blueball.gif (1613 バイト)  壮大なる架空史の世界  blueball.gif (1613 バイト)


史実をもとにした歴史小説は、それはそれは面白いものである。単純に物語としての面白さを味わうのはもちろんのこと、作者がどのようにして従来の歴史観や人物観を打ち砕いているのかを見ていくことは歴史小説の醍醐味であると言えよう。

しかし一人の小説家の手によって作られた架空の世界の歴史もまた、なかなかに楽しいものである。架空の世界を作り上げるために、作者はどんな神話や伝説、史実をアレンジして取り込んでいるのか?あるいはどのような方法で歴史小説らしさを作り出しているのか?それを確かめていき、元ネタを探求していくことは、純粋にストーリーを楽しむことと同様に架空世界の歴史物語を読んでいく上での大きな楽しみなのである。

架空世界の歴史物語が史実をもとにした歴史小説より劣ったものであると、一体誰が断言出来ようか?そんな架空史の物語の中から三編を選りすぐって紹介することにした。


銀河英雄伝説
田中芳樹・徳間ノベルズor徳間文庫・全10巻・その他外伝4巻等有り

時は宇宙暦796年、もしくは帝国暦487年、人類はゴールデンバウム朝銀河帝国自由惑星同盟・中立勢力のフェザーン自治領の三極に分かれて抗争を続けていた。銀河帝国は皇帝を始めとして貴族達が平民を虐げ、奢侈を尽くして退廃的な世となっていた。一方の自由惑星同盟でも建国当初の理想を忘れて衆愚政治に陥っており、民主主義の末期的な症状を示していた。第三勢力のフェザーン自治領は陰のスポンサー・地球教の力を背景にして着々と勢力を伸ばしている。

そんな中で、銀河帝国では皇帝の寵姫の弟であるラインハルト・フォン・ローエングラムは親友のキルヒアイスとともに若くして武勲を重ね、帝国軍上級大将の地位にまで出世していた。彼は今の貴族達が平民から搾取するという体制に飽きたらず、いずれ自分が皇帝の位を簒奪してやろうと野心を燃やしていた。自由惑星同盟でも歴史家志望の軍人であるヤン・ウェンリーが、やはり若くして武勲を重ね、准将の地位にまで出世していた。彼は用兵家としての才能は抜群なくせにいつも軍職を辞めたがっており、いつか退職して気ままに年金暮らしを送ってやろうと考えていた。

この三カ国は500年間微妙な勢力均衡を保っていたが、自由惑星同盟がアムリッツァの戦いで大敗を喫してから、その均衡がどんどんと崩れ始めた。帝国内部でも皇帝が老衰で亡くなり、幼帝が即位したことをきっかけにラインハルトがクーデターを企む………

田中芳樹氏の代表作にして、スペース・オペラの傑作。アニメビデオやコミックにもなり、今や多くの人が存在を知る所となった。ただこの作品の場合、SF小説というよりも架空歴史小説と言った方が適切である。SF小説としては、素人の私でさえ「これは……?」と思う部分が多いのである。

翻って架空歴史小説として見ると、これが非常によく出来ている。まず序章で「銀河系史概略」を語ってこの世界の歴史の流れを明らかにし、本編でも時折「後世の歴史家の見解」が紹介されるという凝りようである。無論、登場人物や戦争なども実在のそれが投影しているのであろうが、その造詣が大変手が込んでいて、簡単にはそのモデルを特定させてくれないのである。

例えば主役のラインハルトにしても、皇帝の寵姫となったアンネローゼとの姉弟関係から考えれば、ローマのオクタヴィアヌスのように思えるが、前漢の衛青・霍去病のようにも見える。また幼年学校の頃のエピソードから鑑みると、ナポレオンを思わせる。しかし簒奪の手際よさから見ると唐の太宗がモデルのように見えるといった具合に、単純に「こいつがモデルだ」と絞り込むことが出来ないのである。

そういうわけで、この作品は歴史好きの魂を必要以上にかき回してくれるのである。これにやられて、大学は史学科に進むことにしたという人も多いだろう。実は、かくいう私がそうなのである。それ以前から史学科に行きたいという漠然とした志望はあったものの、高三の時に友人に勧められてこれを読み、一気に「とどめ」を刺されて大学で東洋史を学ぶことになった。そういう実例もあるので、受験生は読まない方が良いのかもしれない。

作者の田中芳樹氏はこれ以外にも架空歴史小説の傑作を多くものしておられるが、近年史実を元にした本当の歴史小説(特に中国史)の分野に移られてしまい、架空歴史小説の筆を事実上断たれてしまった。中国史小説の方も『紅塵』『風よ、万里を翔けよ』といった佳作を残されているが、いかんせん架空物の時とは作風が変わってしまっている。残念なことである。

太陽の世界
半村良・角川文庫・1〜14巻

南太平洋に浮かぶムー大陸を舞台にした2000年に及ぶ民族の興亡を描く。唯一神「」を信仰するアム族は神から約束された地を目指す途中で、強力な超能力を持つモアイ族と出会う。約束の地ラ・ムーにたどり着いたアム族はモアイ族と通婚を始め、その子孫は代々超能力を得る。中でもイハムサハム聖双生児は強大な力を誇った。

彼らの指導によってアム族は他の民族の支配する土地の征服を始める。そしてサハムの嫡子・カハムは正式に王として即位することとなった。アム族放浪期の功労者の子孫も貴族や豪族となって勢力を伸ばす。一方でサハムの私生児・デギルは有尾人種のバルバルを支配下に収め、悪魔の始祖としてラ・ムーの人々を籠絡していく………

普通、伝奇小説に描かれる所のムー大陸は、科学技術が高度に発展していて、人々はみな超能力を持っており、それで何らかの原因で大陸が沈没したと。それでムー人の生き残りがエジプト・メソポタミア等の古代文明の発生に影響を与えたといった所であろうか。本書でのムー大陸も概ねそういった一般的なイメージに基づいて描かれている。ただ本書の傑出しているところは、ムー人が超能力や高度な科学技術を得た理由をわざわざ一から説き起こしているという点である。

あたかもまるで本当に太古にムー大陸が存在したかのように、その証拠を次々と捏造していく。「証拠」の中でも最も多いのが言葉である。まるでムーの言葉が今の世界中の言語の祖であると言わんばかりなのである。一例を挙げると、ラ・ムーでは王のことを初代の王の名を取って「カハム」と呼ぶが、このカハムから派生して「キング」や「河汗(カハン)」といった語が生まれたそうである。更に悪魔の始祖・デギルは無論「デビル」の語源、「バルバル」は「バーバリアン」の語源らしい。「イムチ」(お前)や「カム」(神)・「アレ」(他人・異族)等、日本語に関するものが多いのは作者のご愛敬であろう。

他にも作者は様々な趣向を凝らし、腕によりをかけてラ・ムー実在の証拠をでっち上げているが、具体的な事例は実際に本書を読んでお楽しみいただきたい。ところで本書は当初の構想では全50巻、ラ・ムーの創世から滅亡まで2000年の歴史を描くということであったが、事実上14巻で作者の筆が止まってしまっている。ラ・ムー草創期の主要人物・サハイルクヌピ達から数えて、まだ4〜5世代目といったあたりである。うやむやのまま中断してしまうには余りに惜しい作品である。

後宮小説
酒見賢一・新潮文庫・全1巻

時は素乾王朝の槐暦元年。腹上死した父・腹宗に代わって17歳の皇太子・槐宗が即位した。この槐宗の後宮を作るべく、宦官たちは各地にお后候補を探し回る。主人公の田舎娘・銀河もそうやってお后候補に選ばれ、都に連れられて来た一人であった。彼女はお后としての教養を磨くべく、貴族出身で気位の高いセシャーミン、少数民族出身の江葉、そして玉遥樹(タミューン)といった仲間たちと角先生の女大学に入学することになる。銀河は物怖じしない性格ゆえに女大学でも騒ぎを引き起こすが、次第にセシャーミン達とも打ち解ける。その一方で反乱軍の首魁・幻影達(イリューダ)は着々と勢力を強めていた………

『墨攻』・『陋巷に在り』で有名な酒見賢一氏の処女作にして、チャイナファンタジーの傑作。明末清初の状況を参考にして、見事に架空中華世界を作り上げている。李自成李巌袁崇煥を思わせるキャラクターも登場し、この時代のファンにとってはこたえられない作品ではないだろうか。

またこの作品は『素乾書』・『乾史』・『素乾通鑑』といった史書の内容を小説にまとめたという体を取っているのであるが、これは言うまでも無く架空の歴史書をでっち上げて歴史小説らしく見せかけているのである。物語中に出てくる角先生の後宮哲学の説明でも、『後宮七典』・『女大学』といった書を引き合いに出している。肝心の後宮哲学の内容もなかなか読ませるものがある。

このように作品に歴史小説らしさを与えようとする酒見氏の手腕は並々ならぬものがある。その手法は上述の『太陽の世界』等とも違っており、詳細に比較してみるのも楽しいだろう。また大事なことは、こういう飾り付けだけに凝って作品が完結してしまっているのではなく、メインのストーリーもよく出来ているということである。だから中国史のことなど何も分からない人が読んでも、充分に楽しむことが出来る。


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