blueball.gif (1613 バイト)  唐代伝奇  blueball.gif (1613 バイト)


3 李娃伝


玄宗の頃に常州の刺史に任じられていたkei2.gif (123 バイト)陽公氏は、名門の出身で人望もたいへん厚かった。彼には一人の息子がいたが、その息子というのが眉目秀麗で詩文を善くし、幼い頃から将来を嘱望されていた。そこで氏は息子に科挙を受験させるために、都に旅立たせることにした。氏は息子に二年分の生活費を与え、「お前ならきっと及第できる。」と励まして屋敷から送り出したのである。 

氏の息子である若者は長安にたどり着いて住居を落ち着けると、同じく都で暮らす友人のもとを訪ねて行った。その途中で鳴珂曲(めいかきょく)と呼ばれる小路を通り掛かった。そこには一件の屋敷が建っていたのだが、若者はその屋敷の扉の所に一人の女性が立っているのを見た。その女性というのが類稀なる美女、若者は彼女に一目惚れしてしまった。その後、若者の頭はその美女のことで一杯になった。彼は友人から、その女性は有名な妓女の李娃(りあ)であると聞かされる。

若者は大金をはたいて衣服を新ため、お供のものを揃えて李娃の屋敷へと訪ねて行った。彼女の世話役である老婆に案内されて、李娃と挨拶を交わした。二人は食事をともにするうちに打ち解けていき、若者は彼女に一目惚れしたことを告げた。驚いたことに李娃も若者が屋敷の前を通り過ぎたときに、彼に惚れてしまったのだと言う。若者は老婆に頼み込んで、李娃の屋敷に住まわせてもらうことにした。それからというのも、若者は李娃やその他の妓女・芸人たちと遊び暮らし、学問のことを顧みなくなった。そうして一年も経つと、父に授けられた財産もすっかり使い果たしてしまい、老婆からは冷たい目で見られるようになった。しかし李娃の若者に対する愛情はますます深まった。

ある時、二人はお産の神の廟へ参拝に行き、その後で李娃の叔母にあたる女性の屋敷を訪問した。三人は楽しく談笑していたが、そこへ世話役の老婆が急病で倒れたという知らせが入り、李娃は慌てて帰宅した。若者は気をもんで叔母の屋敷で彼女の帰りを待ったが、いつまでたっても戻って来こない。これはおかしいと思って李娃の屋敷へ行くと、そこには李娃も老婆もおらず、家具なども全て無くなっていた。もう一度彼女の叔母の屋敷へ戻ると、その叔母すらも雲隠れしてしまっていた。

無一文になって李娃に見捨てられた若者は人生に絶望し、やがて重い病にかかった。そして危篤状態になった彼は葬儀屋に運びこまれたが、そこで人々の看護を受けて数ヶ月後には健康を取り戻した。彼はもともと芸事に達者で、葬儀屋で過ごすうちに死者を送るための挽歌を覚え、やがて長安一の挽歌の歌い手となった。そしてしばらく後に、葬儀用品の展示会の余興で、若者は多くの人々の前で挽歌を披露することになったが、折り悪く父親の氏が長安にやって来ており、見つかってしまった。父親は若者を「一族の恥だ!」と罵り、滅茶苦茶にムチ打った。彼は体中に深い傷を負って手足も満足に動かせなくなり、父からも、そして葬儀屋の仲間からも見捨てられてしまったのである。

それからというもの、若者はボロをまとい、杖をついてやっとこさ不自由な足を動かして、物乞いをして暮らしをたてた。ある大雪の日に寒さと飢えから、とある屋敷の前に行き倒れになった。そこはあの李娃の新しい屋敷であった。李娃は若者の有様を見ると、彼を見捨ててここまで追いやってしまったことをひどく後悔し、責任を感じた。彼女は世話役の老婆の反対を押し切って若者を屋敷で養生させることにした。しばらくして若者の手足が自由になり、昔の肌や肉付きを取り戻すと、科挙を受験させることにした。

李娃は書籍を買い込んできて、若者を学問に専念させた。それから三年経って、若者に力が付いてきたのを見て科挙進士科を受けさせ、果たして彼は上位で及第したのであった。彼は政界の名士の中で一躍有名人となり、結局成都府参軍に任命された。李娃は若者に、これを限りに卑しい身分である自分と別れて名門のお嬢さんと結婚なさいと勧めた。だが若者はそれを承知しない。赴任の途中、剣門で父親の氏との再会を果たすと、李娃のおかげで官職を得ることが出来たのだと訴えた。父親も立派な女性だと感心し、息子と李娃とを結婚させることにした。

結婚の後、李娃は家政をきちんと取り仕切り、祖先の祭祀なども折り目正しく執り行ったので、親戚中から敬愛された。また夫の父母が亡くなって喪に服している最中に、彼女のもがり小屋の屋根に数十羽もの白い燕が巣を作ったり、霊芝が生えてくるなどの瑞兆が見られた。そこで時の皇帝は服喪の後に若者を重職に任じ、妻の李娃ken.gif (119 バイト)国夫人(けんこくふじん)に封じた。その後、若者は次々と昇進して大官となり、李娃との間に生まれた四人の息子達もそれぞれ出世して一族が大いに栄えたと言う。


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