大石ともみ詩集


あの家のことを思いだすとき
水の流れる音が聞こえてくる

伊吹の山裾の村
沢の水をひいただけの水の道は
濁らないようにと
蛇口は
いつも開けてあるから
あの家のなかでは
細い水の音が
絶え間なく聞こえているのだ

真夜中
あの水の音に
目を覚ますこと
あなたはもうないのでしょうね
雨の日には
竹を編むという
山の暮らし
たまに訪ねるわたしは
きまって目を覚ますのですよ

暗闇のなか
流れ続ける水の音は
家のすみずみまでゆきわたり
一夜
水の音を聴くわたしのなかをゆく水も
あの沢の明度ほどに
だんだん澄んでゆくのだった

ひとすじの水の流れのなかでは
わたしもほんの通過点であり
それは
あの家の前の狭い川
ほんのわずかの砂 中洲に立つ
一本の細い木の姿に似ている

あの木は
激しい雨の日には
どうしているのだろうか
ともかく今年も
ほんのわずかの枝に
若葉がさわさわ光った

聴くことは
奏でること
水の音を聴きながら
木は
ひとつの楽器であり
木が奏でるものは
わたしにも
鮮やかに見ることができる

       


詩誌アルファ113 号  1996 年 9月発行 より


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