女流ソリスト(第三資料室)

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伊藤奏子 1970〜 30  
カトリーン・ショルツ 1969〜 31  
小林美恵 1967〜 33  
竹澤恭子 1966〜 34  
漆原朝子 1966〜 34  
レイチェル・ポッジャー 19??〜    
ナージャ・サレルノ・ソネンバーグ 1961?〜 39  
久保田巧 1959〜 41  
天満敦子 1955〜 45  
シルヴィア・マルコヴィッチ 1953〜 47  
ルーシー・ファン・ダール 19??〜    
チョン・キョンファ 1948〜 52 特集ページへ
ミリアム・フリード 1946〜 54  
前橋汀子 1943〜 57  
潮田益子 1942〜 58  
イダ・ヘンデル 1924〜 76  
諏訪根自子 1920〜 70  
ピーナ・カルミレッリ 1914〜????    
ローラ・ボベスコ 1919?〜    
エリカ・モリーニ 1904〜1995 91  
ジョコンダ・デ・ヴィート 1907〜1994 87  
ミシェル・オークレール 1924〜    
ヨハンナ・マルツイ 1924〜1979 65  
巌本眞理 1926〜1979 53  
ジャネット・ヌヴー 1919〜1949 30  
       
       

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グンドゥラ・ヤノヴィッツ

ブラームス:ドイツレクイエム
カラヤン指揮 BPO/G・ヤノヴィッツ (SACD) ’78


 これは、なんだか緊張感のない、だらしのない演奏に聴こえます。途中で飽きて聴くのがいやになってしまいます。
 正規盤(未聴)でもこうなんでしょうか。ヤノヴィッツ盤は’64年のようですから、これとはかなり年代が違います。
 ヤノヴィッツの歌声が聴きたいがために買ったレコードですが、これでは鑑賞に堪えません。
 
 今では意識してカラヤンなんて聴かないんですが、私が知っているカラヤンといえば、EMIのPOとのベートーヴェンぐらいです。まだ、何も知らない少年の頃、このカラヤンのベートーヴェンを聴いて、なんだかせかせかした、重みのない、お気軽ベートーヴェンだなあ。でもこれが世界最高の指揮者なんだから、きっとすごい演奏なんだろう、と無理に信じて、我慢して聴いていました。しかしすぐにフルトヴェングラーなどを知るにつけ、もう全く聴かなくなってしまいました。
 
 ヤノヴィッツを知ったのはそれからすぐでした。友人(一番弟子の一人である)がカラヤンの第九を買ったというので、貸してもらって聴いたのです。多分2枚組みの豪華な装丁(LP)だったと思います。当時1ヶ月分の小遣いでようやく買えるかどうかという貴重品。
 その時心底たまげたのがヤノヴィッツの歌声でした。「おお友よ、これぞ私が求めていたソプラノだ。」
 それまでソプラノと言えば、シュワルツコップ。私はこの歌声が好きになれませんでした。もうキーキー目いっぱいと言う感じで、金切り声に近い不快感を覚えたものでした。しかしこれまた当代随一のソプラノ。カラヤン=シュワルツコップ。クラシックってこんなもんなんだろうか?そういう素朴な疑問を氷解させてくれたのが、ヤノヴィッツでした。
 何だ、こんな素晴らしいソプラノがいるんじゃないですか。何という柔らかい、余裕のある歌声。これぞ癒してくれる音楽である。多分高校時代だったと思いますが、私は当時から音楽に求めるものはこの感覚だったように思います。 

ベートーヴェン:交響曲第9番
カラヤン指揮 BPO/ヤノヴィッツ (DG ’62)


 繰り返しますが、今ではカラヤンはほとんど聴かないし(今持っているのは、多分ここに紹介する2枚ぐらいでしょう。)、「第九」なんてのもたいして好きではない音楽です(でした ※)が、あの頃ヤノヴィッツの歌声に感激したことの思い出のためだけに、時おりこのレコードを聴くことはあります。
 
 (※ しかし、最近P・マークの感動的な第九を聴いて、少しだけ考えを改めつつあるところです。こういう第九なら聴いてみてもいいかな、と。)
('01/12/13/木)


THE SINGERS グンドゥラ・ヤノヴィッツ
UM 467 910 2


 このレコード、店頭で見かけました。シリーズで10種類くらい出ていたでしょうか。
 私は「オムニバス物」というのが基本的に嫌いで、あまり積極的に買わないんです。アーティストがコンセプトを組んだものならともかく、メーカーのご都合で、テキトーに手持ちの音源を74分枠に納まるようにパズルのように組み合わせたものなど、とうてい聴く気になれません。単なる寄せ集め以外の何ものでもありません。
 例えば「○○世紀のピアニスト」シリーズなどもそうです。つまみ食い的な感覚がどうにもいけません。そこでしか聴けない音源がある以外、聴く意義を見出せません。
 但し、集大成、全集的なものは意義が違います。

 これもそんな中の一つに見えました。「ふーん・・・。」という感覚でした。
 しかし、しばらく手にとって眺めているうちに、「ENHANCED CD」という文句が目に入ったのです。「あれ、これが例の画像データなどが梱包?されてるっていうアレかぁ・・・。」そこに興味が湧きました。値段もそれほどではなかったと思いますので、それなら一丁、ということで買ってみました。

 
意外だったのは、そのデータ量が割に豊富に思えたことでした。ディスコグラフィー、歌詞、ポートレートなど、なかなかのお宝度だと思いました。(残念なのは・・・、というより、それが制限なのでしょうが、それがアクロバットでしか見られない形式になっていることです。この(→)ポートレートも「画面コピー」で細工したものです。)

 本体?の収録時間も73.02分とあり、さらにこれだけ?のデータがいったいどこに入っているのだろうという気もします。74分枠なんて、かなり余裕があるのではないかと。(実際80分以上収録されているものもたくさんありますから。)
 こういう企画はもっともっと増えて欲しいものだと思います。

 ところが、不思議なことに、このシリーズがどのメディアでも全く取り上げられていないようなのです。いったい何をしているのでしょう。
 1年前の旧譜や、国内企画の???物ばかりに力を入れてないで、こういう本当に価値ある企画を紹介して、もっともっと普及させる、このほうがはるかに重要であるように私には思えてなりません。
 私が「普及」なんて言葉を使うのは裏切り行為のようなものです。私としては自分だけこっそりこういうオイシイレコードが手に入れば不足はないわけですが、今の時代、「自分だけ知っている」そんなウマイ話が転がっているはずがありません。途方も無いデータコピー、情報共有の時代なのです。
('01/12/15)


前橋汀子

シベリウス Vn協奏曲 カム指揮 ロイヤルPO (SC)

 待ってました。我が前橋汀子の登場である。
 日本が誇る国際的女流ヴァイオリニストである。(そこまで言っていいか?)
 だがこのヴァイオリニストに対するマスコミ?の評価は低すぎるのではないか。どの演奏会に行っても大体席を埋めることができる。そりゃ内田光子のように大ホールを、と言う訳にはいかないだろうが。日本人演奏家の中では、トップクラスじゃないんだろうか。
 
 この人もチョン・キョンファと同じで、ブラームスを録音しない。ひたすらステージ(での演奏)に賭けているようだ。素晴らしい見識であり、賞賛されるべき態度である。

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天満敦子

プロローグ・・・思いがけない朗報!? 01年4月23日(月)

 今日は思いがけず良いニュースがありました。といっても「私にとって」ということですが。

 それは、この地方で天満敦子のリサイタルが聴けるということです。
 大部分の方にとっては、「何だ、そんなことか」という程度でしょう。しかし我々(私だけ?)にとってはかなり深刻な問題でした。もう一方の雄?前橋汀子は度々このあたりにも来てくれます。1年に1回程度の割合で聴くことができます。しかし天満はなかなか来てくれなかったのです。(私が知る限りでは、ですが)
 「天満なんて・・・」と思われた方は、天満を知っているからそう言えるのであって、(少なくとも実演では)知らない我々にとっては一応興味津々ですよ。あくまでも一応ですが。

 例えばP・マークやヴァントと違って、天満を聴きに東京へ行こう、とまではちょっと・・・・ね。
 そうこうしているうちに天満敦子急逝・・・なんてことにも、きょうびなりかねないですから、危なくてしかたがありません。これも流行りものですからね。
 ちょっとお顔にむくみも見られますから、内臓に疾患が・・・いや、これは先天的なものでしたか。失礼、失礼!

 (2行削除。’01年5月30日:この部分には、当初ピアニスト前橋由子の死亡についての記述をいたしましたが、その表現に不適切な部分があることがわかり、関係の部分を削除いたしました。
 この事実をご教示くださった方にはお礼申し上げます。ありがとうございました。)

 この演奏会の目玉は廉価なことです。全自由席ですが、2000円です。こんなに安くていいのでしょうか。休日のマチネで、地方でのことですから、ある程度のことはとは思いますが。それでも前橋汀子だと5000円は奉納しますからねえ・・・。

 そういえば、以前ポゴレリチが岐阜でリサイタルを開いた時(こういう表現はあまりふさわしくないですね。演奏家が主体的に開くわけではないでしょうから。)、5000円でした。おなじツアーで都市部では10000円でした。ある音楽情報誌によると、「地方特別価格」ということでした。私はありがたくて涙が出てきました。演奏内容も半額でなければいいがな、と心配しました。

♪プログラム♪
ベートーベン/ソナタ第9番「クロイツェル」
ショーソン/詩曲
エルガー/愛のあいさつ
ブロッホ/ニグン
マスネ/タイスの瞑想曲
J.S.バッハ/G線上のアリア
サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
ポルムベスク/望郷のバラード

ピアノ伴奏:小森谷裕子

2001年5月27日(日)14:00開演
フロイデンホール(愛知県宝飯郡小坂井町。豊橋の隣町です。)
全自由席 2000円

「生」天満を無事聴いてきました ’01年5月27日(日)

 私の場合、とかく(自身の)キャンセルが多く、なかなか思うようにコンサートに行けません。今回も少し危うかったですが、なんとかおつとめできました。

 駅から会場を捜しながら歩きます。しかし初めてのところでは、すんなりたどり着けません。駅から5分といいながら、実際には10分以上かかるようです。不動産屋のアパート広告じゃないんですから、こんなところでサバ読まなくてもいいのに。
 
 そして、会場に着いて、いきなりうんざりします。開場10分ほど前でしたが、全自由席であるため、すでに200人程がうねうねと行列を作っています。(この会場の定員は500人ほどです。)
 「あ〜あ、なんとも貧乏くさいなあ〜。優雅であるはずのコンサートにこんなのは似合わないよなあ〜」と思いながら、自分は関係ない人間のようにその場を離れています。これだから自由席は嫌いなんです。
 
 いよいよ開演。しかし、定刻から少し遅れて演者の登場です。それにしてもたかだか2〜3分遅れただけで、すぐに会場がざわざわしはじめます。全く辛抱のできない人たちばかりです。暇があったら口を動かさなきゃ損だと思っている人々が多いものです。
 なぜ静かに待つことができないんでしょうか。このわくわくしながら待っている時の緊張感がなんとも言えない楽しみでもあるのに。
 私はこういう時、いつも「ああ、今日も無事に来られてよかったなー。」とある種の感謝の気持ちになっています。
 (余談ですが、愛知県芸術劇場コンサートホールは−私にとっては−とてもいい匂いがします。ホワイエから少し重い扉を開けて中に入る瞬間、この匂いがするといつもこの感慨を覚えます。「またここに来られて本当によかったなー。」と。)
 
 さて、天満敦子の登場である。思った以上に貫禄のある方だ。軽く礼をして、かなり入念に、あるいはしつこいくらいにチューニング。そしておもむろに弾き始める。1曲目はクロイツェル。
 私はここで少し感心した。さりげなく、ある時には聴衆の様子など無視して弾き始める。ざわざわしていようが、遅刻者がうろうろしていようが。
 これは私が演奏者を判断する一つの基準である。大家はいつもこうである。

 最初に抱いた印象は、伴奏のピアニストの方に聴くべきものがあるということだ。このピアニスト(小森谷裕子/こもりや ゆうこ)には注意しなければいけない。
 肝腎の天満のほうは・・・。クロイツェルの1楽章で、はっとさせられる瞬間は確かにあった。しかし残念ながら全体を通じても、そこまでであった。
 強いてよかったところは、左手のフィンガリングとテンポ感である。安定感はある。
 しかし、右手に何とも魅力がない。一言で言えば「いい音がしない」。お力が強そうだから、こすりつけてしまうのか、音が汚いんです。特に重奏や低域でいけません。もうゴリゴリしてしまいます。
 一本調子なのもよくないです。およそ「音色(ねいろ)」というものがありません。
 ある部分ではサラサラっと「弾けてしまう」のもよくありません。一歩間違うと単なる手抜きに聴こえてしまいます。

 それでも、当日売りを含めて完売であったそうです。私も後半、席を移動してみたかったのですが、ちょっと移動を憚られるぐらいの混みようでした。
 このヴァイオリニストにも、何がしかの「背景」があるようなので、それも人気の一因になっているようです。私は全く知りませんが、テレビ放送に何か関係しているようです。
 私はこういう「背景」が、どうにも胡散臭くて嫌いです。目が見えないとか、不幸な半生を背負ってきたとか、それだけでお涙頂戴になってしまっていけません。
 私はできるだけそういうものに係わらないようにし、目の前で聴こえてくるものだけに集中して判断するようにしています。

 結論的には、私には巷騒がれるほどすごいヴァイオリニストだとは思えませんでした。
 あるレベルの人達を、それなりに「楽しませる」ぐらいのことはできても、「魅了させる」ところまではいかないのではないだろうか。少なくとも私にはそうでした。「ああ、いい音楽だったなー。」とは、ついぞ思うことはなかった。
 また聴きたいかと問われれば、少し考えて「タイミングが合えばね・・・」と、今は答えておきます。
 まさか2000円のコンサートだから、中身も2000円分でした、なんてことはないと思いますが。2000円だろうが20000円だろうが、いついかなるときでも全力投球するのが真の芸術家だと私は思っています。(でも、中には「職業」として音楽屋をやっている人もいますからね。)

 まだ少しコメントしたいことはありますが、長くなりますので今日はこのへんで。


 エピローグ ’01年6月3日(日)

 ある文献に、かくのような記述があります。引用させていただきます。

 天満敦子−”女フーベルマン”と評する愛好家も一、ニに止まらない。
 ブロニスラフ・フーベルマンは、1920〜30年代、フリッツ・クライスラーと「楽壇」の人気を二分した大ヴァイオリニストである。自由奔放、蒼白い炎を発するような演奏スタイルは類例を求めることも困難で(わずかに機械式録音で音盤に刻まれた巨匠ウジェーヌ・イザイの弾きぶりがそれに似ている)、「20世紀の名ヴァイオリニスト」の著者ハルトナックのように、この人をもって今世紀を代表する最高の名人と評する評者もある。
 フルトヴェングラーの信任も篤く、ベルリンフィルウィーンフィル定期公演の常連であったこの世紀の巨人と比肩する存在として彼女(天満敦子)を語るつもりは毛頭ないが、・・・。

(中略/本文略。以下あとがき)

 二十年に近い歳月、CD製作やコンサート企画でお付き合いをいただいている天満敦子が、日頃こんなことを考え、芸を磨いていたとは知らなかった。私の無知が言わせる言葉かもしれないけれど、この何ページかの対話の中には、音楽と言う芸術の真髄、一流のプロの生き方の秘密がギッシリと詰められているように思う。

 中里予雄/宇里予エカ芳編集長の本(音楽え友社 ’99年)

 (なお、原文では「楽壇」を「楽団」と誤植し、笑わせてくれます。どこまでもユーモアを忘れない愛すべき出版社です。あるいは著者のユーモアでしょうか?)

 ということであります。
 天満敦子を”女フーベルマン”と評する愛好家が三、四人はいる、ということであろうか。結構なことです。
 二十年近い付き合いで、この本に書かれていることの片鱗もわからなかった、というような書き方であるが、本当にそんなことがあり得るのだろうか。全く興味を持っていなかったのではないかとしか思えない。

 芸術家が芸を磨くのは、もとより当たり前のこと。何ら驚くにはあたらない。それが彼らの「仕事」だからである。この場合の仕事とは「職業」と同じニュアンスではない。
 それに、そんな真髄や生き方わかったところで、それがどうしたというのだ。表現される音楽の中から感じ取れてこそ、ではないのだろうか。
 
 たかが一回のコンサートで、それほどのものが感じられなかったからといって、それだけで判断するのはあまりにも危険である。
 しかし逆に、「たった一回のコンサートで、見事に引き付けられるだけのもの」を残念ながら持ち合わせていなかったのもまた事実である。
 それほど大層に騒ぎ立てるほどの芸術家であるようにはとても思えなかった。願わくば、それが2000円というチケットの値段のせいであったなどということなど、まちがってもなかったことを信じながら・・・。

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アンネ・ゾフィー・ムター

シベリウス Vn協奏曲 プレヴィン指揮 ドレスデン国立管弦楽団 (DG)

 ムターである。なぜムターなのか。それはムターだからである。およそ何をしでかしても話題になる人のようだ。
 私はムターはそれほど好きなわけではない。かといって嫌いでもない。はっきり嫌いなら、わざわざレコードを買ってでも聴こうとは思わない。その程度だと考えて頂ければ結構だ。
 
 このレコードをどうしてもチェックしておかなければと思った理由は、この組合せの妙?である。私には大変珍しい組合せに見えた。ムター+プレヴィン、プレヴィン+ドレスデン、シベリウス+ムター、シベリウス+ドレスデン、シベリウス+DG。どの組合せをとっても私にとってはなじみのないものだ。正しく奇妙としか言いようがない。
 これぞ「一期一会」の世紀の名演か、あるいはミスマッチも甚だしい悪夢のような「と盤」に違いない。一体どんな音(楽)がするのだろうと、聴く前からぞくぞくする。

 そして結果は?
 予想通り、まさに驚異の演奏である。ひとつ間違えば脅威(凶器?)ともなり得る。私は頭が混乱し訳がわからなくなった。この曲が本当はどんな曲であったのかと、思わず他のレコードを引っ張り出して聴き直してみた程だ。

 だがこれは、もしかしたら究極の感動なのかも知れない。
 ここにはムターの肉声や肉体が現れている。(そのどちらも実際には知らないんだけれど!)これがムター本来のヴァイオリンかどうかはよく知らない。ちなみにブラームスの協奏曲を聴いて見ると、若さゆえの素直さ(安全運転?)がある。こちらは'81年の録音で、このレコードとは15年も隔たりがあるから、当然といえば当然だろう。どちらもクセが強いのは確かだが。
 
 だがヴァイオリンというのは、もっと艶やかな音色であるべきではないだろうか。(私の勝手な理想であるが。) 歌心にも乏しいようだし。何よりも私がシベリウスに求める冷涼な空気感が感じられない。やはり北欧のものは北欧の雰囲気が出ていなければ、それを聴く意味はない。
(南欧の雰囲気が味わいたければイタリア物を聴けばよい。東欧ならスラブ、ロシア、、、この「地域性」と「本場物」の考え方は別のところでじっくり考えてみたい。)
 
 オケの問題もあろう。レーベルと録音の問題もあろう。オン気味の音である。だからムターのヴァイオリンも生々しい。ソロをかぶりつきで聴いているようである。ムターに目の前から迫られているようだ。ファンにはこれがたまらんのでしょうな。(もちろん嫌いな人もたまらんでしょうが)
 
 いずれにしてもなかなかに衝撃度は高い演奏で、近年稀にみる話題盤であると思う。(全然なってないか?)

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ミリアム・フリード

1946年 ルーマニア生まれ
      幼い頃イスラエルに移住。テル・アビブのルービン。アカデミーにて学ぶ。
      後アメリカに留学。ジュリアード音楽院でガラミアンに学ぶ。
1968年 パガニーニコンクール優勝
1971年 エリザベート王妃国際コンクール優勝

1
2
バッハ 無伴奏ソナタ    '99 LYR187/8
3 ブラームス Vn協奏曲 テンシュテット / BSO '74 ADB
4 ブラームス Vn協奏曲 ザンデルリンク / ベルリンPO '89 FKM
5 チャイコフスキー Vn協奏曲 ケンペ / ミュンヘンPO '75 FKM
6 シベリウス Vn協奏曲 カム / ヘルシンキPO '78 WPCS 21025
         

バッハ 無伴奏ソナタ&パルティータ

シベリウス Vn協奏曲 カム / ヘルシンキPO(FIN)

 実はこのレコードには、しっかりだまされたという経緯がある。
 これはサラステのシベリウスの交響曲第1番とカップリングされており、本来こちら(だけ)が目的であったのだ。何度も聴くうちになんだか全集と同じで、これもへったくそなティンパニーだなーと思いながらレコーディングデータを調べると、なんだ全集と同じものじゃないか、というわけだ。てっきり旧録だと思い込んで買ってきたのに。うるうる。よく調べなかった私の責任ではあるが。

 だが怪我の功名とはこのことで、思わぬ拾い物をした。
 何の気なしに聴き始めた協奏曲のほうが、なかなかぐっとくるものがあるのだ。初めて聴くヴァイオリニストである。
 シゲティーだったらこうなるだろうという感じだ!?(シベリウスなんて絶対録音しないよな)

 テクは少し怪しいところもある。だがそれを補って余りある音楽性、内面性、精神性(だんだん怪しくなってきたぞ・・・)、あるいは人間性を感じる。要するに心だよ心。(と、最後は精神論でごまかす。)

 じっくり聴き込みたいヴァイオリニストである。


ブラームス Vn協奏曲 ザンデルリンク / ベルリンPO


ブラームス 大学祝典序曲/Vn協奏曲/交響曲第4番
 Vn:ミリアム・フリード/K・テンシュテット指揮/BSO (ADB ’74)


 時々、というよりは、よく、ですが「(CD)試聴記」と書かれていることがあります。
 これはいったいどういう意味なのでしょうか。このように表記する人たちは、「ただ試聴する(試しに聴いてみる)だけ」なのでしょうか。それとも「いちおう聴いてやる」という態度なのでしょうか。
 コンサートを聴いて、こう表現する人はあまりいないようですが、CDだとなぜこのような表現が許されるのでしょうか?
 私はこういう表現を見ると「何様のつもりなんだろう」と思えます。
 
 私は、CD(レコード)に敬意を表して、「鑑賞させていただいた感想」を述べさせていただいています。もちろん「評論」なんておこがましいことは、私にはできません。ただ、聴いて感じたことを勝手きままに書き流す?だけです。

 さて、このレコードですが、通販にオーダーしてから、やっと半年たって入ってきました。よほど人気があるのか、それとも他に何か事情があったのか、文字通り忘れた頃にやってきました。
 オーダーしたかどうかも忘れてしまい、あわや二重にオーダーしてしまったかもしれないほどです。最近はある思いから、CDの購入はできるだけ厳しく制限しています。これがもしかつてのように目に付き次第・・・という状態なら、間違いなく知らずに2〜3枚オーダーしてしまっていたでしょう。

 肝腎の内容ですが、まず録音が異常に優秀です。’74年の録音でADDなのですが、ホワイトノイズが全く気になりません。奥行感(立体感)も十分です。いったいどういう音源なのだろうと不思議でなりません。これは裏名盤ですが、こんな素晴らしい音質で偉大な芸術を提供するメーカー?に、私は敬意を表します。

 次に聴衆のトンデモ度に驚かされます。なにしろ拍手が多い。ほとんどの楽章間で拍手があるといっても過言ではありません。そして一番驚くのは、最初の大学祝典序曲でとんでもないフライング拍手があることです。
 Vn協奏曲でも最後の音が「始まる」と同時に拍手が始まっています。
 でもこれらに対し、決して不快感は覚えません。もし私がその場に居合せても、そう感じただろうと思います。そういうことが許されるような演奏内容であるからです。緊張感は非常に高い。テンシュテットらしい?演奏です。

 この演奏でのお目当ては、もちろんフリードのヴァイオリンですが、ここでのフリードはやや不調なようです。音程がやや不安定なところがあります。
 しかし右手はいつものとおり安定した音色を奏でます。低域の倍音?成分が多いような、太いもしくは厚い音。ニワトリかネコの悲鳴のようなキーキー、ギャーギャーしないところがよろしい。落ち着いて聴ける音楽です。

 しかし、問題はオケの音色で、非常に乾いた音に聴こえます。そして妙に明るく、あっけらかんとしています。ノー天気なんです。
 これは録音の問題もありましょうが、いかにもアメリカ的?な音です。私にとっては何の魅力もありません。こういう音を聴くにつけ、「やっぱりアメリカのオケは・・・」という思いがますます強くなっていきます。
 
 実はフリードには、他にやはりテンシュテットとのベートーヴェンのコンチェルトがあるのですが、これがまた?ニューヨーク・フィルで、困ったものなんです。2枚組みでカップリングがプロコときているもんですから、どうにも食指が動きません。でもフリードのベートーヴェンは、今のところ他に見当たらないし・・・。
 もう少し我慢していれば、またザンデルリンクとの・・・なんていう超ド級のライヴが発掘されるんでしょうか?
 今しばらく様子を見ましょう。期待してまっせ、海○さん。

 (テンシュテットにはチョン・キョンファとのベートーヴェンがあり、これがまた凄いので、期待はできるんですけど・・・。)
(01/06/02)

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シルヴィア・マルコヴィッチ

1953年 ルーマニア生まれ

1 シベリウス Vn協奏曲 ヤルヴィ / エーテボリSO '87 BIS CD372
         
         

シベリウス Vn協奏曲 N・ヤルヴィ指揮 エーテボリSO (BIS)

 この演奏は艶かしい。この曲を聴いてそう感じたのは初めてだ。哀愁があるのは確かであるが。
 
 だが、残念ながらヴァイオリニストがそう感じさせてくれたのではない。ヤルヴィとオケの方なのである。
 これは、ただの妄想だから、誰が聴いてもそう聴こえるわけではあるまい。私の勝手な想像である。

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ジャネット・ヌヴー

1919年 フランス パリ生まれ
1926年(7) パリ音楽院入学
       ジュール=ズジューヌ・ブーシェリ、カール・フレッシュ、ジョルジュ・エネスコに師事
1934年(15) ヘンリク・ヴィエニャフスキ国際コンクール一位(二位オイストラフ)
1936年(17) ニューヨーク デビュー
1938年(19) ベルリン デビュー
1949年10月28日(30) 飛行機事故にて、兄ジャン・ヌヴーと共に没

1 ベートーヴェン Vn協 ロスバウト / 南西ドイツRSO '49 GH 0018
2
3
ベートーヴェン Vn協
ブラームス Vn協
ロスバウト / 南西ドイツRSO
ドラティ / ハーグレジデンティSO
'49 M&A CD 837
4
5
6
ベートーヴェン Vn協
ブラームス Vn協
ブラームス Vnソナタ
ロスバウト / 南西ドイツRSO
オッテルロー / デソミエル
ジャン・ヌヴー
'49 TAH 355/7
7 ブラームス Vn協
シベリウス Vn協
ドブロヴェン/フィルハーモニアO
ジュスキント/フィルハーモニアO
'46
'45
EMI TOCE 9528
8 ブラームス Vn協 イッセルシュテット/北ドイツRSO '48 PH PHCP 3411
9 ショーソン 詩曲
ドビュッシー Vnソナタ
ドブロヴェン/フィルハーモニアO
ジャン・ヌヴー
  EMI CHD7 63493
         
         

 ヌヴーの映像もすごい。ライオン・ヘアと鋭い眼光は男勝りで、アレクサンダー大王を思わせ、その風圧に気おされてしまいそうだ。あの棲味ある集中力はどこから出てくるのか。ギトリスが面白い証言をしている。彼女は決め手になる音をわずかに低めに弾き出してくる。それがひびきに深みある凄味を与える。そこに秘密のひとつがありそうだ。楽器そのものの持ち味も無視できない。
アート・オブ・ヴァイオリン/北尾未知冬(’01/10)

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ジョコンダ・デ・ヴィート

1907年6月22日 北イタリア マルティナ・フランカ生まれ(7月26日説有り)
1914年(7)  パリ音楽院入学
1918年(11) ペーザロ音楽院入学
1921年(14) パリ音楽院 卒業
1923年(16) 同 ヴァイオリン科助手
1932年(25) ウィーンヴァイオリン国際コンクール優勝
1942年(35) ブラームスVn協にてローマデビュー
1944年(37) 聖チュチーリア音楽院ヴァイオリン科終身教授
          院外での演奏活動は年間30日に制限
1962年(55) 引退
1994年10月14日(87) ローマにて没

1 バッハ シャコンヌ
ベートーヴェン ロマンスNo.2
T.ビーチャム / ロイヤルPO '47 CEDAR IDIS 333
2 ブラームス Vn協
(ドヴォルザーク Vn協)
ケンペン/ベルリンオペラハウス '41 ACR 38
3 ブラームス Vn協 ケンペン/ベルリンオペラハウス '41 DG POCG 6077
4 ブラームス Vn協 シュヴァルツ / PO [HS2088] '53 EMI TOCE 3496
5 ブラームス Vn協 ヨッフム / BRSO '56 ELM 001
6 ブラームス Vnソナタ E・フィッシャー / アプレア [2088] '54 TOCE-3438
         
         

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ヨハンナ・マルツイ

1924年生まれ

1 バッハ 無伴奏ソナタ 2   '54 LEXC 2006
2 バッハ 無伴奏ソナタ 3   '54 LEXC 2007
3
4
5
6
7
8
バッハ 無伴奏 1〜3
バッハ 無伴奏 4〜6
シューベルト ソナチネ
シューベルト 幻想曲, 二重奏
メンデルスゾーン Vn協
ブラームス Vn協
クレツキ / フィルハーモニア
サヴァリッシュ
'54 EMI TOCE 11364/69
9 バッハ 無伴奏ソナタ1
ベートーヴェン Vnソナタ No.8
L.ポマース '60 DHR 7753
10 ベートーヴェン Vnソナタ No.8,9 J.アントニエッティー '51 COUP CD003
11 メンデルスゾーン Vn協
ブラームス Vn協
P.クレツキ / フィルハーモニアO '54 TES. SBT 1037
12 メンデルスゾーン Vn協 クレンペラー / ハーグPO '55 PACO 1005
13 ブラームス Vn協 ヴァント / シュトットガルトRSO '64 GH 0021
14 ブラームス Vnソナタ
ラヴェル Vnソナタ
I.ハジュ '72 COUP CD005
15 フランク Vnソナタ
ラヴェル Vnソナタ
J.アントニエッティー '59
'65
COUP CD001
16 ドヴォルザーク Vn協 フリッチャイ/RIAS SO '53 DG UCCG3087
  バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ シュタルケル(Vc)   EMI 4891792
         

私は本当のところ、このヴァイオリニストが大変好きである。
バッハ無伴奏、ベト「クロイツェル」、ベラームスVn協奏曲・・・どれも大変感動的である。








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ミシェル・オークレール

1924年11月16日 パリ生まれ(1930年説有り)
      パリ音楽院でジュール・ブーシェリに師事
      ティボー、メニューインにも学ぶ
1943年 ロン・ティボーコンクール優勝
1960年頃 引退。母校の教授となる
1977年 来日

1
2
3
モーツァルト Vn協No.4,5
チャイコフスキー Vn協
メンデルスゾーン Vn協
ブラームス Vn協
M.クーロー/シュトットガルトPO
ワーグナー/インスブルックSO
オッテルロー / ウィーンSO
'58
'61
PH PHCP 3389
/91
4,5 シューベルト ソナチネ ジョワ [ADD] '62 WPCS 5673/4
6 チャイコフスキー Vn協
ブルッフ Vn協
K.ヴェス / ウィーンSO '53 WCD 20
         
         

 この人の経歴にはわからないことが多い。生年もはっきりしない。
 1930年生まれだとすると、ロン・ティボーコンクール優勝が13才の時という事になる。
 30才頃引退とのことであるが、1962年まで録音はしている。
 
 いずれにしても確かなことは、その音楽がチャーミングであるということだ。尚PHLIPSのブラームスのコンチェルトは曰く付きの録音である。やはりなんとも痛々しい。
(01/05/29)

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エリカ・モリーニ

1904年生まれ

1 モーツァルト Vn協 No.5 セル / シカゴSO '61 VAI 69607
2 ベートーヴェン Vn協 セル / クリーブランドO '67 FKM 88/9
3 ベートーヴェン VnソナタNo.5
ブラームス Vnソナタ No.3
R.フィルクスニ   MCDA2 9828A
4 ベートーヴェン VnソナタNo.7
ベートーヴェン VnソナタNo.8
R.フィルクスニ   MCAD2 9828B
5 ヴェニアフスキ/ブルッフ Vn協 F.ウォルドマン / アトランタMO '68 ARB. 106
6 ブラームス Vn協 ワルター / ニュヨークPO '53 WCD 36
7
8
ブラームス Vn協
ブラームスソナタ/チャイコVn協
ロジンスキー / ロイヤルPO
L.ポマース
'56 MVCZ 10060/1
9 チャイコフスキー Vn協 ロジンスキー / ロンドンPO '58 MCAD2 9829A
10 ブルッフ/Vn協1番 フリッチャイ/ベルリンRSO '58 DG UCCG3087
         

エリカ・モリーニの映像ソフト モーツァルトVn協 第5番(VAI 69607) ’61 VTR

ここでの主役はモリーニである。まさかモリーニを映像で見られるとは思わなかった。

 これは完全な放送用録画であり、非公開のスタジオ?録音である。この年代ということもあって、またVTRでモノラルであるから音はひどい。(私には)AVの本格的な再生装置も揃ってないから、単にテレビで見るだけというお粗末さも手伝ってチープなことこの上ない。
 企画も何か中途半端な感じで、一時間の番組に収まるようにしたプログラムのようだ。
 私はガイコクゴに不案内なので、パッケージに何が書いてあるのがよくわからないが、シリーズになっているようで、他にはベト#5や幻想などもあるようだ。

 演奏であるが、とにかく音に魅力がない(メディアのせいで)。オケはシカゴ響ということもあってか「シルキー」な雰囲気など微塵もない。だからといって「最強軍団」の面影もない。
 おまけに私はモーツァルトにもほとんど興味がないので、曲を聴いてもさっぱりおもしろくない。

 かろうじて動くセルと、モリーニが見られるだけだ。それにしても、右手がしっかりしたヴァイオリニストであることぐらいしか分らない。本当の音色は、他のレコードを聴いて想像するしかない。

 以前NHKで「20世紀の名演奏家たち」とやらいうタイトルで、過去の映像をたくさん放送していたが、あれもたいして面白いものではなかった。
 さてどんなもんだろうかと、勇んで聴いてみたものだが、何となく単調でマンネリでつまらない。すぐ飽きてしまう。一応VTRに撮りながら見ていたが、保存の価値無しと判断し、消してしまった。

 何故なのだろう。やっぱり音が第一で、それが不充分だと魅力がなくなるのだろうか。
 未だかつて映像で見たもので、レコード以上の感動を得たことは記憶にない。結構な数のエアチェックVTRは出てくるのだが、繰り返し見たいと思うものはほとんどない。かといって消してしまうのも惜しいかな、と結局倉庫のこやしになっているだけだ。
 ホームシアターの設備を整えて、迫力ある大画面とサラウンドにすれば、また違ってくるのだろうか。
 幸い今のところあまりそういうものには興味がないので、散財をせずに済んではいるが、ある時そういう気になるのかもしれない。
 それまでは、今のピュア(いや、プアが正しい)オーディオで十分だ。
(2000/10/17)


 ブラームス Vn協奏曲 ワルター指揮 ニューヨークPO (WING WCD36) ’53

 これまた怪しげなレーベルである。しかも○○協会のクレジット付き。○○協会は確かイカサマ協会だとモノの本で読んだことがある。
 しかもモロ放送録音。「放送用」の録音ではない。放送されたものの録音だ。アナウンサーのナレーション入りなのである。
 これは立派な海属盤に認定してよかろう。

 このレコードで注目すべきは、モリーニの弦が切れたハプニング入りのドキュメントであることだ。
 一楽章中盤から後半にかけてのたいそう盛り上がるところで、突然部分的に音が出せなくなってしまっている。直後のオケによる経過句の後、音は出るようになったが、明らかに音色が変わっている。コンマスと楽器を取り替えているのだ。
 一楽章の後のインターバルで、何とその説明のアナウンスが入るのである。

 楽器の交換直後はピッチもかなり狂っている。最初は微調整して無理に合わせようとしている気配も感じるが、すぐに無駄なこととあきらめて音をはずしたままで弾き続ける。痛々しい限りだ。

 演奏はまあまあ。録音も年代相応のモノラル。

 だが、こんな迫真のライヴが聴けるのも、「裏名盤」ならではの楽しみと言えよう。とても「正規盤」では望めない。
 もしかすると、これは生放送であったのかもしれない。
(2000/10/18)


モリーニのブラームス(その2)・・・など
 
 モリーニ/ロジンスキー指揮 ロイヤルPO (MCA 10060/1) ’56 
 ブラームス Vn協
 ヴァイオリンソナタ、小品集(モノラル)
 チャイコフスキー Vn協 より第一楽章


 これはなんとも有り難いことに、この年代でステレオである。そして素晴らしいリマスターがかかっているため大変聴き易い。VICTORのK2である。
 これくらいの録音で聴くと、ようやく魅力が分ってくる。

 モリーニは過度に入れ込むことをせずに暖かい、あるいは柔らかい音楽を聴かせる。その流れにはどこにも淀みがなく、極めてスムーズである。
 切れ味鋭いフィンガリングではない。ヴィルティオーゾでもない。こういうスタイルはブラームスには必ずしも合わないかもしれない。だが、逆にこの曲の別の面を見せてくれると言える。

 ここではかえって、ソナタ集のほうでその魅力が発揮されている。これを聴けば一目瞭然。モリーニが「わたしの、そしてあなたのためだけ」に弾いてくれます。

 ところがどっこい、素晴らしいのはその後のチャイコであったのだ。こちらの方が断然仕上がりは良い。しかもこれもステレオである。
 ここでは、左手も確かに素晴らしいソリストであることが確認できる。曲の運び、「もっていきかた」がうまいのである。珍しく熱い感情も表出している。ぞくぞくしてきます。これこれ、これでなくっちゃー。

 しかし残念なことに、これは1楽章しか残っていない。全曲残っていれば、同曲でも一・ニを争う名演になっていたかもしれない。
 なぜ完成しなかったのだろう。あるいは後半部分が、紛失か劣化してしまったのだろうか。
 まことに惜しい限りだ。


 チャイコフスキー Vn協 ロジンスキー指揮 ロンドンPSO (MCA MCAD2−9829A) ’58

 じゃあ、モリーニのチャイコはいったいどうなのよ、ということになろう。心配ご無用、ここにご紹介する。

 しかし残念なことに、ここでの出来は’56年盤には及ばないのである。
 テンポもいくぶん早めなため、モリーニの特徴?である、暖かさや柔らかさが犠牲になってしまっている。フレーズも途切れ勝ちでぎすぎすしてしまい、しなやかさも見られないのだ。力技で押し切るタイプのソリストではない。もとよりそのようなスタイルはこの曲には似合わない。
 しかも3楽章には、おそらく編集ミスと思われる音飛びがあるのだ。

 うーむ、どうもモリーニの(協奏曲の)録音には、どこそこかに瑕疵がある。言ってみれば録音運のあまりよくないヴァイオリニストのように思える。
 どのレコードも帯に短し、たすきに長しである。決定盤が見つからない。残念だ。

 ところでこのレコードでは、オケがまたなんとも奇妙な名称なのである。正確には「PHILHARMONIC SYMPHONY ORCHESTRA OF LONDON」とある。
 これはLSOかLPOの前身なのか。はたまた全く別の団体なのか。私は浅学にして、こういう事情には明るくない。

 なんやかやで、これは珍盤奇盤に近いレコードかもしれない。
(2000/10/20)

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イダ・ヘンデル

1924年生まれ

1 バッハ シャコンヌ
エルガー Vn協
E.ボールト / ロンドンPO '96 TES. SBT 1146
2 ベートーヴェン Vn協
ブルッフ Vn協
クーベリック/フィルハーモニアO '48 TES. SBT 1083
3 ブラームス Vn協
チャイコフスキー Vn協
チェリビダッケ / ロンドンSO
E.ゴーセンス / ロイヤルPO
'55 TES. SBT 1038
4 シベリウス Vn協 ベルグルンド/ ボーンマス   EMI 7 65056
         
         

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ローラ・ボベスコ

19??年生まれ

  ベートーヴェン Vn協
メンデルスゾーン Vn協
E.ドネー / RTBF '82 DOM 2910 501X
         
         

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ナージャ・サレルノ・ソネンバーグ

1961?年生まれ

1 メンデルスゾーン Vn協 G.シュワルツ / ニューヨークCS '88 EMI 7 49276
2 ブラームス Vn協
ブルッフ Vn協
E.D.ワールト / ミネソタO '88 EMI TOCE 3359
3 シベリウス Vn協 M.T.トマス / ロンドンSO '93 EMI TOCE 8314
         

シベリウス Vn協奏曲

 猫科の音楽である。メンデルスゾーンのそれを含め、誰も恐くて推薦しないというレコードである。

 しかし私は違う。よよと泣き崩れるようなこのヴァイオリンを聴いて、心を動かされない男がいるのだろうか。これぞ女流ヴァイオリニストを聴く醍醐味ではないか。(女性の方は、こういうのを毛嫌いするのだろうか?) 
 それとも様式がどうとか、奏法がどうとか言って、けなす理由を捜しているんだろうか。みんなそう言いながら、実は夜中にこっそり取り出して聴いてんじゃないの?

 シベリウスを、いい年こいたオッサンのヴァイオリンで聴くなんて、ちょっとアブノーマルなものを感じませんか?
 個人的には、ソロヴァイオリン自体がそうだと思ってますけど。
 
 だが、ギトリスとデュメイだけは別格である。(・・・・何だそりゃ。)

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ピーナ・カルミレッリ

1914年生まれ
1937年(23) ストラディバリウス没後200年記念ヴァイオリンコンクール優勝
1973年(59) イ・ムジチ合奏団リーダー

1 ビバルディ 四季 イ・ムジチ '82 PH PHCP 6001
         
         

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レイチェル・ポッジャー

イギリス生まれ
ドイツ・ルドルフ・シュタイナー・スクールに学ぶ
帰国後、ギルボード音楽学校でヴァイオリンを学ぶ
ニュー・ロンドンコンソート、ガブリエリ・コンソートなどピリオド楽器アンサンブルに参加
1997年 トレヴァー・ピノック率いるイングリッシュ・コンサートのコンサートミストレス兼ソリスト

1 バッハ 無伴奏ソナタ Vol 1   '99 CCS 12198
2 バッハ 無伴奏ソナタ Vol 2   '99 CCS 14498
         

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カトリーン・ショルツ

1969年3月13日 東ドイツ生まれ
1989年(20) 日本国際音楽コンクール一位
1991年(21) フーレンカンプ国際ヴァイオリンコンクール一位

1 ブラームス Vnソナタ ファウトゥ '94 VICC 166
         
         

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ルーシー・ファン・ダール

オランダ出身
ブリュッヘンの18世紀オーケストラでコンサートマスターを勤める

1 バッハ 無伴奏ソナタ Vol 1   '96 NAX. 8.554422
2 バッハ 無伴奏ソナタ Vol 2   '96 NAX. 8.554423
         

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