたきを討つ?

 少なくとも、最初はそういう気持ちで動いていたかもしれない。でも、今はそれだけじゃない。なぜか、使命感に似た気持ちがある。あの旧世紀のフネを、このまま放っておくわけにはいかない。ラギの翼が力を貸してくれる限り、僕はあれを追い続けるつもりだ。

11の月2日

 国境地帯での戦に巻き込まれる。旧世紀の武器を使った戦は、今までのものとは全然違う。攻性生物のような乗り物が無数に空を飛び交い、それを撃ち落とそうとして、様々な色の光が天に放たれる。まるで、神々の戦のようだった。

 でも、戦っていたのは普通の兵隊だ。神の乗り物に乗っていても、僕と同じ人間だったはずだ。なのに、身を守るためとはいえ、僕は彼らを撃ってしまった。何のためらいもなしに。

 戦っている間、僕はラギと一体になったようだった。恐れは消え去り、自信と使命感が全身にあふれていた。あれは僕自身の意思なのか…それともドラゴンとしてのラギの意思が、僕を突き動かしていただけなのか。

 そのラギは、また新たな力を見せた。戦いを終えたラギは、光を放ちながら一瞬で脱皮を遂げた。あれが、ドラゴンの成長のやり方なのだろう。

11の月14日

 森の上で、また帝国軍と出くわす。その武器や規模より、彼らが人間であるという事実の方が恐ろしかった。彼らと正面から戦っていたら、また無数の兵士の命を奪っていたはずだ。

 とっさに逃げ込んだ森の中には、村の焼け跡で見た巨大な攻性生物がいた。おそらく、旧世紀のフネと行動をともにしていたのだろう。徐々に、フネとの距離が縮まっていくのを感じる。

 攻性生物を倒した後、僕は初めて旧世紀の遺跡に入った。遺跡の中は、想像とはまるで違った。番人のように襲ってくる攻性生物の群れ、大陸全てが潤うほどの湖、奇妙な機械が眠り続ける迷宮。そこには、死の匂いだけがあった。

11の月16日

 ゲオルギウスに来て2日目。あのフネを追って、とうとうこんなところにまで来てしまった。人間の世界は、数万リオンの彼方だ。いまさらながら、孤独を感じる。ラギの姿も、何度も変身するうちにすっかり変わってしまった。光の矢の威力も格段に上がった。まさに伝説のドラゴンそのものだ。

 でも、心だけは、昔のままのラギだと信じたい。ラギだけが、ただひとつ僕に残されたものだから。

 ドラゴンといえば、また例の奴を見かけた。村の焼け跡でラギを叩き落とした、もう1頭のドラゴンだ。あれから時々姿を現すが、襲ってくる様子はない。あいつも、旧世紀のフネを目指しているのだろうか?

12の月3日

 今日の出来事を、どう言葉にすればいいのだろう。

 ゲオルギウスに沈んだ旧世紀のフネ。例のドラゴンが、異形の姿となって挑んできた最後の戦い。そして、その戦いに勝った後に、ラギが見せてくれた幻。ラギが僕のもとを去ったという事実もあの幻ほどには心を動かさない。

 別れの一瞬、僕は、ラギが秘めている秘密を託されたのだ。

 彼と、そして世界の誕生の秘密を。

 なのに、あの時理解したことが、もう思い出せない。夢の中で悟った真理を目覚めとともに忘れてしまった…そんな感じだ。今はただ、胸が苦しい。あまりにも大きなものを抱え込んで、心の中が渦巻いている。

 旧世紀のフネの残骸を見つけた。内部は、死んだように静まりかえっていた。攻性生物もみんな死んでいた。ラギが、秘められた力を使って、フネの命を封じ込めたのだ。

 フネの中心には、力を使い果たして眠るラギの姿があった。石のように冷たく固まってはいたが、彼の命の灯は消えていないことを僕は知っている。僕の胸の中にある何かが、そう教えてくれる。

 いつの日か、ラギは力を取り戻して大空に帰っていくだろう。そして、その背中には、たぶん僕ではない誰かが乗っているだろう。でも、僕はそれを悲しまない。託されたものを失わない限り、彼は僕とともにあるのだから。


Back