その手に全てを託す日に・・・・


written by F




   

  

 ...あまりにも小さな手。

.....何度見ても感心せずにはいられない程小さなシンジの手。

   ゲンドウはユイの胸に抱かれて安らかな寝息を立てているシンジを見下ろしていた。

   その表情に浮かぶモノは普段のゲンドウにはない、深い愛情の感。

   細まった目も、うすく唇の端に浮かぶ笑みも

   全てはシンジに注がれていた。

    「君に似てよかった・・・・・。」

   ゆったりとした時間が流れていく。

   ゲンドウの呟きにユイは穏やかな目でその顔を見上げた。

    「そう?私はあなたに似てよかったって思っていたのよ?」

    「・・・そうか・・・?」

   少し照れくさそうなゲンドウにユイは微笑った。

   ますます目を細めるゲンドウの頬に、ユイの指が軽く触れる。

    「ほら、あなたがそうやって笑うと、シンジにそっくりよ。」

   ゲンドウはユイの手を取り両手で包むように握りしめた。

   どこか泣きたくなるようなユイの優しさ。

   ゲンドウはユイと出会ってから変わった。

   人の優しさに触れ、愛情に触れ

   守りたいと思うモノが出来た。

    ユイと、ユイによく似た幼いシンジと・・・。

   こうして3人でいるトキにしか見せない笑顔を持つことも出来た。

   こんな自分を愛してくれるユイ。

   そして、そのユイとの間に出来た屈託のないシンジの笑顔。

   何よりも大事なこの二人の為なら全てを賭けることができるだろう。

   その為に例え命を落とすことになっても・・・・。

    ふと、ゲンドウの顔に現れた心情を察してユイが小首をかしげた。

    「どうかしました?」

    「いや・・・・。何でもない・・・。」

   やりとりをするコトバの下でシンジがモゾモゾと動いている。

   目をこすりながら眠たげにゆっくりと起きあがり、小さなあくびを一つした。

    「あら・・・・起こしちゃった?おはよう、シンジ。」

   おだやかなユイの声にシンジは「うん」と頷く。

   あいかわらず眠そうに目をこすっていた。

    「まだ寝てていいんだぞ?シンジ。」

   ゲンドウが子供特有の寝汗で貼りついたシンジの前髪を整えてやると

   シンジはニッコリと笑った。

    「お、とーしゃん。」

   たどたどしい発音でゲンドウを呼びながら、

   シンジはユイの膝の上に立ち上がると

   ゲンドウの方へ行こうと小さな手を目一杯伸ばした。 

    「おと、ーしゃん。」

    「あなたの所へ行くんですって。」

   笑いを含んだユイの声。ゲンドウも又、微笑いながら腰を落とした。

    「そうか、おいで。シンジ・・・。」

   片方だけ立てた膝をユイの膝につけて

   シンジが二人の膝の上をぎこちない足取りで横断するのを見守った。

   二人の手はシンジの体を支え、シンジはそれを知ってか知らずか

   満面に笑みを浮かべてゲンドウに笑いかけている。

    「あ!」

   ユイの声。同時に足を踏み外したシンジの体が一瞬沈む。

   だが、ゲンドウの手はしっかりとシンジの体を抱きしめていた。

   ホッと息をつくユイの前で

   ほんのちょっと目を丸くしていたシンジが

   あのつられて笑ってしまうような、幼い笑い声で笑い始める。

    「おとーしゃん。」

   シンジの小さな両手。

   ゲンドウの頬をはさみ、嬉しそうな顔をぴったりとよせて笑っている。

   それを見つめるユイの眼差しも、そばにある小さな笑顔もあたたかい。

   ゲンドウの胸を満たすのは

   ささやかではあったが

   二人が与えてくれる幸福だった。

   そして・・・・・・・。




   


   「この時をただひたすら待ち続けていた。

    ようやく会えたな・・・・ユイ。」

   冷たい床に横たわりながらゲンドウは自分を見下ろす影に向かって呟いた。

   あの日から、あのユイを失った日から

   ずっと、待ち続けてきた今日という日・・・。

   全てに心を閉ざし、

   愛していたモノにさえ背を向けて

   ただ一心に突き進んできた。今日という日・・・・。

    ユイ亡き後、残されたゲンドウにはシンジの存在があまりにも大きすぎた。

   愛するコト、愛されるコトの下手な自分がユイなしで

   どうやってシンジを育てていくことができるのだろう・・・。

    全てを犠牲にしてゲンドウは

   NERVにいやEVAに賭けてきた。

   その、理由はただ一つ。

    ユイ・・・・、そして・・・・・

   シンジ・・・・だ。

    幼い手が自分の頬に触れる、あの感触。

   そして、優しく微笑むユイの眼差し。

   あの頃に戻れたらどんなによかっただろう。

    今、目の前にいるユイはまるで全てを知っているようだ。

   寂しげな笑顔を浮かべて立ちつくしている。

    「俺が側によるとシンジを傷つけてしまうだけだ。

     だから何もしない方がいい・・・。」

    「シンジが恐かったのね?」

    「自分が人に愛されることは信じられない・・・。

     私はそんな資格はない・・・。」

   たんたんと話すゲンドウの心はしかし割り切れてはいなかった。

   だからこそ、シンジを遠ざけてきたのだ。

    「人の間にある形もなく、眼に見えないモノが怖くて

     心を閉じるしかなかったのね?」

    「その報いがこのあり様か・・・・。

     すまなかったな・・・・シンジ・・・。」

   全てをその手に託す日に・・・・。

   ゲンドウはやっと本当の内なる想いをコトバにできた。

   しかし、その声が届くことはない。

   ユイがここにいるのが、どんなことを意味するのか分かっている。

   不意にわき起こる、悲しすぎる程のシンジへの愛情。

   愛するコト、そして生きるコトさえ不器用な自分に嫌気がさす。

   幼かったシンジの笑顔が

   自分を責めるような眼で見つめていた、少年のシンジと重なる。

   なぜ、こうなってしまったのだろう・・・。

   いつも、何か言いたげだったシンジに答えてやることが出来ず

   遠ざけ、冷たく当たりその末にあるのは・・・・

    ・・・世界の終わり・・・・

   ユイが見つめている。

   ゲンドウは静かに首を振った。

    「シンジは許してくれるだろうか・・・。」

    「・・・・今はだめでも、いつかきっと・・・・。

     だって、あの子はあなたの子なんですから・・・・。

     あんなに愛したあなたの子なんですから。」

   ユイのコトバがゲンドウのとがった心を溶かしていく。

   すっと、入ってきた何かが忘れていた愛だということにゲンドウは気づいた。

    ゲンドウはユイの手を取り言った。

    「さあ、行こう・・・・・・。」

   ユイは黙って頷き微笑むとゲンドウの顔をじっと見つめた。

   ゲンドウの顔に浮かぶ寂しげな表情。

   思い出したように降り仰いだ天井に広がる闇。

   だが、ユイには分かる。

   ゲンドウの見ているモノ。

   それは・・・・。

   シンジだ。

   見えないシンジの姿を眼に焼き付けてでもいるかのように、

   ゲンドウは一点を見つめていた。

   その、眼差しは穏やかだった。

    「あなた・・・。」

    「・・・ああ・・・。」 

   そして、二人は歩き出した。

   平穏と言う名の闇に向かって・・・・・。






・・・END・・・





一つ、言い訳を!

映画ではゲンドウがEVAに食べられちゃいましたけどちょっとねじまげました。

あんまりだったもので・・・。

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感想はコチラ


Nam-Namのおじゃまむし

「追われる日々に思うこと」のえふさんと、作品を交換しました!

私の駄作と交換にこんなにスバラシイ作品を戴けるとは…

なんか、得した気分 (^_^;)

う… ユイさんやさしい… それにくらべて、男連中の頼りないこと…

考えてみるとEVA全体を通してそういう印象を受けます。…加持さんだけ男らしい!?

 

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