| Peter Maag ペーター・マーク |
ペーター・マークさま、お疲れさまでした。とうとう一度もお会いすることはできませんでしたが、私にはあなたが残してくれた |
1919年5月10日 スイス・ザンクト・ガレン生まれ
幼時からピアノを学ぶ。
音楽評論家の父オットー・マークの意向でチューリヒ大学、バーゼル大学で、哲学、論理学と神学を修める。
チェスワフ・マレク、コルトーにピアノを、アシスタントとしてフルトヴェングラーに指揮法を師事。
アンセルメにも学ぶ。スイス・ロマンド管弦楽団副指揮者。
1952年 デュッセルドルフ歌劇場
合唱指揮者
1954年 ボン音楽総監督
1956年 ボン歌劇場
1960年代 ロンドン交響楽団
1962年 初来日。日本フィル、読売日響を指揮。
香港にて禅修業
1964年(〜68年)ヴィーン・フォルクスオパー主席指揮者
1971年(〜72年)パルマ歌劇場芸術監督
1974年(〜76年)トリノのテアトロ・レージョ芸術監督
シンフォニックオケの経験はベルン交響楽団、パトヴァ・ヴェネト交響楽団。
2001年4月16日 イタリア北部のベロナでがんのため逝去。享年81才。
以下、ベト−ヴェン交響曲第2・4番のライナーノーツから引用させていただきます。
| ペーター・マークと禅 マークと禅の出会いはいかなものだったか? 1984年の東京都交響楽団の機関紙におけるインタヴューから、マーク自身の言葉を引こう。 「そのころ(1960年頃)、私は指揮者としてたいへんよいキャリアを積んでいました。私はそのキャリアをあまり好きではなく、成功の世界も嫌いでした。いつもいつもホールとホテルと飛行機の中ばかりだし、マネージャーや支配人との打ち合わせに追いまくられる・・・。どうにも耐えられなくなったのです。そして私は、指揮者としてのキャリアなんて、音楽創造には何の関係もないということに気づきました。また私は、自分が野心的になってきていて、他の同業者たちが自分よりも成功を収めていると腹が立つようになっていることにも気づきました。私は自分に言いました。キチガイだと。そして純粋に音楽に立ち戻り、コマーシャルなものを排除すべきだと考えたのです。 そこで瞑想の世界に入ることを決意し、まず、ギリシャのアトス山の修道院に入りました。ここは自然の美しい瞑想的な場所でしたが、私がかかえてこんでいた問題の解決には役立ちませんでした。私が目指したのは音楽家として清潔になる事でしたが、これは大変難しいことでした。思い悩んでいたところ、この修道院の方が、外国人も受け入れてくれる香港の禅寺を教えてくれたのです。そこで早速香港へ行き、この禅寺に入り、瞑想の修行を受けました。最初は4、5ヶ月のつもりでしたが、それではあまりに短すぎると気付き、結局、2年間ここに滞在して修行をひととおり済ませたのです。その間は音楽とは無縁の、ひたすら瞑想の毎日で、食事はお米と野菜だけでした。」 そして修行が一段落したある日、導師の禅層は、マークにこう言ったのだという。 「あなたは今、今後の一生について決断を下さなければなりません。私たちとここにとどまるか、それとも新しい人生を始めるか・・・・。私の見るところでは、あなたは音楽を人々に届けたいと思っていますね。私たちにはここでの生活が合っており、あなたには音楽によるコミニュケーションが合っています。だからあなたはここを出て、あなたの人生を再び音楽に向けなさい。」 この師の一言により、「音楽家として清潔」に生まれ変わったマークは、指揮に復帰し、地味ながらも実りの多い後半生を歩んで行く事になったのである。 ところで、マークの理想とする「清潔」とは、先ず、他人をねたむとか、他人との勝ち負けを競うとか、いろいろと余計な事柄に思い悩む、げすな意識から脱却した、「清潔」な生き方ということだが、それはまた、過度な感情移入やら大げさな装飾やら奇をてらった仕掛けやらを排した「清潔」な演奏にもつながる。そんなマークの「清潔」好きは、このベートーヴェンにもはっきりと示されいる。 1998年4月 片山○秀 |
●コメント
うーむ、清潔ですか。たしかに結構なことですが、あまりそればかり強調されてもねえ・・・。
まるで、他の(指揮者の)演奏が放射能に汚染されているか、○イズ・ウィルスにでも感染しているかのようにも思えてきますね。
確かにこの業界?には師弟、兄弟(弟子)が、かなり強い絆で結ばれている例が多いようですからね。
皆さんもよく気をつけてください。そんな(人たちの)演奏を聴いていると、あなたも知らないうちに感染してしまうかもしてませんよ。
◇
| 【ヴェルディ】 | ||||
| ルイーザ・ミラー | モンセラ・カバリエ(S) ルチアーノ・パバロッティ(T) シェリル・ミルンズ(B) ロンドン・オペラcho ナショナルPO |
DEC 4174202 (2CD) 473 3652 sla-7009/11(3lp) |
||
| * | スティッフィリオ | リマリッリ(スティッフェリオ)、 ドミンゲス(リーナ) Orc. del Teatro Radio di Parma パルマ王立劇場管弦楽団・合唱団 |
'68.12.29 mono |
NUOVA ERA
2284/5 MELODRAM: anf-247(2cd) |
| 【ヴォーン=ウィリアムズ】 | ||||
| コンチェルト・アカデミコ | ノラ・グルムリーコバー(vn) プラハ交響楽団 |
p98 | co: | |
| 【グリーグ】 | ||||
| * | ピアノ協奏曲イ短調op16 | ヤブロンスキー フィルハーモニアO |
'93 | DEC. POCL5266 |
| 【グルック】 | ||||
| * | オルフェオとエウリディーチェ | マドリッドO | ARTS 47536 | |
| 【サン=サーンス】 | ||||
| * | 交響曲第3番「オルガン付き」 | D・コルゼンパ ベルンso T・F |
’86 | IMP PCD2010 MCAD-5933 CARLTON CXCO-1086 jvd-1214 pcd847 |
| 【シューベルト】 | ||||
| * | 交響曲第1番 | フィルハーモニア・フンガリカ | '69 | CONCERT
ROYAL: 206241-360 CANTUS: CACD 8.00046D |
| * | 交響曲第2番 | フィルハーモニア・フンガリカ | 206241-360 | |
| * | 交響曲第3番 | フィルハーモニア・フンガリカ | '69 | TUXCD 1068 206241-360 allegria/vox: aller 221056-205 |
| * | 交響曲第4番「悲劇的」 | フィルハーモニア・フンガリカ | '69 | TUXCD 1068 206241-360 CANTUS: CACD 8.00046D |
| * | 交響曲第8番「未完成」 | フィルハーモニア・フンガリカ | 206241-360 allegria/vox: aller 221056-205 |
|
| * | 交響曲第9番「ザ・グレイト」 | フィルハーモニア・フンガリカ | 206241-360 VOX ACD8081 |
|
| 歌劇「双子」 | フィルハーモニア・メディテラニア | BONGIOVANNI | ||
| 歌劇「四年間の歩哨兵生活」 | フィルハーモニア・メディテラニア | BONGIOVANNI | ||
| 序曲「イタリア風に」 | フィルハーモニア・フンガリカ | allegria/vox: aller 221056-205 |
||
| 【シューマン】 | ||||
| 交響曲第1番「春」op38 | ベルンSO | HYPERION CDH 88020 |
||
| OVERTURE SCHERZO AND FINALE op52 |
ベルンSO | HYPERION CDH 88020 |
||
| HERMANN AND
DOROTHEA OVERTURE op136 |
ベルンSO | HYPERION CDH 88020 |
||
| * | ピアノ協奏曲 | B・ルーポ スイスイタリア語RSO |
'98 | ARTS 47543 |
| 【ショパン】 | ||||
| ピアノ協奏曲第1番 【併録】 ラヴェル:ソナチネ リスト:ハンガリー狂死曲第2番 エステ荘の噴水 即興的ワルツ |
ジョルジュ・シフラ(p) ブエノス・アイレスpo |
'70.6.15 | con moto 135 (cd-r) |
|
| * | バレエ「レ・シルフィード」 | パリ音楽院O | '57 | Dec.: pocl-4548 UCCD-7118 |
| 【スメタナ】 | ||||
| * | 我が祖国 | トリノRAIso | '63 | ARKADIA CDMP419.1 |
| 【ダンディ】 | ||||
| フランスの山人の歌による交響曲 | ミシェル・ブロック(pf) ベルンso |
p90 | conifer: nec(日): nacc5515 |
|
| 【チャイコフスキー】 | ||||
| 交響曲第5番 | ローマrai so | '67.3.15 | arts:43037 | |
| * | ピアノ協奏曲第1番変ロ長調op23 | ヤブロンスキー フィルハーモニアO |
'93 | DEC. POCL5266 |
| くるみ割人形 | ローマrai so | '82.2.4 | arts:43037 | |
| 【ドリープ】 | ||||
| * | バレエ音楽「泉」 | パリ音楽院O | Dec. | |
| 【ドヴォルザーク】 | ||||
| ヴァイオリン協奏曲 (ラヴェル:ツィガーヌ) |
エディット・パイネマン(vn) チェコ・フィルハーモニーo |
dg:POCG-2473/8(6cd) dg:slpm139120(lp) mythos:nr 2020(cd-r) |
||
| 【ハイドン】 | ||||
| * | 交響曲第100番「軍隊」 | ミラノ放送交響楽団 | '79 | LIVE
CLASSICS LCB-147 |
| チェロ協奏曲 | VIRGIN VC5450142 |
|||
| 【ビゼー】 | ||||
| カルメン | '71 | MOND MUSICA MFOH 10031 |
||
| 【ブラームス】 | ||||
| * | ピアノ協奏曲第2番 | ワイセンベルク(p) トリノraiso |
'60 live |
arts 43038 |
| ↑ | シド ナショナルso |
PORTUGALSOM
SP4188 |
||
| * | 大学祝典序曲 | トリノraiso | '60 live |
arts 43038 |
| 【ブリテン】 | ||||
| ヴァイオリン協奏曲ニ短調 | ノラ・グルムリーコバー(vn) プラハ交響楽団 |
p98 | co.: | |
| 【ベートーヴェン】 | ||||
| * | 交響曲全集 | パトヴァ・ヴェネトO | '94 | ARTS 47370 |
| ピアノ協奏曲第3番 | HAE-JUNG
KIM ローザンヌ管弦楽団 |
'87 | ||
| 【マスネ】 | ||||
| * | マノン | フレーニ パヴァロッティ、 パネライ ツェルビーニ リッチアルディ ミラノ・スカラo&cho ('69/6/3) |
'69 | OPERA DORO: OPD1164(2CD) Verona FREQENZ: 046-004 抜粋オムニバス |
| 【マリピエロ】 | ||||
| * | 7つのインヴェンション | パトヴァ・ヴェネトO | '91 | NAXOS 8555515 |
| 【マルティーヌ】 | ||||
| ヴィオラとオーケストラの ためのラプソディ協奏曲 |
リヴカ・ゴラーニ(vc) ベルンSO |
BMG: RCA51210-2 conifer: nec(日): nacc5515 |
||
| 【ミスリヴェチェク、ヨセフ】 | ||||
| 「アブラハムとイサク」 | プラハ室内管弦楽団 プラハ・フィルハーモニー合唱団 |
supraphon: ox-1038/9 |
||
| 【メンデルスゾーン】 | ||||
| * | 交響曲全集 | マドリードSO | '97 | ARTS 47620 |
| * | 交響曲第3番「スコットランド」op.56 | ロンドンSO | '59 | DEC. 466
990-2 KICC 8115 |
| * | ↑ | ベルンSO | '86 | IMP/FUN
HOUSE 28ED-1014 |
| ↑ | 東京都so | '93 | フォンテック: focd9252 |
|
| * | ↑ | マドリードSO | '97 | ARTS 47506 |
| * | 交響曲第4番「イタリア」op.90 | ベルンSO | '85 | IMP/FUN
HOUSE 28ED-1018 |
| * | ↑ | マドリードSO | '97 | ARTS 47506 |
| * | ヴァイオリン協奏曲※ | フォドア NPO |
'75 | BMG: 74321 74028 09026-61726-2 SRC1011 |
| * | 劇音楽「真夏の夜の夢」序曲op.21 | ロンドンSO | '57 | Dec.: 466 990-2 UCCD-7027 |
| * | 付随音楽「真夏の夜の夢」op.61 | ロンドンSO | '57 | Dec.: 466 990-2 KICC 8115 UCCD-7027 COMPACT DISCS: CSCD-6001 |
| * | 劇音楽「真夏の夜の夢」op21,61 | 豊田喜代美 大倉由紀枝 東京都so・C |
'90 | DENON GES-9271 COCO-70595 |
| * | 序曲「フィンガルの洞窟」op.26 | ロンドンSO | '60 | Dec.UCCD-7027 |
| * | ↑ | ベルンso | '85 | imp: fun house: 28ed-1018 |
| ↑ | 東京都so | '93 | フォンテック: focd9252 |
|
| * | 序曲「異国からの帰郷」op.89 | ベルンso | '85 | imp: fun house: 28ed-1018 |
| * | 序曲「美しいメルジーネの物語」op.32 | ベルンso | '85 | imp: fun house: 28ed-1018 |
| カンタータ「最初のワルプルギスの夜」 序曲「静かな海と楽しい航海」 Op.27 序曲「ルイ・ブラス」Op.95 序曲「美しいメルジーネの物語」Op.32 序曲「フィンガルの洞窟」Op.26 |
ロベール・アミ・エル・アージュ(Bs) ジョヴァンナ・フィオリーニ(Ms) ホアン・オンシーナ(T) トリノRAI交響楽団、合唱団 |
'72-79 | arts: |
◇
| 【モーツァルト】 | ||||
| 交響曲第25番 | ローマraiso | '90 | arts | |
| * | 交響曲第29番 | スイス・ロマンドO(mono) | '50 | Dec.460
927-2 POCL-4601 TESTAMENT SBT 1318 |
| ローマraiso | '89 | arts | ||
| * | 交響曲第31番 | パトヴァ・ヴェネトO | '97 | ARTS 47398-2 |
| * | 交響曲第32番 | LSO | '59 | Dec.466
500-2 kicc-2146 POCL-6027 POCL-9787 |
| * | ↑ | パトヴァ・ヴェネトO | '96 | ARTS 47365-2 |
| * | 交響曲第33番 | パトヴァ・ヴェネトO | '97 | ARTS 47398-2 |
| * | 交響曲第34番 | スイス・ロマンドO(mono) | '51 | TESTAMENT SBT 1318 |
| * | ↑ | パトヴァ・ヴェネトO | '97 | ARTS 47398-2 |
| * | 交響曲第35番「ハフナー」 | パトヴァ・ヴェネトO | '96 | ARTS 47365-2 |
| * | 交響曲第36番「リンツ」 | フィルハーモニア・フンガリカ | CONCERT ROYAL 206236-360 |
|
| * | ↑ | パトヴァ・ヴェネトO | '96 | ARTS 47365-2 |
| * | 交響曲第38番「プラハ」 | LSO | '59 | DEC.:KICC8543 POCL-9787 |
| ↑ | 東京都so | '93? | フォンテック: focd9252 |
|
| * | ↑ | パトヴァ・ヴェネトO | '96 | ARTS 47364 |
| 交響曲第39番 | 日本フィル | COCO80451/2 | ||
| * | ↑ | パトヴァ・ヴェネトO | '96 | ARTS 47364 |
| * | 交響曲第40番 | フィルハーモニア・フンガリカ | '69 | TUXCD 1069 206236-360 |
| * | ↑ | パトヴァ・ヴェネトO | '96 | ARTS 47363 |
| * | 交響曲第41番「ジュピター」 | フィルハーモニア・フンガリカ | '69 | TUXCD 1069 206236-360 |
| ↑ | ローザンヌ管弦楽団 | '87 | ||
| ↑ | 日本フィル | COCO80451/2 | ||
| * | ↑ | パトヴァ・ヴェネトO | '96 | ARTS 47363 |
| 協奏交響曲 | ローマraiso | '87 | arts | |
| 協奏曲集 | LSO | DEC 4662472 (2) | ||
| ピアノ協奏曲第13番 | ジュリアス・カッチェン(p) ロンドン新so |
'56 | dec.460 8252(2cd) (カッチェンの芸術Vol2) |
|
| ピアノ協奏曲第23番k488 | ワルター・クリーン(p) ウィーン・フォルクスオパーo |
imp | ||
| ピアノ協奏曲第24番k491 | ワルター・クリーン(p) ウィーン・フォルクスオパーo |
imp | ||
| * | クラリネット協奏曲イ長調K.622 | ジェルバース・ド・ペイエ LSO |
'59 | Dec.468
790-2 KICC8543 POLC-90103 UCCD-7090 POCL-9787 |
| * | ホルン協奏曲(全) 第1〜4番、ホ長調断章 |
タックスウェル(hr) LSO |
DECCA: cs-6403(lp) SLC 1363(LP) |
|
| * | 宗教劇「救われたベトゥーリア」 K.118(145:48)(74c) LA BETULIA LIBERATA |
Ernesto
Palacio(T)パラチオ Gloria Banditelli(A)バンディテッリ Petteri Salomaa(B)サロマー Caterina Trogu Rohrich(S) Sabina Macculi(S) リンダ・ラッセル(S) パトヴァ・エ・デル・ヴェネトCO |
'91 | BRILLIANT 99944/1-2(6CD) Lic:Denon |
| * | 大ミサ曲ハ短調K427 | パトヴァ・ヴェネトO | '97 | ARTS 47385 |
| * | フリー・メーソンの音楽 | ウィーンフォルクスオパー | '91 | VOX CDX5055 Turnabout: TV-34213/4 |
| * | ヴァイオリン協奏曲第3,5番 | J・ベル イギリス室内 |
'91 | DEC 436376
2 POLC-5120 |
| * | 歌劇「ルーチョ・シッラ」序曲K135 | LSO | '59 | Dec.466
500-2 kicc-2146 POCL-6027 SXL2196(lp) sdd171(lp) |
| セレナード第4番ニ長調 k203 | ロンドン新交響楽団 | '55 | dec.: lxt 5074(lp) |
|
| * | セレナード第6番 「セレナータ・ノットゥルノ」K239 |
LSO | '59 | Dec.466
500-2 kicc-2146 POCL-6027 SXL2196(lp) sdd171(lp) |
| ↑ | イスラエルpo? | bmg? | ||
| * | セレナード第8番 「4つのオーケストラのための ノットゥルノ」K286 |
LSO | '59 | Dec.466
500-2 kicc-2146 POCL-6027 SXL2196(lp) sdd171(lp) |
| * | セレナード第9番 「ポストホルン」K320 |
スイス・ロマンドO(mono) | '51 | Dec.460
927-2 POCL-4601 TESTAMENT SBT 1318 |
| * | 英雄劇「エジプト王タモス」 間奏曲K345 |
LSO | '59 | Dec.466
500-2 kicc-2146 POCL-6027 SXL2196(lp) sdd171(lp) |
| * | 6つのドイツ舞曲集 | LSO | '59 | Dec.466
500-2 POCL-6027 |
| * | 後宮からの勧誘 | ヴィルツ ユングヴィルド、 マーヨ ブラディン パンプフ フェニーチェ劇場O |
'82 | MONDO
MUSICA MFOH 10351 |
| コシ・ファン・トゥッテ | ランダル マーティン クレン ブラウン フェラー マルティノ ローマraiso |
'67.6.13 | arts 43035(2cd) | |
| ↑ | フェニーチェ劇場 | mondo musica | ||
| ドン・ジョバンニ | ライモンディ Orchestra e Coro Del Teatro La Fenice |
'71 | mondo
musica: mfoh10211(3cd) |
|
| 【リスト】 | ||||
| ピアノ協奏曲第1番 メフィスト・ワルツ 英雄の嘆き |
ベルマン トリノRAIso |
1976,8 | arts:430412 ANF LCB-124 |
|
| 【ロッシーニ】 | ||||
| * | 歌劇「ウイリアム・テル」序曲 | パリ音楽院O | '58 | Dec.: pocl-4548 UCCD-7118 |
| * | 歌劇「シンデレラ」序曲 | パリ音楽院O | '58 | Dec.: pocl-4548 UCCD-7118 |
| * | 歌劇「セミラーミデ」序曲 | パリ音楽院O | '58 | Dec.: pocl-4548 UCCD-7118 |
| * | 歌劇「どろぼうかささぎ」序曲 | パリ音楽院O | '58 | Dec.: pocl-4548 UCCD-7118 |
| 【オムニバス、その他】 | ||||
| チマローザ:オーボエ協奏曲 | ハインツ・ホリガー(Ob) バンベルク交響楽団 他 |
DG UCCG 9139 | ||
| ドニセティ:イングリッシュ・ホルンのための小協奏曲 | ハインツ・ホリガー(Ob) バンベルク交響楽団 他 |
DG UCCG 9139 | ||
| ベッリーニ:オーボエ協奏曲 | ハインツ・ホリガー(Ob) バンベルク交響楽団 他 |
DG UCCG 9139 | ||
| ディッタースドルフ:オーボエ協奏曲 | ハインツ・ホリガー(Ob) バンベルク交響楽団 他 |
DG UCCG 9139 | ||
| V・ウィリアムス:Vn協奏曲 | グリムリコワ/プラハSO | '67 | Sup COCO80841 | |
| エルナ・スポーレンベルク(s)の芸術 | gala gl100570(2cd) | |||
| フェルナンド・コレナ アリア集 モーツァルト、ロッシーニ、ドニセッティ、 ポンキエッリ、ヴェルディ |
フェルナンド・コレナ(bs) スイス・ロマンドo 他 |
preiser: prcd 89597 |
||
◇
| ◆ご紹介 |
ディスコグラフィーに関して、H さんよりお便りをいただきました。ありがとうございました。('01/04/25)
この方のHPは、ペーター・マークのディスコグラフィーに関しては日本一かもしれません。(→その後、世界一であることが判明いたしました。大変失礼いたしました。)興味のある方は一度ご覧になってみて下さい。
http://homepage.nifty.com/kunya/
いちおう、お名前は伏せさせていただきました。どちらが失礼なのかはよくわかりませんが。
変なところにこだわりますが、あくまで「ご紹介」ということで・・・「リンク」とどう違うんだ!ということなんですが・・・。しばらく考えさせてください。◇
引き続き、H さんより、記述の誤りをご指摘いただきました。それだけ丁寧に見てくださっているということで、ありがたく思います。('01/04/27)
内容は演奏曲目に関するもので、※印を付記した部分です。
◇
それにしても、ペーター・マークの録音がこんなに( H さんのディスコグラフィー)あるとは思いませんでした。やはり世の中には、あるべきものはちゃんとあるのです。それをきちんと紹介しないこの国の(音楽関係の)メディアというのは、いったい何なんだろうと思います。
もっとも、数の論理に支配されている以上、これもやむを得ないことかもしれません。
でもペーター・マークの芸術を理解できない人が多いのかもしれないのも問題です。ましてや「知らない(かった)から」、というのでは論外です。だから少しでも多くの人に「知ってもらう」という使命が、こういうところ(拙HPなど)にはあるのかもしれませんね。
でも私は、「クラシック音楽を普及させよう」なんておこがましい考えは、毛頭持っておりません。(まだ、言ってる。) 増えるはずがない、と固く信じているからです。
それにペーター・マークのファンを増やそうなんて目論んでもいない「と、自分では思っています」。・・・これはもしかしたらウソだろうか? 自分でも本当にわかりません。
でも、考えてみれば、クラシックファンは決して増えなくても、クラシックファンの中のマークファンが増える可能性は十分ありますね。
じゃ、なんでこんなことやってんだよ?
そう、問題はそこなんです。時々更新が凍るのも実はそのせいなんです。「一体これは私にとって何の意味があるのだ?」と悩んでいるのです。といっても別に悩み続けているわけではなく、ただ更新が面倒になって放ってあるだけなんですけどね。
でも休止や廃止宣言はしません。いつか再開したくなる日がくるかもしれないと思っているからです。(まさに今日この頃のように。) そんなときは「いやー、メンゴメンゴ、ちょっと仕事が忙しくてねー、ハハハ・・・・。」と、ごまかしていればいいんです。
人間というのは、だいたい3ヶ月たつと変わってきます。それから結論を出しても遅くはないんです。「結論を出さない」というのも積極的な結論の出し方なのです。
だから一時的にそんな気分になっても「宣言」なんてしないほうがいいですよ。
ちょうど2〜3ヶ月すると、某オーケストラの後任人事(あまりいい言葉ではないな)が決まって、前任者と雲泥の差がある適任者であったりしたら、俄然やる気が出て、バンバン更新はするは、お参りには通うは・・・なんてことにはならないかなー?・・・・・○○さん。(えっ?どこのオケのことだか、誰のことだかバレバレ?)
かつて断筆宣言なるものを発表して、しっかり撤回した某作家がいます。みっともないことこの上ないですね。せめて休養と言っておけばいいのに。こういう人は全く信用できません。その後でいくら何を言おうとも、「どうせまた・・・」と思われるだけです。
その点、大橋巨○はさすがに頭がいいですよ。「セミ」リタイヤときたもんですからね。自由気ままにやっていける、最高の趣味人です。
相田みつ○も言っています。「できない約束はしないことだな。」
(01/04/25)
「マークといえば、メンデルスゾーンとモーツァルト・・・」なんていうのは、サルでもわかる。
ここでは、センセイの面目躍如たる隠された名盤を探ってみましょう。
ベートーヴェン:交響曲全集
P・マーク指揮/パドヴァ・ヴェネト管弦楽団
(ARTS)
ベートーヴェンでは2番+4番、3番、5番+6番、8番、9番(結局全部)が素晴らしい。
1番、7番だけがちょっと居心地が悪そうな印象である。
2番の冒頭の和音が、まるで3番のそれを思わせるような重々しさで迫ってくる。忘れたころに聴くと、電気が走るような衝撃を受ける。
5番+6番、9番はライヴである。ライヴでのレコードのほうが良いというのも録音嫌い?のマエストロらしい。
特に6番「田園」。これは超名演です。この会場に居合わせた人はなんと幸運だったことでしょう。おそらく感涙の洪水であったに違いありません。これ以上なにもいうことはありませんし、必要もありません。
この曲を聴くと退屈する、聴き飽きたなどという向きもありますが、この曲の価値を知らない可哀相な人たちです。
この演奏を聴かずして、ワルターだベームだなどと言っていても全く意味はありません。
「田園は、ザンデルリンクとマークから」・・・ウタマロです。
「第九」では、合唱、とりわけ女声が素晴らしいと思う。録音の優秀さも手伝っていると思うが、ソプラノとアルト(の違い)がこれだけ明確に聴き取れたことはない。マークの声楽の扱いのうまさによるところも、もちろんである。
これらのライヴ録音では、ちゃんと拍手も収録されているところがまたうれしい。これでこそライヴですよ。だが少し収録時間が短いのが残念だ。もう少し長くその時の聴衆と一緒に、感動と興奮の余韻を味わっていたい。
この全集ではそれぞれの曲を見事に描き分けています。録音も極めて優秀。文句なしの全集です。
ところでこの全集にはちょっとした「事件」があります。まあ、こんなことは結構当たり前に起こることなんでしょうが。
このベートーヴェン全集は、2番+4番の単独国内盤(日本語解説をパッケージしただけですが)を最初に購入し、それがあまりにも素晴らしかったために、後から全集を購入したんですが、当然それは「全く同じもの」だと思い込んでいました。
そこである時「江川カット」のサンプルにテストしようと取り出して見て、ケース裏面ジャケットのデザインが異なっていることにふと気付いたんです。あれ、と思って比べると、単発の2番+4番の国内盤は何とPILTZ原盤なのでした。この件は、この全集の中でも7番+8番だけがそうであったことに以前から気付いていました。そして全集の中でもそれだけが音質が劣るのです。「ははーん、これは」と思い、問題の2番+4番を聴き比べると、やはり同じことが言えます。
PILTZ盤はやっぱり音が悪いのでした。
だが、この全集、どこでどのようにパッケージされているのだろう。というより、全ての全集が7番+8番だけが異なるのか、それともさまざまな組み合わせがあるのだろうか。
私のは幸運にもPILTZ盤の割合が少なかったので、全集としてはよい音で楽しめる。
(01/05/22改)
シューマン:ピアノ協奏曲
ベネディット・ルーポ/P・マーク指揮/スイスイタリア語RSO
(ARTS)
私はそれまで、この曲がそんなに大した曲だとは思っていなかった。特にフィナーレはとりとめのない繰り返しが続いて、いいかげん飽きてしまうところがあった。ところがこの演奏を聴いて一変した。
クララが弾いてもかくや!と思わせる可憐でチャーミングな表情。もちろんクララの演奏なんて知らないし、男性のルーポに対しては気持ち悪いところもある表現だけど。
力強さの中にしなやかさのあるフィナーレ。今までは冗長な繰り返しだと思っていたのが、この演奏では寄せては返す感情の大きなうねりになって、その大波に飲み込まれてしまうようだ。
そしてその瞬間どこか遠いところに連れ去られてしまうような感動が襲ってくる。何度も感激して涙が溢れそうになった。繰り返すがこの曲でこれほど感動するなんて今まで考えられなかった。
決して流麗ではない。聴きようによっては無骨にさえ思えるところもある。フレーズをスタッカート気味にスパスパと切るところがある。
しかし、この曲に込められたシューマンの想いというものがひしひしと伝わってくるようである。この演奏で聴いて、初めてこの曲の素晴らしさを教えてもらえました。
ところで、このレコードの購入動機はあくまで不純である。カタログを眺めていて、P・マークの指揮で知っている曲だからと、ほとんど何も期待せずに、穴埋め的に買ったものだ。
もちろん初めて聴くピアニストだ。1963年生まれということだ。日本にも来た事があるらしい。これからは気をつけなくてはいけない。
テクは万全ではないところもある。しかし不安は感じさせない。タッチがいいのか丸い優しい音色だ。金属的な感じや冷たさを感じさせないところがいい。
(01/05/22改)
それ以来、この曲にはまっていろいろ聴いてみましたが、巷言われるようにこの曲のいい演奏はなかなかないようです。
いまのところ一応納得できるのは、
○C・アラウ/C・デイヴィス/ボストンSO(PH)
○仲道郁代/C・P・フロール/PO(BMG)・・・これはいい。日曜日の昼下がりのマチネで、こんな演奏を聴かせてもらえたら、きっとミューズがお迎えに来て、遠いところへ一緒に連れて行ってくれるに違いありません。
○H・グリモー/D・ジンマン/ベルリンドイツSO(ERATO)・・・エレーヌちゃんならなんでも許しちゃう!
ぐらいでしょうか。
○アルゲリッチ/アーノンクール/ECO(テルデック)はブーでした。
ある意味、というより彼女の場合は常にアルゲリッチ節が出てきます。この演奏ではそれが曲の魅力を殺してしまっているように思えます。ただし彼女のファンの方(シューマンではなくアルゲリッチを聴きたいという人)には文句ないでしょう。
○ピリス/アバド/ECO(DG)もいまいちですね。
このレコードでは、むしろカップリングのピアノ五重奏曲のほうが聴きものです。いいアンサンブルです。
○ルフュビュール/パレー/フランス国立放送O(SOLSTICE)
私は、ソリストは女性に限る(ピアノ、ヴァイオリンとも。それ以外の楽器には興味がない。)との変態趣味に基づき、マイナーかつチャーミングな演奏家を発掘しています。(演奏が、ですよ。容姿は二の次です。内田光子やチョン・キョンファを見よ。・・・・あ、こりゃまた失礼。)
ですから、カタログに女性とおぼしきソリストを見つけると、喜んでオーダーしてしまいます。ところが、外国人の場合、ファーストネームを見ても「うーん、これはどっちかなー」と迷うこともあります。むさ苦しいオヤジのソリストだったりしたら、げんなりですからね。
そんななかでうまく発掘に成功したのが、ヴァイオリニストのミリアム・フリード、シルヴィア・マルコヴィッチ、ピアニストでは先に挙げたエレーヌ・グリモーですね。
フリード、マルコヴィッチはまだ比較的マイナーだと思いますが、グリモーは一気にブレイクしてしまい(そうで)がっかりです。国内盤が、こう大々的に宣伝されてしまっては・・・。
そこで、このイヴォンヌちゃん(ルフュビュール)はどうだったでしょうか。
これは残念ながら外れのようでした。私にはクセが強すぎます。デフォルメというか、テンポの伸縮というか、それに必然性があり、造形が納得できるものなら許せます。でも、もったいぶったようなタメは私にはノーサンキューです。くどくて鼻についていけません。
ところで、このレコードは非常に録音が優秀です。多分’70の録音だと思われるのでアナログ録音のはずですが、(ADDとかDDDの記載も見当たらない。)ぎょっとするような生々しい音が出てきます。やはりCDもアナログに限るか?
ところでこの曲(シューマンPf協)だけは、私が尊敬する指揮者たちがマークを含め、偶然にもみんな演奏(伴奏)しています。 ついでに、一言づつコメントしてみましょう。
○C・アラウ/C・デイヴィス/ボストンSO(PH)
先にも推薦盤として挙げましたが、アラウには意外にも?デリカシーやロマンティシズムがあります。それがこの曲の魅力と相俟っています。
C・デイヴィスには他にもコヴァセヴィッチと協演したものがありますが、これは問題外です。コヴァセヴィッチもまだ若かったせいもありましょうが、なってません。「力まかせ」を「力強さ」と勘違いしています。音楽を壊しにかかっています。「と演」ですね。私はこういう演奏を聴くと腹が立ってきます。C・デイヴィスがよく我慢していたものだと思えてきます。
○E・キーシン/C・M・ジュリーニ/VPO(SONY)
バックはやたらに立派なんですが、さすがにソリストが若すぎます。はっきり言って青いです。子供には本当の音楽はできません。
これは確かミケランジェリの代役だったそうですが、ミケさんにしてもそれほど期待できなかったかもしれません。「音」だけの演奏家だったように思います。
○A・ブレンデル/K・ザンデルリンク/PO(PH)
まあ、なんと魅力のないピアニストでしょうか。感情を出さない?ピアニストだそうですが、無味無臭の水ような、あるいは空気のような音楽です。これはあるいは「清潔」の極致かもしれませんね。こいうのを「知性派」というのだそうですが。
ステージでも、ただのひょうきんなオッサンにしか見えませんでした。ただしモーツアルトだけは妙に流麗に弾いていたことが印象に残っています。だからといって何も残っているわけではありません。ただ、「へー」と「感心」しただけです。
「感心」も「感動」の一部なのかもしれません。しかし私は、たとえばテクニック(だけ)に感心していてもどうしようもない、と考えています。
○R・ルプー/A・プレヴィン/ロンドンSO(Dec)
これは巷評判高い演奏です。はっきりいって期待して聴き始めました。しかし「がっかり」でした。
私はプレヴィンは好きでしたが、ルプーはこのとき初めて聴きました。それまでそれほど興味のある対象ではありませんでしたから。ルプーもブレンデルと同じ「極清潔」タイプのようです。何の感興もありません。音が並んでいるだけです。残念ながらこれは「私の求める音楽」ではありません。
あるガイド本にもそのようなコメントが載っていました。引用してみます。
読者が挙げた演奏の内で未聴のものが数種類あり、その中でトップに立ったルプー&プレヴィン/ロンドン響の演奏を聴いてみた。その結果、筆者なりに理解したのは、この曲に求めるものによって演奏の選択がずいぶん変わってくるのではないか、ということである。つまり、この曲にシューマンのロマンティシズムなり、詩情を求めるのか、それとも音楽としての純粋な美感を求めるのかに要約できるかと思う。もちろんこの間にさまざまの段階があることは言うまでもない。
ルプー&プレヴィンの演奏は後者の代表格である。(以下略)
高○ 昭(参考文献 4)確かに聴いた上でこれを読むと、全くそのとおりなんです。しかしやはり実際に聴いてみない事には、その本当の意味はわからないのです。
それよりも興味深いのは、氏もこの演奏を最近まで未聴であったということです。氏はもちろん相当なヘヴィリスナーであります。氏がピアノ音楽に造詣が深いかどうかは詳しくありませんが、少なくともピアノ協奏曲の項(の執筆)を担当したということは、一家言もっているということでしょう。その氏がこの演奏を、つい最近まで未聴であったということはどういう意味・・・・。
はっきりいいましょうか。
「なんだ、一般の読者(リスナー)というのは、こんなものを聴いてヨシとしているのか・・・。」
もちろん、私の推薦する演奏など、悪趣味なゲテモノだと思われていることでしょう。こういう人気投票にランクインすることなど奇跡でしかありえない。(・・・ちょっといいまわしがおかしいか?)
(01/04/26)
●メンデルスゾーン:交響曲第3番 「スコットランド」(ARTS盤)
参考文献 1)の、路小音伝○氏によると、マドリード響との「スコットランド」第4楽章には録音(マスタリング)時の編集ミスがあるとのことでした。
当初、バラ(単品)で3+4番のレコードを入手し聴いてみたのですが、不審なところは全くないようでした。おかしいな、そんなに細かいわかりにくいミスなのかなあ、と思っていました。
いつも申しますように、私はスコアなどもっているはずもなく、スコアと付き合わせて、などということはできないんですが、(誰でもそうだと思うのですが)おおまかなメロディーはほとんど暗記できてしまっているので(門前の小僧ですな)、間違っていればそれと気付くはずなんです。
ところがその後、全集で入手し、それを聴いてみて「ははーん」と思いました。メーカーもちゃんと気付いて(クレームによってかもしれませんが)修正していたのです。
これを聴けば誰でも・・・とまではいかなくてもたいていの人は気付くでしょう。路小音伝○氏はもったいぶって「さてどこでしょう?」なんて書いていましたが、私に言わせりゃ「こんなものを気づかないような奴はスコットランドを語るな」と言いたいですね。
では、ミス盤と修正盤はどこで見分けられるのでしょうか。
CDレーベル面の右側の、CD番号の書いてある枠内の3行目のコードが「MCPS」とあるのがおそらく旧バージョンで、ミスのある方、「GEMA」とあるのが修正済みです。(ロットによって、他のコードのものもあるかもしれません。)
外見上のジャケットに全く違いはないので、買って開封してみないとわからないのがとってもイジワルで楽しみですね。
それにしても、不思議なことにマークのレコード(CD)には「事件」が多いですね。
さてあなたは両方入手できますか?
ところで、この全集でうれしいのは、ジャケットデザインがすばらしいことです。私は通販で買いましたからそういうことには何も期待していなかったのですが、手にとってみてびっくり。(店頭で手にとっても同じなんですが。)
品の良さ、センスの良さを感じさせます。あまりの素晴らしさに是非紹介したくなってしまいました。また、外箱に違うデザイン(CD本体とは別の絵)を採用しているのも非常にグッドです。
(画像データの)上が外箱です。下が2番のものです。
ジャケ買いしてもいいレコードかもしれませんね。もちろん、内容(演奏)も折り紙付き。
■お詫びと訂正■
熱心なマークファンの方からご指摘いただきました。
当初、編集ミスのあるコード「MCPS」=(誤)、「GEMA」=(正)の記載が逆でした。
正しくは現在の記述です。
どうもありがとうございました。
2002年12月25日
●モーツァルト:セレナーデ・ノットゥルナ他 (Dec)’59
以前から店頭で見かけていたのですが、曲目がたいして興味のないものばかりなので「まあ、いいか」と思いながら、その都度購入を見送っていました。しかし、遂に観念して買ってみることにしました。
ところが、中を開けてびっくり。これはとんでもレコードです。表海賊盤といってもいいかもしれません。問題は、ライナー・ノーツの最後に記述してあることです。「*おことわり:このCDは80分を超える収録時間のため一部のプレーヤーでは再生できない場合があります。ご了承ください。」
こんなのありでしょうか?外から見えるところには、そういう類の記述は一切ありません。言ってみれば詐欺のような話ではないでしょうか?
しかし、私はこういうユーモアは大好きです。結構笑わせていただきました。
(01/05/30)
| ◆私は狐(表名盤案内) |
一見なんちゅうタイトルかと思われたことでしょう。
ここは私のHPですから、本来「私にしか書けないことを書かなければ意味はない」と考えております。私のオリジナリティーやアイデンティティーを示す場であると。(・・・オイオイそんな難しいコトバ使って大丈夫か? 英語ができないといってるくせに・・・。)
そういえば、「私のHPだから特定の誰々は立ち入り(閲覧)禁止。見るな。」などと言っている人がいますね。しかし、そんなこと言ったって(公に)公開しているのに、見るなといったて・・・。それなら「見せるな」と言いたいですね。それともパスワードでも設けて、限定会員制にすればいいんですよ。
しかしながら、お察しのように、私はボキャブラリーに非常に乏しく、また、音楽学的素養も全くないので、素晴らしい演奏を紹介・説明しようとしても、なぜいいのか、どこがどういいのかということをうまく説明できません。非常に感覚的になり、結局「いい」か「悪い」か、あるいは「好き」か「嫌い」かしか言うことがなくなってしまいます。
ですから、「オメー、この演奏がいいって言ったけど、いったいどこがどういいっていうのよ。ンー?オラオラ・・・」といわれても「いっ、いえ、ボッ、ボクはすごく感動したんですけど・・・モジモジ&オタオタ・・・」ということになってしまいます。
その代わり、といってはなんですが・・・シャキッ!・・・嫌いな演奏に対しては妙に雄弁で説得力があったりする・・・エッヘン。
そこで、一流評論家が語ったマークの魅力を、ここに引用・紹介させていただいて、まだ知らない人に少しでもその魅力を知ってもらおうということです。
要するに、「虎の威を借りる狐」になって、公認名盤を紹介しようという企みです。
「じゃ、オリジナリティーとやらは、どうなるんだよ?アーン・・・」ということですが、他にこういうことを(恥ずかし気もなく)する人がいない(であろう)ということは、「私しか」こんなことはしない、ということで、そのあたりにオリジナリティーを認めていただきましょう。(むちゃで強引だ・・・)
それに、こんな事を思い立ったのは、改めて手持ちの文献を当たってみたところ、何とマークに関する記述の少ないこと! これなら写すのも楽だわい、という不埒かつ不謹慎きわまりない理由もあります。
逆に、「そうか、そうか、彼の魅力を知っているのは、みみをすまして純粋に音楽をきくことのできる、ごく限られた心あるききてだけだな。(・・・黒田恭一でした)」と、ほくそえんでいるのです。
前置きや講釈、それに言い訳が長いのも私の魅力ですが・・・、早速始めてみましょう。
以下引用です。各文末に出典を明記いたします。一部割愛、抜粋もあります。
●メンデルスゾーン/交響曲第3番「スコットランド」
ベルンSO/’86/(Carlton)
ペーター・マークは、知名度はいまひとつだが、「スコットランド」といえば彼の名前がでてくるほど、昔からこの曲を得意としていて、ステレオ初期には、ロンドン交響楽団と入れた名盤もあった。このベルン交響楽団との新盤は86年の録音で、旧盤にいっそうの滋味が加わり、味わいゆたかな演奏を堪能する事が出来る。ゆったりとしたテンポで運びながら、哀愁にみちた旋律を心ゆくまで歌わせていることが素晴らしく、その幻想的な響きは印象的だ。スコットランドへの風物への憧れがひしひしと伝わってくるかのような、訴える力の強い演奏だ。
(志鳥栄○郎/参考文献 2)
●V・ウィリアムス/Vn協奏曲ニ短調
ブリテン/Vn協奏曲作品15
グルムリコーヴァー(Vn)/プラハSO/’67/(Sup)
V・ウィリアムスの唯一のVn協奏曲は、田園風の詩情が漂うロマンティックな佳作である。民謡からの親しみやすい素材も盛り込まれている。天才少女としてスタートしたチェコの女流グルムリコーヴァが清潔なリズム感と心をこめた歌で、作品の魅力を引き出している。67年の録音だから、このときは既に37歳。作品の性格への確かな洞察と、しっとりとした味わいがある。同じときの録音であるブリテンの協奏曲の静謐な抒情も魅力的だ。この2曲とも、オーケストラは、ペーター・マークがプラハ交響楽団を指揮している。V・ウィリアムスは情感豊かな音楽を、ブリテンでは柔軟できめの細かい音楽をつくり出している。
(岩下眞○/参考文献 3)
●メンデルスゾーン/真夏の夜の夢
ロンドンSO/’57/(Dec)
(人気投票10位:コメントなし/参考文献 4)
●モーツアルト/交響曲第38番「プラハ」
パドヴァ・ヴェネトO/’96/(ARTS)
指揮者のオジサマのいうことをきっちり守った「プラハ」。しかし端正ではない。むしろ指揮者のエキセントリックなところが図らずも強調された感あり。モーツアルトのやっつけ仕事の雰囲気もあるこの曲を汗だくになって練習し、カリスマ指揮者からすこしでも吸収しようとしていると思わせる演奏は、今日稀有なのでは?
(高橋典○/参考文献 4)
○センセイの一言・・・すばらし文章ですね。まるで見てきたかのように、こんなところまで深読みできるこの方の妄想力に、私は感服いたします。
私はこういう文章を「噴飯文集」として集めて、長くその栄誉を表彰・・・いや、長く保存しています。
(誉めているんですよ! 決して勘違いなさらないように。「すばらしい」「感服した」と言っているんです。ちなみに「噴飯(ふきめし)」といのは、薪を吹いて火をおこして炊いた、いまどき貴重なご飯のことです。・・・ホラホラそこのあなた、ジュースなんか飲みながら油断して読んでるから・・・。あーあー、モニターやキーボードがベトベトに・・・それにムセちゃって・・・大丈夫ですか・・・。今日はこのくらいで勘弁してあげましょうか?・・・もう、早く寝なさい・・・。そういうのを「噴水」というんですよ。)
●サン・サーンス/交響曲第3番「オルガン付き」
ベルンSO/’85
デュトワのようなわくわくする演奏も好きだが、私としては、この丁寧なゆったりとした心に響く演奏が良い。
(森本敏○/参考文献 4)
●メンデルスゾーン/フィンガルの洞窟
ロンドンSO/’59/(Dec)
静かな音で幻想的な洞窟の世界へ聴き手を誘うのはマーク指揮ロンドン響の1960(?)年の演奏。ここの旋律のニュアンスはこまやかでありながら、アンサンブル全体の強弱の幅は大胆。気品や優雅さをも備えた情熱的な探検記録である。
(宮澤淳○/参考文献 5)
●ベートーヴェン/交響曲第4番
パドヴァ・ヴェネトO/’94/(ARTS)
マークは心静かに自分の好きな音楽を奏でる孤高の粋人である。記念すべき「ベートーヴェン交響曲全集」の白眉がこの「第4」だ。アーティキュレーションは良質の趣味に彩られ、リズムの扱いに花が咲き、金管は味の濃い抉りを見せるなど、細部まで指揮者の血の通った工芸品のような佇まいである。昔ながらのロマン気質によるアプローチながら、そこに徒な人間臭さは無く、大袈裟になるのを極力避けるシャイさと貴族的な気品を忘れることがない。マークという愛すべき人物そのものが映された演奏。
(福島章○/参考文献 6)
○センセイのコメント・・・どうです、この見事な文章。これでこそ聴いてみようとさせる名文でしょう。「アーティキュレーション」ときましたからね。これを言われたらもう平身低頭です。コーモンのインローですね。「ポリフォニー」といい勝負です。
ところで「アーティキュレーション」って、何なんですか?
●メンデルスゾーン/交響曲第3番「スコットランド」
ロンドンSO/’60/(Dec)
その道でキャリアを重ねた愛好家の多くが「スコットランド」という曲名を耳にすると即座に、「クレンペラーね」と反応する。賛意を表するに吝かではないが、作曲者青春の感傷が回想の「音の誌」として描かれたこの曲の演奏としては立派に過ぎ、恰幅が良すぎる感なしとしない。ペーター・マーク/ロンドン響の響きは、黄金時代英デッカの見事な録音技術(というより録音哲学)の成果もあって透明にして哀切、聴き手はただ溜息をつくばかり。但し、聴くなら輸入盤に限る。
(中野 ○/参考文献 6)
クレンペラーのスタジオ、ライヴの両盤は、遅いテンポを基調に、深々とした呼吸で「スコットランド」のスコアを掘り下げた名盤である。
一方、マーク/ロンドン響は青春の瑞々しい情感の表出に優れた演奏だ。テンポも颯爽としており、メンデルスゾーンの等身大に近いのはこちらだろう。ただし、この美が箱庭的なスケールの中で成就されているのも事実であり、その渇きは、ミトロプーロス/ベルリンフィル(独Orf)の剛毅なライヴが癒してくれる。
(福島章○/参考文献 6)
●メンデルスゾーン/真夏の夜の夢
東京都SO/’84/(De)
東京都交響楽団との演奏で日本にも馴染みの深いペーター・マーク十八番のメンデルスゾーン。見た目も指揮ぶりも妖精パックの化身のようだ。彼のケレン味たっぷりの演奏はとりわけ「序曲」で楽しい。
(その他、解説がありますが、楽曲に関するものなので割愛いたします。)
(中山良○/参考文献 7)
●アーツ(カーラ、ニンバス)には、独自の企画で注目盤が
次なるお薦めは、R・シュトラウスの室内楽作品集など優れた企画でも注目を集めるアーツ(独Arts)。アーティストでは、近年円熟の境地を極めつつある不遇の指揮職人ペーター・マークを抱え、実にいい仕事を展開している。滋味あふれるベートーヴェンやメンデルスゾーンの交響曲はどれも素晴らしいし、最近出たシューマンの「ピアノとオーケストラのための作品集」は「4本のホルンのためのコンチェルトシュトゥック(協奏的作品)」のオリジナルであるピアノ版を収録した(以下紛失)
(よしむらこ○/参考文献 8)
●モーツアルト/交響曲第38、39番
パドヴァ・ヴェネトO/’96/(ARTS)
まるで古楽器演奏のようにメリハリの効いた独創的解釈のモーツアルトである。とりわけ「プラハ」は初めて耳にするような斬新、濃厚な表情が連続するが、その説得力と訴えかける力は非常に強い。ひびきの有機的なこと! そして一音一音の意味深さ! そのすべてにマークの意志が浸透している。猛烈に音を割ったホルン、全奏の鮮鋭なアタック、内声の刻みの雄弁さ、いずれも単なる思いつきでなく、血肉化されている。
●マークは風格に欠ける
(ザンデルリングに比べると、)ペーター・マークは、ムラッ気で出来不出来の差が甚だしく、巨匠というにはいささか風格に乏しい。1963年、せっかく英デッカに売り出してもらったのに、スターへの道を歩むのを自ら拒み、小規模でも地方都市で自分の好きなオーケストラを振り、自分の好きな曲だけを演奏する方を選んだのである。
別項(上記)のモーツアルトはその最も見事な結実であり、ほかにも「ハフナー」のような逸品がある。旧版のスコアを使い、テンポを動かし、メヌエットにおけるセカンドヴァイオリンの強調など、思わずニヤリとしてしまうし、第二トリオのくり返しにおける大きなテンポの落とし方は実に大胆だ。
ただ、同じモーツアルトでも、「第40番」の第一楽章などはややわずらわしいが、展開部のファゴットにホルンを重ねるという凄い効果を見せたりする。しかしこのあたりになると、わがままな感じがしなくもないし、モーツアルトでこれだけ大胆に振る舞いながら、同じオーケストラを振ったベートーヴェン全集は借りてきたネコのように大人しく、やはりベートーヴェンで決め手を欠くというのではなかなか巨匠にはなれない。
(宇野功○/参考文献 9)
○センセイのコメント・・・最後はやはり、この方に締めていただきました。さすがに聴く耳をもち、鋭い分析をされます。(それゆえにダメなものはダメだとわかってしまう。) しかし、ほめているんだか、けなしているんだかさっぱりわかりません。だから結局どうなのよ、となったときどちらでもとれるような書き方をされます。
だいたいにおいて、最初のうちは批判的な態度をとりながら(見抜いているから、そう書かないと自分を疑われる)、それでも含みをもたせておいて、大抜擢などを機に一気に賞賛する側にまわるようです。
「それにしてもいったいいつからこのような芸風に変わったのだろう。私はかつてこう評したが、その考えはいまでも基本的には変わっていない。しかしそれが近年の神のような著しい進境で云々・・・。こうなるとカンヌン・・・。」 ○澤しかり、○比奈しかり、ワントしかりである。
それはマークにおいても例外ではないといえよう。
「かつて、ベートーヴェンで決め手を欠いていたと思われたこの指揮者が、ここ1〜2年の円熟の深まりは尋常ではない。こうなるともう現存する最後の巨匠と呼ぶことに、ぼくはなんのためらいもないといえよう。」
そうなるまさに直前で、マークは亡くなってしましました。返す返すも残念なことであったといえよう。
(01/04/27)いかがですか、私がもちろん全ての文献に目を通しているわけではないことは当然とはいえ、この少なさ。20冊程度の単行本などからかき集めてこれだけですよ。本にしたら1〜2ページの分量です。
これでは、認知度が低いのも当たり前でしょう。
(01/04/26)
1) 「名指揮者120人のコレを聴け!」 洋泉社 1998年
2) 「クラシック名盤大全 交響曲編」 音楽之友社 1998年
3) 「クラシック名盤大全 協奏曲編」 音楽之友社 1998年
4) 「リーダーズチョイス−私の愛聴盤−」 音楽之友社 2000年
5) 「クラシック名盤&裏名盤ガイド」 洋泉社 1996年
6) 「クラシックCDの名盤」 文春文庫 平成11年
7) 「オーケストラの秘密」 立風書房 1999年
8) 「レコード芸術 ’99年 掲載月不詳」
9) 「レコード芸術 ’98年3月号」
●特に参考文献 4)は、必ず購入して、永久保存版とするように。(・・・許光俊の言い方。)
センセイが珍しくまじめに音楽を論じています。
ところで、こういう企画(リーダーズチョイス)を「あんなものは・・・」と、やたらと批判する輩が多いですね。
曰く「こんなものは10年に一度もやれば十分だ」・・・そう、確かにおっしゃるとおり10年に一度しかやってないんじゃないの?
曰く「こんなランキングなどに興味があるのは、流行に敏感な女子供だけではないのかね?」・・・でもこういう人達に限って「〇〇の演奏のおすすめ教えてくださ〜い。」なんて言われると、喜んで投稿しているのではないのか。本質的にどこがどう違うというのだろうか。
曰く「○○の演奏がひとつも載っていないから、意味(価値)はない。」・・・ひがみ根性以外の何ものでもない。自分の好きな演奏家しか認められない。またその演奏家が最高であると錯覚している。たまたま何かの拍子に(出会い頭に)その演奏に感動して、思い入れが強くなっただけのことだ。しかしそれはその「楽曲=作曲家」に感動しただけで、演奏家なんて実はどうでもよかったのかもしれない。
それにしても、これだけの曲目があって、膨大な数の演奏家がエントリー?され、その上で一度も名前が出てこないなんて、よっぽど実力がないか、人気がないか、その両方なんですね。
(蛇足・・・「アンチファンが出てくるということは、○○も一流になったという証拠ですね。」・・・そうかなー?アンチファンしかいない一流演奏家っていうのも珍しいと思うがなァ・・・)
曰く「なんで(あの曲が入ってて、)自分の好きなこの曲が入ってないんだよ?」・・・選曲に難癖をつける輩も同じ。編集側としても、限られた枠での苦渋の選択であったであろうことに全く考えが及んでいない。安易にその場の気分で決めたわけではなかろう。かえって、くじ引きや抽選で決めたとしたら、それはある意味で公平このうえない。
あなたの好きな曲を無理して入れれば、私の好きな曲が外されるのである。その責任をどうとってくれるつもりなのだ。自分勝手としかいいようがない。
そんな事を言ったら、なんで「イタリア」が入ってて「スコットランド」が入ってないんだよ。どう見たってスコットランドのほうが名曲にきまってるじゃないか。それに「スコットランド」の方が後から作曲されていることも忘れてはならない。
そうすればマークがトップに立てる絶好の晴れ舞台であったのに。ねえ、みなさん。(そうだ、そうだ、異議なし!全会一致で可決いたします。)
曰く「自分ならこういう選曲をする」と、対抗する輩。・・・あんたも出版してみたら?
曰く「(こんな企画にはハナもかけないが)レコ芸が、もし自分にページをくれたら何を書きたいですか?」とおおまじめに論じる輩。・・・心配しなくてもオメーなんかにページをくれねーよ。それに本当にページをくれる(投稿を載せてくれる)時には、投稿しないんじゃないか。
そういう輩の記事が掲載された気配は感じないし、掲載されるような意見を言う人はそんな議論は決してしない。
「読者の投書コーナー」も常設であるのだから、「載せていただける」ような原稿を送ればいいのだ。そういう輩に限って掲載された意見に文句ばかりつける。
そしてやたら「つまらんつまらん」と言いながら、買わないことを自慢する輩。こんな輩に限って目を皿のようにして立ち読みしているに違いない。何故か? 「つまらん」ということをよく知っているからだ。本当に読まなければ「つまらないかどうか」はわかるはずがない。ところが、いざ出版社の経営危機がとりざたされると、あわてて大騒ぎする。
不思議な人たちばかりです。
いずれにしても、とるに足りないケチなことばかりです。(といいながら取り上げている。)
何と言ってもケチをつける事に関しては、センセイの右に出るものはいないであろう。(上にはたくさんいるらしい。)
センセイはケチにケチをつける、ケチの極北である。
(01/04/27 01/05/22改)
2001/04/24 Ver1.0