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―――■――――◎不定期発行◎メールマガジン『地球再生
』 ――――――
―――■――――――経済、愛、そしてライフワークの実現。―――――――
――■◆■■――それらの彼方に見えてくる「地球再生」のビジョン。―――
■――■――「地球再生」という公案を通して繰り広げられる「意識の冒険」―
―――■――――――それは、まだ見ぬあなたへのラブレター―――――――
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-------------------1999/09/03 vol.2----------------------
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☆発行者より
皆様いかがお過ごしですか。
お蔭様で、無謀にも立ち上げたこのメルマガも読者が十人を突破致しました。そして、
「早く次の号を出さんかい」と催促まで入っております。ありがたいことです。ここで感謝致します。
さて今日の御品書き。
◎今日の随想 Vol.2(1999.9.3)
地球を意識すること。
それは自分のハートを意識すること。
地球を愛すること。
それは自分のハートを大切にすること。
地球が喜ぶこと。
それは自分のハートが喜ぶこと。
地球とハートとは共鳴している。
だから、ハートに位置する、内なる地球に手を合わせよう。
地球を喜ばせよう。
自分のハートを喜ばせよう。
地球を抱きしめよう。
自分のハートを抱きしめよう。
そして、やって来る想いを見つめよう。
どんな努力も緊張も義務感もないところで
私とあなたは向かい合う。
ただただ
やって来る音に耳を傾けよう。
沈黙の深みの中で
愛が、優しさが、信頼が
目覚め始める。
そして私は
あなたの瞳に映った自分の姿にうろたえる。
◎御勧めの本 Vol.1
今号から、私の現在の活動と探究の方向性に深い影響を与えた本について紹介していこうと思います。
「コンシャス・ラブ」(春秋社刊)ヘンドリックス夫妻著
この本はまさに私の人生に革命をもたらしました。
関係性についてこれほど克明に、詳細に、リアルに解き明かした本を私は知りません。そして「顕微鏡的真実を語る」という技法の強烈さよ。
この本に出会えた私は幸運です。あなたにもその幸運を味わってもらいたい。
◎探究リアルタイム・ドキュメント Vol.1
私のお仕事は結構忙しい。今も次のセミナーのテキスト造りに追われている。
だからその企画探究のプロセスをそのままここに公開する。
御意見ご感想等よろしく。
☆「運」とは何か
私が「運」という言葉に意識を向けたとき、ふと思い出すのは印象的なある夢
です。十年近く前に見たちょっと変わった夢。
私は夢の中で、とても大きなカジノのようなゲーム場のようなところにいまし
た。そこには幾つもの部屋があり、その部屋の中にもいくつかのゲームが設置
されていました。何十人もの人々が、そのゲーム場を、部屋を移動しながらゲ
ームに昂じていました。私も彼らのうちの一人として、ゲームを楽しんでいま
す。しかし、そのゲーム場には、幾つもの罠が隠されているのです。そしてそ
の罠にひっかかると、その人はその人生において、成長する事が不可能になる
のです。
次々に、そこにいる人々は罠にかかっていきます。
そのゲーム場の全体を見渡せるような場所に、私と、私の長年の友人である女性が立っていました。
彼女は私に悲しそうにつぶやきました。
「どうしてみんな罠にかかってしまうのかしら」
私も少し悲しげに
「でもそれは仕方のないことだよ」
と答えました。
私のこの答えを聞いて彼女は声を荒げて私に
「そんな言い方やめてよ」と訴えるように言いました。
私は静かに「うん」と頷きました。
しかし私にはなぜか分かっていました。彼女も既に罠にかかってしまっている事が。彼女自身は気づいてはいないのに。
さて、どのくらいの時間、遊び続けた事でしょう。
ゲーム場のひとつの部屋のあるゲームで、私は大勝負をしようとしていました。持ち金の全てをそのゲームに賭けようとしていたのです。
私の内側で緊張と興奮は極限まで高まろうとしていました。
もう次の瞬間にはその勝負に手を出す、というその時、突如として一人の人間?がそのゲーム場の外からやって来ます。
そして彼(彼女?)の顔は見えません。しかし長髪でした。
彼を見た瞬間に
「ああ、もうこの時期は終わったんだ」という想いと共に、それまでの緊張と
興奮と勝負に対する執着がうそのように消えうせ、私は彼と共にそのゲーム場
を後にするのです。
そこで私は目が覚めました。しかし,非常にリアルなこの夢は、目が覚めてからも単なる夢としては感じられませんでした。私は「なぜゲーム場で罠にかからずにいられたのか」という問いを自分に向かって投げかけました。
巧妙に仕掛けられた罠。それにかからないでいられるほどの注意力も感知能力も私が持っていない事ははっきりしていました。
私が罠にかからなかった、その原因とは?
私の内側からやって来た回答は次のようなものでした。
「私がそのゲーム場を移動する際、どんなゲームがそこにあるか、が移動の最大の理由ではなかった。ゲーム自体も私は確かに楽しんでいたし、どんな面白いゲームがあるか、にも関心はあった。でも動機の中心は、そのゲームの部屋で誰がゲームをしているか、その場に誰がいるか、ということだった。
誰と共にいるのか、そこに私の意識の中心があった。そのような移動の仕方によって生まれるある種のエネルギー、それを私は纏い続けていた。このエネルギーが私を護ってくれたようだ」
誰と共に生きるのか、そこに意識を向ける事は災難や致命的損害を受ける事から人を護るエネルギーを発生させるのではないか。
これが私の「運」について思い付く仮説です。