こんなレコードは買っても聴いてもいけない! 私は、はっきり怒っています。
ブルックナー:交響曲第8番
コンヴィチュニー指揮 ベルリン放送交響楽団
WEITBLICK '59
ブルックナー:交響曲第9番
コンヴィチュニー指揮 ライプチヒ放送交響楽団
WEITBLICK '62
このレコードは入手前から悪い噂を聞いていたので不安に思っていたのだが、それは見事的中した。明らかにモノラルである。
「擬似ステレオ」は、公明正大な「ステレオ」なのかもしれない。しかし、かなり意図的に処理したと思われる部分もある。聴衆ノイズを片方だけ消してみたり。意図的というより、悪質でさえある。これぞまさしく「犬汁」である。詐欺にも等しい。
私は「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」タイプなので、(逆に「毒を食らわば、皿まで」というところもある。)もうこれだけでこの「演奏」も正当に評価する気になれない。
もう少し言えば、これはコンヴィチュニーの芸術すら汚すような愚行ではなかったか。そう、まさしくこれはコンヴィチュニー本人(並びに当時のオケなどの関係者)が許可したものではない。一部で所謂「海○盤」を蔑視する向きもあるが、まだそちらの方が正義感や誠実さが感じられる。放送録音がほとんどの音源であるそれら海賊盤は、少なくとも芸術家本人が公開を許可しているからだ。
(自分で海賊盤を持っていながら、それを批判するなど言語道断の向きも見受ける・・・。)
私はこれらのレコード(コンヴィチュニー盤)が「真性ステレオ」であること以外に何の期待もしていなかった。ステレオならまあ聴いてみるか・・・という程度で注文したのだ。とりたてて思い入れのある指揮者でもない。
だいたい今時、ブルックナーをモノラルで聴く必要性がどこにあろう。歴史や学問を勉強するために音楽を聴くわけではない。それにとりあえず1回だけ聴きたいためにレコードを買うのでもない。繰り返し「愛聴」したいのである。
8番ならジュリーニ、ケーゲル、それにスクロヴァチェフスキー、ヴァントあたりの演奏・録音とも優秀なレコードがあれば他に何が必要だというのだ。
宣伝文句にまんまと引っ掛かったのだ。これも勉強代だと思ってあきらめよう。しかしレコードを買って、これほど「やられた」と思ったことは、最近では珍しい。
8番は2枚組だが、1枚の単価である。これで2枚組の値段だったらとうてい許せないところだ。もっともそんな値段なら、端から買う気は起きないだろうが。◇
私は何も「擬似ステレオ」を非難している訳ではないのだ。「擬似ステレオ」なら「擬似ステレオ」だと明言しておけ、と言いたいのである。
世の中にはそういうものでも好んで聴く向きもあるのだ。好みの問題だ。
私はもうモノラルの録音を聴く意義を、完全に失なってしまっている。「ステレオ」でないなら原則パスなのである。そして私にとって「擬似ステレオ」は、決して「ステレオ」でなく、まがい物なのである。
(2000/09/09初出)◇
その後、レコ芸00年9月号にこのような記事が載りました。
「コンヴィチュニーの芸術(ヴァイトブリック) 山崎浩○郎」
このモノラル疑惑の問題である。この記事の中で市販前の評価盤(β盤なんていうのかな?)のCD−Rがはっきりモノラルであることが明記されているのだ。
これで決まりである。やはりこれは擬似ステレオであったのだ。
氏はこの中で市販盤はステレオあり、対抗配置の効果が楽しみだと言っておられる。私は、是非その感想を聞いてみたい。おそらくその素晴らしさに圧倒されたことであろう。
この責任は、もちろん氏にはない。あるいは少ない。メーカーの宣伝文句をを鵜呑み?にした結果だからだ。だがそういう事実があったとしたら、もう少し懐疑的になってもよかったのではないか。
しかし、広告を出した小売店には、何がしかの責任があるのではないか。ステレオの定義問題は上述の通りたが、広告を出す以上、内容のチェックをしていないのもおかしい。(いまどきそんな理屈は通らないのかもしれないが。)
問題はやはりメーカーであろう。今時、擬似ステレオを喜ぶ向きが、どこにあると思っているのだろう。しかもその結果は惨憺たるものである。技術力の未熟さを露呈したにすぎない。
このレコードを聴いたせいで、最近ではコンヴィチュニーの芸術そのものにも懐疑的になってしまった。この責任は重大である。
(2000/09/11)
フランツ・コンヴィチュニーの芸術第2期
WITEBLICK SSS0019-2(5CD)
ある調べ物をしようと、レコ芸のバックナンバーをパラパラ見ていたら、とんでもない記事(広告)が目に飛び込んできました。
| 全曲完全初出演奏、完全ライヴ(モノラル)、これぞ、ドイツ音楽、ドイツ的演奏の王道!!正統派中の正統派。レパートリー、ソリスト(=ダビッド・オイストラフ)、オーケストラ(ゲヴァントハウス管、シュターツカペレ・ベルリン)は、一流中の一流!一切の不安なし! ご好評をいただきました昨年夏リリースの「フランツ・コンヴイチュニーの芸術」第2期がいよいよ発売です。第1期は、初出レパートリーを中心としたラインナップでしたが、今回はコンヴィチュニーか残したスタジオ録音の中でも定盤の評価が高い正統派レパートリーのライヴ録音集です。すべて初出の演奏で、海賊盤でも出たことのない録音です。 (中略) WEITBLICKのリリースはいつもどおり、フランツ・コンヴィチュニー氏の子息ペーター・コンヴィチュニー氏、ダヴィット・オイストラフ氏の子息イーゴリ・オイストラフ氏、ゲヴァントハウス管、シュターツカヘレ・ベルリン等、演奏家及び演奏家の権利継承者の許可を正式に取ったリリースであり、「放送局許可」のみでリリースしたり、録音後50年を経たからといって正規盤を標榜する最近数多い倫理観欠如の「正規盤」とは根本から異なります。 東部トレーディング |
このWEITBLICKというレーベル、「ご好評の昨年夏」にはインチキステレオで、煮え湯を呑ませてくれました。たいへん勉強になりました。ありがとうございました。
今度は、堂々と「モノラル」と宣言しています。最初からそういう謙虚な姿勢でくれば、私の態度も変わったであろうに、今頃そんなことを言われても、もうまったく信用できません。
問題は後半なんですが。
「著作隣接権切れの録音を正規盤としてリリースする」ことを「倫理観欠如」だとのたまわれます。
まず、この「東部」の立場に立ってみましょう。
最近ある雑誌で、SP盤から復刻した「貴重」な録音を付録として付けているのを見かけます。あれはちゃんと権利者の許可をとっているのでしょうか。それとも50年たったら何でもありで好き勝手にやっているのでしょうか。倫理観欠如と言わざるを得ません。
次に「つぶれ」の立場に立ってみましょう。
いくら「権利者」の許可をとったからと言って、それは所詮法律上の問題のこと。芸術家本人の許可がとれた訳ではない。同じ著作権法に基づいて合法的にやっているのに、何をバカなことをほざいているのか。
どっちもどっちですが、どう見ても「東部」側のほうが不利ですね。「合法」と言われる以上、文句を付けられる筋合いはどこにもありません。
こんなばかばかしい議論をしているくらいなら(だれもしてないが)、「我々は天国のマエストロと心霊交流をして、直々に許可を得た。」といって、堂々と海○盤をリリースするレーベルのほうがよほど倫理的に思えます。
しかし、モノラル録音を小細工してステレオだと偽って売っているレーベル(代理店)が「倫理観欠如」だなんて、それこそ倫理観欠如であり、これまたチャンチャラおかしいですわね。
('01/12/19/水)
これが【水洗盤】だ!
ブラームス:Vn協奏曲 他
ジャネット・ヌヴー/ドブロヴェン/PO
(DUTTON)
某CDショップで、2001年の年間ベストセラートップ40のセールが始まりました。一覧表を掲載した冊子を用意して、それらを顔出しで並べて売るという、なかなかうまいやり方だと思います。
40枚のうち、私が買ったのは5枚でした。(必ずしもその店で、ということではありませんが。)
新譜・話題盤に慎重な私としては、この数字は多いでしょうか、少ないでしょうか。自分としてはちょっと多すぎて、少し恥ずかしいと思いました。やはり3枚以内に収めなくては・・・。
そんな中、意外な1枚がありました。ほとんど買ったことも忘れてしまっていたのですが、「そういえば、これって・・・。」ということで取り上げてみました。
DUTTONのリマスターは「イイ!」と聞いたことがあります。「とてもいい」「素晴らしい」と言っていたような気がします。
このレコードは偶然店頭で見つけました。EMI盤は持っています。普通なら買わないんです。しかしその時に限って魔が差してしまったんですね。ついふらふらと買ってしまいました。安かったのも原因です。たしか1000円以下だったはずです。そのくらいなら失敗しても、という考えも働いていました。
本当にDUTTONというのは素晴らしいのか。それを確かめてみたかったのです。
結果は、見事してやられました。こんなリマスターがいいなんて言っているのは、いったい誰なんでしょう。エフェクト、ボワンボワンなのです。
しかし、メーカーもどうしてこんなことをするのでしょうか。モナリザに口紅や頬紅の色を足したら、もっとよくなるとでも思っているのでしょうか。
久々に出た【水洗盤】です。こんなレコードは、さっさとトイレにでも流してしまえ!
尚、名誉の為に申し上げておきますが、演奏そのものは「特選」に値します。是非共EMIのオリジナル盤でどうぞ。
('01/12/03/月)