「フランス空軍編」net no.D


第一幕:「アベル伍長、不時着する」

1998/07/02〜98/07/08 ヨシノイド


しくじった!
俺は左に傾こうとする愛機を押さえつけ、旋回しながらゆっくりと降下している。
先輩達の言う通り、敵は本当に太陽の中から湧いて出やがった。


驚きのあまり慌てて操縦桿を操作したのがそもそもの間違いで、愛機ニューポール17の上下の翼の間にある左側の支柱を折ってしまったのだ!


チョビひげの整備隊長が怒り狂って俺に罵声を浴びせる顔が目に浮かぶ・・・!
俺の機体はミシミシと悲鳴をあげて揺らぎ、恐る恐る見た左側の上下の翼は今にも千切れんばかりに大きく波打っている。


翼から目を逸らして見上げた空中では、空気を切り裂くけたたましい爆音を響かせた先輩達の3機と敵の2機が激しく撃ち合いを繰り返していた。


「もし・・・もしも・・・あの敵の1機が俺に狙いを定めたら・・・!!」
つい先日・・・ほんのつい先日、駅で父と母に見送られたばかりなのに・・・

「あぁ私の可愛いアベル坊や、どうか無事で帰って来て・・・」と母を泣かせたばかりなのに!


ちくしょお!やっぱりこんなマヌケな終わり方は嫌だ!
敵に撃たれた訳ではないのだ!


もう一度上空を見上げると、まだ空の高い所で先輩達と敵機が一歩も引かない大喧嘩をしている。


バランスを崩して降下している俺にとどめを刺しに来る敵機は居ない。
俺は必死に下を覗き込み、広い空き地を探す。


「あった!」


林の間に牧草地があり、沢山のヤギが群れているのを発見する。
なんとか巧くアプローチさせればぎりぎり降りられそうだ。

それからの俺は、我ながら巧くやった。
なんでこんなに巧く操縦できる野郎が、なんであんなヘマをしたんだ?

無事に着陸してエンジンを停止させていた俺は、シートに深々と座り込み独りでニヤニヤ笑っていた。

ふと上空を見上げると、先輩達と敵はまだ格闘を続けていて、その内何機かは黒煙を吹き、よろよろと飛び、もぅ闘いに疲れ切った様子であった。
だが、その機が先輩達なのか、敵なのか・・・。


俺は申しわけないと思う恥ずかしい気持ちと不安な気持ちで心が一杯になった。
その直後、何かが近づく気配を感じて、沈み込んでへばりついたシートから少しだけ首を伸ばして外の景色を見廻してみた。


そこには数十頭のヤギの群れが着陸した愛機の側をメェメェ鳴いて通り過ぎていて、女の子が丘の向うからヤギ達を追い掛けて走り寄って来ていた。


「こらぁーっ!ヤギ達が驚いてしまったわ!降りて来て手伝いなさい!」
駆けて来る女の子が俺を見つけて怒鳴った。


「あぁ、それは済まなかったね、お嬢さん。」
俺は愛機から飛び降りて、たった今すれ違ったヤギの群れを追いかけた。
(これは結構骨の折れる仕事だ!)
一頭ニ頭なら引っ捕まえることも出来るが、数十頭も居れば不可能に近い。
あんな子供がどうやってコイツらの番を出来るのか信じられない!

俺が悪戦苦闘をしていると一匹のダックスフントが駆けて来てヤギ達の逃げようとする先に廻り込んで吠え立てる。
「よしよし、いい子ね、アベル。」
俺は一瞬ギクっと驚いて女の子の方へ振り返ると、女の子の視線が犬に向いているのに気が付いた。
(この犬コロ、生意気にも俺と同じ名前かよ・・・!)


犬の「アベル」はヤギ達を追い立てて元の群の待つ方へ、とても巧く誘導して行く。
(・・・なるほど、こいつが居るから、こんな子供でも番が出来ると云う訳か。)
それにしても、本当、巧く誘導できるもんだ。
そもそも俺は産まれた時から街の人間で、田舎には親戚が居なかったので農場の生活や牧場の仕事なんて本やニュース映画でしか知る機会が無かった。
だから、こうして目の前で実際に本物の家畜の番をする犬の動きには心の底から感動してしまった。


ヤギ達が元の群れに混ざり込む光景をボーっと眺める俺の横に、ソバカス顔で頬の紅い10歳くらいの女の子が近寄って来ると不思議そうな顔で俺の方に振り返り言った。


「あの・・・兵隊さん、私の言葉が通じるのですか?」
「あぁ、お嬢さん。さっきは驚かせてごめんな。」


俺は犬にあんな名前を付けた娘っ子にも愛想良く笑って答えた。


「まぁ!大変!!」


女の子は手を口に当て、大声で驚いた口をすぐに塞いだ。
(なんだなんだ?!いったい何が大変なんだ?!)
俺は極めて冷静な口調で尋ねようとしたが、その前に女の子の方が口を開いた。

「ここはこの前、ドイツ軍に占領されたのよ!」

(な・・・な、なにぃぃぃ?!!)
俺は大急ぎで愛機を林の中に押して行き、女の子も手伝ってくれた。
俺の腰は今にも音を立てて抜けそうであったが、人間いざと言う時には凄い力が出るものだ。

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第ニ幕:「アベル伍長の戦場」

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あれから数時間が流れ、夕方になった。
女の子と犬の「アベル」はヤギ達を連れて丘の向こうに既に立ち去っていた。


彼女とは、特に会話はしなかった。
何故なら会話しようものなら、いずれ自己紹介をしなければならず、俺の名前を聴いた彼女がどんな顔をするか見当がついて、それが嫌だったからだ。


俺は木の枝や枯葉を愛機に被せて偽装し、俺はその横の石の上に腰を下ろして考えていた。

(もし先輩達が、あの敵機を2機ともここの上空で墜としたなら・・・ドイツ陸軍が残骸とパイロットの回収に来るだろう・・・)


(もし先輩達も敵機も生き残っていたなら、生き残った敵機のパイロットは墜落した俺を通報し、結局ドイツ陸軍が捜索に来るだろう・・・)


(もし先輩の誰か・・・あるいは全員が撃墜されていて、敵機が生きて帰っていたなら・・・ドイツ陸軍が戦果の確認をしに来るだろう・・・)


いずれにしてもドイツ陸軍がやって来る・・・
だが少なくとも俺は戦闘機が墜落する音を聞いていない。(しかし俺はまだ、”その音”を聞いた事が無かった・・・話によるとエンジンの付いた爆弾が落下する時みたいな音がするらしい、と云うことぐらいしか知らないのだが・・・)


従って「俺の墜落現場を通報できそうな敵機は全て墜落した」と云う条件で、もっと安易な考えもできるのではないか?
(敵機が2機ともここから離れた位置に墜落し、ドイツ陸軍の回収部隊はそっちに向かってこっちには来ない。)
(敵機が2機ともここから離れた位置に墜落し、行方不明になるって線もあるが・・・やっぱり都合が良過ぎるよなぁ・・・)
(ドイツ陸軍が、ここに捜索に来るが俺は発見されない・・・)
などと一瞬考えた時点で、俺は余りのくだらなさにウンザリした。

俺は座っていた石から腰を上げ、愛機の破損した翼の支柱を観察してみた。
V字で組まれた二本の支柱の、丁度Vの字に交差した下翼側の付根が折れていた。


「修復は無理か・・・?」
偽装材の木の枝から、支柱と太さが同じくらいの枝を適当に1本手に取り、力を加えて見た。
枝は簡単には折れなかったが、それでも折れそうであった。


俺の愛機は、この左側の支柱のみ破損しているだけで何処にも穴は空いていなかったし、エンジンも無事で燃料もまだ沢山残っている。


機銃なんて一発も撃っていない。
俺は悔しくて歯痒くて・・・、涙がこぼれそうになるのを堪えて右膝に装着していた地図を広げた。


「墜落した時の時間は約16時40分、その時間、俺達の編隊は北北東に向けて飛行していた。」


最初に敵機を見上げた太陽の方向を思い出していた。


・・・間違い無い、俺の機は北北東に向いていた。


「基地から離陸したのが16時20分、そこから北北東に20分くらい飛べば・・・今この辺りか・・・」
俺は独り言をぶつぶつ呟きながら地図上の指を滑らせる。
だが地図では、飛び越えた記憶の無い「川沿いの塹壕線」を横切った。


・・・単純に地形を見落としただけなのか?それとも迷子になってしまったのか?!・・・あぁ神よ!


今、空では沢山の鳥の群れが大騒ぎをしながら、林の中の巣に向かって帰っていた。

やがて太陽が完全に沈み、満月が無数の星々を引き連れて登場していた。
今日はドイツ兵はやって来ないだろうと信じたかったが、一応ホルスターに手を置いたまま草の上に寝転がる。


ホルスターの中には当然、拳銃が入っている。
弾は6発・・・敵兵が現れた時、最大6人は倒せる。
もっとも俺の射撃の腕はそんなに巧くないので、敵兵がたった一人でもまだ弾が足りないだろう。

・・・腹が減ったな・・・


それにしても夜がこれほど明るいなんて・・・
女の子が去って行った丘が、ここからでもハッキリと見渡せる。
あの稜線の陰からウサギが顔を出すのも見えそうなぐらいだ。
・・・それにしても腹が減った・・・
林の奥から鳥が鳴く声が響いてくる。
・・・喉も乾いてきた・・・


俺は・・・何故軍隊なんかに入ってしまったのだろう・・・
今頃家に居れば、暖かくて香りの良い食事を済ませ、ベットに潜り込んで楽しい夢でも見ているに違いないのだ。


(家の、今日の食事は何だったのだろう・・・母さんは色々作るからなぁ・・・)


俺は楽しい事を考えていた。
ここは戦場の・・・敵の真っ只中と言うのに、まるで独りでキャンプに来ているみたいに感じ始めていた。
やがて俺はぐっすりと眠りに入っていった。

朝日が上がり始める頃、俺は犬の吼える声と、ヤギの群れが近づく鳴き声と地響きで目が覚めた。


俺は頭がぼーっとしていた。


何故なら、家の寝苦しいソファーで眠っている夢を見ていたからだ。
ヤギ達が近づくにつれてだんだん意識が記憶を目覚めさせる。

(敵は・・・やはり来なかったのだろうか?)


俺は朝露で濡れた体を地面から起し、立ち上がって大きく伸びをした。


ひんやりとした空気、白いもやの掛かった太陽、小鳥達の元気な鳴き声、目の前にゆっくりと迫り来るヤギの群れ。
すがすがしい緑色の空気が肺に流れ込む。
俺は首に巻いたマフラーの端っこで顔を拭いてから、もう一度大きく伸びをした。
何かここには敵など居ないような気さえしてくる。


いや、仮に今、突然ドイツ兵が現れても「おはよう」って挨拶するだけで何事も無く済みそうな雰囲気だ。


次第に頭と目が冴えて来る。
(基地の先輩達は俺が死んだと思っているだろうか・・・)
(・・・昨日の先輩の誰かが無事に帰還していたらの話だが・・・)


俺は空を見上げた。


何かが編隊を組んで飛んでいた。
・・・鳥だった。

昨日の女の子が俺の方に近付いて来た。
「おはようございます。・・・・・・ずっとここに居たんですか?」
「ああ・・・他に行く所も無いし・・・」
俺は首をすくめておどけた仕草をして見せたが、丁度その時、腹が「ぐぅ」と鳴っていっそう滑稽だった。


女の子は少し笑顔を見せ、肘から下げたバスケットの中から布に包まれたパンを取り出し、何も言わずに俺に差し出した。
「これは君の昼飯だろ?・・・いいのか?」


女の子は、それを俺に手渡すと再びヤギの群れの方へ駆けて行った。
(良い娘だなぁ・・・後で何かお礼をしたいもんだ・・・)
俺は受け取ったパンを食べながら、そう思った。

食事を終えた俺は、女の子が居るヤギの群れの方へ歩いて行った。
女の子は犬の「アベル」と一緒に岩の横に、ちょこんと人形の様に座っていた。
「やぁ、さっきは有難う。おかげで元気になれそうだ!」
「あ・・・いえ、私が国のためにできる事って・・・これくらいですから・・・」
そうだった・・・俺は国のために働いていたことを忘れてしまっていた。
「あの、私、カトリーヌ、って言います。こっちの犬はアベルって言います。」
そのダックスフントの名は既に知っている。
自己紹介の順番が悪いよなぁ・・・俺は自分の名を言うタイミングを逸してしまった。
(「俺の名もアベルだ」などとは恥ずかしくて言えないっ!)
俺は腰をかがめ、犬の頭を撫でながら、さり気無く言った。
「そうか、お前もアベルって言うのか。」
カトリーヌは俺のさり気無い返事に気付く様子も無く、元気な声で話かけてきた。
「そうなんです。私の兄が貰ってきた犬なんです。・・・足が短くて変わった犬でしょぅ?!」
犬のアベルは尻尾を振り、舌を出して愛想の良い瞳で俺を見上げている。
俺は意を決して自分の名を名乗った。
カトリーヌは目をパチっと瞬きさせて、少し微笑んだ。
「カトリーヌ、君には兄さんが居るのかい?」
「はい、2年前ベルギーに出稼ぎに行ったっきり音沙汰が無いんですけど・・・」


ベルギーか・・・イギリス軍とドイツ軍が激しく衝突している所だ・・・無事だと良いが・・・


「兄の名はサジィー・ギヌメールって言います・・・もし何処かで出会ったら、ぜひ家に連絡するよう、お伝えお願いできますか?・・・」
ギヌメール・・・フランス空軍のエースに確かそんな名前の男が居た様な気がしたが・・・たぶん別人だろう・・・


俺は「わかった、もし出会ったら伝えておく」とカトリーヌと約束した。
カトリーヌは安心しきった顔を見せた。
俺はすかさず言った。


「しかし俺は今、敵の占領地の最中に居る・・・まず無事に逃げ出さなきゃな!」
カトリーヌは、今度は不思議そうな顔をした。
「アベルさんの飛行機、動かないんですか?」
カトリーヌの質問に、犬のアベルがぴょこんと頭を上げる。
(お前じゃないの!)俺は苦笑してから答えた。


「うん、翼を折ってしまってね・・・」


カトリーヌは少し考えてから、再び尋ねた。
「でも、昨日はちゃんと飛んで・・・その・・・降りて来たじゃないですか・・・」
・・・俺は何も答えられなかった・・・
確かに下から見上げれば、平気で飛んでいた様に見えたのかも知れない。
しかし俺は何時翼が引き千切られてもおかしくない程の揺れを必死で押えつけていたのだ。


俺は「無理だ」と言おうとしたその時、遠くからトラックの走る音が響いて来た。


俺とカトリーヌとアベルは、そのトラックの走る音の方を見つめる。
音はゆっくりと遠ざかって行く様子だった。
「今のはドイツ軍か・・・?!」
カトリーヌは少し考えながら「たぶん・・・」と答えた。

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第三幕:「アベル伍長、強行脱出を試みる」

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敵の捜索が始まっている?!


俺は愛機に向かって駆け出し、到着するやすかさず偽装材を機体から引きずり落ろしてコックピットに潜り込む。


操縦桿を動かし、操舵に異常が無いかチェックする。
(ラダー良し、エレベーター良し、エルロン・・・左右共に良し!)


俺はカトリーヌを探した。
彼女達はまだ岩の横に居た。


俺は大きく手を振って別れを告げる。
(こうなったら地上を走ってでも味方の所へ帰るのだ!)


俺は一度地面に降りてクランクを回し、エンジンに息を吹き込む。
どおおぉぉぉー!っとプロペラが眠りから覚めて回り始める。
俺はすかさず動き出した機体にしがみ付いてよじ登り、コックピットのシートに座るとベルトを着けた。


エンジン音を確認する。
異常無し!


俺はスロットルを半分まで上げると、機体は更に加速して草の上を進み出した。


操縦桿を前に倒して尾翼を浮かせる。
と、同時に右のフットバーを踏んで右に機体を回転させる。
進路は南南西!さぁ、帰るぞ!


俺はカトリーヌの方をもう一度見た。
彼女は微笑みながら俺に向かって大きく手を振っていた。


犬の「アベル」も吼えて送ってくれている様だった。
だが彼女達の背後のヤギの群れは怯えて逃げ惑っていた。

俺は一気に丘を駆け上がり、その向うに道路があるのを確認した。


「道路に出れば、ひょっとしたら離陸できるかもしれない!」


機体の尾栓が地面に着かない様に操縦桿の前後を緊張しながら操作する。
尻の下でタイヤがゴトゴトと振動を伝えている。


俺の機の今の状態は尾翼だけ浮いている。
これは主翼にたいして負荷をかけず、全ての舵の効きを引き出せる状態である。
また、たまにフワリと浮くのでタイヤにも負担は少ないはずだ。


だが離陸しようと操縦桿を引くと、機体は左に大きく傾き、左の翼は風と地面のデコボコに煽られて大きく悲鳴を挙げる。

そしていざ道路に出てみたのだが、ワダチだらけの道路は反って危険であった!
俺は止む無く道路脇の草の上に進路を戻す。

しばらく進むと道路正面にドイツ軍のトラックが走っていた。


(さっきの奴か?!)


俺は機関銃を撃ちながらその横を走り過ぎる。
トラックは弾を避けようとしてワダチにはまり横転した。


「ざまぁ見ろ!」


俺は拳を突き上げて見せてやった!

次に小さな村が見えた。


俺はお構い無しに村の中を突っ切る。
村人が驚いた視線を向けるのがわかった。
村人の何人かは、その時に転んだみたいだ。
怪我が無ければ良いが・・・

その後、途中何度か平らな地面があり、ここでスロットルを最大まで上げれば「離陸できるのではないか?」と思う場所も度々在ったが、直後に激しい段差の振動に肝を冷やした。
そしてスロットルを上げないで良かったと胸を撫で下ろす。

更に5分くらい進むと空から爆音が聞こえてきた。
見上げると味方の複座機が二機、北東方向を目指して飛んでいた。
彼等が俺に気付いたなら、いったい何をしているのかと思うだろう。

そこから更に2分くらい進んで新たな丘を超えると、その先に塹壕を掘っている大勢の人達が見えた。
すなわち、後少し進むと塹壕が在り、転覆する危険があると云う事だ!
正面から笛の音が聞こえ、小銃を持った連中がショベルを持った大勢の連中を退避させ、俺の突っ込む先に対して水平に並び始めた。


俺は慌てて左右を振り向き、他に通れそうな場所を探す!


無い!


工事中とは云え塹壕は地平線の彼方まで続いており、いったい人類は何をしているのかと疑いたくなる。


俺は諦めて機関銃の発射レバーに手を添え、正面の敵を蹴散らす覚悟を決めた・・・が、良く見ると奴等が整列した手前に有刺鉄線の鉄条網が縦横無尽に張り巡らせて在るではないか!


さすがにアレに引っ掛かるとタダでは済まない!
あの細い針金は鋼鉄の戦車さえ止めるのだ!
俺の愛機は布の装甲しか無い。


(畜生!なんでアメリカ人のバカはドイツにあんな物を売ったんだ!)
だが、俺の愛機はみるみる加速しながら丘を下り続け、鉄条網に向けてまっしぐらに突進する!


どうせ突っ込んで転覆し、針の山に投げ出されるくらいなら、いっそのこと翼を折ってでも離陸を試みるべきだ!


俺はスロットルを最大まで上げると、愛機は何とも簡単に離陸した。
いったい今まで何をしていたのだろう?!


俺は下から小銃でバンバン撃たれたが、燃料タンクにでも当たるか、俺自身に当たらない限り全然平気であった。


浮かび上がって正面を見ると、地図で確認した通り川が流れていた。
赤茶色の川である。
幅はそれなりに広いが流れは早くなさそうだ。


と、ここで俺の左耳に炸裂音が響き、愛機が急激にバランスを崩した!
左の翼を見ると、いくつか穴が空いており、光りの束が後ろ上方から降り注がれている。


驚いて後ろを振り返ると3機のドイツ戦闘機が俺の後ろ上方に陣取り「さぁ、どうする?」と問い掛けて来ている!


俺は黒い飛行帽を被った敵のパイロットの一人を睨みつけ、右に左に操縦桿を倒した。


でたらめな操作である。
往生際の悪い、悪あがきである。
ええい、何とでも言え!


右に旋回したら右端の敵機に撃たれ、左に旋回したら左端の敵機に撃たれ、バランスを崩して立て直そうとすると真中の敵機に撃たれた。
たちまち俺の愛機は穴だらけのボロボロになってしまった。
コックピット内は漏れたオイルでベタベタのドロドロで、エンジンから時々黒煙を噴出した。


「ちくしょお!死にたくない!!」
俺は目をつむり、歯を食い縛った!
その時である!
キーンと鋭く空気を切り裂く音と共に、猛烈な射撃音が俺の後上方から轟いた。
俺は目を開き咄嗟に後方を見る!
3機の敵機は俺よりも高度を落とし、俺の機よりも破片を撒き散らして黒い煙を噴出していた。


「隊長!」
俺の機の隣に隊長機が並び、隊長が白い歯を見せて俺に手を振っていた。
そして更に6機の仲間達が俺を囲むように編隊を組んだ。



第四幕:「アベル伍長、帰還する」

.


.

俺は仲間達が編隊を組んだ直後、麦畑に不時着した。


正確には墜落したのだが・・・どっちにしても非常に格好悪い話である。
俺は編隊を組んだ仲間達が上空で一矢乱れず旋回するのを、ぶつけた頭を押えながら見上げていた。
それから麦畑の中で轟々と燃えている愛機を見つめた。
「ごめん・・・お前を信じてやれなくて・・・ごめんな・・・」

俺が墜落した所は、今度は味方の勢力圏内だった。
そして迎えに来た陸軍の馬車に揺られて部隊に帰還した。


チョビひげの整備隊長が涙を流しながら俺にシャンパンを抜いてくれた。
隊長や仲間達も皆、バカ笑いで迎えてくれた。


なんでも偵察に出ていた部隊から「おたくの戦隊マークを付けたニューポール17そっくりの車が走っている」と連絡を受けたそうだ。
俺は仲間達に今回の経緯を話し、シャンパンに酔い潰れながらバカな話を繰り返して盛り上がった。


そして寝る前に家に宛てて手紙を書いた。
「頑張ってみる。」
と記して・・・

感想はヨシノイドさんまで


<後書き>
これでフランス空軍、アベル伍長の話は終わりです。
前作の「ドイツ陸軍編」とは全く感じが異なっていますが、これは意図的に仕組みました。
戦場から牧歌的な地上に、そして最後に戦場に・・・
それから、カトリーヌ嬢との約束、その後彼女はどーなったのか?
それは別の話になるのでご想像にお任せします。(ただし良い具合に考えて下さい。)
ちなみに本作に登場するギヌメールって名前のエースは実在したが、カトリーヌとは無関係である。
今回キャラクターの名前に関して、かなりイイ加減に付けたのでした。
だから余り変なツッコミ入れないで下さい。(笑)
「牧羊犬の名はアベル・・・ならば犬種はダックスフントにしよう。家畜番の女の子はカトリ・・・(そのまんまはマズイか?)カトリーヌでイイやぁ!」
(・・・昔の日本アニメ製作の名作劇場を見ていた人ならすぐにピンと来たはず!)
<補足説明!>
「ニューポール17」:(”Nieuport 17”)フランス製の戦闘機で初戦を代表する名機です。
(出力・110馬力、最大速度・165km/h、重量・560kg、翼長・8.14m、全長5.76m、武装・ルイス機関銃1挺、一人乗り)
金属部分はコックピット周りのフレームとカウリング、エンジン関係の部品と機関銃だけで、残りの構造材は全て木製の骨格に布を張り付けています。(翼の桁や支柱も木製です。当時の航空機はほぼ全て、この様な設計になっています。)
下翼強度に問題があるのは事実でしたが、左側の支柱だけ折るって云うのは、まぁフィクションと云うことで・・・
「尾翼を浮かせて・・・」:当時の航空機の尾翼下には車輪は付いていません。
尾栓と呼ばれる木の棒が取り付けられているだけで、これがブレーキの役割を果たします。
なにしろ主翼下のタイヤにはブレーキに相当する装置が無いうえに、プロペラピッチの調節もありませんのでエンジンを始動させると飛行機はどんどん前に進み出してしまいます。
「機関銃の発射レバー」:戦闘機の機銃を撃つと聞くと、操縦桿の上のボタンを押すと思われるだろうが、当時の戦闘機にはそんな便利な装置は無い。機関銃の横に突き出したレバーを倒して発射する。
「有刺鉄線」:本作中で「鋼鉄の戦車さえ止める・・・」とありますが、これは有刺鉄線がキャタピラに絡まるからです。(有刺鉄線が戦車を切り裂くのではありません。)
「塹壕を掘る人達」:ずばり、これは捕虜や囚人達です。彼等を盾にすれば敵は攻めて来れません。
「トラック」:ドイツ軍はこの時代から既に機械化が進んでいて、自動車を多く配備していました。それに引き換え連盟軍側の輸送手段は馬車が中心でした。
「戦隊マーク」:当時の戦闘機の多くは機体全体を塗装して戦隊を表していましたが、中には胴体に帯を入れたり、垂直尾翼にマークを描いたりしていた部隊も在りました。
<更に補足!>
機体を穴だらけにされたアベル伍長は、何故墜落するまでに脱出しなかったのか?
実は当時のパイロットにはパラシュートが渡されていなかったからです。パラシュートそのものはすでに実用化されていました。
では何故パイロットにパラシュートが装備されなかったかと言いますと、私の知る情報では「脱走を防ぐのが目的」らしいです。ふざけてますねぇ!
1998/07/12 ヨシノイド



Nam-Namのおじゃまむし

いや〜 これはスゴイ作品です。 このまま映画にしたいくらい…

こんなにミリタリーな要素とメカニックの描写を持ち込めるのは本当に

ウラヤマシイ限りです。 エデンの啓示板に書いたことがあるのだが、ワタシは

そういった要素に非常に憧れています。

古くは大藪晴彦の拳銃の描写にはじまり、フレデリック・フォーサイスの世界に

ハマり、沈黙の艦隊に興奮し、そして今のワタシがありますので… (^_^;)

どちらにせよ、最もワタシの欲しい世界を持ってきてくれたヨシノイドさんに、

感謝!


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