この「虚空の詩」は1995年5月に開始された
「サイレントヴォイス・トレーナー養成コース」において
私が創った詩です。
サイレントヴォイスとは、
音楽を流しながら自らを語るという、
新しい形の瞑想の試みです。


「死」1995年製作


恐怖に基づいた行為が
「私」の全てを支えている
未来に起こるかもしれない事態に備えて
全てを為している
「悟りたい」という思いは
「悟れないまま死にたくない」という恐怖に基づいている
だから
そのまま死ぬのだ
何も為せず、何も達成できず
全てを失って
ひとりぼっちで
誰にも看取られることなく
そう
誰とか彼とか私とか
そんな世界の全てが消えていく
ただ消えていく

全てのものに別れを告げる
「さようなら」と

命あるものも、無きものも
思い出も、概念も
執着も、葛藤も
愛も、やさしさも
さようなら
さようなら
さようなら
もうあなた達と二度と会うことはない

静かになった
静かになった
どんどん
どんどん
さようなら
さようなら、と
別れを告げ続けることで

あなた達に向かっても、
今こう告げた

さようなら

テーマ曲「オルランド」



「仕事」 1995年製作


うろつき、気晴らしを求め、
手応えのない時を過ごした後にやってきたのは
こんな問いかけ

お前はいったい何がしたいの?
お前にとって意味があることって何?
お前は何を求めているの?
こんな時を過ごして
こんな風に時を過ぎ去らして
どこに行こうとしているの?

意味のあること
満ちること
悔いのないこと
それって何?
虚しい、手応えのない
そんな自分でいつまであり続けるつもり?

でもこんな問いかけや思考は
またやって来ては去ってゆく

何も見えてこない
何も見えてこない
それって悲しいことだと感じている
この悲しみを味わおう
この悲しみという風景を見つめよう
僕にはどうしたら良いのか
とんと分からない

仕事
仕事
仕事かー

仕事に限らず
何に対しても
手を合わせられたらなー

何とかしたいけれども
何とかしたいけれども
どうしたら良いのか分からない

取りあえず
仕事に向かってみようか
取りあえず
悲しいけど、悲しいけど
この風景を歩いていくよ
この時を歩いていくよ
歩こうとしなくても、歩いているよ

不思議だよ、全てが
電車は走っているよ、音をたてて
僕は書いているよ、この字のひとつひとつを
頭は感じているよ、重苦しさを
股間は感じているよ、じくじくと空虚感を
気分はちょっと悲しげだよ

物事には原因があるって今思ったけど
でも原因って本当にあるのかな
原因と結果なんて
時間っていう観念や概念の中の
解釈のひとつじゃないのかな
だってこの思考のひとつひとつが
ただ今僕の目の前にあるだけじゃないか
それを見ているだけじゃないか

理由を見つけることで
本当にその中に深く入っていくことを
本当にそれを深く味わうことから
僕はいつも逃げ続けているんだね
仕事でも何でも
それが自分を通り抜けることを
許せればいいのにね

僕って何?
僕って何?
僕って何?

これって何?
これって何?
これって何?


「家族」 1996年4月製作


父の位牌に向かって手を合わせてみる

父の顔が私の心に浮かぶ
お父さん、あなたの悲しげな顔が見えます
お父さん、あなたのつらそうな顔が見えます
何がそんなに悲しいのですか
何がそんなにつらいのですか
私があなたのことを思うことが長く無かったからですか
癒されない苦しみが残っているのですか

私に一体何ができるでしょう
恐怖に脅えることなく、あなたを感じ続けることが
私にできるでしょうか


父の位牌の入っていた仏壇を手に提げて
表に出た

井上家にまつわる様々な人に
不思議と意識は向かった
おじいさん、おばあさん、父の兄弟、姉
みんな、みんな
暗い顔で私を見つめている

あなた達は、暗闇の中で、じっと一体何を待っているのですか
なぜ、あなた達の癒されない悲しみを
私は感じてしまうのですか
これは私の想像なのですか
こんなにも人は、悲しさとつらさを抱えて
生き、そして死に、さまよい続けるのですか


母の重苦しく、さえない顔と
輝きを失った目を私は見ます

あなたもそうやって生き、そうやって死に
そうやってさまよい、漂い続けるのでしょうか
そして私も、あなた達と同じように
あてどなく、さまよい、うろつき
満ち溢れることなく生きているのですね

私が死んだら
誰を私は見つめ続けるのでしょう

誰か自分を見つめてくれる人を求めて彷徨うのでしょうか

今私は思います
人は皆
きっと見つめてもらいたいのだ、と
じっとじっと、やさしく深く見つめてもらいたいのだ、と

あなた達を今私は見ています
あなた達を今私は感じています
私に一体何ができるでしょう

私は私の胸の中の大日如来を見つめています
印を組み、その輝く姿に、静かな眼差しに見入っています

オン ヴァジュラ ダトバン アビラウンケン
オン ヴァジュラ ダトバン アビラウンケン
オン ヴァジュラ ダトバン アビラウンケン

この光が
きっとあなた達と私を癒してくれるように
思えます

この光の中に私と共に入っていきましょう


「家族2」 1996年製作


私のハートの中にいる者達よ
そして血縁、血のつながりとは何なのか
おお、私がひとたびこの血のつながりに意識を向けると
一気に私の親が、先祖が、見知った顔も、誰とも知れぬ顔も
浮かび上がる
井上家というひとつの血の流れよ
森友家というひとつの血の流れよ
宮治家という人々よ
その縁者の者達よ
なぜか私は彼らの中心にいて
彼らを眺めている
彼らの幾人かは私を見つめ
幾人かはただじっと身を浮かばせている
おお、手を合わせよ、手を合わせよ
一体私に何ができるだろう
おお、感じろ、感じろ
彼らを取り巻く不思議な空間を
この時にどんな意味があるのか
何をすべきなのか、とんと分からないが
ただこうやって感じていること自体に意味があるのではないか

断定ではなく疑問符で全てを歌おうか

あなた達はどこに行くの
あなた達は何が欲しいの
じっとじっと見つめて欲しいの
私を恨んでいるの
私はどこにいるの

全てが静寂に戻るまで
私はこうして問いかけ続けていいのですか
思考は何の判断も下せないのですか

全てが不確かなのですか
何も手がかりにも拠り所にもならないのですか
それを私は恐れているのですか
答えはあるのですか
答えはないのですか

なぜこんな風に問いかけ続けるのですか
こわいのですか
それとも義務感ですか
眺めているのですか
眺めようとしているのですか
見つめているのですか

どこにいるのですか
ここにいるのですか
ここはどこですか
川崎という駅には雨が降っているのですか


全てが不確かなのですか
不確かとは何ですか
あやふやですか
あやふやとは何ですか
ことばは何を捉えられるというのですか
何も捉えられないのですか
捉えるとは何ですか

ああ、沈黙って何ですか
これらのことばを取り巻くものですか
そんなことばで指し示せるのですか
悲しいですか
うれしいですか
楽しいですか
音が聞こえているのですか

あなたは待ってくれていますか
私はあなたを見れますか
私はあなたに出会えますか
こんな風に海辺で砂地に絵を書き続けますか


★未来の人々へ、合掌 1995年12月19日22時



魔界転生
女神降臨

歴史を変えるためには、どうしたらよいのか
時空を変容させるためには、どうしたらよいのか
そんな不思議な「公案」に思いを馳せたら
時空に風穴が空き始めた
私のまなざしは、鋭さとエネルギーを持ち
この瞬間に私を取り巻くあらゆるものに向かって
「注意深さ」という名のセンサーを放射している

未来の人々よ
ドームに閉じ込められ、希望を失い
星の見えない暗い夜空を眺めながら
それでも熱いハートと煮えたぎる思いと全ての命あるものへのやさしさを
絶やすことのなかった人々よ

あなた達の思いを受け止めると
私の今ここに生きているということが
意味深いものとなる
この今を輝かせることに
私のエネルギーは向かい始める

不思議なことに
不思議なことに
妙に今日は
あなた達のことが気にかかる

私達一人一人は
この胸の中に、このハートの奥底に
過去と未来と現在に橋を架ける
不可視なターミナル(端末)を持っているようだ

過去の思いと未来の思いと現在の思いが渦巻く
時間を超えたこの瞬間に
両手を合わせて、深く深く入っていこう

すると私の中心は見えない光を放ち始め
思考も感情も幻のように透きとおり始める


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