Koji Kaneda Art-Gallery

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『さらば世田谷キャンパス』 透明水彩F8号 ワトソン紙 2002/12/07

「わが学び舎の世田谷キャンパス」AoyamaS01PP.jpg

12月7日、母校の校門をくぐった瞬間、気分は学生時代に戻っていた。
まるで時がタイムスリップしたかのように、そこは昔と変らなかった。
卒業以来、初めて会った友の顔があった・・・…笑顔で、名前を呼び合う・…
お互い、容姿は変れども、会えば、その瞬間、学生時代にともに過した時間が蘇る…
私は、名古屋に住む都合上、そうそう、連絡は取れなかった。
『あの沖縄に一緒に行った吉村は?…来ていない…そっか〜…』
卒業論文を共同でやった友が来た。
『和久津〜、悪いが論文は俺が、先にもらう事にした。半分に切るか?(爆)・…そっか、ありがとさん、墓場まで持って行くからな〜(ともに笑)』
学食が昔のままあった…その日は閉鎖していた…でも食器のぶつかる音が聞こえた気がした。
『お〜い、今からトンカツ揚げるから、食べなよ、180円(笑)』……学食の調理長のおじさんの顔が浮かんだ。
運動場へ行った。掛け声が聞こえるようだった。
シュパ〜ン・・・…9番アイアンで100ヤ−ド飛ぶ事が課題だった体育の授業…先生の模範試打は、飛ばなかった(爆)。
記念礼拝を受けた。
『宇宙には果てがあるのか?ないのか?』
……議論するにはちと苦しい課題で、生徒達の総すかんを食った先生が思い出された。
ドイツ語、英語の授業を受けた教室に入った・・・…思い出より、ず〜っと狭かった・・・…
『お〜い、代返頼む〜』
『え〜…市山先生に当てられたらどうするの?・・・…え〜代りに訳せってか?…なんちゅう奴やねん』
研究室に行った…
部屋は同じなれど、機材はまったく変っていた…PCの数数…、IT常時接続、DVL?、最先端録画機器の数数
今の学生は幸せだ〜〜〜(^O^)
同じ学科にいた一年先輩の美術部員を思い出した…今日は来ていなかった。
『え!理工学部!…しかも経営工学科!、俺と一緒や…・・・…君〜是非に、美術部に入れよ、勉強も、僕が面倒みるから…』
その先輩を理工学部校舎で見かける事は少なかった(爆)
その一年先輩は、理工学部で美術部展を開いた・・・…よって、翌年、私に幹事のお鉢が回ってきた・・・…
学園祭が終わった後も、忙しい日程が続いた・・…学食前のホ−ル・・…美術部員全員の絵が飾られた。
青山キャンパスと世田谷キャンパス・・…その賑わいの違いは当然あった。
方や渋谷の大都会、方や世田谷の田舎・・・・…青山キャンパスに行く度に、にぎやかさ、華やかさの違いに憂いた自分だった。
美術部は青山キャンパスにあった。
名古屋しか知らなかった私は、何を求めて美術部に入り、青山キャンパスへも通ったのだろうか?
その答えは、今でも、わからない。



送られてきた卒業論文 AoyamaS01PPP.jpg
今日も無事に仕事は終り、ホッとして帰宅・・・しかし、神経は疲れて、絵を描く気力は出ません。
ちょうど、宅配を頼んでおいた、自分の卒業論文が届きました。
懐かしく、ページをめくって見ています。
これを書いた時、もう二度と見たくないと思っていたのに、今、こうしてしげしげと懐かしく見る事になるとは・・・(自笑)
何やら一杯難しそうな事を書いていますが、さしたる新しい発見をしたわけでも無く、また、画期的な事を考えたのでもなく、ただただ、教授から授かった、論文組みたてキットを、自分なりに組みたてたに過ぎない・・・
とてもノーベル賞を取った田中さんにはかなわない(自爆)
しかし、この卒論を発表する時の事は勉強になりました。
約10ケ月間に渡る研究を、たった10分でまとめて発表する・・・
今で言うプレゼンテーション・・・
いかに、内容を端的に短く、そして中身を濃く発表するか?・・・すべては発表のし方で、優劣は決まった・・・
卒論とは、社会に出て、プレゼンする練習をさせてくれたような物?っと今になって思いました。
過去を振りかえり、今を考えてみようとする自分がいます。


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