7月25日

どうでもいい感性



意味の分からないほとんどがはしくれのような詩を目にすると、この遠回しの訴えはどんな意味があるのだろうと思います。単刀直入にいわなくて、周りから婉曲にいった方が芸術的な観点から見れば良いものとしてとらえられるのでしょうか。

十分な根底のある人の婉曲というのは、それを見いだせたとき感銘を受けますが、そのような遠回しを根底のない素人がそれを実行した場合、全く意味のないばかげたものに見えるときがあります。その産物について、素人が決まって説明を加えるがそれでは意味がないと思います自分だけの勝手な自己満足で終わっていると思うのです。

何か作品を残すときの要は表現するもののあやふやなものをなくしていった方がいいと思います。たとえ表そうというものが「あやふやなもの」という目的があったとしても、もうその時点で立派に基盤があると思うのです。



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