大石ともみ詩集


その木2

 その木を見ていると、ヴァイオリンやチェロ、木から
美しい楽器が生まれたわけがわかるような気がする。ど
んぐりを拾う子どももいない、この季節。雑木林のなか
は、いつもひっそりしているが、なぜだろう、わたしに
は音がみちているように見える。

 その木は、ブナかナラ。となりの幼い木も、きょうは
風がなくてぴたりと動かないのに、木をつたう音、木の
声、木の音楽、木と木は共鳴しあって、響きあって、何
か伝えあっている。

 アントニオ・ストラディヴァリ。グァルネリ・デル・
ジェス。名工の頑固な手が必要だとしても、ほんとうは、
木は立っているだけで楽器だということ、知っている?
 楽器は、目には見えない、息吹き、気配、感じたまま
に表すもの。木の記憶は古い。なつかしい楽譜を持つ。
若葉が萌えるのも、落葉するのも、季節ごとに新しい声
を持ちたいから。奏でたいものが木のなかでいつもみち
ているから。

 木はどこへも行かないで、ずっとそこにいて、いい耳
を持った楽器だ。木の視野は広い。木の一点から銀河宇
宙に向きあう。
 今朝、砂漠の国で生まれた赤ん坊の泣き声。オーロラ
の夜、南極の氷のきしむ音。その木もずっとそこにい
て、聴いて、奏でているのだ。
 木を見るひと。思考の根をはれ。深く、深くたど
ることで、名器となることを信じる。


 "その木2"の最後の8行を朗読してみました。28.8kbpsで開始まで
最大5分ぐらいかかると思いますが、よかったら聞いてください。

(AIFF 580k)
Netscape Navigator Plug-insのLiveAudio等を用いて下さい。


詩誌AUBE 14号  1997 年


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