1948年3月26日 韓国ソウル生まれジュリアード音楽院 イヴァン・ガラミアンに師事 1967年(19) レーヴェントリット国際コンクール一位 (ズッカーマン共) 1970年(22) プレヴィン指揮LSO チャイコフスキーVn協でデビュー チョン・ミュンファ(姉)、チョン・ミュンフム(弟)と3兄弟 |
| バッハ 無伴奏パルティータ2 バッハ 無伴奏ソナタ3 |
'74 | L POCL 9770 | ||
| バッハ 無伴奏パルティータ2 フランク Vnソナタ |
フェルドマン | '83 | LB | |
| ヴィヴァルディ:「四季」 | セント・ルークス | |||
| ベートーヴェン Vn協 | コンドラシン / ウィーンPO | '79 | L F35L 21023 | |
| ベートーヴェン Vn協 | ショルティ / ロンドンPO | '79 | TH 031 | |
| ベートーヴェン
Vn協 ブルッフ Vn協 |
テンシュテット
/ RCO ロンドンPO |
'89 '90 |
EMI 7 54072 | |
| ベートーヴェン Vn協 | テンシュテット/ シカゴSO | '86 | FKM CDR 2 | |
| ベートーヴェン 三重奏曲 | チョントリオ | '96 | DG POCG 10100 | |
| ブラームス:Vn協奏曲 | ラトル/VPO | |||
| ブラームス Vnソナタ | P.フランクル | '95 | EMI TOCE 9440 | |
| メンデルスゾーン
Vn協 シベリウス Vn協 |
プレヴィン /
LSO ラトル / フィルハーモニアO |
'73 '82 |
GNP 44 | |
| チャイコフスキー
Vn協 バルトーク Vn協 No.1 |
プレヴィン
/ ロンドンSO シャイー / ウィーンSO |
'71 '81 |
FKM | |
| チャイコフスキー
Vn協 ベルク Vn協 |
アバド /
IYO ベルティーニ |
'76 '83 |
FKM | |
| チャイコフスキー
Vn協 メンデルスゾーン Vn協 |
デュトワ / モントリオールSO | '81 | L POCL 5013 | |
| ドヴォルザーク Vn協 | ムーティ / フィルハーモニアO | '89 | EMI 5 69806 | |
| ドヴォルザーク
Vn協 ブルッフ Vn協 |
シャイー / ベルリンSO ケンペ / ミュンヘンPO |
'8* '7* |
NCD 10 2 | |
| フランク Vnソナタ ドビッシー Vnソナタ |
R.ルプー | '79 | DEC. 460 006 | |
| サン・サーンス
Vn協 No.3 ヴュータン Vn協 No.5 |
L.フォスター / ロンドンSO | '75 | L POCL 9967 | |
| サン・サーンス
序曲とロンド ラヴェル ツィガーヌ |
デュトア / ロイヤルPO | '75 | L POCL 3542 | |
| シベリウス Vn協 ブルッフ Vn協 |
プレヴィン / ロンドンSO ケンペ / ロイヤルPO |
'70 '72 |
L POCL 5093 | |
| シベリウス Vn協 ベルク Vn協 |
ラトル / フィルハーモニア ベルティーニ / GYO |
DM | ||
| バルトーク Vn協
No.1 バルトーク Vn協 No.2 |
ショルティ / シカゴSO ロンドンPO |
'84 '77 |
DEC. 425 015 | |
| バルトーク
Vn協 No.2 ストラヴィンスキー Vn協 |
レヴァイン
/ ベルリンPO マゼール |
'78 '83 |
FKM | |
| バルトーク Vn協 No.2 | ラトル / バーミンガムCO | '90 | EMI 7 54211 | |
| ドヴォルザーク
ユモレスク バッハ G線上のアリア サラサーテ チゴイネルワイゼン |
I.ゴラン | '98 | EMI TOCE 55065 | |
| CHUNG Duo Live 1993 | チョン・ミョンフン | '93 | Wo 0003 | |
ベートーヴェン Vn協奏曲 テンシュテット指揮 シカゴSO(FKM)
久しぶりに感動的な演奏に出会えた。これは素晴らしい。ただそれだけである。他になにも言うことはない。その必要もない。
それよりもこのレコードを聴きながら、ふと疑問が持ちあがったのである。
あれ、テンシュテットじゃないか?そういえばEMIとの正規盤もテンシュテットだった。
何故だ?
私は、特にテンシュテットのファンというわけではない。だから彼についてあまり詳しいことは知らない。テンシュテットが協奏曲の伴奏したなんて、あまり聞いたことがない。
(丹念にカタログを見ると稀にはあるようだが、)他に協奏曲の録音があまりないとすれば、チョン・キョンファとの関係は特別ということになる。(この場合は、まじめな意味で。ここでD某なるスケベじじいと混同してはいけない。)
この二人が仲良さそうに写っている写真もあるから、怪しいといえば怪しいが、テンシュテットがチョン・キョンファをとても気に入って可愛がっていたであろうことは窺える。
でも、これはテンシュテットの音楽じゃないんじゃないだろうか?
あの狂おしいようなマーラーの世界はここにはない。曲想によってスタイルを変えるのは当然かもしれないが。(いや、作曲家の意図とは無関係に自分のスタイルを押し通す偉大な芸術家もおられる。偉大さということではこちらの方が上手だろう。)
もう少し彼のベートーヴェンも聴き込んでみようかと思う。
ぶっ飛びのライヴ
CHUNG Duo Live 1993 (Wo 0003) ’93
これは幻の録音だそうである。
このレコードの存在を最初に知ったのは、なんと「レコ芸」である。石○電気の広告であった。私は地方在住で石○電気にはまだ行ったことがないが、その手のCDを大量に扱っているらしい。だが、今回は輸入盤であるとのことであったので、特に疑問ももたなかった。「アリアCD」でも普通の扱いであったので、てっきり正規盤だろうと思っていた。
しかしである、手元に届いたジャケットを見て、なんだか怪しいなあと感じた。しかもソウルでのライヴだというのに「Made in China」ときた。
音を聴いて確信した。電気的ノイズ入りである(但しこれは最初の一曲だけ)。これは、間違いなく海賊盤である。しかも、放送録音の、かなり上流からの漏水ではないか。
しかしこうなると、今後の期待は大である。このオリエンタルなレーベルから貴重な音源が続々と出てくる可能性も高いのだ。
さて肝腎の中身である。
出だしは比較的平凡である。「あれ、大丈夫かな」と思った。しかしそんな心配は全く無用であった。プログラムが進むにつれ、だんだんとチョン・キョンファそのものになっていくのだ。
気がついたら完全に彼女の手の中に落ちてしまっているのだ。とんでもない状態にトランスしてしまっている。この集中力はさすがだ。唯一無二である。
拍手も完全にフライングしてしまっているところがある。しかしここではそれを非難しない。それが当然の演奏なのだ。
フィナーレでは猛烈なブラヴォーが飛び交う。それが鳴り止まないのだ。口笛?(ピーピー)まで出る始末だ。こういうのを興奮の坩堝というのだろう。
そしてアンコールの涙ものの美しさ。
このレコードには、ここでファンにはたまらないプレゼントが付いている。これだけでも聴く価値がある。それは聴いてのお楽しみ・・・。
録音もすこぶる素晴らしい。ホワイトノイズもほとんど感じられない。デジタル録音だろうか。(私はむしろ、アナログ録音の方が良い音がするから好きなんだが。)
だがここで、もう一度警告しておきたい。これは間違いなく海賊盤である。善良な市民の皆さんは決して手を出されないよう、くれぐれもお願い申し上げたい。これは、私のようにやくざれた者たちだけの禁断の楽しみなのだ。
「知らなかったからいい」なんて言い訳は決してなさらぬよう。
ところで、U先生はいったいどうされるつもりだろう。バルビはともかく、チョンと聞いてはだまってはおられまい。そ知らぬ顔をして、聴いてないふりをするのだろうか。
(続編)
このウルトラ・スーパー・スペシャルライヴの海賊盤疑惑であるが、後日ひょんなことから氷解した。
別の調べものをしていたときに、ひょっこり出てきたのだが、過去のレコ芸記事(掲載月不詳)にこういうくだりがあった。
「韓国には弟ミュンフンとのデュオのCDがあり、関係者だけに配られた・・・ファン垂涎の録音・・・」
これで間違いなし。これはその関係者が、あまりの芸術性の高さにこれを世に出さないで秘匿しておくのは犯罪である、との義侠心から、万難を排してリリースされた立派な海賊盤であることが明白になった。
(念のため、くどく申し上げるが、このWoというメーカーは中国であるとうたっている。)
めでたし、めでたし。
(2000/10/13)
さて、いよいよです
何がですって? 幻の海外ソリスト日本公演(チョン・キョンファ篇)のNHKによる放送です。
実は・・・、この演奏はライヴで聴いてきました。5月18・19日とツアーに行ってきたのです。
18日(金) チョン・キョンファ/チョン・ミョンフン/サンタチェチーリアO(横浜みなとみらい)
19日(土) 竹澤/パイヤール/読売日響(東京芸術劇場)
感想を一言でいえば、「がっかり」でした。
かろうじて竹澤のヴァイオリンにみるべき(聴くべき)ものがあったくらいです。(もちろん当初はP・マークが目的であった。)
感じたことはたくさんあります。しかし、今はそれを書く気がまったくありません。それほど失望感が強かった。逆に言えば期待が強すぎたということでしょう。
(01/05/22)
さて、今回の放送ですが、いつものように、まるまる一夜のコンサートを放送かと思いきや、少し様子が違うようです。アルゲリッチのチャイコとのカップリングのようです。いったいどういう意図なのでしょうか。
この日の、チョン・キョンファ/チョン・ミョンフン/ローマ・サンタ・チェチーリアは全体に低調で、ベト#7なんてどうしようもない駄演でしたから、一般の人にはどうでもいいような代物なんですが、当日立ち会った私としては、ひとつのドキュメントとして是非記録しておきたかったところです。(ウイリアム・テル序曲が、いちばんまともだったように感じた。)
問題はやはりブラームスのコンチェルトですが、いったいどう聴こえるのでしょう。
どういう演奏であったかは方々のサイトでおおかたの意見は聞けるようです。私もだいたい同じ印象でした。
まず、出だしで「ああ、これはまずいなぁ・・・。」と思いました。ゆっくりすぎるのです。このオケでこのテンポで果たして持続できるのか? 崩壊することはないのか。
こういうとき、よほど指揮者の力量がないと持ちこたえることはできません。チョン・ミョンフンにそれだけのものがあるのか?
実はチョン・ミョンフンの生はこのとき初めてでしたが、映像などで見る限り、「イケイケ」系のものはいいようですが、他のものではどうなんだろう、という印象でした。
やはりその悪い予感は当たりました。音楽が完全に途切れてしまうのです。止まってしまうのです。私は基本的にゆっくり目が好きなのですが、止まってしまってはいけません。ですからゆっくりやっても止まらないだけの力量を持った指揮者を好んで聴くわけです。
サクサクっとやれば、細部を疎かにしてもごまかすことはできます。勘違いして熱くなってしまうこともあります。が、しかしそれはある意味では乱雑、乱暴なだけのこともあります。
そんな風にやらなくても、仕事キッチリでやれば、曲自体がもつ自然な力によって、本当の感動を表現できます。
残念ながら、ミョンフンはまだまだそこまでは・・・という印象でした。
キョンファのヴァイオリンの音もさえず、力みだけが目立っていました。それに対してオケのほうはちっとも乗ってこず、覚めた感じで淡々と流しているだけです。
これはやはり指揮者の責任と言わざるを得ないでしょう。
それでもさすがというか、聴き終わったあとには、何か「じわっ」としたものが残りました。
後から気付いたのですが、横浜みなとみらいホールは実は音が悪いのではないか、ということも原因のひとつかもしれません。(翌日の東京芸術劇場で、少しまともな音を聴いたから。)
座席の問題もありましょう。平土間の比較的前のほうでしたから、どのホールにしてもまともな音は聴く事はできません。最初はそのせいかとも思っていたのですが、その後いろんな情報を総合すると、どうもこのホールはよくないようです。
「生を録音されたもので聴くと、よかったものほどそのよさが収録されず、たいしたことはなかったときには、何故かよく聴こえる。」と聞いたことがあります。
果たして今回の放送ではどうなんでしょうか。
2001年6月16日(土)
やはりどうしても
行き掛かり上、この話題(チョン・キョンファのブラームスVn協奏曲です。)は避けて通る事はできないでしょうか。心も体も大変重く、憂鬱なのですが。
結論から言えば、やはり生と同じ印象です。当然とは言え、生以上によく聴こえることはありません。
改めて思ったのは、このオケは(そして指揮者も)鈍いのではないか、ということです。
縦の線がどうとか、横の流れがどうというよりも、基本的にレスポンスが悪く、しまりがない。イタリアのオケだから、アジア人の指揮者だからなどと言う問題ではない。それがドイツ的でないという問題でもない。私は、何人であろうと、その本質を理解していれば、芸術の表現は可能であると信じている。たまたま日本のほとんどの演奏家やアメリカのそれらに対して、私がそう感じられないから、おおざっぱにそういうくくりをするだけである。
あくまでも、この特定のオケは・・・ということである。
私はこの曲(ブラームスのVn協奏曲)は、木管が良いと良い演奏になる、という「経験側」を持っています。このオケにはその良さもまるで感じられません。
ソリストとオケの側に力の差がありすぎるとこうなる、と言ってもいいでしょうか。あまり触れたくはないですが、前半のアルゲリッチがそうでした。これもさんざんでした。
「わたしはこうやりたいのに・・・(オケがさっぱりついてこない)。」 ところどころ掛け合いになるところで、ちょっと気をつかってそれらしく合わせてあげているだけで、あとは勝手に弾きまくっているだけ。
指揮者もやたらに力んでしまっている割にはオケが乗りきれない。(当然といえば当然だが。)
どうやらNHKの意図は(偶然かもしれないが)「猛女」ということであったらしい。(あるいは宮本あーぼんの・・・?)
が、私にはどちらもソリストとオケのミスマッチにしか思えなかった。
ついでに、ゲストの文豪中村紘子氏はさすがによくご存知のようです。彼女は趣味でピアノもお弾きになるそうですが、止めておいた方がよさそうですね。あのようにコメンテーターをしていたほうが、よほど説得力があります。
さて、これらの放送で一番印象に残ったことは何だったでしょうか。
それは、後の0:00からのBS放送のダイジェスト案内のなかで、確かジャパンシリーズなどといっていた番組の録音の良さでした。古い日本の建物のなかで演奏して、収録した(はずの)ものですが、「おいおい、本当にそこで録音したものか?」と思わせる音の良さでした。バックにはちゃんと鳥のさえずりも聴こえていましたから、まちがいないんでしょうが。
それに引き換え、アルゲリッチやチョン・キョンファのほうは、もっとなんとかならなかったのか、と思わせます。
ホール備え付けの機材を使わなければならない、という制約なのか、ホールの音響という致命的?な問題なのか。
最近、伝説の海外オーケストラの来日公演のライヴが、NHKのマスターテープから復刻され、一部では絶賛の嵐ですが、昨日の放送を聴いた限りではそれほどの録音技術とはとても思えません。私はまだ不幸にも、それらの復刻CDには興味ある演奏家が登場しないので聴いたことはないですが。
念のため申しますが、TVだから音が悪いと言っているのではありません。同じTV電波に乗った放送でも、芸術劇場とBS案内の音が違いすぎないか、ということです。
さて、期待外れであった今回のチョン・キョンファの来日公演でしたが、この夏に発売されるラトルとのライヴは果たしてどうなんでしょうか。
チョンの狂気とラトルの狂気がどのようにシンクロしたのか、それともバッティングしたのか!
チョンとラトルは結構昔から協演していますから、これも期待しているんですが。あまり期待するとまた・・・。
2001年6月18日(月)
異色のカップル
レコ芸7月号の広告です。因縁のチョン・キョンファのブラームスVn協奏曲です。8月発売と予告されているのですが、驚いたことにラトル/ウィーンフィルとのベト#5とのカップリングだというのです。これぞ「なんじゃ、そりゃ!」ですよ。
私はメジャー(EMI)もここまで落ちたか、と思いました。事実上の廉価盤ですよ、これは。
それほど売れないのか。なりふりかまわず、とはまさにこのことではないか。
実は、ほんの少し前に「もうメジャーの時代ではないな。」と感じたことがあります。しかしそれは昨日今日始まったことではなく、もうみなさんとっくにお気づきのことと思い、敢えて書かなかったんですが。
例えば、ほんの例えばですよ、ウェストミンスターがDGから発売される? 「何を、今さら・・・。」
新しい(埋もれた)録音を発掘するのならともかく、カビの生えたような古い商品をなぜ改めて再発売する必要があるのか。(新しいユーザーに提供し続けるという意義はあるかもしれないが。)
また、それを喜ぶ、ヘヴィと思われるユーザー(リスナー、愛好家)がいることにも私は驚きを禁じえない。平木木直哉のような録音オタク(マニア)ならともかく・・・。
話がそれました。
これはラトルファンにしても、チョン・キョンファのファンにしてもバカにされたとしか思えません。 純粋?なラトルファンにしてみれば、「なんでチョンなんかと抱き合わせにさせられなきゃなんないんだよ。」と思いませんか?
私はもちろんチョンのファンであり、ラトルもまだまだ青いですが、今後が楽しみな指揮者でもあるので、それほどいやな感じではありませんが。
それにしてもベト#5となんて・・・。
この曲に関しても、最近(いろんなところで)扱いが軽くなりすぎているようで、私には大変気に入りません。
ついでに言えば、「何で8月まで(さんざん)待たなきゃならないのか。」ということもあります。
ベト#5のほうは知りませんが、ブラームスは去年のうちに録音が完了しているはずなのです。
これも気に入らない話ですが、ニューイヤーコンサートのような録音が1月のうちに発売できるのに、何で?と、素朴極まりない疑問を持つ私のほうがおかしいのでしょうか?
この企画を、「ラッキー。もうけ・・・。」なんて思っている、ノー天気な向きには、訳のわからない戯言(たわごと)に聞えるかもしれません。
しかし、私にとっては不思議なことばかりです。
2001年6月20日(水)
私は、この国でのチョン・キョンファの評価・人気がそれほどでもないのにとても驚いています。
先だっての横浜でのコンサートでも当日券はあるわ、何と隣の席(および前後10人位)の一群が招待券で来ているわ。
私はそれ(招待券)を見た時、ぎょっとしたと同時にぞくっとしましたよ(カゼ気味で寒気がしただけか?)。一体どうなっているんでしょう。
私がオンラインでチケットを申し込んだ時、そのあたり一帯はそこで一緒に売られていて、中でも一番中央寄りの席を選んだのだからまちがいないんです。しかも私は発売初日に申し込んだ。そしてそれ以降ずっと売れなかったということを意味しているのです。
('01/09/04/火)
アイザック・スターン・・・。
チョン・キョンファ バンザ〜イ!
えっ?スターンさんがどうかされたんですか?
スターンさんがどうあろうとも、チョン・キョンファは素晴らしい。ただそれだけのことですが・・・。
変な勘ぐりはいけません。それはもともとあなたがそう思っているからです。決して私のせいじゃありません。
ついでにパー○マンも、○せりゃいいのに(ブツブツ…)
('01/09/23/日)
アイザック・スターンとは何者か
何者かって・・・そら、お客さん。「物」じゃないんですから・・・。
ここんとこ、業界の雑誌では、この話題で持ち切りです。どれを見ても必ず出ているんです。それでどうしても「どーれ」ということで、恐いもの見たさで読んでしまうんですが、どうも腑に落ちないところがあるんです。
なるべく恣意的にならないように、客観的に引用してみます。といっても、元の記述自体に恣意的な部分があれば、どうしようもないんですが。
| 追悼・アイザック・スターン ヒューマニズムに満ちた偉大な音楽家だった 佐々木喜○ (音楽○友 01年11月号) かくてカーネギーホールは、91年5月5日に創立100周年を盛大に祝ったが、スターンは、「カーネギーホールは最高級の音楽のセンターであり、また若い才能のある音楽家を見出し、助けるところだ。そのために私たちが、いかに全身全霊を注いでいるかお目に掛けることが出来ると思う」と胸を張ったものだ。記念のガラ・コンサートには、スターンがイスラエルで見出した、パールマン、ズッカーマン、そしてニューヨークで見出したまだ十代の五嶋みどりも出演した。スターンが、プラームスの二重協奏曲を弾くために、メータやヨーヨー・マと一緒に舞台に姿を現したとき、満場は百雷が落ちたような拍手の嵐に包まれた。 ・・・日本、韓国、中国からきた3組の若いアンサンブルに、1週間にわたる腰をすえたレッスンをした。・・・ 徳永二○ (同誌) 追悼・アイザック・スターン その他、以上の記事にはこのような名前が出ています。 |
私はこれらの記事を読んで、チョン・キョンファに対する態度と随分違うのではないかと思いました。スターンとくれば、当然?以下のエピソードを思い出します。
| 『宇野功○編集長の本』音楽○友社 萩谷由喜○ 1967年5月、19歳のキョンファは、ジュリアード音楽院で同じガラミアンに師事するピンカス・ズッカーマン(1948〜)とともに、カーネギー・ホールで開かれたレーヴェントリット・コンクールに出場した。 だがこの日を迎えるまでに、彼女は、多感な乙女の身には耐えがたい数々の試練を経験しなければならなかった。 (中略) 韓国人チョン・キョンファの出場を最後まで妨げ、本人も認めるミスを本選で冒したズッカーマンと一位を分け合う結果に導いたのは、このときの審査員長アイザック・スターン(1920〜)と彼をとりまくユダヤ組織の圧力だったという。 このエピソードは、キョンファの母李元淑女史の著書『世界がおまえたちの舞台だ』(藤本○和訳 中央公論社刊)に明かされている秘話だが、女史は、同じ弱小民族の悲哀のゆえに、自分が憎まれ者になってまでも同じ民族の若者を一位に推そうとしたスターンの気持ちも、のちに理解できるようになった、と語っている。 純粋無垢なはずの芸術の世界に、いつの世にも、民族やあるいは政治の問題が絡み、若い才能がそれに翻弄されるのは痛ましいことだ。ついこの30年前のナチがヨーロッパを席巻していた時代、過酷な迫害に無念の涙を飲んだのはユダヤ系音楽家だったが、今度はそのユダヤ勢力がこの楽器への民族の威信と執念を賭けて、ほかの民族出身の音楽家に圧力を加えるとは何という歴史の皮肉だろう。 |
先にも述べましたが、スターンの記事は、当然スターン派が書いているわけですから、スターンに不利になることは書かないでしょう。
しかしこれらの記事を読んで思うことは、スターンとは「言うこととやることが違う」、「本音と建前」、「偽善者」である、と思わざるを得ません。言われる善行は、「自分たちの仲間?に対しては・・・」という条件付きであった、ということです。スターン派の顔ぶれを見れば、全て「ある筋」に関係ある連中だということがわかります。しかしこれは、どこの世界でも、誰にでもあることかもしれません。
私は、はきっり言ってスターンには全く興味がありませんから、これ以上スターンのことを知りたいとは思いませんし、たったこれだけの情報から判断したことです。これらの記事が全て「真実」だとすれば、という条件付きでですが。
私には、スターンの音楽がいいとか悪いとか、好きだとか嫌いだとかいうことはありません。繰り返しますが、全く興味がないだけです。
そして、これは単なる偶然にすぎないのかもしれませんが、私はスターン派の奏者たちも全て「大きらい」か、「全く興味がない」かのどちらかなのです。
('01/10/26/金)
これが「現代的」なバロックだ!
ヴィヴァルディ:四季
チョン・キョンファ/セント・ルークス (EMI)
某CDショップのトップ40のうち、私が購入したものを紹介してみましょう。これは、第23位でした。
もう、なんでもかんでも古楽スタイルでやればいいとでも思っているかのような昨今、こういう正攻法の演奏を聴くととても安心します。
これなどバロックですから、古楽派の恰好の餌食になってしまいます。
問題はスタイルではないのです。もちろん時代考証でもありません。音楽を通じて何を表現するのか、それさえはっきりしていれば見栄え(聴き栄え?)なんかどうでもいいんです。
この演奏もなかなか感動的です。何が素晴らしいのでしょうか。
チョンのテクニックでしょうか、パッションでしょうか?
いいえ、ここで特筆すべきは、セント・ルークスの献身的とも思える合奏なのです。これぞ協演。室内楽の理想的な形がここにはあるような気がします。
私はこれを通販で買いました。届けられたその日、ジャケットを見て一瞬唖然としました。「あれ、これは誰だ?こんな知らない演奏家の何を注文したんだっけ?」しばらくわかりませんでした。裏を返して見たり。読めない英語をたどたどしく読む・・・VIVALDI・・・CHUNG・・・。
「え゛〜!これがチョン・キョンファの新しい四季!?」
私は嬉しくなってしまいました。こんな品のいい素敵なジャケットで届けてもらえるなんて。内容もさることながら、これもジャケ買いしてもいいレコードです。
(しかしこれも好みの問題で、嫌いな人には馬耳東風なんでしょうが。)
2001年12月4日(火)
実はこの人の年だったのです
ブラームス:Vn協奏曲
チョン・キョンファ/ラトル指揮 VPO (EMI)
本年度の輝く第1位はこのレコードだそうである。ここで、こんなレコードを紹介するのはとても恥ずかしい。これがベストセラーになることが間違いないのは、「うトルでもわかる」。
(しかしながら冊子によると、もう一人の手長○ル指揮BPOのブルックナーの8番も「爆発的」な売り上げだそうである。)
このレコードはチョン・キョンファのブラームスのコンチェルトである。余白には伴奏を務めたコンビのベートーヴェンが入っている。
今年はチョン・イヤーと言ってもよいくらいの年だった。「四季」と本盤の発売。5月と12月(もうすぐ)の2回の来日公演。それぞれが対をなすように同じプログラムであったのは、意図的なのかどうかはつまびらかではない。だが、私としては、何だかなー、という気持ちである。
さて問題はうトルさんなんですが、協奏曲では案外まともにやっています。変なことしなくても、こういうふうに普通にやれば音楽になるのに。
だが、果たしてうトルがブラームスなんか、ちゃんと分かっているのか、甚だ疑問である。
ここで、「ちゃんと分かっている」とはどういうことよ、と疑問をお持ちの向きもあろうか?
例えばうトルがブラームスの交響曲を振るといったら、皆さんはどう思われるだろうか?私は、幸運にもそんなライヴがあったということも、CD化されているということも聞いたことはない。
私はチョン・キョンファがブラームスをうトルと録れたと聞いて、半分は納得できたが、半分は疑問を持った。半分納得というのは、チョンとうトルは以前からよく協演していたようだ、ということ知っていたからである。
あとの半分は疑問というより、あきらめに近い気分だが、今日日(きょうび?)、うトルぐらいしかいないのかもしれないな、と思った。と同時にうトルのブラームス?というおよそミスマッチとしか思えない違和感を感じた。
だが、結果は聴いたとおり。きちんと楽譜が読める「普通の」指揮者がやれば「ちゃんと」音楽になるのです。
2001年12月5日(水)