大人の釣り人

川を釣り上がります。緑のトンネルを抜けどんどん歩きます。まだ見ぬ桃源郷を求めて歩きます。ふと前方を見ると、岩の巻き返しの中に波紋がひろがっています。ライズです。アマゴのライズです。
魚がライズしているシーンにでくわすと、いつも心がときめきます。ヨーシあの魚は俺のものだとかってに決め「いただきっ」と言います。ただのクセです。そしてなにげなくキャストしてしまいます。なんとバックキャストしたフライが帰ってきません。川に張り出した木に絡み付いているでは有りませんか。わが身に起きた不幸にうちひしがれてしまいます。フライ惜しさに流れにはいります。なんとか回収します。前方を見ると、ただの巻き返しになっています。地球の不幸を一身に背負います。しかし私は大人です。不幸も背負いますが、夢をみるすべも持ち合わせています。
私は歩きます。石につまずきながら。また前方に波紋が広がっています。こんどこそ絶対釣ってやる、ひょっとしたらだめかもしれない、いや釣れる、だめかも、釣れる、だめ・・・が交差します。
立つ位置はここでいいか、フライはこれでいいか、ティペットはこの太さでいいか、ポンコツコンピューターがフルパワーで計算します。体中の細胞が活性化します。そして結果は一投目で出ることが多いです。五投してだめだったったらやっぱり駄目。ニ投してだめなら少し休みます。フライを変えます。小さくするのか、大きくするのか悩みます。小さくする場合の方が多いのですが、大きくしたほうがいいときもあるので困ります。そして釣れてしまったら、震えと共に暖かい風が体を吹き抜けます。フライをやってて良かったと思える瞬間です。後でそのシーンが何回もスローモーションで再生されます。いい思い出ができました。
問題はだめな場合です。「今日はこのぐらいにしといてやらー」といって帰ります。これを言わなくてはいけません。後で後悔します。後悔が輪唱で襲ってきます。次の日の仕事に影響します。常に自分をコントロールできることが大人のフライフィッシャーマンです。魚に遊ばれないようにしましょう。私はこの一言が言えなかったばかりに、貴重な数年間魚さんに恋してしまい、盲目になり、そして失恋しました。
魚との恋も人生の栄養だと思いますが、そのために人間との恋を失った男を何人も見ています。くれぐれも大人のフライフィッシャーマンになるように心がけてください。
いいですか「今日はこのぐらいにしといてやらー」ですよ.....。