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「おっ、今日の晩飯は茶碗蒸しかぁ」
テーブルの上に並べられた茶碗蒸しから、食欲をかき立てる匂いが鼻に届いた。
さすがは梓の作った料理、匂いまでも一級品だな。
「やっぱりお前、料理の才能あるよなぁ」
俺は、まだ台所でいそいそと準備している梓に向かってそう言った。
「ほ…誉めても何もでないぞ、それよりさ、冷めないうちに茶碗蒸しを食べよう」
梓がちょっと照れながら、エプロンを外してこっちにやってきた。
毎回思うのだが、その凶暴な性格さえ無ければそこら辺の女性よりもずっと女性らしいと思う。
ま、こんなこと本人の前では絶対言わない…いや、言えないが。
「でも本当にいい匂いがするよ、梓お姉ちゃん」
初音ちゃんが素直に姉の作った料理を賞賛する。
そしてその初音ちゃんの発言に無言で頷く楓ちゃん。
照れくさそうに「そうか?」と言う梓。
今日も柏木家は平和だなぁと、そう思った時だった。
「あれ、千鶴姉は?」
…そういえば千鶴さんを忘れていた。
そもそも今日は、千鶴さんに呼ばれてこの隆山まで来たのだ。
あの事件から3ヶ月、鬼の力を制御できた俺は楓ちゃんと結ばれた。
だが、俺には向こうでの生活があるので、ずっと楓ちゃんの側に居てやれるわけにはいかなかった。
だから、今日みたいに長期休暇に入ったら隆山に行こうかと思っていたのだ。
そうしたらちょうど千鶴さんからお誘いの電話が掛かってきたというタイミングの良さだった。
そんなわけで、冬休みの間、ずっとこっちに居ようかと思ってたりする。
まぁ、千鶴さん達が許してくれたらの話だが。
そんな思考にふけっているうちに、千鶴さんが居間にやってきたのだが…
「千鶴さん、何でコートなんか着てるんですか?」
挨拶よりも先にその言葉が出てしまった。
今は冬だから外を出歩くのならまだしも、家の中でする格好ではない。
「え…あらいやだ…脱ぐの忘れてました」
千鶴さんがちょんと舌を出す。
そんな可愛い仕草にキッツイ視線を向ける輩が約一名。
「…さっさと着替えてきなよ、まったく、どこまでボケれば気が済むんだか…」
もちろん梓である。
腕を腰に当てているので、衣服が伸びて胸のラインが露わになる。
相変わらず大きい、うん。
しかし、千鶴さんはその梓の言葉に対して何も反論せずに、素直に「そうね」とだけ言って自分の部屋に戻っていった。
いつもならここで千鶴さんと梓の言い争いが始まってもおかしくはないのだが…。
それは梓も同じ考えらしく、「あれ?」という表情をしている。
そしてほっと安堵のため息をついている楓ちゃんと初音ちゃん。
…やっぱり柏木家は平和だった。
「いただきまーす」
全員の声が居間に響いた。
先程着替えに行った千鶴さんも、今は食卓に付いておみそ汁を飲んでいる。
俺は他の料理には目もくれずに茶碗蒸しを口に含んだ。
むっ…この味は…!!
「う…うーーまー…!!」
「味○のマネ厳禁ね」
梓から鋭いツッコミが入った。
「お兄ちゃん、○皇のマネちょっと古いよ」
初音ちゃんも苦笑いしながらツッコミを入れてくる。
「でも私…味○結構好きでした」
そして最後はらぶりぃ楓ちゃんのフォローだ。
「それにしても耕一、お前ベタなギャグ使うよなー」
梓のその一言で楓ちゃんと初音ちゃんが笑いだす。
…まぁ、俺の好きな○皇のギャグが止められたのはちょっと不満だが、結果的にみんなを笑わすことが出来たので良しとするか。
その後、梓と楓ちゃん、初音ちゃんと俺で楽しい会話が続いた。
そしてふと俺達の会話が途切れた時、千鶴さんの口からふっと言葉が漏れた。
「…そろそろかしら」
みんな一斉に千鶴さんに目を向ける。
「何がそろそろなんですか?」
と俺が聞くと千鶴さんは、ふふ、とだけ笑った。
その瞬間。
「ひゃあっ!!」
梓が悲鳴を発した。
「ん、どうした?」
俺が一応心配して聞いてやると、梓は顔を真っ赤にして「な…何でもない」言った。
「おいおい、いきなり悲鳴をあげといて何にもないはないだろう」
と俺は梓に問いつめた。
すると、今度は楓ちゃんと初音ちゃんが同時に悲鳴をあげた。
「胸が…」
「なんかくすぐったいよう…」
楓ちゃんと初音ちゃんが腕を胸に当てて必死に堪えている。
ふと梓のほうに目をやると、梓も同じ格好で堪えていた。
「ち、千鶴さんは大丈夫なんですか?」
俺はまだ悲鳴をあげてない千鶴さんに聞いてみた。
「ふふふ…やっと効果が表れてきたようね」
千鶴さんの唇から信じられない言葉が発せられた。
「効果って…まさかこの料理に何か変なものでも入れたんですか!?」
少し語調を強めて俺は言った。
いくらなんでもやりすぎだ。
「そう…この茶碗蒸しには<胸囲反転ダケ>が入っているのよ!!」
俺は自分の耳を疑った。
胸囲反転ダケ?
そんなキノコの種類は聞いたことがない。
千鶴さんが続けて言う。
「このキノコを食べた者は、胸が大きいのならが大きいほど小さく、小さいのならば小さいほど大きくなるという特性を持ったキノコなんです…」
う…千鶴さんの目がイッちゃってる…。
「しかも柏木家の庭にしか生えないという特殊なものです」
…成る程、庭でキノコを採っていたから居間に来たときコートを着ていたのか…。
ってちょっと待てよ、じゃあ俺も茶碗蒸しを食ったから…。
「そうそう、殿方には効きませんから」
まるでこっちの心を読んだかようなタイミングで千鶴さんが俺の疑問に答えてくれた。
「こっ…このっ…千鶴姉!!」
すっかり胸が小さくなってしまった梓が千鶴さんに向かって掴みかかった。
しかし、千鶴さんはひょいとかわすと、どこからともなく取り出したメージャーで梓の胸囲測るという神技にでた。
「73cm」
…きっとその数字は梓にとって死の宣告だったのだろう。
力無く座り込んだ梓は泣き出してしまった。
「ふふふ…今まで私を胸が小さいとかいってけなしたバツよ!!」
千鶴さんが立ち上がって勝ち誇ったように言う。
ちなみに千鶴さんにも効果が表れているので、立ち上がった時に胸が揺れたのは言うまでもない。
「じゃあ、今度は私の胸囲を…」
そう言って千鶴さんは俺のほうを見た。
「測っていただけます、耕一さん?」
予想外の言葉だった。
でも…男が女性の胸囲を測るなんて…そんな不埒なコト…。
「測って…いただけますね?」
千鶴さんがその豊かになった胸を俺に押しつけてきた。
「…はい、測らさせていただきます」
こんな自分が情けなかった…。
「97cm」
これが今の千鶴さんの胸囲だった。
「聞いた梓!!97cmよ!!97!!」
およよ〜とか言いながら泣いている梓に向かって、千鶴さんはトドメを刺した。
しばらくは立ち直れないだろう。
なんせ胸の大きさは梓にとっては大事な要素だからな…。
俺は心の中で梓の冥福を祈った。
「さて…、ついでだから貴方達も測るわよ」
今度はその対象を楓ちゃんと初音ちゃんに向けた。
もう2人の変化は終わっており、その胸は立派に膨らんでいた。
「………」
「う、う〜ん…」
どうやら2人ともまんざらではないらしい。
「じゃ、決定ね」
そう言うと千鶴さんは俺の手からメージャーを取ろうとしたが、俺の言葉がそれを遮った。
「…俺に測らせてもらえませんか」
「「「え?」」」
3人の声が重なる。
明らかにこの状況を楽しんでいる自分がとっても情けなかった…。
「94cm」
「95cm」
ちなみに上が楓ちゃんで下が初音ちゃんだ。
結局初音ちゃんの反対にあい、千鶴さんが胸囲を測ることになってしまった。
楓ちゃんと初音ちゃんは大きくなった自分たちの胸に、ちょっと恥ずかしがりながらも満足している様子だった。
…でも、やっぱり楓ちゃんと初音ちゃんは胸が小さいほうが似合っていると思うのは俺だけだろうか?
だがしかし、貧乳の梓は結構ソソるものがある。
そんなコトも考えている時、俺はある一つの疑問が頭に浮かんだので千鶴さんに聞いてみた。
「このキノコは胸が大きければ大きいほど小さくなり、小さければ小さいほど大きくなるんですよね?」
この問いに対して、千鶴さんは「そうです」と答える。
と、いうことは94cmの楓ちゃんより95cmの初音ちゃんのほうが元々胸が小さいということになる。
そうなると楓ちゃんと千鶴さんでは……。
…………。
…………。
俺の頭に恐ろしい結果がはじき出された時、梓も同じ答えにたどり着いたらしく急に元気になって立ち上がった。
「ってコトは千鶴姉!!千鶴姉は楓より貧乳…モガっ!!」
俺はあわてて梓の口を塞いだ。
が、遅かった。
すでにこの部屋の気温は暖房がきいているのにも関わらず、外の寒さと変わらないくらいにまで下がっていた。
そして千鶴さんの「鬼の気」が辺りに充満し始めた。
さすがにこういうことには慣れているらしく、既に楓ちゃんと初音ちゃんは回避行動に入っていた。
「あずさちゃん、ちょっといらっしゃい♪」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
千鶴さんが今までにない甘ったるい声で梓を呼ぶ。
…お…恐ろしい…この場に居たくない、早く俺もこの場から離れなければ!!
そう思って逃げようとした時、梓が俺の腕に泣きついてきた。
「耕一〜、助けてくれ〜!!」
「ばっ、ばか言うな!!離せってば!!」
俺は必死に梓を振りほどこうとした。
「こういちさん、じゃまをするならたとえあなたでもようしゃはしませんわよ?」
「え、え、ちょっと待っ…!!」
「耕一〜!!」
「離せ梓!!俺はまだ死にたくない〜!!」
「ではあずさちゃん、こういちさん、かくごはよろしいですわね?」
「「ひっ、ひっ、助けてぇ〜!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
今日も…柏木家は…平和だった……。