blueball.gif (1613 バイト)  唐代伝奇  blueball.gif (1613 バイト)


4 崑崙奴


代宗の御代のこと。名門の貴族の子弟でという若者がいた。ある日彼は父親の命令で、朝廷の功臣である一品官一品は最高の地位の官である。一説にこの一品官とは、安史の乱の鎮圧に功績があった武将・郭子儀を指すと言う。)の病気見舞いに向かった。一品官は若者が礼儀正しいのに感心し、絶世の美貌を持つ妓女に彼を応対させた。若者はその妓女を見るや、心を奪われてしまった。そして一品官の屋敷を辞する時に、妓女は若者に対して指を三本立て、手のひらを三回返し、そして胸元に付けていた小さな鏡を指して「忘れないでね。」と言って去って行ったのである。

帰宅の後も、若者はあの妓女のことばかりを考えて食事も喉を通らない。その様子を見かねて、家に仕えていた崑崙人の年老いた奴隷(崑崙人はイスラム商人によって中国に運ばれてきた黒人奴隷を指すと言う。)の磨勒(まろく)が「何か心配事でもあるのですか?」と声を掛けてきた。

そこで若者は磨勒に、一品官の屋敷の妓女に一目惚れしたこと、そして彼女の意味ありげな身振りのことを話して聞かせた。磨勒はたちまちに、「指を三本立てたのは、妓女の家屋が屋敷内の十棟の家屋のうち、三番目にあることを示しています。手のひらを三回返したのは、十五本の指のことを言っており、十五日のことを表します。そして胸元の小さな鏡は、十五夜の月が鏡のように丸い晩にお出でくださいということを示しているのです。」と、謎を解いてみせた。更に磨勒はその上で、若者と妓女を目合わせてくれると言う。

まず磨勒は、一品官の屋敷には虎のように凶暴な番犬がいて妓女の家屋を見張っており、これを倒さないことには屋敷に忍び込めないと言う。「私の他にはこの犬を倒せる者はおりません。」彼はそう言いながら鉄槌を持ち、一品官の屋敷へと出向いて行った。しばらくすると、「番犬を叩き殺して来ました。これで一安心ですぞ!」と言いながら帰って来た。

そして十五夜の晩がやって来た。磨勒は若者に青い絹で仕立てた服を着せ、ともに一品官の屋敷へと向かった。そして若者を背負って次々と塀を跳び越え、十の家屋のうちの三番目へと忍び込んだ。その家屋の中では例の妓女が詩を吟じており、侍女や警護の者はみな眠りこけていた。彼女は若者の姿を見ると駆け寄ってきて、「あなたならきっと合図を分かってくださると思っていましたわ!」と喜んだ。若者は「磨勒のおかげでここまで来れたのですよ。」と、彼を妓女に紹介した。

妓女は二人に自分の身の上を話して聞かせた。そもそも彼女は朔方の地の富豪の娘であったが、ある日一品官が軍を率いてその地にやって来た時に、無理矢理連れ去られて妾にさせられたのだと言う。「どんなに贅沢な暮らしが許されても、これでは牢獄と変わりません。どうかここから助け出してくださいまし!願いがかないましたら、必ずあなた様にお仕えいたします。」若者は磨勒に「何とか願いをかなえやりたい。」と訴え、磨勒もそれを承知した。彼は妓女に荷物をまとめさせ、彼女と主君を背負ってやはり屋敷の塀を跳び越え、家の屋敷へと帰り着いた。

夜が明けると一品官は、妓女が逃亡したこと、そして番犬が殺されていることを知った。しかし「厳戒な警備をくぐり抜けて証拠一つ残さず出て行くとは、常人の仕業ではあるまい。」と、敢えてその行方を追おうとはしなかった。

妓女が若者とともに暮らすようになってから二年が過ぎた。しかしとうとう、彼女が家にかくまわれていることを一品官に知られてしまった。一品官は若者を呼びだしてこの事を尋問した。若者は恐ろしくなって、崑崙人の奴隷の力を借りて妓女を連れ出したのだと白状したのである。一品官は妓女のことは泣く泣くあきらめることにしたものの、「磨勒は妖人に違いない。捨て置けば天下の大害になる!」と息巻いて、兵を率いて磨勒の討伐に向かった。しかし磨勒はまるで隼のように宙を舞い、弓矢の一斉射撃をかわしていずこへかと去って行った。

その後、一品官磨勒の復讐を恐れ、毎晩多くの兵士に屋敷を守らせた。そして十年あまり経って、家の者が洛陽の市で磨勒を見かけたが、昔と変わらぬ容貌をしていたと言う。


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