ガム戦争


戦争は人類の進化に良い面、悪い面、を含め大きく関わっています。チューインガムも
例外ではありません、と言うよりもより深い関係にあったといえます。第二次大戦中、日本
でもアメリカでもガムはある目的で必需品となっていました。
それは、飛行機の操縦をするパイロットたちの眠気防止用として、必須の携帯食品となっ
ていました。とくにアメリカでは、空軍に限らず全ての兵士の携帯食料として数ある食品の
中からガムは選ばれていました。最重要携帯食料はもちろんチョコレートです。これは今
でも山登り(登山)をする人たちの携帯品としてビスケット、チョコレートが挙げられ遭難や
緊急時の命をつなぎとめるエネルギー源となっている事実からもあきらかです。
戦時下の想像を超えた非常時に栄養を補給する目的からチョコレートが選ばれたのは
当然として、なぜガムが選ばれたのか、しかもこの選ばれたチョコとガムはまったく異なった
食べ物として対照的な性格、目的であったという事実に注目し話を進めたいと思います。

アメリカ軍の携帯食、とくに非常食としてチョコレートは大切な食べ物でした。常識的
には甘くておいしいチョコと考えますが、軍は戦場、非常時の緊急食という物はどうゆうも
のか研究し、ある結論を出しました。それは普段、日常で食べたくなる物を食べたくなく
す?食べたいと思わない物、要するにまずい物をつくる。軍はチョコレートメーカーに軍
に納品するチョコはまずく造るように指示、そうした物を兵士に携帯させました。狙いどうり
甘いもの好きの兵士も普段は食べず、食事の用意ができない戦場で空腹を癒す食料とし
て立派に役目を果たしたといわれてます。話は変わりますが、日本の終戦時、沢山余った
非常食としてのアメリカ軍のチョコを、今まで食べたことのないおいしい食べ物と感じ、憧
れた私たち(諸先輩)の食生活はどんなに悲惨だったかと考えると、胸が痛くなってきます。

チューインガムはどうだったか? ガムの先進国アメリカはガムを噛むことによるメリットを
(当時、軍や有識者による研究の成果が発表されていたかどうかは不明ですが)掴んで
いたようでした。戦場での緊迫した非日常的な場においてガムを噛むことで平常心を取り
戻し、リラックスできることを掴んでいた軍は、いつもガムを食べさせるようにするにはどうす
ればよいか考え、結論としておいしいガムを造るようにガムメーカーに指示をだしました。
ねらいどうり戦争が始まるとガムの消費量は飛躍的に延び、おいしいガムの原材料である
天然樹脂が不足する事態が発生ました。このとき、ガムメーカーは自国の商売として販売
しているガムが不足することを承知で前線で戦う兵士に届けるガムを最優先に製造し、ガム
は十分に供給されました。
日本の終戦時、チョコと同じように進駐軍によりアメリカ軍のおいしいチューインガムが全国
的に大量にバラ撒かれ、これが昭和30年代のチューインガムの大ブームの基になった一
つの要因ではないかと考えます。

戦後、進駐軍がバラまいたチョコやガム、(特に単価がやすく、小分けできるガムが多くバラ
まかれたと思われる。)とくにガムは製造方法が簡単で、ガムの原料の入手が容易(酢酸ビニ
ール)と言うこともあり、製造メーカーが3〜400社誕生し激しい生存競争を繰り広げました。
風船ガム、くじ付きガム、笛ガムなど、つぎつぎとアイデアもヒットし、日本にガムの文化が
急速に普及したものと考えます。


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