| ペーター・マーク(2) |
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P・マークを聴く(1)・・・いや観る
メンデルスゾーン:交響曲選集
P・マーク指揮/マドリッドso(ARTS)
P・マークを観る・・・? まったー、そんな思わせぶりなことを・・・。
先週あたりから、某外資系全国ネット展開レコード店(夕ワー:これは「ゆうわー」と読む)におきまして「ARTS」のセールをやっています。(私が行ったその店舗だけということはないと思いますが。)
そこにカタログも置いてあったので、手に取って見た私は腰を抜かしそうになりました。(このぐらい言っておけば、一緒に驚いてもらえるだろうか。)
ナナナ、ナ何と(ナは読点をはさんで4回が適当だ)、マークのメンデルスゾーンがDVDで出ているではありませんか。
最初は何かの間違いだと思いました。「そんなバナナ。私は何か大きな勘違いをしているのだ。これはCDに違いない。」 何度も自分にそう言い聞かせました。「落ち着け、落ち着くんだ。もう一度、いや二度でも三度でも、冷静に読み直してみろ。」
昔は、よくマンガなどで、目をこすってよく見直すシーンがありましたが、本当にそんな気分になりました。
しかし何度読み直しても、そう書いてあるとしか思えません。小一時間立ち尽くした後(んなあほな)、ようやく我に返った私は、その事実を厳粛に、かつ粛々と受け止める心の準備ができました。
確かにそれは事実でした。
しかしながら、当然のようにそれが店頭にあるはずもなく、早速馴染みの通販にオーダーしました。
すると「ARTS」のDVDは、まだ輸入されてなくて、これから手続きという段階だそうです。
また、リージョンコードの問題もあり、果たして本当に観られのかどうかもわかりません。しかし、私はそんな障害には負けません。とにかく買っておきます。
つまらないリージョンの問題など早晩解決されるに違いないと踏んでいるからです。具体的にはリージョンフリーの再生装置が公になるだろうと予想しています。仮にそれが実現しなくても、アングラでは既に可能になっているようですし、いざとなれば、再生可能な装置を輸入もしくは現地調達し、電源さえ何とかすれば、再生できるだろうと考えているからです。
問題はそんな下らないことではなく、残された映像は、メンデルスゾーンだけではないのではないかということです。例えばベートーヴェン。これはライヴがかなり含まれています。ということは、これも確率が高いのではないか。
そういうことで、みんなでこぞってメンデルスゾーンをオーダーし、ベートーヴェンその他のマークの映像をリクエストすれば、仮に現在再生不能だとしても、将来再生可能になり、眠っている映像ソフトがより多くリリースされる可能性が高くなるのではないか、と。
メンデルスゾーン:交響曲第1,3,4,5番(全集ではありません)
ペーター・マーク指揮/マドリッド交響楽団
ARTS 47540-6(DVD)
よろしければこちらへどうぞ。クラシック通販ショップ「アリアCD」
尚、私は回し者でも何でもなく、リベートもバックマージンもありませんので。
2002年3月9日(土)
P・マークを観たい(2)
ベートーヴェン:交響曲第9番
P・マーク指揮/パドヴァ・ヴェネト管弦楽団(ARTS)
Basilica di S.Antonio,Padova,Itary, 20/12/1994
見てください、このジャケット。
画面ではちょっとわかりにくいかもしれませんが、ここでこのライヴが収録されたことを如実に物語っています。
この写真を見るだけでも感激してしまいます。
私が嫌いな三大第九として、ベートーヴェン、ブルックナー、マーラーと公言していますが、これは、そんな私の第九嫌いを少し解消させてくれるものでした。「こういう第九なら聴いてみてもいい。」
ベートーヴェンでは、他に第5、第6がライヴです。この3曲だけでも十分です。いや、第九だけでもいいから、もし残っているなら是非映像をリリースして欲しい。強く希望します。
2002年3月10日(日)
P・マークを観たい(3)
グルック:オルフェオとエウリディーチェ
P・マーク指揮/ガリシア交響楽団(ARTS)
La Coruna(Spain) 19/6/1998
私は基本的にオペラは観ないし、当然ながら音だけを自宅で聴くこともありません。
観なくなった(観た事がない、わけではない。)理由を書くと長引きますので、ここでは割愛しますが。
ということで、こういうレコードがあることは知っていても、「情報」だけでは敢えて買うということはしません。マークはオペラも得意で素晴らしい演奏が多いらしいとは知っていてもです。
ところが、件の特集で、やっぱり目の前に現物があると説得力が違います。このジャケットも一目で気に入りましたし(ARTSには本当に素晴らしいジャケットが多い)、さらに廉価盤(ミッド〜バシェット)ときたらもういけません。何枚かまとめて手にしてレジへ運ぶ・・・という図式ができてしまうわけで。
ここで手に持ったまま未練がましくうろうろしていてはいけません。一目散にレジへ向かわなければその決心は揺らぎます。そしてまた小一時間悩むはめになるわけで・・・。
これはすごい掘り出し物でした。
もちろん?初めて聴く曲でストーリーなどもさっぱりわからないわけですが、何故かぐいぐい引き込まれてしまうんです。(ライナーノーツに、全文と英語訳も掲載。しかしながら私は英語すらわからないし、わかったとしても、そういうものを読みながら聴く趣味が全くない。)
一見何もしていないように見える(聴こえる)んですが、とてもスリリングなんです。
聞くところによると、これはマークの十八番らしく、演奏回数も半端ではないとか。
全ニ幕らしいんですが、幕ごとの拍手喝采がまた素晴らしい? その拍手にすら感動を覚えてしまいます。本当にいい演奏を聴いた後の拍手であり、ブラボーであることが手に取るようにわかるんです。自分もその中の聴衆であるかのような錯覚に陥ってしまいます。(どこかのバカブラボーとは大違い。)
マークのライヴというのは全部そうなんです。ベートーヴェン5番然り(これは拍手は入っていない)、6番「田園」然り、第九然り。
その時の聴衆と一体になった感動を味わうことができます。これは即ち楽員と一体となったいうことであり、マークと一体になったということであり、そして、ベートーヴェンと、グルックと一体になったということであります。
マークのライヴにはそういう超絶的な体験をさせてくれる魔力があります。
2002年3月11日(月)
P・マークに戻る
モーツァルト:交響曲第39番
P・マーク指揮/パドヴァ・ヴェネトo(ARTS)
(いちおう通常進行ということで、元に戻しておきましょう。)
ご存知のように?モーツァルト嫌いの私ですが、このところのARTSのセールで、目についたものは拾っておくことにしました。
40、41番は何とか聴けるとしても、それ以前のものはやはりどうにもいけません。だいたい、どこがどう違うのか識別がつかないんです。何番を聴いても同じ曲に聴こえてしまうのです。
これには理由があります。モーツァルト節(歌い回し)というのがあって、同じようなフレーズがどの曲でも、また何度も出てくるからです。「ちっ、またこのメロディーかよ。」
そんな中、最近C・デイヴィスのライヴもリリースされたこともあって、ようやく(41番→40番→)39番まで下がってくることができました。
あと数年かけて、35番あたりまで辿りつければいいかな、と。
(最近、サー・コリン・デイヴィスをC・デイヴィスと略すだけでは不十分であることを知った。もう一人イニシャルがCのデイヴィスさんがいるらしい。何だっけな?カールだったかな。)
さて、このジャケットですが、ときおり使われているのを見かけます。いい絵だとは思わないんですけど。「こんな厭な顔してたんか?」
しかし、都響のパンフレットを見ていて、ハッとしました。「この顔にピンときたら・・・」
本当にこんな奇妙な顔の人間(モ)がいたんだろうかと、長いこといぶかっていたんですが、これだけ似ている人間(矢)が実在したら、そうかもしれないな、と納得できてしまいました。
いずれにしろ、どちらも嫌いなタイプの顔です。そしてそういう人間の音楽はやはり相性が悪い、好きにはなれない。
これは理屈や理論を超越した根源的な問題です。
2002年3月14日(木)
モーツァルト:交響曲第36、40、41番
P・マーク指揮/フィルハーモニア・フンガリカ
(CONSERT ROYAL)
これは、レコ芸4月号に紹介されていたものです。5月号が発売になってから、4月号の話を持ち出すところがまた私らしいところである。
これは既発のものと同じです。演奏が「フィルハーモニア・フンガリカ」だったので、多分そうなんだろうな、と思ったんですが、36番は手持ちがなかったし、値段も3枚まとめて980円と、もってけドロボー、ダメモト価格。一丁だまされたろうかと思いながら、やっぱりだまされました。
モーツァルト:交響曲第40、41番
P・マーク指揮/フィルハーモニア・フンガリカ
(TUXEDO MUSIC:TUXCD 1069)
何をどうだまされたか。
レコ芸にもコメントがありました。「CONSERT ROYAL盤は40番はなぜか音質が悪いが、41番は素晴らしい音質だ」と。
しかしながら、TUXEDO盤は、それらをはるかに上回る音質なのである。
これも大した値段ではなかったと思いますが、絶対にお買い得。
このTUXEDOおよびCONSERT ROYAL盤は、’69年の録音です。
マークのモーツァルトといえば、話題沸騰(あるいは凍結)の、ARTS盤があります。こちらは’96年の録音です。
しかしながら、その解釈や演奏スタイルにそれほどの違いが見られない。私がモーツァルトをよくわかっていないから、仮に違いがあっても聴き分けられないということもありましょうが、マークはそれほどに、昔からモーツァルトの解釈に絶対の自信があり、晩年になっても替える必要性がなかったということなのでしょう。
90才を超えて尚、成長を見せる(た)という、最近相次いでお亡くなりになった、共にブルックナーを得意とした巨匠たち(約2名)とは一線を画す存在であったといえよう。◇
ここで私は、そのお二方(および「いえよう」という人)を誉めているのではない。90才にもなって、まだ完成されず、迷いがあったのか、と言いたいのである。
2002年4月24日(水)
モーツァルト:宗教劇「救われたベトゥーリア」K.118(74c)
ペーター・マーク指揮/パトヴァ・エ・デル・ヴェネトCO
Ernesto Palacio(T)/Gloria Banditelli(A)
Petteri Salomaa(B)/Caterina Trogu Rohrich(S)
Sabina Macculi(S)
BRILLIANT 99944(6CD)/'91
音源:Denon
お勧め度:★(但し、音質は★★★)
ブリリアントのリリースには注意していないといけません。とにかく何が入っているかわからない。やりたい放題なのであります。
といっても、決して悪い意味ではなく、極マイナーながら珍しい音源が含まれるということで。
日本語(ではなく、英語でしたかね?)カタログはいちおうあるようですが、必ずしも体系的かつ詳細とはいいがたく、また新譜の反映は当然ながらかなり先になるわけで、なかなか正確な情報を得るのが難しいのが現状です。
これもそんな1枚(6枚!)で、ほんの偶然マーク指揮の音源が含まれていることを知りました。
有名曲でもなく、普通ならそれほど大騒ぎしないんですが、今回敢えて取り上げた理由は「超高音質」だったからです。
もとより曲自体は言葉がさっぱりなこともあって、何のこっちゃわかりません。何気なく聴き始めたんですが、その音質に気を取られて結構聴き込んでしまいました。透明感のある、目の醒めるような、澄み切った朝のような爽やかさ。長岡流にいえば「歪み感ゼロ。」といったところでしょうか。
楽曲はバッハの受難曲に似ているところもあります。マークは多分バッハの録音は残してくれなかったと思いますが、こういう演奏を聴くと、それが残念でなりません。
小編成のまとまりの良い演奏で、なかなか聴かせてくれますが、6枚セットということもあり好事家向きということで。
2003年3月12日(水)
'02/03/25