小笠原・マグロチャレンジ


TheKoji
最初に、私を誘ってくれた友達と、小笠原の豊かな自然に感謝します。
皆さんの周辺にも、釣り好きの方は多いというか、当然、沢山いらっしゃる事と思います。
皆、さまざまな魚種をあげてみえると思いますが、一度聞いてみて下さい。
『マグロを釣った事がありますか?』・・・と。
ブリ、カンパチ、サワラ、タイ、シイラ、スズキなどは多いと思いますが、
マグロはトロ−リング遠征か、漁師以外ではあまり、聞いた事がない事と思います。
これは、決して、自慢して言っているのではなく、いかに私が幸運だったか、そして小笠原の自然がいかに豊かなのか。
しかも川釣りを主体としている私が、たった一度の釣行で、得られた貴重な体験をお話したいと思います。
実に釣りバカな話ではありますが。
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↑イワシをイメ−ジしたルア−
ダイワ製品、これで釣りたい!
1981年のお正月に向けて、大学の友達が、私を小笠原旅行に誘いました。
何しに行くのか?と尋ねると、「観光とお正月初泳ぎ」と答えが返ってきました。
そうじゃないだろう。
小笠原なら、釣りの聖地だ。大きなマグロが釣れるぞ!っと友達に話すと、
すぐさま『にわか釣り師』になってしまう友人達(笑)。
さっそく釣りの道具の準備に取り掛かったそうです。
電話を切ってすぐ、
私は、パパ・ヘミングウエイの小説『老人と海、海流の中の島々』が浮かびました。
釣り雑誌ですでに知識のあった私。
小笠原の特集など、すぐ読み返しましたが、すべて頭に残っている事ばかりでした。
『大イソ・マグロ』それが、小笠原の代表マグロです。
残念ながら、カジキ・マグロなどのスポ−ツ・フイッシング系は少ない。
それでも、とてつもなく大きいのです。
雑誌では2mを超す写真、釣行記事など、にぎやかでした。
私の心は、ヘミング・ウエイの小説『海流の中の島々』でした。
とてつもない大物・・・川釣りに固執していた私は、海というと、
若干、未経験で、腰が引けそうですが、
友達をその気にさせてしまった以上、もう後へは引けません。
『よし、パパ・ヘミングウエイ、私に幸運を下さい。』
そう神に祈るように、私の尊敬する小説家に祈りました。
Oga2.jpg 釣り道具屋さんに行って『小笠原に行く』というと、まるで、カモがねぎをしょって来た。
とばかりに、わんさか、自分の前に並べられてしまいました(笑)。
雑誌で、事前調査をしてきた私は冷静に自分のねらった道具を抜粋して行きます。
あまりの冷静さに店員が唖然としていたと思います。
問題は「仕掛け」
・・・案の定、既製品では、私の考えまでの物は無く、手作りする為、各個別部品を選びはじめました。
雑誌で読んだ知識を話すと、かなり詳しい店員さんが、後で出てきてくれて、手作りの懇切丁寧な
メモまで書いてくれました。・・・雑誌とおんなじだったけど(笑)。
その仕掛けの大筋をポンチ絵にしました。
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↑ルア−でも、えさ釣りでも、どちらでも可能な様に私が考えたタックル。
本来なら、みち糸80号といわれたが、あえて落として30号としている。
それでも重装備である。
左の絵を見て下さい。かなり強力な武装となりました。
@みち糸30号とありますが、これは人間一人ぶらさがっても切れない太さです。店員は80号を薦めましたが、私は出来るだけ細い糸で狙いたかったのです。その理由は、ルア−でも釣る事を考えていたからです。
あまり太い糸を使うと、それだけルア−が死んでしまうからです。
Aはりすはワイヤ−リ−ダ−です。マグロの刃は、マスとは比較にならないほどするどく、ナイロン糸など、どんなに太くても、バッサリとやられてしまいます。
Bハリは残念ながら、もう現物は残っていません。が、大人の小指を曲げたくらいの大きさがあります。
C重りは100号と超デカですが、海流の中では、まだ頼りないくらいです。がしかし、ルア−の事を考えると、ちょうど良し。
D胴絞め用ロッド・ホルダ−は、リ−ルにひっかけて、自分の体とつなぎ、絶対、竿を持って行かれまいとする私の気合の現われです。(笑)
Eファイテイング用ロッド・固定シ−トとは、よくトロ−リングなどで、竿元を差し込んで、ファイトするものです。長時間になっても、絶対負けないとした、これも私の気合です。(笑)
以上を持って、東京から『小笠原丸』に乗り込む為、前日、東京の友達のところへ一泊させてもらいました。

ところが、友達のお母さん、私の道具が見たいというので、すべて見せたところ、そのお母さん台所をのた打ち回って笑い転げました。
『あなた、クジラを釣りに行くつもりでしょう?』
何ともお返事のしようがない私。お母さんの笑いは一晩中続きそうでした。
確かに、釣りを知らない人からは、異様に思われるかも知れませんが、実はこの装備でもまだ頼りないのです。どんな大物がいるかわからぬ小笠原・・・。
Oga0999.jpg 太平洋の荒波にもまれて30時間。
友人達は体力をかなり消耗してしまって、着いた頃は釣りどころではなくなっていました。
私はというと、学生時代『沖縄』へ行く為、やはり30時間も船酔い経験がある為、事前準備は万全でした。
よって元気に陸に上がりました。
さあ、翌日の元旦は予約してあった釣り船に乗ります。
ところが友人2人は、まったくダメで、民宿で寝るハメとなりました。
何とか、少し元気なもう一人と、私は、勇んで、釣り船に乗りこみました。
乗合漁船で、総員16人くらいでした。
一番、船先に陣を取った私、多少釣りにくいけど、仕方ありません。
乗合船ですから、他の人とのトラブルは避けねばなりません。
友達二人で、仲良く並んで釣る事になりました。
私は持ってきたルア−を付けようとしていたら、船頭さんに
『そんなもの、釣れええへん、釣れええへん、こっち使え!』
と、一喝されてしまいました。・・・私の計画は、すっ飛んで行きました。
この頃は、ルア−・フイッシングに対する世の中の理解は、皆無に近いものでした。
左の写真のように、ムロアジを付ける私、何と死んだ魚でした。
『これは、ヤバイ、釣れるかなあああ???』
船頭さんの合図でいっせいに、しかけを降ろします。
『底まで約50m』と、船頭さんの声が飛びます。
ゆっくり降ろしていって、あれええ、もう50mは、とっくにすぎているのになああ、おかしいなあ、
あれあれ、あれ、しまった。やられた。
根魚に、すでに食われていたのです。雑誌で、いろいろ勉強してきたのに、もう失敗や!。
教訓『初心者は、底物は狙うな!、中、上層の魚を、まず狙え!』
底物とは、クエを代表とする、根魚の事です。
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↑根魚をかけてしまい、
引っ張れど引っ張れど、ウン、ともスンとも
動かない相手に困ってしまった私
この後、泣く泣く、糸を自分で切りました。
根魚を上げるコツは繊細なアタリを察知する
繊細な神経と、豊富な経験がいるのです。
左の写真のように、完璧な綱引き状態です。
これは、すべての仕掛けが丈夫な為やってますが、
きゃしゃなタックルの場合、この時点でプッツンか、ボッキンです。
通常根魚に、根・・・つまり棲家の穴に入られた場合、まずそこから引き出す事は不可能です。
根魚は、穴の中で、体中を膨らまかせ、ふんばってしまうからです。
船頭さんから、『糸を切れ!』の一言で、あっさり、さよなら・・・でした。
釣り雑誌の教えを思い出して、慎重に、釣りを続けます。
朝6時に出港して、はじめて釣れたのは10時頃でしょうか、
アオブリという日本近海で見るブリとは、一味違った、確かに青っぽい南洋のブリが釣れました。
40cmくらいだったと思います。
友達もきれいなタイを上げました。
それから、またぱったりと活性は止まりました。
いろいろ釣り場を変えてくれる船頭さんですが、
船内の全員、アタリが止まりました。
船頭さんが、無線で仲間内と連絡を取り合ってくれます。
無線の声が船内を走ります。
『まだ、イソンボ(イソマグロの事)は上がりません。一人かけましたが、大きすぎて上がりませんでした』
船内にどよめきが起きます。
しかし、釣れないジャ〜ンとか、おっかっしいなあ・・・とかつぶやきが聞こえました。
私には、予感がありました。
『いつか、きっと、時合(ジアイ)が来る。だから、自分にも必ずチャンスが来る。』
このジアイとは、川でもあるのですが、不思議な、魚の活性周期の事です。
まして、ここは海、潮の干満で魚が動かないはずはない。

え!?何か、今、黒い陰が船の下を走りました。友達と顔を見あわせる。
また、今度は、3本の黒い陰が走りました。、そして、今度は前から、船すれすれに魚が見えました。
・・・サワラでした。カっと見開いた目と私の目が合いました。再度、友達と顔を合わせました。
『今の奴、おれをにらんでいった。』
『うん!、確かに見た。』
気がつくと、友達と、私の双方とも、足がガタガタ震えているではありませんか(笑)。
なんてデカイ奴だ。
・・・おそらく2mあるいはそれ以上?・・・・私よりずっとでかいのです。
しかもにらんでいった。恐い・・・・。
釣りで恐怖を覚えるのは初めての事でした。しかし、アタリは誰にもありませんでした。

そし

皆あきてきたのか、あちこちで、あくびなどが聞こえ始めてきました。
でも私には、予感があったのです。潮が動けば、きっとチャンスは来る、しかも、必ず来る!。
私の信念は当たっていました。
辛抱、強く、根気よく、その時を待っていた私。
船頭さんが、叫びました。『なぶらが来る』
その言葉にニヤリとした私、振り替えると、鳥が沢山飛んでいて、海面にさざなみが立っていました。
小いわしの大軍が、きっとマグロかサワラに追われて逃げながら回遊しているのです。
絶対マグロだと信じて疑わない私。運良く、その群れは、私の左後ろから、左手を過ぎるように向かってきます。
さっと、仕掛けを上げ、左方面に投げるように再投入し、できるだけ抵抗を与えないように、ドラッグをはずし、
海流の流れに、自然にえさが流れるように、糸を自由に送り込んでやったのです。
その時の海流は、急に強くなっていて、糸は面白いように出て行きました。
『頼む、えさよ、生きているように泳いでくれ。』
流れ出て行く糸を指で、ちょん、ちょんとつまんでやれば、きっと、えさは途中で、ツン、ツンと反り返って、まるで生きているような感じに見えるはずです。
いつも、ルア−で私がやる、ほんの一つのテクニックを『死にエサ』に施してやりました。
私の予感は、的中しました。
ぶるるるん、ロッドを通して、魚のアタリが伝わりました。
すぐさま、ドラッグを戻し、ロッドを立ちあげて、一発ガツンと、合わせをいれてやると、確かな手応え。
そうです、ヒットしたのです。
すぐ、ファイテイング姿勢に入ります。
ぐい〜ん、満月のように、ロッドがしなりました。どんな大物でも、必ず上げてやる。
出港した時から、ロッドは体に縛り付けてあります。
長時間になっても、こちらは元気一杯!。負けはせんぞ!。
あの小説「海流の中の島々」では、超大型カジキ・マグロに、結局は逃げられてしまうのだけれども、
・・・・『パパ・ヘミングウエイ、私に力と幸運を与えてくれ!。』
心で叫ぶと、魚は、ますます、引っ張ってきました。
ドラッグがうなり、糸が出て行きます。しっかりと耐えます。すると、魚は、今度は横へ、走ろうとしました。
『やっぱり、これはマグロだ。本に書いてあった通り、ジャンプはしないが、横走りをする・・・・だったな。』
乗合船の為、横に走られると、隣の人とお祭りしてしまいます。
(お祭りとは、糸がからんで、収集つかなくなり、最後は糸切れ・・・あちゃああ)。
川のマス釣りで磨いたテクニックを応用します。
マスはジャンプしますので、ロッドを下に向けて防ぎます。
マグロの場合はそれとは逆に、横走りを防ぐロッド操作=魚の進行方向とは逆にロッドを向ける。
この時、絶対ロッドを立てぎみに操作してはいけません。
強すぎて、フックが外れる心配があります。ハリスは既製品だが、自分でつないだワイヤ−リ−ダ−・・・絶対に切られはしない。
自分を信じるしかない。左に走ろうとしていた魚は、観念したのか、今度は、右へ向きを変えて、私の意表をつこうとしたかのように走り出しました。
すぐ!対応、ロッドを左に操作して、今度は左走りを防ぎます。

気がつくと、すでに、なぶらは去り、魚とファイトしているのは、船中で、私だけでした。ん?、当たったのは私だけか、そんな、あんなに沢山来たのに。
船頭さんが、私の後ろに立っていたのに気がつきました。
『どんなに、大きくても、わしが、これで上げてやるから、安心して、思い切ってやれ!』
見ると、超バカでかい、ギャフ(ギャフとは、魚をひっかけて船にひきずり揚げるもの)を持って、立ってました。
気がつくと、船の中の全員が、自分の仕掛けを上げていて、まさに釣っているのは、私一人でした。
全員、マナ−のよい、釣り師ばかりでした。もう、誰も疑っていないのでしょう。相手はマグロである事を。

横走りするマグロに備えて、全員が、私の為に、自分の釣りを中断し、みな応援してくれているのです。感謝です。
『がんばれ!マグロか?』
『にがすなよ〜、殺せ〜!』←過激なおにいさん。(笑)
『辛抱しろよ、お兄ちゃん』・・・好き勝手な、掛け声が船内を走ります。
相手はマグロである事は自分でも確信がありました。小笠原では、必ずマグロをしとめる。だってパパ・ヘミングウエイとの誓だから。
だいぶ長い時間が過ぎたように思えます。手がしびれてきたのか、心臓がドクドク言って、なんだか自分が今、何をやってるのか、少し、もうろうと・・・・・・
しかし、相手は、少しも、スキを与えず、今度は、グンっと、潜ろうとしてきました。
おかしい、マグロは潜らないはずだが?
(マグロは回遊魚で、海の表層及び中層部を、泳ぐ、しかもすごいスピ−ドである)
・・・あ、そうっか、意表をつく作戦か。・・・すぐに対応、ロッドを今度は立てぎみにして、必死にこらえます。
ここで糸切れしたら、・・・・それは、もう勝負です。仕方ありません。どうせ相手はマグロ、そんなに深くは潜れないはずです。
ぐ〜っと耐え続けました。きっと相手はヘバる・・・・そう信じて耐えました。どのくらい耐えたか、自分でも、覚えていないのですが、
その後、すっと引きが軽くなって、私の予想通り、魚はヘバったのです。さ〜っと、巻き上げると、魚の白きかげが上がってきました。
そうです。勝ったのです。
しかし、まだ気が抜けません。小説「海流の中の島々」では、ギャフをかける瞬間に、人間は、魚に、だまされて逃げられたのです。
小説では、超大型マカジキは力尽き果てたようにじっとしていたのですが、実はまだ、体力が残っていたのです。
あっと、思ったら、魚の顔が見えました、次の瞬間、その魚は、船にほおり揚げられていました。
船頭さんのすばやいギャフさばきがあったのです。
『小さい!』・・・・船頭さんの一言が響きました。しかし、船の中には拍手が巻き起こりました。
勝負が終わった事に、私はホっとして、体の節々が痛く感じられていました。

『兄ちゃん、やったぜ。』
『よくやった、おめでとう』
『しかし、へんなマゴロだったな、横走りが少なかった・・・・・。』←この方は、私のロッド操作を見ていなかったようである。
『あ〜あ、何で俺のところには来てくれへんの?、せっかく、正月つぶしてやってきたのになああ。』
その後、ため息とも、やっかみとも取れる言葉が続きました。私は同行の友達とガッチリ握手。素直に喜んでくれるいい友達でした。
その後、他の人に数匹アタリがあったのみで、船は帰港となりました。・・・・・結局、マグロをしとめたのは、私だけだったのです。


Oga09.jpg ←体調86cm
重さ約5kg
名称:イソ・マグロ
別名イソンボとも呼ばれている。
私の後ろは船頭さん、彼は言いました
『小さい!、ここでは2mを揚んといかん』
↑ごもっともなご意見です。
魚拓も取ったのですが、今や何処へいったやら。

※私が手にしているのが大型ギャフです。
船頭さんの手作りギャフでした。
Oga099.jpg
偶然同船した
『名古屋マルハン釣りクラブ』の会長さんが釣ったクエ
体調約1m
さすが、会長さん、この難しい魚をよく釣り上げられました。
確かな腕を、お持ちです。

クエを上げたのも、この会長さんただ一人でした。

その後、たいへんな思いをして持ち帰ったマグロ、我が家では来れる知人、友人を呼んで、マグロパ−テイ−になりました。
当然トロは旨かったか?どんな味がしたか?と興味がおありの事でしょうが、実はこのイソ・マグロには、トロの部分は無いのです。
トロがあるのは、本マグロだけです。
でも通常なら、ミリン焼きにするくらいの大きさの塊をさしみで食べるのですから、旨くないはずはありません。
その宴会は、長く、長く続きました。


その後、私は案の定、川釣り専門に戻り、相変わらず心のホ−ム・グラウンド『奥矢作』に通ったのです。
小笠原の自然に感謝しながら。

それから、何年も過ぎて、ある日、いつものように、川釣りに行こうとする私に、娘が言いました。
『パパ、お願い、マグロ釣ってきて、マグロ、できたら・・・・トロ!、そう!、トロがいい、お願いパパ、トロを釣ってきて、トロを!』
唖然として、笑いが止まらず、返事できない私でした。


美しき魚達Index

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