ここは、まず、株式会社ネコ・パブリッシングの『ワ−ルド・カ−・ガイド AUDI』の本から説明を聞きましょう。

遠く1800年代の末に、あるいは1900年代初頭に、ドイツにおいて4つのメ−カ−が産声をあげた。
1885年創設の
ヴァンダラ−、1899年創立のホルヒ、1910年創立のアウデイ、そして1916年創立のデ−カ−ヴェ−である。
これらのメ−カ−は当初、それぞれ個々に独創的なアイデアと技術とを以って自転車やモ−タ−サイクル、タイプライタ−や
ミシン、計測機などの工業製品の生産に携わっていたが、やがて工業製品の花形として人々に広く認知され始めた”自動車”
の生産を手がけてゆく。
デ−カ−ヴェ−の小型車F1やアウデイのフロント225などは、当時としては革新的なメカニズムであるFWDレイアウトを採用した
量産車であったし、優れたミデイアム・クラスはバンダラ−の得意とするジャンルであった。
またホルヒはプレステ−ジ・カ−の代名詞的なメ−カ−であったのだ。
1920年代の末に巻き起こった世界恐慌によって、いくつもの中小自動車メ−カ−は消滅を余儀なくされたが、ここに揚げた4社は互いに結束して”アウトユニオン”を形成し、以前にも増して大きな力を発揮してゆく。
第二次世界大戦によって、壊滅的な打撃を受けた”アウトユニオン”ではあったが、僅かに生き残ったブランド、デ−カ−ヴェ−によって1950〜60年代を着実に歩み始め、VW(フォルクス・ワ−ゲン)による資本参加を経た後、1969年にはNSU(まったく別のドイツのカ−・メ−カ−)と合弁してさらに強力な自動車メ−カ−へと発展した。
同社が現在のアウデイと社名変更をしたのは1985年だが、以来アウデイは戦前のアウトユニオン時代からの流れを汲んで常に技術的アドバンテ−ジを取り続けるメ−カ−として精力的な活動を行っている。

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Koji記:
まったく別の会社が、しかも4社も同時に合同するという事は、よほどの事が無い限り、非常に難しい事である。
世界的環境の大変化に、大きな障害を乗り越える為、そこには、個人的感情を一切無とし、4つの会社を統合できる強いリ−ダ−・シップを持った指導者がいたものと思われる。
会社のマ−クを、あえて4つのリングがなかよく重なり合っているようにしたのには、よほどの理由があったに違いない。
そこにはビジネス戦争を勝ち抜こうとする、強い意志と、企業化精神のロマンを感じるものがある。


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