
人間が高い所に憧れるように成ってから久しいが、中でもエベレストは夢と希望
そして失望を与え続けてきました。
私の作るピッケルは、この夢と希望をかなえるため沢山の人々に使用されて来ましたが、
作っている本人はテレビで山を見るぐらいで、いつかはネパールに行って直接エベレストを
みたいなぁ…と思っていました。
所が近年の海外ブームで遅れ馳せながら私にも旅行熱が移ってきました。
お仕着せのツァーで行くよりも気の合った友人とのんびり気楽に行こうと考えてパスポート
を取り、さあ行こうと構えていたら友人の都合が悪くなり、それではとK旅行社のツアーを
申し込んだら相客なし、その上10年ぶりに引いた風邪が喉につき熱はなかったが
喘息もどきの咳に悩まれながら一人で出発する羽目になりました。
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1997年11月19日早朝、家を出て関西国際空港に向かい無事12時10分発の
ロイヤル ネパール航空機に無事?乗る事が出来ました。
(実を言うと私は関空には1度も行った事が無いのです。)
翌日、市内観光の最初はボダナ−ト、紺碧の空に仏像達が浮かんでいた。
境内では路上に店を出すチベット系の人や見物する人で賑わっていました。
少年僧が夜の準備に灯明皿を並べていました 。暗くなって全部の灯明に
燈が入ったらさぞ奇麗でしょうね、残念でしたが夜は出掛けませんでした。
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ヒンズウ教寺院パシュパティ ナート
カラフルな正面入口、だが異教徒は絶対に入れない。しかし、対岸に
回ると聖なる川に面して火葬台が数箇所あり丁度火葬の最中で
傍には日本と同じように焼きあがるの待つ人が大勢いました。

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目玉のお寺で有名なスワンヤブナート


テラスから見るカトマンズ市内
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21日空路ポカラに向かう。午後タクシー?(日本では乞食でも乗車拒否
するほどのガタガタ車)を飛ばしフェデーまで行き
目的地ダンプスまでの山道に入りました。

直線で約3キロ、標高差で900メートルをー気に稼ぐ石段(自然石を
乱雑に並べた)の道、最初の急坂を登りきった所にある茶店から
下を見下ろす。
(この道はチベットに通じているそうです)

現地の人は60キロぐらいの荷物を担いで平気で上っていきますが、
空身の私ですが大変な運動で11月の下旬だというのに1年分の汗を
かきました。
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ダンプスは上の村 下の村からできており中間は田んぼや畑の畦道を行く
のどかな石段の道

目的地ダンプスのK旅行社直営 月の家

月の家の正面には神の山マチャプチャレが毅然と聳え立っていました。
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月の家には2泊してポカラに戻りベースキャンプリゾート・ホテルで1泊、
翌朝ビューポイントであるサランコットの丘に登りダンプスでは
見えなかったアンナプルナやダウラギリを見ることが出来ました。

アンナプルナ山群 中央がマチャプチャレ ベースキャンプリゾート・ホテル
ポカラではベワ湖畔のお土産屋を回り日本食?を食べたりして過ごし、
ベースキャンプリゾートに1泊しただけでカトマンズに帰りました。
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24日にはガイドが私をバイクの後ろに乗せパタン地区の観光に
連れて行ってくれました。
ごめんなさい。この日はカメラを持っていかなかったので写真は有りません。
カトマンズ ダルバール広場周辺の古い建築群
旧王宮
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25日はネパール最後の日になりましたので長年の夢であったエベレストに
会う為、マウンテンフライトに出掛けました。

20人乗り程度の軽飛行機で約1時間かけてエベレストの前まで飛んでく
れましたが、あいにく気象状況が悪く帽子をかぶっていました。
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8日間ハイキング?の予定がすべて終わり26日午前0時10分
ロイヤルネパール機上の人となり帰国しました。