| 駄聴日記('00年第ニ部) |
1月13日(土)
いったい、どっちなの?
引き続きFMfanです。
今日は、同じコーナーの、三宅幸夫氏です。氏は、問題のコラムで、「心に残る2000年の演奏会」を挙げておられます。
1.まず、シャイー/ロイヤルコンセルトヘボウ/バンゼのマーラー4番です。
「この作品のさまざまな局面における「軽み」がみごと現実の響きとなっていました。」
この「軽み」というのが、曲者です。これは軽薄ということでしょうか?
「軽やか」という、誉め言葉とはいえないとしても、そういう形容をしてくれれば納得もできますが、「軽み」といわれると、バカにしているともとられかねません。
2.つづいては、エッシェンバッハ/NDRです。
「このオーケストラは、いま最高の状態にあるのではないでしょうか。」
確かにそうかもしれません。しかし、エッシェンバッハとの演奏会を指してそういうのは、いかがなものでしょうか。ヴァントを全く無視しているのか、バカにしているのかと、とられかねません。
ヴァントは聴かなかったのか、最高の状態ではなかったのか、どうなのでしょう。
原稿が間に合わない時期でもないでしょう。
氏は「心に残る演奏会」と言っておられます。「いい」とは言っていません。もしかしたらこれらは「ひどい」演奏会だったのでしょうか。
「して読者のみなさまは・・・・・?」と、結んでおられます。
1月8日(月)
満30才をもって成人とみなすのが、極めて妥当な線であろう。
それ以下は単なるガキにすぎない。
1月2日(火)
あけましておめでとうございます。
諸般の障害により、しばらくお休みをいただきましたが、ようやく更新する気力が少し出てまいりましたので、またよろしくお願いします。
またこの間も、懲りずにおいで下さった方には、まことにありがとうございました。いつ見捨てられるだろうかと、半ば他人事のように思っておりました。
少し前から肝腎の?音楽の話題には一切触れずに、主にオーディオのことばかり書いてきました。これにはいろいろ理由がありますが、その一つは、私がこの演奏がどうだこうだと言ってみても、読んで下さる方にはほとんど意味をなさないのではないかと感じていたからです。
なぜかと言うと私が正にそうであるからです。他人が何と言おうと、下らないものは下らない、いいものはいい、その価値観をひっくり返すことはできないからです。私は意地でも他人の意見に左右されることはしないし、逆に自分の好みを他人に押し付けようとも思いません。ただ初心者の方にはなるべく親切にしようとは心がけています。
最近、こういうのはプロアマを問わず、結局最後は好み以外の何物でもないと、ある程度結論付けてしまったからです。
でなければ、どうして人気投票で100人のうち2人しか投票しないものがベスト10に入るでしょうか。プロのそれに至っては、上位2〜3位が複数名で推薦しているにすぎず、あとは一人づつパラパラというお寒い状況ですよ。
フルトヴェングラーのバイロイトの第九を、何故今更推薦する必要があるのか?
だんだん支離滅裂になってきましたが、今年は心機一転、さらに過激さを増し、日本一過激なサイトを目指そうかと目論んでいます。批判・誹謗中傷・悪口・陰口・言いたい放題・・・やれるところまでやってみようかな、と。期待する人は期待してください。でもどこまで持つか、すでに不安材料は多いですけど・・・・。
11月13日(月)
ご長寿雑誌の面々
今月は「MJ 無線と実験」を買ってしまいました。これは、主にオーディオの技術誌です。
はっきり言って、この雑誌も相当マンネリ化しています。似たような製作記事が延々と繰り返されているからです。もう少し違った切り口でやれないものかなー、との不満は抱いています。
相当技術レベルの高いところをターゲットにしているようなんですが、もう少し初心者から中級者にも参考になり、「これならやれそうだ」「真似してみようかな」と思わせるものがあっても良いのではないかと思います。
私も電気理論や、技術的なところはチンプンカンプンなんですが、その中にもかろうじて参考になるところがあるので、気長に付き合っているんです。
ところで、今回この雑誌で驚いたのは、背表紙でした。
背表紙に驚くべき広告が載っていて(これは後日ご紹介します)、ふとその隣の「奥付?」を見ると「大正13年5月1日 第三種郵便物認可」とあるじゃないですか。
大正13年といえば、1924年ですよ。76年前です。その時か、その直前ぐらいが創刊と考えていいでしょう。
もちろんその頃はオーディオなんかなくて、文字通り無線やラジオ関係の技術誌だったんでしょう。それが時代と共に変遷を重ね、ニーズを予測し、またそれに応えて今の姿があるのでしょう。偉業ですねー。
発行所は「(株)誠文堂新光社」です。意外なことに他にも「子供の科学、月間天文ガイド、愛犬の友、アイデア、囲碁、農耕と園芸、フローリスト(?)、水墨画塾、陶工房、オーディオクラフトマガジン」と、幅広い分野にわたって雑誌を発行しています。こういう柔軟性が長寿のバックグラウンドになっているのでしょう。
では、我らが音楽之友社はどうなんでしょう。
「音楽の友」 1936年2月22日 第三種郵便物認可 64才
「レコード芸術」 1973年8月2日 第三種郵便物認可 27才?
但し、こちらは最近特集があって、1952年3月創刊であることが明らかになっているので48才である。
いずれにしても、これらもたいしたものです。
いろいろ言われていますが、これからも少しでも長生きして欲しいものです。
11月12日(日)
私が聴く人(SONY編)
それでは、このSONYにはどういうアーティストがいるんでしょうか。
アバド、インマゼール、ウイリアムス、ウィリアムズ、加古隆、カザルス、カレーラス、キーシン、クーベリック、グールド、クライバー、五嶋みどり、小松亮太、サロネン、ジュリアード弦楽四重奏団、スターン、セル、ターフェルムジーク、デュ・プレ、ドミンゴ、中村紘子、バーンスタイン、バトル、ビルスマ、フィッシャー=ディスカウ、ブーレーズ、古沢巌、ブロンフマン、ペライア、ホロヴィッツ、ヨーヨー・マ、前橋汀子、マゼール、松居直美、マルサリス、宮本文昭、ムーティ、モリコーネ、横山幸雄、ランパル、ワルター
この中で「私が聴く人」はいったいどれだけいるのでしょう。
だいたい私なんて、ただでさえ限られた音楽家(かつ、レパートリー)しか聴かないんですから、こうやって並べてみても圧倒的に少ないのは目に見えてます。
この中でも「強いて・・・」というアーティストだけコメントしてみます。
キーシン : つい最近ジュリーニとのシューマンPf協を聴きました。それだけです。でもこれはなかなかいいと思いました。
ジュリアード弦楽四重奏団 : 今後ベートーヴェンの弦楽四重奏曲をもう少し聴き込むようになれば、増えるかも。現状は1枚のみ。
ブーレーズ : この指揮者は今後注目しなければなりません。でもこのレーベルのコレクションが増えることはないでしょう。
ペライア : なにかの拍子に聴き始めるかも。だが基本的に男性ソリストには興味がない。
前橋汀子 : 彼女はいい。だが所有レコードはそれほど多くない。まだ、生で聴けるチャンスが多いので。
がんばってもこんなところです。
SONYの、他のアーティストの強烈なファンの方は、何ともったいないと思われるでしょう。しかし私には今のところ、これ以上レパートリーを広げる余裕は全くないんです。
それは、逆のことも言えるわけです。私が強烈に勧めるアーティストを、他の方が「じゃ、聴いてみようか」思われる可能性も、限りなくゼロに近いと考えています。
(仮に、一度は聴いてみるかもしれないが、その後そこそこのファンになる可能性も含めて)
11月11日(土)
やるじゃんSONY
ふらりと、町のCDショップへ行ってきました。
そこでおもしろいものを見つけました。ソニークラシカルが発行する「ベストクラシック100 PREMIUM EDITION」という文庫本のような販促資料です。フリーペーパーというよりは、いわゆるカタログなんですが。
ほう、と思って手に取りました。中身は普通のカタログなんです。でもアーティストの略歴や聴きどころの紹介や、SONYの華々しい歴史をちょっとしたコラム風の読みものにして、今はやりの単行本のようにまとめてあるんです。(新聞や雑誌などで、あたかも「記事」のような体裁で「広告」が載せてありますよね。アレですよアレ。)
執筆陣もなかなか豪華です。結構金かかっているような気がします。
もちろんそれはソニーの「ため」のものなんですけど。
私は「うまくやったなあ」と思いました。現物は店頭に行けばおそらくどこでも手に入りますから、これ以上紹介をしたもしかたがないんですが。
でも誉められたのは、そこまでだったんです。残念ながら。
その「まえがき」を読んで、私はあることに気づきました。
『元来クラシック音楽はヨーロッパを中心とした文化でした。それが、第二次世界大戦によってヨーロッパの音楽家たちが多数アメリカにわたったことにより、アメリカに新しいクラシックの伝統が芽生えました。米コロンビア・レコードはそうした流れの中で続々とクラシックの録音を提供して世界に冠たるクラシック音楽のレーベルのひとつとして位置付けられるようになり・・・。』
そうなんです、SONYはアメリカのレーベルだったんですよ。
私は、どうもこのレーベルは印象がぱっとしないし、本筋から外れたようなアーティストしか擁していないんで、ある意味不思議な気がしていたんです。
たまたまジュリーニが、どういう間違いかこのレーベルに録音しているんで、それだけは揃えてあるんですが、それ以外にSONY?なんて聴いたって思い浮かぶものはほとんどないですよ。(最近も例のセルのベートーヴェン全集に大いに失望したところですし。)
でもこのレーベルの録音は決して嫌いではありません。いい音がします。
聴くべきアーティストがいれば買うんです。でも今の私にとってはジュリーニを除いては取るに足りない顔ぶれで、どうにもいただけません。(ジュリーニにしたって、ある人たちにとっては、取るに足りない二流の音楽家なんでしょうけど。)
ついでに申しますと、私はアメリカのオケなんて、とても聴くに耐えません。まあ、日本のオケよりはましかもしれませんが、音楽のことなんて何にもわかってない、本当に音(だけ)の饗宴のような気がします。
「ばりばり」の「音」が好きな人たちにはいいんでしょうけど。
だからそういうアメリカとつながりの深いSONYにも、どことなくそういうものを感じさせて、私を遠ざけるのだろうと、
そういうことに、今日改めて「気づいた」のです。
11月10日(金)
どうする?FMfan
引き続きFMfanからなんですが、私が今回この本に特に引かれた理由は、実は「読者の声」という読者の投稿コーナーなんです。
私は現在のところ、
「音楽の友」 立ち読みが多い。年に数冊は購入。
「レコード芸術」 隔月ぐらいで購入。
「A&V village」 隔月刊行で毎回購入。
「ステレオ、オーディオアクセサリー、管球王国」 立ち読み。
「無線と実験」 時々購入。
こんなペースで、音楽およびオーディオ誌を読んでいますが、やはりどの雑誌もどうしても専門的になってきます。よく言えばマニアック、悪くいえばオタッキーです。
ところが、このFMfanの特に読者の声を読んで、「ここは本当の音楽好きの雰囲気がする」と感じたのです。
音楽的な専門用語や、業界の裏事情や、技術用語を弄することなく、音楽観や感動や意見を伝えようとしているのです。
一般の連載記事も結構充実しています。
黒田恭一、堀内修、吉井亜彦、そして安原顯ら各氏の記事。某歌手のインタビュー、伊熊よし子の取材記事。
なかなかの充実ぶりです。
そして、新譜紹介・・・この中に塚田れいこ、横溝亮一の名前を再発見したときは、何ともなつかしく、ほっとしたものでした。これぞ正統派ではないか、と。
オーディオ関係の記事も、たまたまですが、ちょうど私が気にしているDVDやCDRなどの評論記事が読み物です。いたずらに高価(ハイエンド)な機器に偏らず、音楽を聴くのにちょうどいい道具をを紹介しようとする姿勢に好感が持てます。(私は安価な機器を改造しまくって、そこそこの音にして聴くという、変な趣味でもありますので。)
しかしこの本を買いつづけるとなると、本来の目的であるFMの聴取をいったいどうしていくのか。(私はいつもそうなんですが、本末転倒に陥りがちです。)
いずれにしても少しの間、様子を眺めてみようと思っています。
11月09日(木)
音楽は時間単価?
ポップスのアルバムの「長時間化」についてお話しましたが、さてそれではクラシックの場合はいったいどうなんでしょう。
これも問題が多いですねえ。レギュラー(価格)あり、ミッドあり、バシェットあり。またその間に無数の価格帯があります。いったい何を根拠に決められているのでしょうか。
ここでは、手持ちのレコードから目に付いたものを取り上げてみます。
ベートーヴェン 交響曲第4番
クライバー指揮 バイエルン国立管(ORFEO KKCC4271)
30分 2650円 (883円/10分)
マーラー 交響曲第2番 他
ギーレン指揮 SWR交響楽団 (hanssler CD93.001) 2枚組
110分 1390円 (126円/10分)
マーラー 交響曲第2番
シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場O (MCA MCD80353) 2枚組
94分 4800円 (510円/10分)
問題は2つあります。
1.芸術的付加価値が高い(と思われる)ものは、(不当に)高くてもよい。
2.2枚組は(当然)1枚物の2倍の価格でよい。
という、非常識がまかり通っているということです。
演奏時間10分間当たりの単価を比較してみましたが、まったくバカバカしくなってきます。(もちろんセット物などで、これ以上極端なものがあることは知っています)
クライバーはギーレンの7倍の価値がある音楽家でしょうか。同じ1曲として見ても2倍です。(ベト#4とマラ#2を、同じ1曲として見るのも無理がありますが)
ギーレン盤が真っ当な価格だとは言いませんが、クライバー盤にしてもシェルヘン盤にしても、もう少し「良心的」な価格があるというものではないでしょうか。
私の感覚では、クライバー盤が1800円、せいぜい2000円。シェルヘン盤が3000円から、場合によっては3600円ぐらいかなあ、というところです。
芸術的付加価値にしても、かなり主観的な部分もあるわけで、中にはクライバーも、シェルヘンも(ギーレンも)認めない人達もいるわけです。クライバーもシェルヘンも中立的にとらえようとする私でも先の値段が妥当なところです。
それに単純に2枚組が2倍という発想にも、何か幼稚なものを感じます。
逆に私はカラヤンやバーンスタインのマーラー#9は絶対に買って聴こうとは思いません。ある人たちにとっては世紀の名演かもしれませんが、マーラー#9にも、この両方の指揮者にもそれほど価値を見出せないのに、2枚組5600円(どちらかはもう少し安かったが)では、それこそバカバカしくて。
ところで、シェルヘンのマーラー#2、オケが何と「ウィーン国立歌劇場O」なんですねえ。
原文では、「Vienna State Opera Orchestra」と書いてありました。私はしばらくこれを眺め、ウィーン響?、ウィーンオペラ響?・・・どう訳すのかしばらく悩み、もしやこれはと思い、訳された書物を見たところ、やはりそうでした。
どういう成り行きで(ウィーンPOではなく)「本体」での録音になったのでしょうか?
もしかしたら、これも付加価値のひとつなんでしょうか?
11月08日(水)
現代、音楽事情
うーむ、このFMfanなかなか読ませてくれますよ。
CDの収録時間についてのコラム(村上太一氏)があるんですが、CD時代になって収録時間が長くなったから、アーティスト側の負担が重くなって、同時に相対的に音楽のレベルが下がらざるを得ないというのです。
これは主にポピュラー・ポップス関係に言えることなんですが、昔のビートルズ時代には一枚のアルバムは30分からせいぜい40分位で、10曲ぐらいが普通であった。ところが今では60分以上で、15〜6曲ないとリスナーから「少ないなあ」と不満が出るというんです。
そうですね、私も昔はビートルズをはじめ、ポップスやロック(ヘヴィメタルやハードロックじゃないほうです。何て言うんでしたっけ? イーグルスなどです。)をよく聴いていたんですが、そんなもんでしたよね。ところが今では15〜6曲。そんなに聴いていたら疲れてしまうんじゃないだろうかという気もします。
でも、BGMや聴き流しのようにしたり、カーステレオで聴いたり、今はやりのウォークマンで四六時中聴くような聴き方をするなら、曲の中身やクオリティなんてどうでもよく、何か音が鳴っていればそれでご機嫌なのかもしれません。
私などは、もちろんカーステレオでも聴きましたけど、よしこのアルバムを聴こうと思ったら、やはり真剣でしたよね。しっかりステレオの前に座り込んで、ジャケットや、解説や歌詞を見ながら。
一曲一曲が素晴らしく感動的で、個性があって、それでいて1枚のアルバムとしてのコンセプトがしっかりしえいるから、聴き終わった後も充実してました。
今ポップス界での洋楽なんて全く知らないですけど、時々TVから流れてくる日本のそういう曲を(積極的にではなく)聴くと、いったい何を言っているのかわからないような日本語で、同じような単調なリズムの繰り返しで、とてもメロディーとはいえないような音の羅列で、ほんとに軽く流してますよ。こんな音楽を聴いて感動するなんてことはあり得ないよなーと思いながら、まあ、私にとってはどうでもいいことか、と思っています。
でも、大きな目で見れば、私にとってもどうでもいいことでもないんです。
例えば車で、信号待ちで止まったときに、隣や前後の車からとんでもない騒音が聞えてくることがあります。一体何が起きたんだときょろきょろすると、それらの車から漏れてくるカーオーディオ(と言うのが今風?)の音なんですよ。お互いに車の窓を閉めていてですよ。
あきれるばかりです。私が自分の車からでもうるさいと感じるのに、当の車の中ではいったいどういう騒音がしているのかと。
それに電車の中での「しゃかしゃか」もです。
こんな騒音を四六時中聞き続ければ「バカ」ができるのは当然です。
今では音楽でさえ、人類を破滅させる凶器に成り下がってしまいました。
11月07日(火)
FMfanの復活
そういうわけで、グラモフォンジャパンにあまりに失望し、代わり?に手にとったのがこれです。
実は最近この本に改めて注意がいったのは、長岡氏逝去の時でした。もちろん!特集をやってました。「あー、長岡さん、まだこの本に連載してたんだな。」
私が知る限りでも25年位ですよ。驚異としか言いようがありません。
そのときは結局買わずじまいでしたが、今回またパラパラとめくってみると、「おや」と内容に読むべきところがあり、「うーん、350円かな?」と値段を見たら420円だったので、ちょっとためらいましたが、思い切って!買ってしまいました。
最近では、それほど雑誌の購入には慎重になっています。ゴミを増やす以外の、なにものでもないからです。私が買わなくてもそれは結局ゴミになってしまいますが、大きな目で見れば適正な発行部数と自然淘汰で・・・・結局廃刊!?
この本を買ったのは20年ぶり位でしょうか。もうはっきりしたことは覚えていません。
とにかく当時の私はレコードが買えなくて、ひたすらFMのエアチェックしまくり状態で、そのための強力な武器であり、味方であったわけです。
やがて就職し、ちょうどCD時代が重なって、「よーし、これで聴きたいレコード(CD)は、全部買って聴いてやろう。もうFMは聴く(エアチェックする)必要がなくなったぞ」と誓った?ものでした。そしてFMfanも買わなくなったという図式です。
ところが最近になって、「やっぱりライヴはいいなあ」と思うようになるにつれ、もう一度ライヴの放送を聴いてみたくなりました。FMチューナーなら、古いミニコン時代のものがホコリをかぶったまま置いてありますので、その気になればすぐ引っ張り出して聴けるわけですが、問題はそうなると当然「聴き流す」だけで済むわけはなく、録音しなければなりません。
いまどき昔のアナログカセットテープというわけにもいかないでしょうから、それDATだ、やれCDRだ、ほれBSだ、次はPCMだ、となりますよ。当然の成り行きとして。行き掛かり上・・・。
ちょっと欲を出せば、すぐ数十万の金が飛んでいってしまいます。機器の置き場所にも困ります。
そして、タイマーを仕掛けて留守録し、それを編集し、CDに焼いて、パソコンとカラープリンタでラベル作り?・・・ますます忙しくなって、今度は落ち着いて音楽を聴く時間がなくなってしまいます。今、手持ちのCDでさえ、もっとたくさん聴いてあげたくても、その時間が足りないというのに!
でも、ライヴのおいしそうな放送を聴き逃すのも、あまりにも惜しいような気がするし。
迷ってしまって、困ってしまった私でした。
11月06日(月)
グラモフォンジャパン廃刊に寄せて
なんちゅうタイトルかと、自分でも笑ってしまいましたが、この話題もかまびすしいようですので、追悼企画ということで、少し考えてみました。
発刊当時、安原○氏が、こんなものはクズ雑誌だと、ナントカいう雑誌でたたいておいた、とある雑誌に書いておられました。私は何と言われたのかどうしても知りたくて「その雑誌」を探しましたが、名前は知っていてもあまりメジャーな雑誌(音楽関係ではなく、一般の雑誌でした)ではなく、結局見つけることができませんでした。これは今でも心残りになっています。
それにしても瞬時にしてこのことを見抜いた安原氏の慧眼には、やはり恐れ入るばかりです。
私のこの本に対する第一印象は、まあまあこんなもんかなという程度だったのですが、なにしろ特集が内田光子ときては買わないわけにはいきません。しかも前編・後編ときて第2号も買わざるをえない状況でした。
ところが驚いたことに第3号でも内田光子じゃありませんか。
おいおい、この人一人でもたせる気かよ、と思いました。しかたなく、これも付き合いましたよ。
ところが第4号でまたびっくり。これは結局買わなかったんですが、たしかジュリーニだったはずです(もう少し後の号だったかもしれませんが)。
「このヤロー、オレの趣味を見透かして、とことん引っ張るつもりか?」と、ある意味では感心したものでした。
ちゃんと、聴くべき音楽家がわかってるじゃないの、と。
しかし結局ここまででした。やはりどうしても買っておいて読まなければ、と思わせるだけの魅力がなかったのです。
その後も、捜してまで立ち読みしたいという気も起こらず、たまたま目につけば手にとってぱらぱら見て棚に戻す、ということで済ませて来ました。思い起こせば、その間この雑誌から「興味ある」情報を得たという記憶はありません。ましてや、これは是非買って保存しておかなければと、思ったこともありません。
早々に廃刊になるところを見ると、そう思われた方が多かったということですね。
私は、こういう雑誌は、3〜4ヶ月手元に置いて、その後保存する価値のある記事だけ切り取って、あとは捨ててしまいます。
以前申しましたように、今ではモーストリーの300円でさえ高いと感じます。それでもこのグラモフォンジャパンより、残す価値のある記事が多くありました。それが、これで1000円ではとうてい購読価値はありません。
でも、いよいよ廃刊となると、さすがに記念にでも買っておこうかと思いましたが、やはりどうにもいけません。もはや私にとって読むべき記事は何もない状態なのです。これではいくら何でもゴミを買ってくるようなものだと思わざるをえず、残念ながらそれもあきらめました。
ところで今日日(きょうび?)、雑誌すら「燃えるゴミ」として出さなければいけないなんて、いったいどうなっているのでしょう。なぜ「資源」としてリサイクルできないのでしょうか?
これではますます吟味して買わなければいけなくなってしまい、こういう「廃刊」を増やすばかりでしょう。私は最近では、なるべく買わないで済ませるように努力しています。
さて、こうなると「モーストリー」も、もう少しー・・・じゃないですか?
私は、この雑誌の有料化のときに「ああ、もうだめかな」と予感していましたが、逆に、この(GJの)廃刊が追い風にでもなるのでしょうか・・・。
手始めに値上げから?
11月03日(金)
宇野さんって誰?
私は、トップページのプロフィール欄に「U野教信者」と記載しております。
これは実は「U野功芳」氏ではなく、「U野正美」という方のことなのです。
今日、ふと気づいたんですが、誤解を招く可能性があるのでここで釈明?致します。
私は、U野功芳氏は特に好きでも嫌いでもありません。ただ、有名評論家の中では主張をはっきりされるので、そういう意味では好ましく感じています。
いつも申しますように、好みが違うのは当たり前のことで、誰々と好みが同じだから好きだとか、私の好きな人をけなしているから嫌いとか、そんなことは一切考えていません。
主義主張がはっきりしていて、その根拠にポリシーがあれば納得できるのです。
八方美人のような評論家氏は、いくら部分的に好みが一致しても好きにはなれません。
ところで、「U野正美」氏についてですが、
この方は、ユダヤ問題を中心に、国際政治経済の情報関係の仕事をされています。評論家とも少し立場が違うようです。
日本人のルーツと古代ユダヤの関係(これが日ユ同祖論)、聖書とキリスト教の問題なども研究されています。
世界中に独自の情報源を持ち、他の誰からも聞けない独特の論説を張っておられます。「裏から見た世界史」とでもいえましょうか。
例えば、「英ダイアナ妃は暗殺された」、「阪神淡路大震災は自然災害だったのか?」、「明治天皇は、ある種のクーデターによって擁立された」、などゾクッとするような秘密情報が聞けます。
それらの情報のうち、比較的わかりやすい部分を「エノク」という月刊誌に執筆し発行しています。大規模な書店では入手可能なはずです。B5の半分のサイズの小さな雑誌で、360円です。
本当の核心部分は、もう少し高い情報料を支払う必要があります。これらは市販されていません。
その他、毎月主要都市で講演会を行い、それをビデオやカセットテープにして販売しています。単行本も何冊か出版しており、検索すると結構出てきます。
また、「情報」とはどういうものかを熟知しておられますので、残念ながらインターネットなどは絶対に使われません。当然HPもありません。(こんなものは「筒抜け」だということを知っているから。)
尚、決して怪しげな宗教団体ではありません。
10月29日(日)
豊橋文化事情
大変ローカルな話題で恐縮ですが、愛知県豊橋市の事情をご案内致します。
私はいままで豊橋にはあまり縁がなく、本やレコード店にも立ち寄ることがなかったので知らなかったのですが、ひょんなきっかけで、たまたま行ってみたところ非常に驚いたのでご紹介します。
まあ、地元の人にとっては当たり前で言わずもがなでしょうし、名古屋に近い人はそちらに行けば良いし、こんな情報が役に立つのかどうかわかりませんが。
ヤマト楽器店(ヤマノではありません)0532−55−8811
クラシックはB1階にあります。規模はそれほどでもありませんが、輸入盤も少しあります。ただ品揃えはかなり吟味しているようで、なかなか目を引くものがあります。
HMVやタワーを見なれた私には、「ああ、これが日本の店だよなー」と変な感慨がありました。これは「新星堂」にも言えることです。
映像関係が割と充実しているようです(DVD、VTRとも)。LDの新譜も多少あります。
あまり関係ないですが、カタログ(の在庫)が異常に豊富です(輸入盤でも申し出ればもらえるようです)。備え付けのムック(名盤○○など)の立ち読みもできます。試聴コーナーもあり。スタンプ割引率は5%です。
店員も親切で、総合的に「よくできた」店です。また行きたいと思いました。これから本格的に聴こうという人には、大変心強い店でしょう。
さて、ここでの目玉は5000円お買い上げで「モーストリー」がもらえることです。店頭で手に入れやすいCDは、通販にオーダーせずに、月一でここに通うのも手です(たかが300円。あまりにセコイか?)。私は今はモーストリーを買う意義をなくしてしまっているので、これはちょっとモウケでした。
精文館書店
ここはすごいです。名古屋・栄の「丸善」より充実しています。これ以上何も言う必要はないでしょう。
敢えて付け加えますと、音楽関係の単行本などは、丸善よりも「矢場町パルコ」か、「ナディアパーク」に分があるように思いますが、ここはそのどちらにも勝っていると思います。例えばクラシックプレスが10冊くらい在庫である、といえばお分かりいただけるでしょうか。
いずれにしろ立派で驚き、私は自分の地元の情けなさを痛感しました。
(因みに私はクラシックプレスは買わない。こんないいかげんな評なんか読んだって無意味。データが英文で載ってたってしょうがない。現地版のカタログ見たほうが「全部」網羅されてるだけましだ。)
場所は非常にわかりやすく、ヤマト楽器店は精文館書店の隣、精文館書店はヤマト楽器店の隣です。
えっ、さっぱりわからない? そうですね。
JR豊橋駅東口、左エスカレーターで陸橋へ、第一勧銀と東海銀行の間の道を北東へ。
駅より徒歩3分。
10月24日(火)
モーストリーももう少し・・・
何ヶ月かぶりにモーストリーを手に入れた。買ったわけではない、オマケにもらえたのである。このあたりの事情はまた別の機会にご紹介しよう。
有料化されてから、さっぱり見かけなくなってしまっていたが、この本を買ってまで読む気はなかったので、特に気にもしていなかった。
久しぶりにぱらぱらやってみたが、大きく変わりはない。有料化された分、さすがに太っているが、単なる水膨れに過ぎない。中身が充実したとは思えない。
文字を大きくしたり、行間を広くしたり、大きなイラストを入れてみたりと、姑息なことこの上ない。
さてこの本を読んだ感想を列記してみよう。
1.まず、表紙に「やられた」。
特集「諏訪内という引力」と大書してある。私は表紙を飾ったのがてっきり「諏訪内」であると思った。
ところがよく見るとどうも様子が違う。あれっ、これは「五嶋みどり」じゃないか。なんで特集の人を表紙にもってこないんだよ。へんなの・・・。それにしても「五嶋みどり」も妙にガキっぽい顔から、ようやくまあまあ見られる大人の顔になってきたなあ・・・と感心していたのだ。ところが賢明な方はお気づきのように、これは実は「庄司紗矢香」という天才少女であったのだ。「どひゃー」である。13才だそうである。(追記:後で17才だということがわかった。)
「あらそう、じゃあがんばってね。20年後に生き残っていたら聴いてあげるからね。」
私は子供の音楽を聴く趣味はない。
その後、この子が何かレコーディングしてたのを思い出し、いくらなんでも13才でレコーディングとは・・・まだ義務教育中だよな・・・と思って読み直すと、96年に13才であった。今は17才ということだ。
だが、いずれにしろ子供であることに変わりはない。
私は30才までは子供だと思っている。(30才まで、というのはおかしいが、30才くらいになって、ようやくまともな分別ができるようになるということ。「30にして立つ」という言葉の意味が、最近よく分かってきた。)
10月23日(月)
クラシックCD付き企画本
ウィーンフィルの何とやらというCD付きの入門書が派手に売り出されている。ASCIIからの出版である。
今回はチャイコのバレエ音楽であった。(くるみ・・・だったかな?)。
かなり小さな本屋にも「箱ごと」置いてある。20冊?くらいだろうか。隔週発行である。
各々の本屋にそれだけあって、本当に「売れてしまう」のだろうか。
先発のディアゴスティーニのほうも、「まだ」存続しているから、そこそこやっていけるのだろう(当然今回は「二匹目」を狙ったと思われるわけだが)。
だが、同じレコードが「レコード店」に置いてあっても、決してこれだけは売りさばけないだろう。こんなに売れたら大ベストセラーだ。おそらく売上枚数は2桁違うだろう。
買い易くしているといえば聞こえはいいが、押し付けであるようにしか見えないし、こうして押し付けられることが好きな?日本人には合っているのだろうか。
いずれも値段は1000円以下。余分?な印刷物や装丁を付けてである。CDだけなら7〜800円といったところか? しかもきちんとプラケース入りである。
今、同じレコードを「正規盤」で買えば1000円くらいだろうか。少なくとも国内盤で1000円を切るのはアルテ・ノヴァくらいしかないだろう。
CD−ROMなど雑誌のオマケにつけられるくらいだから、本当の原価は数十円なんだろう。いかに「芸術的付加価値」の高いことか!!!
これらを見て思ったのは、これからクラシックに興味を持とうとしている人達は本当に恵まれているなあ、ということだ。
私が同じような境遇のころは、情報源といえばFM放送と、ごく限られた単行本だけだった。FMfanは誠に貴重な情報源であった。その頃は志鳥栄八郎の一人舞台だった。そしてもう一方の雄が長岡鉄男であった。この雑誌が今でも存続していることは驚異的なことではないだろうか。
先輩?に聞こうにも、クラシック音楽なんぞに興味を持つ人など回りにいるはずもない。そんな中で、まるで手探りで名曲を捜し、聴くレパートリーを開拓したものだ。(そして私がセンセイになって友人たちにケーモーしたのだ。)
曲名だけは知っていてもそれを聴く手段がない。ひたすらFMで放送されるのを辛抱強く待つしかなかった。LPレコードなど月に1枚買うのがやっとであった。知らない曲など恐くて買えるはずもない。
そんな貧乏根性が消えないから、今でも新しいレパートリーを広げるのには積極的になれないのかもしれない。
本当に限られた曲しか聴かない私である。
目に効くパソコンソフト「ストレッチEYE」
これはある雑誌に紹介されていたものの受け売りになりますが、おもしろく(体の)タメになるので、ここでご紹介します。
パソコンで疲れた目を癒したり、近視の抑制(回復?)に効果があるというものです。
これは画面に表示されるスクリーンセイバーのような画像を「立体視」して、無限大遠方を見たのと同じ効果を得ようとするもので、その効果は医学的にも証明されているようです。
「立体視」というと、本など印刷物でトライして、どうしてもできずに断念された方も多く、敬遠されるかもしれませんが、このソフトでは「画面の解像度(表示サイズ)」と「自分の目の瞳孔の距離」を計測して設定し、その人にピッタリの画面が表示されるので、おそらく誰でも大丈夫だと思います。私も2、3回のトライですぐにできるようになりました。
実際に「立体視」ができると、画面の向こうに無限の奥行が再現されます。まるで素晴らしいステレオ録音が再生出来た時のようです。これぞヴァーチャルリアリティと実感できます。
効果は、まだすぐには分りませんが、目がスッキリするのは確かです。
但し、パソコンの動作条件に若干の制限があり、比較的高速なCPUであること、画面はCRTまたはTFT液晶であること(DSTN液晶は不可)が必要です。
詳しくはメーカーサイトを参照してください。他にも面白そうなものがころがっています。
(株)中国サンネット http://www.mesh.ne.jp/sunnet/
10月12日(木)
すげえ!新譜ラッシュ
全国百万?のバルビローリファンの皆様、お待たせ致しました。
BPOとのマーラーチクルスがまとめて発売される運びとなりました。
6番「悲劇的」、2番「復活」、いずれも’66のモノラルではございますが。(がっくっ!’66でモノラルかよ。だが正直にモノラルだ!と明言しているだけ殊勝だ。私はこの件に関しては徹底的にこだわる。)
その宣伝文句も異様な力の入れようである。「我を忘れる、阿鼻叫喚、劇的で濃厚、決定的名演・・・」感動の洪水の様相を呈している。まさに溺れるようなバルビの世界である。
これを聴かずしてバルビローリを、あるいはマーラーを語ることは、鯛の刺身を、あるいは鰻重を食べずして和食を語るに等しいのではなかろうか。
U先生も「特選盤」に推薦すること間違いなしと言えよう。(U先生バルビローリあんまり推さなかったっけ? じゅあ、N先生としておきましょうか。U先生と仲良しの○カノ先生です。)
「あれを聴いてないんじゃ、そら話にならんよ、チミー」なんてね。
但し、これは正真正銘の海賊盤である。
ニッポンの法律をこよなく愛する正義と真実の向きには、残念ながらあきらめていただくより他なかろう。買っても聴いてもいけないものはいけないのだ。
目と耳をしっかり塞いで、ヨダレを垂らさないよう気をつけて、ひたすら耐え忍ぶが良い。
幸い、私はバルビローリにはほとんど興味がない。しかもモノラルときては積極的に聴く意義を見出せない。
この件に関しては、高見の見物を決め込むことにする。
10月10日(火)
「音楽家」と「音楽屋」を間違えないようにしましょう
「音楽家」とは、音楽に献身的に身を捧げる芸術家である。
こういう人達は、結果的には高収入を得ることになる。
「音楽屋」とは、職業として報酬をあてにして音楽を演奏する、ちょっと楽器の演奏が得意なだけの職人である。
今日はここまで。
10月4日(水)
インバル問題
その後、ちょっと席を外していたら、黒田恭一氏が画面に映っているではないか。「あれ」と思った。そんな展開になるとは思わなかったからだ。途中からなので、経過はよく分らないが、インバル/フランクフルトの宣伝をやっている。「好評、絶賛?発売中」だそうだ。よっぽど売れないのか、まだ残席たっぷし?
演奏の模様が一部放送されていたが、なんだか、やっぱり怪しくなってきた。思いっきり豪快に、スカッとかましてくれそうだからである。私は「派手な音響」が聴きたいわけではない。インバルはどちらかというと知性派だと思っているし、それを期待しているのだ。
東京の方では、マーラー5番をやってくれるようだが、こちら(愛知県)ではマーラー1番である。やはり不安だ。思いっきり恥ずかしい演奏になりそうだからである。これが国内オケなら絶対に行かないが、主兵だから、Ky氏ご推薦だから、と一応前売りが買ってはあるが。
実は、かつて都響とのブルックナー7番を聴いて、さんざんだったことがある。私は都響など全く興味はないが、インバルだからと、少し遠くまでだが、わざわざ聴きに行った。
ところが、やっぱり国内オケでは・・・と思った。
だがまてよ、振ってるのはインバルだろ? これがあのインバルかい? こんなもんかい? と、かなり疑問に思えた。
田舎でのマチネであったので、いろいろ事情もあろうかと思うが、それにしても(オケも含め)ひどかった。
今回も、実はあまり期待はしていないんだけど、さてどうなることやら・・・。
9月30日(土)
気の抜けた「アポロ13」
気の抜けたような映画であった。肝腎なところが抜け落ちていまいか。
この事件に関しては、以前、他のドキュメンタリー番組か何かで見たことがある。
その時は「へえー、そんなこともあったのか」というような印象的な場面が多くあった。
もちろん映画とは性格が異なるが、「当事者」が出演?していただけに説得力があった。
そういう記憶があったので期待して見始めたのだが、どうも様子がおかしい。
この映画では、そういう一番面白い部分がカットされているようである。違う一面にスポットを当てたというか。
95年頃の初演?とのことだが、あまり記憶がない。大きく騒がれることもなかったのではないか。むべなるかなである。
以前のTVドキュメンタリーのほうが、よっぽど見ごたえがあった。今思えばそれを録画しておかなかったことが非常に悔やまれる。
9月22日(金)
いい音だと全部が名盤
最近の音質向上作戦が功を奏してきて、かなりいい音で聴けるようになってきた。
一時期は毎日のようにとっかえひっかえ何かしていたのだが、このところ少し落ち着いて注意深く様子を見ている。
最近の改善はCDプレーヤー〜プリアンプ間のピンケーブルの交換だ。それまでのもの(敢えて名前は伏せるが)を、例のオヤイデから通販で買った「モガミ NEGLEXV 2803」に交換した。
これはいい。間接音が増え、透明感が高まり、奥行き感も増す。まさに狙った方向に改善された。素晴らしいケーブルだ。値段も手頃。(0.8m 9700円)
もう少しエージングして、次の手に取り組もうと考えている。
さて、こうして音がよくなってくると、どんなレコードでも良く聴こえてくるのだ。今までに聴いてみてあまり良くなかった印象のレコードでも、改めて聴き直すとその中に何か良さを発見するのだ。
何度かこんな経験を繰り返すうちに、およそレコードのカタチになっているものなら、どんな演奏にもそれぞれの良さがあるのだ、と分かるようになった。(ちょっと、くどいか?)
雑誌や単行本、また良くご存知の掲示板や会議室で、ベスト○○とか、推薦盤は?などとやっているが、およそ少数の意見に収束するなどということはありえない。人数分だけの意見が出てくるのだ。
特に笑ってしまうのは単行本などで、何人かの評論家先生が推薦盤を挙げると、上位2〜3番ぐらいまでが複数で推薦しているだけで、あとは一票ずつてんでばらばらというやつだ。「好み」以外の何ものでもなかろう。(価値観の違いも含めて。)
そうでなければ、音楽学的に、理論的に「正しい」あるいは「ベスト(に近い)」な演奏は、ただ一つしかないはずだ。
この問題は奥が深いので、また改めて。
9月18日(月)
クラシック音楽の「普及」?のために
昨夜はTV「知ってるつもり」でフジコ・ヘミングの特集をやっていた。
この放送はクラシック音楽の普及に、多大な貢献をしたことと思う。この放送を見て、彼女のコンサートには聴衆が殺到することであろう。
クラシック音楽を「普及」させたいと考えている諸君、おめでとう。夢がかなったではないか。これでコンサートの売上も、CDの売上も飛躍的に伸びることであろう。
私はこのピアニストには、全く興味がないが。
9月15日(金)
感動のオヤイデ電気
少し前に、通販でモガミのピンケーブルと、オヤイデオリジナルの電源コードを買った。
そのとき私は非常に感動した。使った上で、ではない。買い物をして感動したのだ。
雑誌の広告を見て、まず往復ハガキで見積りを依頼した。残念ながらこの時は、それなりに時間がかかった。
それからしばらくの間、買おうかどうしようか迷っていた。その頃私は、制振合金での音質改善に取り組んでおり、それが一段落して音が落ち着くまで待ちたかったのだ。今の私にとっては無視できない金額でもあった。
ある時、意を決して購入を決めた。銀行振込を済ませて家に戻り、ファックスで注文と送金した旨を送信した。それは金曜日の午後のことであった。さーて、来週の中ごろには来るかな、と胸を膨らませていた。
ところが、奇跡(こう呼んでも良い!)は次の日に起こった。午前中に宅配便が届いたのだ。あれ何だろうと荷札を見た私は、文字通り腰が抜け、目が飛び出るほどであった。いまだかつて買い物をして、こんなに驚いたことはない。もう届いたのだ。金曜日の午後注文したものが、土曜日の午前中に。
私の家は、愛知県である。オヤイデは東京である。近県ならともかく。
私は二つのことに感嘆した。一つはオヤイデの対応の素早さである。おそらくファックス受信後、速やかに手続きしたに違いない。もう一つは現代?の宅配便の「手際」のよさである。途中何回中継所を通ったのかはわからないが、最低関東で一回、愛知県内で一回であろう。あるいはもう一〜ニ回多いのかもしれない。正味の運送時間は5時間ぐらいであろうか。これだけの仕事を18時間程でこなしてしまうとは。
「翌朝10時お届」とよく言っているが、本当だと実感した。恐るべしである。(ある人たちにとっては、当たり前なのであろうが。)
いずれにしろその対応の素早さに、すっかり参っていまった。これからも大いに利用しようと思っている。
だがこれが「今回だけ、たまたま」でないよう祈るばかりである。
さて、その使用後記は、また改めて。
9月9日(土)
江川カットを試す
さて、「江川カット」であるが、テストにうってつけのCDがある。レコ芸のおまけCDである。速攻でごみ箱行きのレコードである。私はこんなものが役に立ったためしはない。いや、それは正しくないかもしれない。ざっと見て興味のある(というよりもあまり興味がない、と言うべきか)曲を聴いて、「やっぱり買うのはやめとこ」と判断する役に立つことだ。いまだかつてこれを聴いた上で買ったレコードなんて皆無だ。買いたいレコードなんてこんなものを聴かなくたって、はじめから決まっている。
話が反れたが、そういうわけでテストするにはもってこいだ。だが問題もある。聴き慣れていないことである。それに前から言うように、CDでの演奏(再生)というのは2〜3回トレースしなおさないと本当の音が出てこない。わけの分からない音楽を何回も聴くのは辛い。
とりあえず冒頭の声楽曲と、トスカニーニのベートーヴェン(おお、やはり買う価値は全くない。今時モノラルで、こんな表現の演奏を聴いて何の役に立つのだ。)、マークのスコットランドを軽くチェック。
そしていよいよ入刀である。やはり最初は要領がわからないから、つい普通にカッターをいれてしまう。ちょっと強すぎたかなと演奏面を見てぎょっとしてしまった。見事に透明な線ができている。思わず笑えてしまった。大丈夫かなと思いながら聴いて見ると、「おお!」これはすごいかもしれない。独唱の息遣いが生々しい。
他のレコードでも試して見る。ほんとに「軽く」カッターを入れないと強すぎてしまう。ヴァイオリンコンチェルトである。うーむ。高域と低域は伸びているようである。しかし中域は、なんかぼんやりしたようだ。これは豊かになったのか、それともピット欠落で情報が失われた結果か? 難しい。もう少し試行錯誤して、改めて報告したい。
9月8日(金)
レコ芸9月号を読んで
レコード芸術9月号を買ってきた。何をいまさらというところだが、最近はもう毎月買う必要がないな、と思って2〜3ヶ月に一度にしていたところだ。今月号も立ち読みだけでパスしていたのだが、たまたま本屋で目について改めて手に取ったところ、「江川カット」の記事が目に入った。「ほう!」と思った。以前からレーザー光線の迷走については話題になっていたが、この理論は初耳だ。江川さんによるともう10数年前からの公知(発表)であるらしい。全くこの人も驚くべき発明家であると思う。
これは是非試してみようと思う。「幸い」ダブり購入のCDには事欠きませんからね。最近の廉価盤の再発ものでもよいし。(万一の場合はすぐ補充できるから。)
最近のC・デイヴィスとLSOのライヴも極めて貴重である。生のC・デイヴィスを味わえる。(これまた不気味な言葉だ。)彼のプライヴェート盤がもっともっと出てよいはずだ、という疑問?と期待に見事に応える快挙である。
ただし、海賊盤にアレルギーを持つ方は、なるべく聴かないようにした方が身のためだ。素性はどちらもたいして変わらない。これを聴いたためにその素晴らしさに目覚めて、一転海賊盤コレクターに成り下がり、なんだあいつも結局本音と建前の違う奴だったのか、と後ろ指を差されるようになること必定だ。
蛇足であるが、妙な正義感に燃えて(あるいはうしろめたさか?)、人類の至高の宝とも言える芸術を享受しないでいることを損と言わずしてなんであろうか。