クローン羊

クローン羊


 1997年2月クローン羊の誕生が報道され、全世界に衝撃を与えました。この羊はイギリスのロスリン研究所で作りだされ「ドリー」と名付けられましたが、テレビなどで映し出された「ドリー」は一見普通の羊と変わりありません。なぜクローン羊の誕生がこんなにも衝撃的な事件として報道されたのでしょうか。
 「クローン」というのは通常の受精(生殖)という過程なしで生まれた全く同じ遺伝子を持った個体または集団のことを言います。細菌などの単細胞生物を別にすると、人間などの動物は卵子と精子が合体(受精)して次の世代(子供)が生まれてきます。つまり、子供は父親と母親の遺伝子の半分ずつをもらうことになります。その遺伝子の組み合わせは無限大にあるので、一卵性双生児以外には全く同一の遺伝子を持った人間は存在しないのです。クローン羊「ドリー」の場合には親(この場合には母親)と全く同じ遺伝子を持った初めての哺乳動物なのです。
 どのようにして「ドリー」は作り出されたのでしょうか。遺伝子(DNAという物質から出来ている)は細胞の中心にある核の中に含まれています。まず、核を取り除いた羊の卵子を用意しておき、この中に「ドリー」の親にあたる羊の細胞(ドリーの場合には乳腺細胞という細胞が使われた)の核だけを注入し、これを別の羊の子宮内で育てて「ドリー」が生まれたのです。この操作には受精という過程が全く含まれていません。さらに、これまでの科学の常識では考えられなかった成熟した羊の体の一部(体細胞)から新しい羊が生み出されたことが衝撃的なことがらであったのです。卵子と精子が合体した受精卵は母親の体内で分裂を繰り返し、脳であるとか心臓、肝臓などの臓器が出来上がってきます。このように受精卵は多くの臓器を作り出していく能力(全能性と呼びます)を持っていますが、受精卵の分裂によって分化してくる細胞(心臓や肝臓の細胞のような体細胞)には全能性は失われていると考えられていたのです。「ドリー」の誕生によってこの常識はくつがえされたわけです。
 「ドリー」の誕生は生命工学、生殖工学という研究分野の発展の過程で生み出されたもので研究者たちが興味本位で行ったものではありませんが、クローン羊の誕生により「クローン人間」が現実のものとなってきたわけで、全世界的な論議を呼んだのも当然といえるかもしれません。事実、多くの国でクローン技術の人間への応用を禁止する処置がとられ始めています。
 「クローン動物」の問題だけでなく、科学の発展はこれまでSF小説の中だけの問題と考えられていたことを現実のものとしていく可能性があるわけです。科学者だけでなく、多くの人が議論に参加していくことが誤った方向へ進むことを避けるのに重要であると思われます。