Miura's 劇音楽製作所

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two envelopes problem



サルでもわかる2封筒問題

 今回は「2封筒問題」をネタ一席うかがいます。

 参考書はこれです。

三浦俊彦著「思考実験リアルゲーム〜知的勝ち残りのために」

 この本自体はあまり面白くなかったので、損をした気分です。私が損をしたからには他の関係者が得をしたはずなので、著者と出版社と書店は私に感謝するように。アマゾンに「論外 久しぶりに金返せといいたくなった」というボロクソ書評がありますが、それもいたしかたないでしょう。とはいえ「思考実験リアルゲーム」の内容で最も重要な「2封筒問題」は非常に面白く、じゅうぶん考えるに値します。



2封筒問題

【ゲームのルール】
 お金が入った封筒が2つあります。片方の封筒に入っている金額は、もう片方の2倍です。あなたは、最初にどちらか片方の封筒を選び、中身を見る事ができます。その封筒をそのままもらっても良いですし、交換しても良いです。

【問題】
 最初に選択した封筒には現金6万円が入っていました。
・封筒を交換する方が得ですか?
・交換しない方が得ですか?
・どちらでも同じですか?

【こたえ】
 最初に選んだ封筒が金額の小さい封筒である確率は1/2で、金額の大きい封筒である確率も1/2です。選択しなかった封筒に入っている金額は、確率1/2で12万円または3万円です。したがって、もう片方の封筒に入っている金額の期待値は・・・

1/2×12万円+1/2×3万円=7万5千円

 封筒を交換すれば、そのまま6万円もらうよりも得です。

【かいせつ】
 フツーに考えれば「封筒を交換してもしなくても、得するか損するかは同じ」ような気がします。それにもかかわらず「常に封筒を交換するほうが得」というのは、ちょっとおかしいですよね。これが2封筒問題のパラドックスです。



2封筒問題の本当の答えとは?

 確率統計に関する数学とベイズ理論を理解していれば、この問題の本当の答えを考えることができます。しかし、もっと簡易なレベルでもだいたい説明できそうなので、多くの人が2封筒問題の解説をネットに書き表しています。

・読みやすいけれど、納得しにくい解説
http://philonous.blog111.fc2.com/blog-entry-54.html
http://imohorinikki.com/archives/291

・理解しやすいけど、もうひとつスッキリしない解説
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20131207/1386377133

・なんとなく正しそうだけれど、読む気がおきない解説
http://the-apon.com/coffeedonuts/wakeupfromtwoenvelope.html
http://www.math.keio.ac.jp/~ishikawa/QLEJ/indexj038.html

・検索した中では最良の解説
http://d.hatena.ne.jp/kojette/20090811/1249917024

 最後の「最良の解説」は、そこそこ納得しやすいものです。これをヒントにベイズ理論を加え、私なりに2封筒問題を考えました。



ステップ1

 プレーヤーが選択した封筒に6万円が入っていたということは、ゲーム主催者が「3万円と6万円の封筒」または「6万円と12万円の封筒」を用意していたことになります。

・3万円と6万円の封筒セットである確率が1/2
・6万円と12万円の封筒セットである確率が1/2

 なぁんてことを上記した【こたえ】では、勝手に想定していますが、【ゲームのルール】にはそんなことは書いてありません。

・3万円と6万円の封筒Aセットである確率が9/10
・6万円と12万円の封筒Bセットである確率が1/10

 もしもこんな確率だったら、もう片方の封筒に入っている金額の期待値は・・・
 1/10×12万円+9/10×3万円=3万9千円

 この場合、最初に選択した封筒に6万円が入っていたら、封筒を交換しないで、そのまま6万円もらうほうが得ですね。9/10や1/10といった確率を作り出すのは簡単です。「3万円と6万円の封筒Aセット」を1組、「6万円と12万円の封筒Bセット」を9組用意しておいて、その中から1組をランダムに取り出してプレーヤーに提示すれば良いわけです。

 なお、ここでの議論で事後確率に関する「ベイズ理論」をさりげなく使いました。しかし「ベイズとは何ぞや?」などと気にする必要はありません。ベイズ理論は、ごく自然な考え方なんですね。

 最初に選択した封筒に3万円だったら・・・
・Aセットである確率が10/10

 最初に選択した封筒に6万円だったら・・・
・Aセットである確率が9/10
・Bセットである確率が1/10

 最初に選択した封筒に12万円だったら・・・
・Bセットである確率が10/10

 最初に選択した封筒に6万円が入っていたら、交換して得するケースもあれば損するケースもあるということです。そして、もしもAかBかの確率が1/2だったら・・・つまり、AセットとBセットを1組ずつ用意しておいて、ランダムにどちらかを提示するゲームだったら、最初に6万円を引いたプレーヤーは、封筒を交換したほうが本当に(期待値としては)得をします。



ステップ2

 プレーヤーが選択した封筒の中身が10万円だったらどうでしょう?。

 この場合は、ゲーム主催者が「5万円と10万円の封筒」または「10万円と20万円の封筒」を用意していたことになります。そのどちらなのかはプレーヤーにはわかりませんし、どちらなのかという確率も不明だったら、封筒を交換してもしなくても同じです。確率がわからなければ期待値を計算することもできません。

 最初から封筒を交換する(またはしない)ことに決めておいて、選択した封筒の中を見ないで交換しても(またはしなくても)得か?損か?は、同じになります。

 ただし、プレーヤーが「この主催者には20万円の賞金は用意できないだろう」と推論する根拠が何かあるのなら、交換しないほうが良いでしょう。しかし、そのように推論する手がかりが何もなかったとしたら・・・



ステップ3

 三浦俊彦著「思考実験リアルゲーム」が良くないのは、「主観確率」という言葉を使って、程度の低いゴマカシをしているところです。「手がかりが何もないから確率1/2として良いのだ」と言い切っているのですね。これはいけません。

 本当に何も手がかりがなければ「とりあえず確率1/2を想定する」というのはアリです。しかし、ず〜っとそのまま押し通すのはムリがあります。たとえば、先に他のプレーヤーがゲームに挑戦して、その結果を観察すれば情報が増えます。

・封筒の中身はだいたい2万円から50万円くらいだろう。
・高額の封筒セット(1セット=2つの封筒の組)は比較的少ないようだ。
・千円単位の封筒は無くて、すべて1万円単位のようだ。

 こういった情報があれば、たとえば最初に50万円の封筒を選択したときに「確率1/2で100万円ゲット」というチャレンジをしないでしょう。「なんでも確率1/2」という最初の想定から、金額別の確率分布を変化させていく推論のことを「ベイズ更新」と呼びます。



ステップ4

 プレーヤーが選択した封筒が6万円だったときも、10万円だったときも、常に「もう片方の封筒の金額が2倍である確率が1/2である」ということをゲーム主催者が保証したら、どうなるでしょう?。

 この条件ならば、封筒を交換するほうが得になりそうです。しかし実際は「そんなハズはない」のです。「常に封筒を交換する」という戦略と「常に封筒を交換しない」という戦略に違いが生じるハズはありません。このパラドックスが気になると、明日の朝まで悩み続けてしまいそうです。寝不足を避けたい方はすぐに続きを読んでも良いですが、しばらく考えてみるのも悪くないでしょう。



ステップ5

 ここでゲームのルールを少し変えます。

 プレーヤーが封筒を選択してからコインを投げて、表が出たら賞金2倍、裏が出たら賞金半額にするルールにします。このルールなら、コインを投げて倍額賞金にチャレンジするほうが(期待値の問題としては)本当に得をします。実際に数十回試せば得することを、簡単に確かめることができるでしょう。

 したがって、常に「もう片方の封筒の金額が2倍である確率が1/2である」ということをゲーム主催者が保証すれば、常に封筒を交換したほうが得になります。しかし実際は、そのような封筒を準備することはできません。プレーヤーが封筒を選択してから「もう片方の封筒に確率1/2で2倍または半額のお金を入れる」ことなら可能です。しかし、最初から準備しておいた2つの封筒セットを使うのであれば、それはできません。



ステップ6

 プレーヤーが選択しなかった「もう片方の封筒の金額」が2倍である確率が1/2で、半分である確率が1/2になるような封筒セットを準備することはできません。

 「そんなバカな?」と思った方はカン違いをしています。

 たしかにプレーヤーが最初の封筒を選択する前であれば「選択しなかった方の封筒の金額が2倍である確率が1/2である」ことは間違いありません。しかし、いったん選択して封筒の中身を見てしまったら、もう確率1/2ではなくなります。

 封筒の中身を見るだけで、どうして確率が変わるのか?

 たとえばステップ3で想定したような状況(最低1万円で、最高額は50万円)で、最初に50万円の封筒を引いたら「確率1/2で100万円」を期待しにくいですし、1万円の封筒を引いたら「もう片方が5千円ということは無いだろう」と推理できます。



ステップ7

 もちろん、そんなリアルなハナシでは納得できない人のほうが多いでしょう。なにしろ本のタイトルが「思考実験」ですから、この本の中でも「予算無制限だったらどうだ?」「千円、百円どころか小数点つきの細かい金額もアリならどうだ?」という議論が展開されます。そこまで何でもアリにすれば、ようやく数学の出番です。

 プレーヤーが最初に選択した封筒の中身が、6万円と6万5千円の間の「63050.87円」だったとしましょう。ちなみに小数点以下を2ケタに限定する必要はありません。この場合、主催者は・・・

(1)
6万円〜6万5千円のいずれかの金額を入れた封筒と
12万円〜13万円のいずれかの金額を入れた封筒
のセット

(2)
3万円〜3万2千5百円のいずれかの金額を入れた封筒と
6万円〜6万5千円のいずれかの金額を入れた封筒
のセット

 この(1)と(2)のセットを同じ数だけ用意しておいて、その中から1セットをランダムに選択してプレーヤーに提示するというダンドリをしなければなりません。

 そして、すべての金額についてそのような封筒セットを用意することは不可能です。なぜなら、(1)の封筒セットは小額側の金額幅が5千円ですが、(2)のほうでは2千5百円です。そして、それらの封筒セットの数を同じにしないといけません。

 ということは、プレーヤーが最初に選択した封筒の中身が「31500.25円」だった場合に対応するには、

(3)
3万円〜3万2千5百円のいずれかの金額を入れた封筒と
1万5千円〜1万6250円のいずれかの金額を入れた封筒
のセット

 これらのセットも(1)(2)のセットと同じ数だけ用意しないといけません。金額の上限や下限を考えないのですから、プレーヤーが最初に選択した封筒の中身がさらに小額の「15100.12円」だった場合にも対応するため、さらに

(4)
1万5千円〜1万6250円のいずれかの金額を入れた封筒と
7500円〜8125円のいずれかの金額を入れた封筒
のセット

も同じ数だけ用意しないといけません。つまり、小額ゾーンほど高密度にして、どこまでも封筒セットを用意する必要があります。高額側の封筒セットも無限に用意しなくてはなりません。それは現実問題でも、数学の問題でも無理なハナシです。



ステップ8

 ここはトバしてもらって構いませんが、いちおう数学の問題として確率密度関数で表すと、

2f(α)=f(α/2)
f(α)=A/(2α)

 という形になります。αは金額で、Aは正の定数です。確率はどんなαに対しても常に0以上であり、すべての確率を合わせると1にならないといけませんから、f(α)をα=0から∞まで積分して1になるように定数Aを決めないといけませんが、それはできません。

∫f(α)dα
=∫A/(2α)dα
=(A/2)・[log(α)]
=(A/2)・{log(∞)−log(0)}

 思いっ切り発散してしまいますよ。



ステップ9

 数学はともかく、現実問題として面倒なのは「最初に選択した封筒の金額」が大きすぎる場合と小さすぎる場合のようです。だから、このゲームをTVバラエティー番組の1コーナーで行うのであれば、

・セットA:1万円と2万円
・セットB:2万円と4万円
・セットC:4万円と8万円
・セットD:8万円と16万円
・セットE:16万円と32万円
・セットF:32万円と64万円
・セットG:64万円と128万円
・セットH:128万円と200万円(業界で自主規制してる上限額)

 これだけの封筒セットを用意しておいて、参加者が最初に1万円か200万円の封筒を選択してしまったら、やりなおして撮影するという、常識的な範囲で許される程度の合理的な演出で対応すれば「封筒を交換したほうが得になりそうな面白いゲーム」として放送することができるでしょう。それで物議をかもしても、私は知りません。

 あえて際どい演出をせずに、こんなルールでも良いでしょう。

・1万円だったら→せめて2万円に交換してお持ち帰りいただく。
・200万円だったら→大当たりということにする。



ステップ10

 それでも、このゲームはヘンだ!いつも封筒を交換したほうが得だなんてヘンだ!と思った方がいるかもしれません。

 最初に選択した封筒の中も見ないで「いつも封筒を交換したほうが得」というわけではありません。そこは誤解しないでください。ちゃんと封筒の中を見て、もし200万円だったら交換しないでおき、それ以外のときは交換したほうが得(そのままの金額をもらうよりも期待値が大きい)ということですね。

 この戦略が可能なのは「最高額が200万円」ということを知っているからです。この情報が無いと、せっかく最初に200万円の封筒をゲットしても、これを交換してしまったら大損をします。この大損する可能性があるので、その他のときに細かく得をすることと合わせて全体のバランスがとれます。

 プレーヤーは「最高額が200万円」という情報を活かせば、得をすることができます。この情報を活かさずに「いつも交換する」「いつも交換しない」というヤミクモな戦略をとれば、平均的にはどれも同じ結果になります。当然ですが、その期待値は、全16個の封筒の平均金額になります。



思考実験リアルゲーム

 「思考実験リアルゲーム」では、数学ではなく文章中心でアレコレ説明していますが、かえって問題をややこしくしており、しかも全然解決してくれませんでした。読んでいて、とても不満に感じました。

 三浦俊彦の本では「戦争論理学〜あの原爆投下を考える62問」が非常に面白かったのですが、他の本はどれもこれも似たような内容に思われたので手を出さないでいました。先日、たまたま見かけた「思考実験リアルゲーム」がちょっと面白そうだったので、読んでみたのですね。歴史の知識と内容の重さからいって「戦争論理学〜あの原爆投下を考える62問」のほうがタメになります。こちらはアマゾンのレビューも高い評価になっています。

三浦俊彦著「戦争論理学〜あの原爆投下を考える62問」



追記

 以上の説明とは別に、もう少し簡単な説明を思いついたので追記します。

 片方の封筒に1万円、もう片方の封筒に2万円が入っているとします。プレーヤーは最初に1/2の確率で1万円の封筒を手にします。2万円の封筒を手にする確率も1/2です。

 「常に封筒を交換しない」という戦略であれば、獲得金額の期待値は1万5千円です。これには文句がないでしょう

 「常に封筒を交換する」という戦略であっても、やはり獲得金額の期待値は1万5千円です。最初に選んだ封筒が1万円なら交換して2万円をゲット、最初に選んだ封筒が2万円なら交換して1万円をゲットで、どちらになる確率も1/2ですから。

 封筒の中身を見て「1万円が入っている」ということを確認した段階で、もう片方の封筒に入っている金額が5千円である確率と2万円である確率が1/2である・・・という仮定をすることは、実はできなかったというのが結論なのですね。

【ケースA】
もう一つの封筒に『最初に手にした封筒の金額』の2倍のお金が入っている確率

【ケースB】
もう一つの封筒に『最初に手にした封筒の金額』の半分のお金が入っている確率

は、等しく1/2です。

 しかしながら、ケースAとは「最初に安い封筒を選択した」ケースであって、ケースBとは「最初に高い封筒を選択した」ケースです。だからケースAの『最初に手にした封筒の金額』は安くて、ケースBの『最初に手にした封筒の金額』は高いのです。それなのに両方を『最初に手にした封筒の金額』という同じ言葉で呼ぶことによって、あたかもどちらのケースでも同じ金額であるかのような錯覚を起こさせるのが、この問題のミソでした。

【ケースC】
 確率1/2で最初に安い封筒を選び、このときもう一つの封筒に2倍のお金が入っている確率は1です。交換すれば100%の確率で高い金額をゲットして、交換しなければ100%の確率で安い金額に甘んじます。

【ケースD】
 確率1/2で最初に高い封筒を選び、このときもう一つの封筒に半分のお金が入っている確率は1です。交換すれば100%の確率で安い金額で、交換しなければ100%の確率で高い金額を獲得します。

 ケースCとDのどちらになるかは確率1/2ですから(金額の上限や端数などの先見情報がなければ)封筒の中身を見ようが見まいが、封筒を交換してもしなくても、得られる金額の期待値は安い額と高い額の平均の額になります。