分子科学者のイムティアーズさんが、長いコートの裾を
ひるがえしてハワイ、マウナケア天文台に出かけた日。そ
の木のうっすらもやっているような枝は、もう、芽吹きの
準備だ。枝がうずうずしているのだ。冬の間、木の葉一枚
つけずにいたので、光、音、風、木はずいぶん敏感になっ
ている。これからの季節、見たもの、聴いたもの、木は木
の言葉で語り始める。
たとえば木が芽吹くのは、わたしには祈りの言葉のよう
に見える。木はずっとそこにいて、地の果て空の果て、日
も夜もさまざまな祈りでみちていることを知っているのだ。
木は、遠くを望むもの、遠くを聴くもの。マウナケア天文
台の世界で一番大きな望遠鏡にかなうかどうか。その木も
また、一つの感度のいい望遠鏡だと、イムティアーズさん
に伝えればよかった。
HCCP。 清潔な実験室で、イムティアーズさんが世界
で初めて見つけた物質の元素記号。ひょっとして銀河宇宙
に浮かんではいないかとマウナケアの望遠鏡を覗きに行っ
たのだ。 実験室のフラスコのなかの無色透明の気体が、宇
宙の闇にうかんでいるかもしれないと聞いたとき、わたし
は、また思い出した。ハーロウ・シェイプリーの言葉、「
人間は星くずでできている」という一文を。
木は、遠くを望み、遠くを聴くもの。木は星のかけらの
なかに自分のかたちを望み、聴いているのかもしれない。
いま、ここに在るということ。祈りの言葉をつぶやくそ
の木。わたしもまた、芽吹きの季節にはその木のように。
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