その木を見ていると、ヴァイオリンやチェロ、木から
美しい楽器が生まれたわけがわかるような気がする。ど
んぐりを拾う子どももいない、この季節。雑木林のなか
は、いつもひっそりしているが、なぜだろう、わたしに
は音がみちているように見える。
その木は、ブナかナラ。となりの幼い木も、きょうは
風がなくてぴたりと動かないのに、木をつたう音、木の
声、木の音楽、木と木は共鳴しあって、響きあって、何
か伝えあっている。
アントニオ・ストラディヴァリ。グァルネリ・デル・
ジェス。名工の頑固な手が必要だとしても、ほんとうは、
木は立っているだけで楽器だということ、知っている?
楽器は、目には見えない、息吹き、気配、感じたまま
に表すもの。木の記憶は古い。なつかしい楽譜を持つ。
若葉が萌えるのも、落葉するのも、季節ごとに新しい声
を持ちたいから。奏でたいものが木のなかでいつもみち
ているから。
木はどこへも行かないで、ずっとそこにいて、いい耳
を持った楽器だ。木の視野は広い。木の一点から銀河宇
宙に向きあう。
今朝、砂漠の国で生まれた赤ん坊の泣き声。オーロラ
の夜、南極の氷のきしむ音。その木もずっとそこにい
て、聴いて、奏でているのだ。
木を見るひと。思考の根をはれ。深く、深くたど
ることで、名器となることを信じる。
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