静かなる鼓動

 

 私がその「鼓動」に気付いたのは中学に入って間もない事だった。



 中学になってから、同じクラスになった男の子で、神崎君ってゆう子がいる。
 同じ小学校だったんだけど、クラスが一緒になったのは中学になってからの事だった。
…ううん、ドキドキってゆうんじゃなくて。
 なんてゆうかこう、静かな、でもいつもと違う鼓動。
 こんなコト、友達に話したって、誤解されて茶化されるだけだから言わないケド。

「田中?」
 神崎君が私に話しかける。
 とくん…。とくん…。ほら、また。
「なに?」
「ワリいんだけどさ、消しゴム貸してくんないかなぁ?」
「いいよ。ほら。」といって消しゴムを差し出す。
 渡す時に、手が少し触れる。

 とくん…。とくん…。



 恋じゃない。恋じゃない。恋ならもっとこう、ドキドキするハズだ。

 そう自分に言い聞かせながら、中学の三年間は終り、彼と私は別々の高校へ進み、その後、彼と逢う事は無かった。



 それから40年が過ぎた今でも、あの時の「鼓動」が何だったのかは解らない。
「あなたぁ、ご飯ですよ〜。」
 台所で妻の呼ぶ声がする。

 私は回想をやめ、食卓へ向かった。

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