**********************************************************************

「光あれ (3)」 <完> −−− 軌跡


**********************************************************************


海の波音が、疲れた体に心地よく響いている。
静かだ。静謐とした刻が、横たわった少女に降り積もるかのようであった。

<< やっと体が言うこと聞くようになってきたわね。さすがに眼だけじゃね >>

アスカは少しずつ指を動かしながら、ゆっくりと首を回す。シンジはまだ、自
分の上で俯いたままだ。

<< ・・・ったく、しょうのない馬鹿ね。重いったらないってのに >>

ぶつぶつと文句を心で唱えながらも、あまり腹を立てていない自分に戸惑いを
隠せないまま、シンジを見つめる。先ほどまでの無表情さとは違った、瞳であ
った。紺碧の輝きが、そこに戻りつつあった。

『私は戻ってきた・・・。シンジが呼んだにせよ、ファーストが送り出して
くれたにせよ・・・、私が・・・望んだにせよ・・・ここに・・・。そう、
シンジのそばに・・・』

シンジの重さに辟易としながら、しかし決して嫌ではなく。逆にその重さを嬉
しがっている自分がいる。シンジが自分を必要としている、そのことが判った
から。例え、首を絞めることであっても、シンジが自分を必要としたことに変
わりはないのだから。「気持ちは悪い」けど最悪ではない。「気持ち悪い」が、
心に寒くない。「今もまだ気持ち悪い」けど、嬉しくない訳じゃ、ない。

その時、夜空に、ちらちらと輝光が舞っているのが見えた。水平線の向こうに
は星々が輝いているのに、頭上にはオーロラに似た光と雲とが、月と一緒にな
って微妙な表情をつくっている。その中を無数の淡光が漂っていた。

「あ・・・・」

自然と声が漏れた。ビクっとシンジの体が揺れる。

「・・・ゆ・・き・・・?」

「え・・・?」

シンジは上を振り仰ぐ。光が舞っている。シンジは思わず立ち上がっていた。

「雪・・・だ。・・・雪が降ってる・・・」

初めて見る雪に、シンジは見入ってしまった。破壊の後も生々しい世界で、不
思議な程、すがすがしい気持ちが湧き上ってきた。アスカも半身を起こして、
ドイツ以来の雪の光景に心を奪われていた。

どの位の時間が経ったであろうか。雪に似た光は、うっすらと砂浜を覆うほど
に降り注いでいる。雪光が積もるのつれ、沖合いに見えていたレイであった巨
大なモノが、少しずつ小さくなっていることに二人は気が付かない。小さな輝
きを辿ると、それはレイの体から湧き出しているかのように見える。淡い淡い
光の群れ・・・。

気が付くと、心を奪われていたアスカの目の前に、シンジの手が差し伸べられ
ていた。思わず、そちらを仰ぎ見る。まだ涙を目に溜めながらも、微笑んでい
るシンジが居た。滞りなく、ごく自然に彼の手に自分の右手を重ねる。

「・・・アスカ、ごめん・・・」

「・・・早く・・・立たせな・・さい・・よ」

「うん・・・」

シンジの助けを借りて、立ち上がった途端に、砂浜に足を取られてよろけてし
まい、シンジに倒れ掛かる。アスカを受け止めたシンジは、意外にもよろめき
もせず、しっかりとアスカを抱き止めていた。

「大丈夫? アスカ・・・」

「・・・フン。首、絞められて平気な奴なんか、この世にいないわよっ」

「・・・・ごめ・・」

「この世に、平気な奴なんて・・・私以外に居る筈ないじゃないっ・・・」

「・・・アスカ・・・」

「それに・・・この世に、私の首を絞めるなんて大それたことする奴は・・・
あんた以外に・・・居る筈ないじゃない・・・っ。今までだって・・・、こ
れからだって・・・」

「・・・ありがとう・・・、アスカ・・・」

シンジに寄りかかりながら、アスカは視線を海に向ける。既にそこにレイの姿
は無かった。レイから生まれた無数の輝きが、全てを覆う。その雪に似た輝き
が月の光を纏い、二人の心を素直にしたのだろうか。それがレイの呟いたシン
ジたちへの贈り物だったのだろうか。今となっては知る由もない。

更に数刻が過ぎ、水平線から陽が昇るころ・・・。砂浜を覆っていた輝きは泡
と消え、繰り返し寄せる波が、砂や小石を洗うばかりであった。人影も無く、
波音以外には、何も無い浜辺が続くのみの・・・その砂地には・・・・。

ただ、ある方向へと伸びる足跡が標されていた。そう・・・間違いなく、それ
は二つ・・・。つかず離れず・・・、まるで二人の心の軌跡を描いているかの
ように。



「光あれ」 かつて神は、こう言った

人は、人ゆえに、絶望を知り

人は、人だからこそ、光を求めて歩き往く

人は、人であるがために、どんな時にでも希望を見ゆ

だからこそ、人の愛憎は、あらゆる感情は、何処かで光に繋がっている

それだからこそ、人は何時か気付く −−− 自らも輝けることを



そして、この新世紀は、高らかに謳い上げる。

心を繋いだ二人に、希望の光を浴びせながら、時代の言葉を紡ぐ。




*** 現実は 夢の続き 想い出は 虹の架け橋 流浪の路に

こぼれし涙も 燦たる陽光に きらめきと変わりつ−−− ***




************ << 「光あれ (3)」<完> −−− 軌跡 了 >> *************

 

 


想音斗さんへの感想はコチラ

コーナーに戻る