古典小説における人物転生表
『平妖伝』や『隋唐演義』など、中国の古典小説を読んでいますと、やたらと「〜は…の生まれ変わりである」とか、「〜は天界の…が転生した化身である。」というような表記が目に付く。この誰が誰に転生したかを表にまとめてみたら面白いのではないかと思い、これを取り敢えず歴史上の人物に絡むものだけ、以下のようにまとめてみました。
補足(11.6.15)
これまで明代以降の白話小説から、純粋にある人物が別の人物に転生したパターンのみ表に加えていましたが、今回の更新から白話小説以外の資料も調査の対象に加え、更に神様や仙人が人間として下界に降ったというパターンも表に加えていくことにしました。この場合、「前世」の欄に「(下凡)」という表記を付けることにします。
転生が入り組んでいるものについては、注釈を付けました。
参考資料(99年11月現在)
『平妖伝』・『隋唐演義』・『三国志平話』・『西遊記』・『水滸伝』・『史記』・『三言』
『四遊記』・『大宋宣和遺事』
二階堂善弘『封神演義の世界』
宮崎市定「宋の太祖被弑説について」(『宮崎市定全集』)
大塚秀高「関羽の物語について」・「斬首龍の物語」(『埼玉大学紀要教養学部』30・31号)
なお『説岳全伝』については、千田大介さまの「電脳瓦崗寨」にてアップされている訳を参照させていただきました。
情報提供をしてくださった方々
二階堂善弘さま 飯香幻さま hakoさま 宣和堂さま
人物名 | 人物の説明 | 前世 | 人物の説明 | 典拠 |
永樂帝 | 北方を好み、南京から 北京に遷都。鄭和に玉 璽捜索を命じる。 |
北方玄天 上帝(下凡) |
天上の三十六元帥を統 括し、北方を守護する 戦神。『北遊記』の主役 |
『三宝太監 西洋記』 |
王則 | 北宋期に朝廷に対して 反乱を起こした |
則天武后 | 中国史上唯一の女帝。 唐王朝を倒して周王朝 を建てた |
『平妖伝』 |
岳飛 | 南宋期の名将。金軍と 激戦を繰り広げたが、 秦檜の為に殺された |
張飛 | 劉備の義兄弟。気の荒 い猛将 |
『東遊記』 |
岳飛 | 南宋期の名将。金軍と 激戦を繰り広げたが、 秦檜の為に殺された |
大鵬金翅鳥 | 空を駆けめぐる怪鳥。無 為に妖怪を殺し、来世で その復讐を受ける。 |
『説岳全伝』 |
華光 (注) |
『南遊記』の主人公。何 回も転生を繰り返して 神仏に逆らう |
妙吉祥 (吉祥天) |
釈迦如来の弟子。如来 の戒めを聞かず、罰とし て下界に流された |
『南遊記』 |
関羽 | 三国の一つの蜀を建て た劉備の義兄弟。義に 厚い武将 |
項羽 | 秦を滅ぼすのに尽力し た武将。劉邦に倒され る |
『三言』 |
関羽 (注) |
僧・普静が龍神の首を 瓶に入れて九日間供養 した為、関毅の子として 転生出来た。 |
雷首山沢の 龍神 |
民を干魃から救うため、 玉帝の命に逆らって雨を 降らせ、斬首される。 |
『神仙鑑』 |
関羽 | 玉帝の命で曹操を殺す べく下凡するが、誤って 同輩の顔良・文醜を殺す |
天上の将星 (下凡) |
天上の南天門を守る神 将。 |
『三国志 玉璽伝』 |
完顔阿骨打 (金太祖) |
女真族をまとめて金王 朝を建て、その初代皇 帝となった |
北方水徳 真君 |
趙匡胤の化身である霹 靂火仙と碁を打ち、天 下の形勢を競う |
『大宋宣和 遺事』 |
徽宗 | 宋王朝第八代皇帝。遊 び人・画家としても有名 で、後に金に拉致される |
李U (南唐・後主) |
五代十国の一つ・南唐 の皇帝。詞の名手とし て有名。宋に降る |
『三言』 (『醒世恒言』) |
徽宗 | 宋王朝第八代皇帝。遊 び人・画家としても有名 で、後に金に拉致される |
長生大帝君 (下凡) |
玉帝の御子の一人。玉 帝の命に背いたため、 下界に流される |
『大宋宣和 遺事』 |
欽宗 | 北宋の最後の皇帝。父 の徽宗とともに金に拉 致される |
天羅王 (下凡) |
仏教の経典に見える天 羅神のことと言うが、詳 細は不明 |
『大宋宣和 遺事』 |
金碧峰 | 張天師とともに鄭和の 大航海に同行し、各地 の妖怪を退治。 |
燃灯仏 (下凡) |
玄天上帝の転生である 永樂帝を補佐するために 下凡。 |
『三宝太監 西洋記』 |
高宗 | 徽宗の第九子。靖康の 変の折りに江南に逃れ 南宋の初代皇帝となる |
銭鏐 | 五代十国の一つ・呉越 の創始者 |
『大宋宣和 遺事』 |
玄奘 (三蔵法師) |
天竺へお経を得るため に旅立つ |
金蝉長老 | 釈迦如来の二番目の弟 子 |
『西遊記』 |
玄宗 | 唐王朝第六代皇帝。 楊貴妃におぼれる |
朱貴児 | 隋の煬帝の寵姫 | 『隋唐演義』 |
献帝 | 漢王朝最後の皇帝 | 劉邦 (高祖) |
漢王朝初代皇帝。項羽 を倒して天下を統一 |
『三国志平話』 |
胡媚児 | 女狐の化身。後に胡永 児に転生し、王則の妻 となる |
張昌宗 | 則天武后に寵愛された 美少年 |
『平妖伝』 |
蔡京 | 徽宗の時の奸臣の筆頭 格。『水滸伝』にも登場 |
左元仙伯 (下凡) |
玉帝に仕える天上の官 吏の一人。 |
『大宋宣和 遺事』 |
司馬懿 | 魏の曹操に仕え、後に 宰相となる |
司馬仲相 | 冥界で韓信らの訴えを うまく裁いた |
『三国志平話』 |
諸葛亮 | 劉備の軍師。後に蜀の 丞相となる |
徹(通) | 韓信に天下を取れと唆 した遊説家 |
『三国志平話』 |
処女 | 春秋五覇の一人・越王 句践の軍隊を教練した 女性 |
九天玄女 (下凡) |
道教の女神。西王母に 仕える。『水滸伝』等にも 登場する |
『平妖伝』 |
秦檜 | 南宋の宰相。金との屈 辱的な和約を結ぶ。 前世の恨みを晴らすべ く岳飛を暗殺 |
鉄背王 | 蛟の精の子。蝦将や蟹 兵を率いる。大鵬金翅鳥 に左目を突かれる。 |
『説岳全伝』 |
仁宗 | 宋王朝第四代皇帝。名 君として知られる |
赤脚大仙 (下凡) |
いつも裸足でいる仙人。 「赤脚」とは裸足の意 |
『平妖伝』 |
宋江 | 梁山泊一〇八人の好 漢の頭領。実在の人物 |
天魁星 | 天上の星神であったが、 罪を得て下界に流された |
『水滸伝』 |
曹操 | 三国の一つの魏を建 てた姦雄 |
韓信 | 劉邦の天下統一に貢献 したが、呂后に誅殺され る |
『三国志平話』 |
則天武后 | 中国史上唯一の女帝。 唐王朝を倒して周王朝 を建てた |
李密 | 隋末の群雄。後に唐に 降るが、更に唐を裏切 って誅殺される |
『隋唐演義』 |
則天武后 | 中国史上唯一の女帝。 唐王朝を倒して周王朝 を建てた |
多欲魔王 | 五百年に一度、地獄か ら人間界に転身し、妖淫 ・殺戮をほしいままにする |
『平妖伝』 |
孫権 | 三国の一つ・呉の初代 皇帝 |
英布 | 項羽配下の猛将。後に 劉邦に降るが、劉邦に 誅殺される |
『三国志平話』 |
趙匡胤 |
宋王朝初代皇帝。後周 の世宗の覇業を受け 継ぐ |
火徳星君 霹靂火仙 (下凡) |
後唐の明宗の祈りに応 じて下界に降る |
『大宋宣和 |
宗翰 (粘罕) |
金の皇族。開封に攻め、 太宗の子孫を拉致。生ま れつき腹下に傷があった とされる。 |
趙匡胤 (宋太祖) |
宋王朝初代皇帝。弟・太 宗に暗殺されたとも言わ れる。帝位は代々太宗 の子孫に受け継がれた |
劉定之 『宋史論』他 |
張飛 | 天上の二小鬼の転生で ある范疆と張達に暗殺 される。 |
北極守旗門 (下凡) |
天上の星宿。二小鬼を殺 した罪により、劉備・関羽 とともに下凡。 |
『三国志 玉璽伝』 |
狄青 | 宋の仁宗の時代の名 将。一兵卒からのたた き上げで、西夏を討伐 |
武曲星 (下凡) |
北斗七星の一つ。仁宗を 補佐する為に下界に降 った |
『水滸伝』 |
馮道 | 五代十国時代の名政 治家。五王朝十一君に 仕える |
張柬之 | 則天武后の死の直前に クーデターを起こし、唐 王朝を復興させた |
『平妖伝』 |
伏皇后 | 献帝の皇后であったが 曹操の為に処刑された |
呂后 | 劉邦の皇后。功臣や劉 邦の寵姫・庶子を殺す といった悪業を行った |
『三国志平話』 |
文彦博 (注) |
宋の仁宗の名臣。則天 武后の転生である王則 を討つ |
張柬之 [馮道] |
則天武后の死の直前に クーデターを起こし、唐 王朝を復興させた |
『平妖伝』 |
包拯 | 宋の仁宗に仕えた文 官。名裁判官として有名 |
文曲星 (下凡) |
北斗七星の一つ。仁宗を 補佐する為に下界に降 った |
『水滸伝』 |
楊貴妃 | 玄宗の寵姫。美女の代 名詞として有名 |
煬帝 (楊広) |
隋の第二代皇帝。一般 に暴君として知られる |
『隋唐演義』 |
煬帝 (楊広) |
隋の第二代皇帝。一般 に暴君として知られる |
怪鼠 | 終南山に住む大ネズミ。 仙人の丹薬を盗み食い して捕らえられる |
『隋唐演義』 |
藍采和 | 八仙の一人。ボロボロ の服を着て、片足が裸 足の仙人 |
赤脚大仙 (下凡) |
いつも裸足でいる仙人。 「赤脚」とは裸足の意 |
『東遊記』 |
李世民 (唐太宗) |
紫微星に恨みを晴らさん とする二十八宿の転生・ 二十八反王と敵対。 |
劉秀 (光武帝) |
紫微星が玉帝の命によ り、二十八宿とともに下 凡。酒に酔って無下に 二十八宿を殺す。 |
『説唐』 |
陸遜 | 呂蒙とともに関羽を殺す が、呂蒙の死に驚き、病 の床につく。 |
文醜 | 顔良とともに曹操を殺す 為に下凡した天将。誤っ て関羽に殺される。 |
『三国志 玉璽伝』 |
劉備 | 三国の一つ・蜀を建て、 漢王朝の復興を唱える |
彭越 | 漢楚抗争期の群雄。劉 邦に降るが、後に誅殺さ れる |
『三国志平話』 |
劉備 | 天界から常に庇護を受け 白帝城にて関羽・張飛の 霊に迎えられ、昇天。 |
紫微星官 (下凡) |
天上の星宿。関羽・張飛 とともに下界に降る。 |
『三国志 玉璽伝』 |
劉邦 (漢高祖) |
漢王朝初代皇帝。項羽 を倒して天下を統一 |
赤帝の子 | 赤帝は五行の一つ・赤 色を司る神。漢王朝が が火徳である事を示す |
『史記』 (高帝本紀) |
呂蒙 | 前世の恨みを晴らすべく 陸遜とともに関羽を殺す が、関羽の霊に呪い殺さ れる。 |
顔良 | 元は天将。玉帝の命を 受け、曹操を殺す為に 下凡するが、関羽に殺 される。 |
『三国志 玉璽伝』 |
注釈
飯香幻さまの情報提供によれば、妙吉祥はもともと灯明だったものを如来が命を吹き込んだものということである。また、物語の中では妙吉祥から華光に至るまで何回か転生を繰り返す。しかし便宜上、表のように華光の前世は妙吉祥と記しておくことにする。
物語中では、唐王朝を復興させる大功を立てながら冤罪によって殺された張柬之を玉帝が哀れみ、彼を天寿星に封じたという設定になっている。この天寿星が五代には馮道に転生し、北宋期には文彦博に転生したというわけである。だから本来は、「文彦博の前世は馮道」と記さねばならない。しかし則天武后の周王朝を打倒した張柬之と、則天武后の転生である王則を倒した文彦博は関連が深いのを鑑み、表のように記した。
この他にも、関羽が天上の火龍星、あるいは赤帝の転生であったとする伝承が存在し、関羽の転生譚は誠に多岐に渡っている。この転生譚に付随して関羽が棗のような紅顔になった理由、関羽が元々関姓ではなかったこと、青龍偃月刀が青龍の変化であることなどが語られている伝承も多く存在するが、詳しくは「参考資料」の欄に挙げておいた大塚秀高氏の論文をご覧いただきたい。
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