アメリカ



世界中で愛されているチュウーインガムを発明、世界中に広めたアメリカ。その国のチューインガムの歴史
を考えながらガムの包装紙を楽しんでください。今回できるだけ古い包装紙を紹介させていただきます。 






アダムス


1860年代近代、チューインガムの父 トーマス・アダムス が設立した会社のガムです。

アダムスはサンタ・アナ将軍が送ってくれた”天然チクル”を使って安価な馬車用の合成ゴムの研究をしていましたが、失敗が続き近く
の川に捨てようと考えていました。ある日ブロードウェイの街角で一人の女の子がガムを買っているのを見て、「そうだ!ゴムの研究を
しながら噛んでいた”チクル”、これでチューインガムができるかもしれない」と思いつき、試作を続けパラフィンガムより噛み心地のよい
天然チクルのチューインガムを作り上げました。はじめは味も香りもない純粋な棒ガムでした。
アダムスはこのチューインガムを「アダムス・ニューヨークNO1」と名づけ販売を開始。ある薬局に委託販売したところ驚くほどの反響が
あり大量注文がくるにいたって本格的にチューインガムの販売を始めました。
その後「アダムス・ニューヨークNO2」「アダムス・サポタ」など新商品を続々製品化し会社を大きくしました。

 

「トゥッティー・フルッティーガム」

チューインガムを発明したアダムスが
設立したガム会社「アダムス」から発
売されたチューインガム。

左の包装紙は1888年発売された「ト
ゥッティー・フルッティーガム」の板ガム
になったものです。



  
「ブラックジャックガム」

北米東部産出のクスノキ科の落葉樹の
甘草エッセンスを含んだ個性的な風味
のガムです。



 
「ワイルド チェリーガム」          



  
「グレープガム」              



  

1934年発売
「クローブ ガム」

この年、禁酒法が廃止され”お酒のにお
いを取り除くガム”というキャッチフレーズ
でベストセラーとなったガムです。
               



1919年
「チクレット」
1899年にアメリカのチューインガム会社
6社が「アメリカン・チクル・カンパニー」を
設立。この会社のヒット商品の1つが「チク
レット」です。
この商品はは多くの国で生産、販売され
る商品に成長しています。






リグレー

1891年 ウイリアム・リグレー・ジュニア 29歳で設立

父の仕事の石鹸販売を手伝っていたが、景品につけたフクラシ粉のほうが人気があることを知り、フクラシ粉の販売に転進。フクラシ粉
の景品にチューインガムを付けたところチューインガムのほうが人気があることを発見し、本格的に販売を開始しました。

1892年に「ロッタガム」「バッサー」を発売。1893年今も商品としてベストセラーとなっている「スペアミントガム」「ジューシーフルーツ
ガム」を発売。雑誌、新聞広告、ポスターなど広告宣伝をフルに活用しアメリカのガム市場の70パーセントを占める会社に成長させた。
また、ガムの箱50個と45ドルで柱時計など景品と交換するキャンペーンや、全国の電話帳に載っている電話加入者にガムを無料で
サンプリング(見本配布)したり、奇抜コスチュームの宣伝ガールをアメリカの各都市の目抜き通りを歩かせるなど、その販売戦略、マー
ケティングは目を見張るものがありました。

日本には大正4年に上陸(明治末期には輸入されていたという説もある)、朝日新聞に広告が掲載された。11年には毎日リグレーの
広告が新聞紙上に登場しピークを迎えたが、人前で口を動かすことは日本の風俗には合わず、次第に消えていった。
アメリカンテイスト溢れるデザインと日本とのかかわりなど興味を持っていただければ幸いです。


  
1920年代の「スペアミントガム」

リグレーの包装紙デザインは世界中の 
ガムメーカーの標準になるほど人気と
なり、類似のデザインが数多く登場して
います。
ガム研究所としても、世界中のそっくり
包装紙特集も考えています。
いかにもアメリカンテイストに溢れたデ
ザインをお楽しみください。



  
1920年代の景品付包装紙

アメリカのチューインガムの歴史は、マー
ケティングの歴史といってもいい程アイデ
アと活力に満ちていました。
現在のありとあらゆる商品の市場調査、サ
ンプリング、景品キャンペーン、コマーシャ
ルなど、販売活動のお手本となる活動を
展開していたこの時代の熱気を感じてくだ
さい。



 
1920年代の「ジューシーフルーツガム」

コカコーラやケンタッキーなどに通じる雰囲気
を持ったアメリカンテイストを強く感じるデザイ
ンの包装紙です。



 
1921年
日本の「ジウシーフルートチウインガム」

日本上陸したリグレー社の包装紙です。最近
ネットで新聞広告(大正5年)を入手しました。
リグレー社らしい芸者を登場させたアイデアに
富んだ新聞広告です。
後日掲載したいと思っています。



   
1914年「ダブルミント」発売
1920年代の「ダブルミントガム」

この包装紙も景品付販売のガムです。アメリカ
ンの雰囲気たっぷりのデザインを楽しんでくだ
さい。



 
「ペパーミントガム」
年代不詳

色も雰囲気もかなり異なっているため現在調
べています。



 
1944年
「シナモンチューインガム」

日本ではあまり人気のないシナモン風味のガムで
す。アメリカの友人が送ってくれました。現代にに
通じるデザインです。



 
第二次大戦中、戦場の兵士の携行食糧に中に 
「スペアミントガム」があり、消費量が急拡大。
天然チクルが不足したため、使用しない合成の
ガム原料で「オービック」をつくりガム不足を補
なった。
噛み心地がよくなく、戦後に生産中止となったが
1977年シュガーレスとして復活した。



「スペアミン」    
このデザインが世界各国のガムメーカーに与えた影響は大きく、類似デザインのガムが登場しています。



「ジューシーフルーツ」
1893年発売、このデザインは1970年代と思われます。これも世界中で類似のデザインが登場しています。



「ダブルミント」
1914年発売。このデザインは最近のものです。リグレーはしばらくの間3種類のみ作っていましたが戦争で天然チクルが不足したため「オービック」という商品を発売しました。「スペアミント」「ダブルミント」「ジューシーフルーツ」この3種は天然チクル使用にこだわり誇りを保ちました。



「リグレー エクストラ」






フリアー社

1880年代、フランクリンとヘンリーのフリアー兄弟が本格的な風船ガムを開発、販売を始めたが大きく膨らまない、
肌にくっつくという欠点があった。1928年ようやく大きく膨らむ風船ガムをつくり「ダブル・バブル」の商標で売り出し
せいこうをおさめました。



1916年スタートしたビーチナッツ社の初期のころの包装紙です。ラベルには「copyright 1916 by beech-nut packing co]の記載があります。



「ビーチナッツ・ペパーミント」

デザインの変遷をお楽しみください。



「ビーチナッツ・メローフルーツ」



「ビーチナッツ・ミックスミント」






アメリカ ガムメーカ各社の包装紙



「バブルミントガム



「ビーマンズ ペプシンガム」









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