水泳ぎ(おじいちゃんの子供のころ) 水泳ぎはたいてい鹿乗川だった。鹿乗橋から上流100mくらいの間が、いちばん子供 の集まる場所で20人や30人くらいはいた。 水泳パンツはなくて、パンツが普通で、もちろんパンツなしの子供もいた。橋の上から 飛び込んだり、手で魚を取ったり、田んぼの土を身体中ぬってみたり、冷えた体で国道の アスファルトに寝そべったりした。 しばらく泳いで、帰り道、家下の清水を飲んで帰った。清水には2mくらい下にサワガ ニが何びきかいて、冷たい水がおいしかったよ。 時には明治用水まで行ったこともあるが、ここは3mも深くて危なかったよ。 魚取り(おじいちゃんの子供のころ) 鹿乗川や山田川はとてもきれいで、魚がたくさんいた。魚つりにも行ったが、たいてい はあみとバケツを持って行き、川に入ってジャブャブやった。取った魚をバケツで持たさ れるのは、下級生の仕事だった。 あみといっても、買ってもらったことはない。物置の二階から養蚕のあみを出してくる。 やぶから竹を切ってきて、ほねにして、三日月あみを作って使っていた。 時には15cmもあるふなや30cmもあるうなぎ、なまずなども取れた。そいつを家 で七輪で焼いてしょうゆをつけて食べたんだよ。 昔の子供は今みたいに遊ぶことがいろいろなかったので、自分たちで工夫したんだよ。 竹スキー(おじいちゃんの子供のころ) この辺でも雪がよく積もったよ。10㎝、15㎝と積もったよ。 村の中には竹やぶのかげなど、雪がとけないでいる所がある。少ししゃ面になった所へ 行って足でふみかためて、すべって遊んだ。 時には竹やぶで太い竹を切ってきて半分にわり、前になる方をとがらせ、炭火であぶっ て曲げ、竹スキーを作った。もちろん、足がすっぽり入るほど太い竹がないので、なかな かうまくいかなかったが、けっこうこれで遊んだよ。 だけどスキーをするほど長いしゃ面がないのが、なやみの種だったね。 今の子供はいいね。毎年のようにスキー場へ出かけられるんで、うらやましいよ。 どろぼうごっこ(おじいちゃんの子供のころ) 冬の寒い日、どろぼうごっこという遊びをよくやったよ。じゅんさごっことも言ったね。 10人くらい子供がいると半分はどろぼう、半分はけいさつのじゅんさに分かれる。け いさつになった子はどろぼうの子を追いかけて、つかまえて来る。連れて来ると柿の木や やぶの竹になわでしばりつけてしまう。そして、次のどろぼうをつかまえに行くというわ けだ。 ところが、どろぼうもだまってはいない。けいさつの子が出かけた後へ来て、なわをと いてにがしてしまうんだ。 だからどこで終わりということもなく、きりのない遊びだったよ。 こま回し(おじいちゃんの子供のころ) 冬の遊びの一つとしてこま回しは大変人気があったよ。木のこまを使う子はほとんどい なくて、みんな鉄のこまだった。子供たちはこまをみがいてピカピカにしたり、内側へ色 をつけたりして宝物のようだった。 おもての土の上で、こま回しをしてもじきに止まってしまうので、国道のアスファルト ほそうへ出かけてよくやった。 たいてい10人、15人と集まった時で、セイノーとかけ声をかけ、だかがいちばん長 く回るか競争したんだ。 自動車もめったに来ない国道で遊べるなんて、今では夢みたいな話だけど本当なんだよ。 ハチの巣とり(おじいちゃんの子供のころ) ハチの巣はやっぱりたくさんあったね。でもそのころはアシナガバチも大形のものが多 く、小形のものはこのごろ増えたような気がするよ。 今はハチをいじめてさされると死ぬことがあると言って、めったに巣を落としたりしな いね。ハチをたいじするのも薬を使ったり、強力な武器があるようになったね。 おじいちゃんの子供のころは、ハチの巣落しは一つの遊びだったね。竹のぼうで1回に 5つや6つくらいは落としたね。大体2、3人の仲間でねらいをつけた巣を落とすとさっ とにげ出すんだよ。だからこういう時にさされたことは一度もなかったよ。 トンボとり(おじいちゃんの子供のころ) このへんではトンボは種類も数もいっぱいいた。トンボのことはよく知らないがヤンマ やシオカラトンボ、糸トンボ、赤トンボなどいくらでもいた。 赤トンボは秋になって大豆の葉が黄色くなるころ畑に大群がいて、とろうと思えばいく らでもとれた。だれかがかぜ薬になるぞと言ったので布のふくろを持って出かけた。日が 落ちてねむっているのを大量にとらえて来た。 家のかまどにほうらくをかけ焼いてこがし、あとすりばちで粉にひいて、びんに保存し た。200㎤くらいのびんにいっぱいあった。 冬のある日、かぜをひいたのでトンボの粉をのんだら、本当に治ってしまったよ。 山田川・後久川(おじいちゃんの子供のころ) 後久川は田んぼの水と家庭排水がながれていたが、山田川は田んぼの排水だけだった。 しかし、どちらの川も夏はぞう水して、ふなやどじょうのすみ家だった。鹿乗川よりも近 いことではあるし、子供のころよく魚取りに行った。 また毎年6月ころには、両方の川にほたるが群生していた。後久川はヘイケぼたるだけ だったが、山田川にはゲンジぼたるの大きいのがいた。日がくれると草むらにかくれてい るかもしれないへびがこわくて、ゴム長をはいてけいかいしながら、ほたる狩りをした。 とって来たほたるとほたる草をガラスびんに入れ、かやの上にのせ、電灯を消してなが めていたよ。 かくれんぼ(おじいちゃんの子供のころ) かくれんぼはよくした遊びの一つだったよ。 農家では作業小屋や納屋、牛小屋などもあり、かくれる所はいくらでもあって、1回始 めるとなかなか終わらなかった。 納屋に入ってかくれるとわらが積んであったり、むしろが積んであったりするから、見 つからない。わらの中にかくれていて、わらくずだらけの子が出て来て大笑いしたんだよ。 またわらの中にかくれていると、あたたかいものだから、ついうとうとと眠ってしまう。 かくれんぼの最中に行方不明になった子がいたりして、みんなで大さわぎしたこともあっ たよ。 今はもうこんな遊びも出来ないので、子供たちはたいくつしているのではないかと思う ことがあるよ。 |
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