3月



3月2日

恋的感情



心がときめくふとした瞬間に興じます。辛い思い出となったあの出来事を、今ではすっかり記憶の奥に二度と現れないように押し込んだはずなのだけど、差出人が書いていないメイルでももらったように自分に気づかせて、その頃の未熟なときめきが蘇ります。普段の何気ない生活で、自分が忘れていた好きなもの、嫌いなものに突然気づいたときの感銘が複雑な気分にさせます。

昔の思い出があったからこそ今の自分があると言えます。でも、思い出を開きたくなる時間というのがあって、不意を付いて思い出が蘇ったときは混迷します。その混迷は少し恋に似ているとは思いませんか?潜在意識と今の感覚の一致は、何か神秘的なものを感じているようで、至って不思議なときめきを覚えます。



3月13日

人間の平衡



人間はなんて不安定であるのだろう。と、私の小さな目は思うのです。右へ傾いたり左へ傾いたりする起伏が誰しもあるように見えます。剰りにも下を向いていて苦痛を味わっているときに、人間の脳を恨むことがあるかもしれません。それだからと言って、脳を縮めたならば、それは上を向いて心が楽しいと感じていることも奪いさらってしまうことになります。だから人間は自分を保つための支点を、それぞれ持っているような気がするのです。

誰もがこの平衡感覚が乱れたときには、安定を求めそれを直そうとします。そうして、だんだんと自分のいつでも逃げ込められる場所、すなわち、自分の好きなこと、自分の最も大事にしていようと思うことを意識して、また意識せずにも修得していくものだと思います。もし、自分が融通の利く世渡り上手な人になることを目指すならば、結果的に平衡とするための変換能力を体得することが絶対条件では無いでしょうか。



3月14日

道の閉塞



ひたすら集中してひとつのことにだけはまりこんでいく。こんな時にはそればかりが見えて、他のことはあまり気にかからなくなる。私はその時に、何かまわりに取り残されるのではないかという気持ちが湧き、少しばかりそのはまっているものだけをしていても良いのかという疑問を感じた。はまりこんでいくことは自分の道が世界と閉塞している状態にあると思った。逆に言えば、自分が進歩しようとすると世間に疎くなる。だから、度々立ち止まり辺りを見回すのだ。

その疑問が私をスペシャリストにさせてくれない。一つの道を歩もうとすることはとても窮屈に感じるのである。この性質には、アドリブの力に乏しく、頭の切替えがあまりはっきりとしていないという欠点がある。しかし、一度飲み込んだものなら後からの力の発揮は大きい。そうであるので、自分の力をより良く発揮させるために必要なことは、勇気を出してはまってみることではないか。その時の疑問は、あまり後には響いてこないものだと思うし、むしろ得るものの方が多いと思う。



3月15日

制服



制服は、一応身を縛っていると思う。一応と言ったのは、それは誇りにもなり得るからだ。制服は、軍隊的な意義を失っている現代では、誇りか宣伝だという気がする。誇りの意味の制服は選ぶものだと思う。当然努力に応じてである。私が疑問に思うことは、自分が未熟である段階で、誇りの為や利用して制服は着ることができなく、それは身を縛るだけではないかということである。

他人との関係の中において自分を作っていく時、自分の着ている服によって自己主張できる機会を増やすということは、とても意味のあることだと思う。それを封じ込めている中学校は制服によって身を縛られ、自分の道を進む意欲さえ奪われるかもしれない。小学校と中学校にはここに大きな隔たりがある。高校にもなれば自らの制服に誇りを持って着ていることを楽しむことができたり、或いは利用することができると思う。中学校は制服の感化が大きな力を持っていると感じる。



3月21日

地球潰滅



あまり体で体感することはまだ少ないのだけれども、私の世代かその次くらいに地球が潰滅するのではないかと思う。これは自分だけの認識であって、他人に話したら夢でも見ているのかと言われそうな気がしたが、実際はそうで無かった。少なくとも、私のまわりの人に触れてまわる限りでは、皆同じようなことを言っている。言うことなら誰でもできると思うかもしれないが、皆が口を揃えて言うということだけでも、この考えはかなり浸透しているということにはならないか。

皆さまざまに考えている。楽観視をしてこの時代に生まれたことを感謝する人もいれば、悲観的に環境対策への焦りを感じている人もいる。人の自分自身を守ろうとする欲求は広い範囲で捉えることはなかなかできなく、自分のほんのまわりのことしか考えられないのは普通だと思う。その"人"の集まりで今までこのように文化が発達してきたということは、潰滅への道をくい止める方法は、人がそのような無意識の思考を捨てて進化するより他無い。今の文化水準を保っての活路はもう既にほとんど無いと思う。

ここで今何をしていくべきなのかは難しい。自分の一つの考えは、地球が壊れていくことを自明のこととし、閉鎖的な一社会内に全身全霊はいることを拒否すること。それとともに社会と個人を切り離さないこと、が、微妙なのだけれど文明の最後を体感するにあたって、自分の価値を探れるところであると思う。



連絡板へ書き込む




DIARYのindex


Mameへはmame@sun-inet.or.jp