落合抜きの清原は第2の広沢

クローズアップ 野球vol.4

読売ジャイアンツ 清原 和博

昭和63年の日本シリーズで、当時西武の清原は、ナゴヤ球場のレフト場外に、とてつもない大本塁打を放った。ドラゴンズファンは顔色を失い、しっぽを巻いた。シリーズの結果は1勝4敗で中日の負け。当時、中日の4番だった落合は「4番の差だ」と敗北を認めた。

清原21才、落合34才であった。

あれから8年、清原が読売に移り、落合は押し出された。その落合が今「松井は清原より力は上だ」と、広言している。今季の成績を比較すれば、2人の差は明らかだが、それをあえて言うところに、落合の我(が)が見えておかしい。

では、清原はドラゴンズにとって脅威ではないのだろうか。

結論を言えば、少なくとも来季は、大きな脅威にはならないのではないか。

人間の組織は、はやり言葉でいう「複雑系」の最たるものだ。野球チームも、この複雑系の魔力から逃れる事はできない。いわゆる名選手をかき集めても強いチームができないのは、集団内で組成される「複雑系の見えざる力」が私達が想像する以上に、選手たちに大きく作用するからである。

清原の場合も、同じチームに落合がいたなら事情が違う。落合・清原を核にして秩序が再編され、読売にとってはともかく、清原自身にとっては良い結果を招くように思う。

落合のいない読売の清原は、第2の広沢になる恐れがある。むしろ、落合という重しがとれ、チームの空気にも慣れた広沢を、他球団は、より警戒すべきなのかもしれない。

それにしても読売は、複雑系の魔力に無頓着すぎる。長嶋カンピューターが、よほどうまく働かないと混迷状態に陥る。ごたごたの球団に勝ったとしても、大して面白くはない、か。いや、勝つ分には文句はない。

(12/20 中日スポーツ・コラム記者席より)

注)誌上では、巨人と書かれているが、あえて“読売”にします。