はじめに
『三侠五義』(さんきょうごぎ)とは、北宋期の名裁判官・包拯(ほうじょう)が、「三侠」や「五義」と総称される義に厚い侠客を派遣して、民衆を苦しめる悪人を懲らしめていくという、勧善懲悪の物語である。内容的には、時代劇の「大岡越前」と「水戸黄門」を足して二で割ったような感じである。刑事ドラマ「西部警察」の中華版と言い換えてもいいだろう。中国ではそれこそテレビで時代劇化されるほど有名な物語であり、(向こうでは『七侠五義』のタイトルで知られる。)パソコンゲーム化もされている。
物語は全部で百二十回の長丁場だが、話の展開はほぼ「事件の発生」→「侠客たちが事件に関わる」→「侠客と悪漢との戦い」→「悪人を白洲に引き出して一件落着」のパターンで進行し、実にワンパターンで、ここらへん良くも悪くも時代劇的である。
ではこの『三侠五義』の魅力はどこにあるかと言うと、個性豊かな侠客たちである。主役格の展昭を始めとして、残虐非道でならす美男の白玉堂、酒好きの少年侠客・艾虎(がいこ)、水中での戦いには滅法強い蒋平(しょうへい)など、キャラクターの立った侠客が全部で十二人も登場する。その他、物語に時折絡んでくる女侠たちも見逃せないところであろう。彼らの縦横無尽の活躍ぶりが、物語の見所となっているわけである。
この『三侠五義』は、ジャンルとしては侠義小説、あるいは武侠小説に属す。系統としては『水滸伝』の子孫に当たり、金庸や古龍の現代武侠小説の祖先に当たる。だから『水滸伝』や武侠小説のファンは特に面白く読めるのではないかと思う。
登場人物紹介
侠客
三侠(七侠)
展昭…義に厚い侠客で、幾度か包拯を助けたことをきっかけにして彼の部下となる。あだ名は南侠。後に仁宗皇帝から「御猫」の称号を賜る。
丁兆蘭…茉花村に住まう侠客で、双子の弟・兆と合わせて双侠と呼ばれる。母に孝養を尽くすため、茉花村で留守居をしていることが多い。
丁兆(ていちょうけい)…兆蘭の双子の弟。兄とは異なって行動派である。
欧陽春…北侠・紫髯伯の呼び名を持つ侠客。ひとり旅を続け、各地で豪傑と出会って交わりを結ぶ。碧眼と紫髯(青い目と紫のヒゲ)が特徴。
智化…黒妖狐の異名を持つ侠客。馬強の食客であったが、欧陽春と出会い、義士たちの仲間に加わることとなる。
艾虎(がいこ)…元気いっぱいの少年侠客で、あだ名は小侠。酒好きが災いして度々失敗を犯す。元々は智化の弟子で、後に欧陽春の養子になる。
沈仲元(しんちゅうげん)…小諸葛のあだ名で知られるように、知略に長けた人物。敢えて襄陽王のもとに身を寄せて、義士たちと内通する。
五義(五鼠)
盧方(ろほう)…陥空島の五兄弟の長兄。温厚篤実な人柄で、鑽天鼠(さんてんそ)の異名を持つ。白玉堂の勝手な振る舞いに悩まされる。
韓彰…五兄弟の次兄で、あだ名は徹地鼠。義弟の白玉堂が展昭に挑戦した事件をきっかけに、義兄弟達と袂を分かって一人旅に出る。
徐慶…五兄弟の三番目で、通り名は穿山鼠。乱雑で粗暴、思慮も浅いが、気性は非常にさっぱりした好漢である。
蒋平(しょうへい)…五兄弟の四番目で、翻江鼠と呼ばれる。知謀に長け、水泳術を得意とする痩せぎすの男。
白玉堂…五兄弟の末弟で、あだ名は錦毛鼠。美男だが性格は陰険かつ残忍。勝ち気な性格が災いして非業の最期を遂げる。
宋王朝の君臣
包拯(ほうじょう)…この物語の主人公で、清廉潔白かつ公平無私の人物。名裁判官として皇帝の信頼厚く、部下や民衆からも慕われている。
仁宗(じんそう)…宋王朝第四代皇帝で、名君として知られる。実は複雑な出生の秘密がある。
公孫策…大相国寺の了然和尚の推薦で包拯に仕えることとなった文人。彼の補佐役を務める。
顔査散…貧困の中で暮らし、苦学して科挙に合格。試験を受ける為に都に赴く途中で、白玉堂と義兄弟となる。
陳林…宮中の侍従長を務める宦官で、忠義に厚い人物。劉妃の陰謀で殺されようとしていた、赤子の仁宗の命を救う。
包興…子供の頃から包拯に仕える従者。
王朝・馬漢・張竜・趙虎…四人とも元々吉に仕えていたが、主人の無道に嫌気がさして出奔し、山賊となる。後に包拯に帰順する。
倪継祖(げいけいそ)…杭州に太守として赴任し、横暴をはたらく馬強を執り裁こうとするが、逆に馬強に捕らえられる。
文彦博…仁宗に仕える硬骨の老臣。
金輝…朝廷の官僚であったが、襄陽王を弾劾したために官を解かれて隠居している。妾に言いくるめられて娘に自害を迫る。後に襄陽の太守に任命された。
悪役
吉(ほうきつ)…仁宗の妃の父で、相国の地位に就く。外戚の地位を良いことにして無道を尽くす。息子が処刑されたことで包拯を深く恨み、彼を暗殺しようとする。
c(ほういく)…父と同様、外戚の地位を利用して陳州の地で悪行を重ね、包拯に処刑される。
劉妃…李妃とともに真宗皇帝の寵姫。皇帝の子を身ごもった李妃を妬み、彼女を陥れる。
郭槐(かくかい)…宮内長官を務める悪宦官。劉妃の悪事に手を貸す。この件がもとで、後に包拯によって処刑される。
花冲…貴公子然とした武芸の達人。花蝴蝶・花蝶と名乗り、婦女を拐かすなど悪事をはたらく。
馬強…高官・馬朝賢の甥。叔父の意向をかさにきて、杭州で暴虐をはたらく。智化や沈仲元など多くの食客を養い、襄陽王とも交わりを結ぶ。
襄陽王(じょうようおう)…仁宗皇帝の叔父。皇帝の位を奪おうとして四方から侠客を集め、力を蓄える。物語後半の最大の悪役。
藍驍(らんぎょう)…黒狼山に依る襄陽王の右腕。あだ名は金面神。
鍾雄(しょうゆう)…飛叉大保の異名を持つ襄陽王の片腕。実は義に厚い人物であり、物語の最後で義士たちの説得を受けて朝廷側に降る。
その他
李妃…元々真宗皇帝の寵姫で、仁宗の生みの母。ライバルの劉妃に陥れられて、長らく不遇の生活を送る。
月華…双侠・丁兄弟の妹で、勝ち気な女性。展昭の妻となる。
竜濤(りゅうとう)…兄の仇である花冲を追っている豪傑。
沙竜…臥虎溝の猟師の元締め。武芸に秀で、鉄面金剛と呼ばれる。藍驍といさかいを起こす。
鳳仙…沙竜の娘で、弾弓を得意とする。艾虎の婚約者。
秋葵…沙竜の養女で鳳仙の妹分。不器量で力持ちの少女。
施俊…成人したばかりの若い書生で、金牡丹の婚約者。艾虎と出会い、義兄弟の契りを交わす。
金牡丹…朝廷の臣・金輝の娘。父から受けた誤解がもとで家を追われ、流転の果てに最後は沙竜のもとに身を寄せる。