大石ともみ詩集


その木3

 分子科学者のイムティアーズさんが、長いコートの裾を
ひるがえしてハワイ、マウナケア天文台に出かけた日。そ
の木のうっすらもやっているような枝は、もう、芽吹きの
準備だ。枝がうずうずしているのだ。冬の間、木の葉一枚
つけずにいたので、光、音、風、木はずいぶん敏感になっ
ている。これからの季節、見たもの、聴いたもの、木は木
の言葉で語り始める。

 たとえば木が芽吹くのは、わたしには祈りの言葉のよう
に見える。木はずっとそこにいて、地の果て空の果て、日
も夜もさまざまな祈りでみちていることを知っているのだ。
木は、遠くを望むもの、遠くを聴くもの。マウナケア天文
台の世界で一番大きな望遠鏡にかなうかどうか。その木も
また、一つの感度のいい望遠鏡だと、イムティアーズさん
に伝えればよかった。

  HCCP。 清潔な実験室で、イムティアーズさんが世界
で初めて見つけた物質の元素記号。ひょっとして銀河宇宙
に浮かんではいないかとマウナケアの望遠鏡を覗きに行っ
たのだ。 実験室のフラスコのなかの無色透明の気体が、宇
宙の闇にうかんでいるかもしれないと聞いたとき、わたし
は、また思い出した。ハーロウ・シェイプリーの言葉、「
人間は星くずでできている」という一文を。

 木は、遠くを望み、遠くを聴くもの。木は星のかけらの
なかに自分のかたちを望み、聴いているのかもしれない。
 いま、ここに在るということ。祈りの言葉をつぶやくそ
の木。わたしもまた、芽吹きの季節にはその木のように。


詩誌アルファ 116号  1997 年


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