隋唐演義
3 煬帝の蕩尽
さて秦叔宝はと言えば、長安から逃げ延びた後は故郷の山東に舞い戻り、元のように来護児の元で職務に勤めていた。そんな折りに、秦叔宝の母・寧氏がもうすぐ還暦を迎えるというので、単雄信や李密・王伯当らは友人・知人を集めて寧氏の誕生祝いの宴を開こうと考えた。知らせを受けて柴紹や、羅芸の部下も祝いの品を積み込んで山東までやって来たが、その中に盗賊出身の富豪・尤通や、秦叔宝の幼なじみの程咬金(ていこうきん)といった豪傑達も混ざっていた。
ちょうどその頃、山東・青州の刺史が煬帝に三千両もの上納金を贈らせたところ、これが途中で賊に奪われるという事件が起きた。捕り物役人で旧友の樊建威の依頼を受けて、秦叔宝がこの犯人の捜索を行うことになったが、その犯人は何と、寧氏の還暦祝いに駆け付けた尤通と程咬金であった。二人は煬帝の暴政に怒りを覚え、煬帝に追従する役人たちに一泡吹かせるために青州刺史の使者を襲ったのだと言う。
「秦兄に捕まえられるなら悔いは無い!」と程咬金は神妙な態度を取るが、程咬金とは竹馬の友であり、やはり母一人子一人ということで、幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしてきた仲である。秦叔宝に彼を捕らえられるわけがない。秦叔宝は群雄達の見守る前で二人の逮捕状を引き裂いて燃やしてしまった。この事が露呈すると秦叔宝も重罪に処せられるのだが、李密と柴紹がその対策を立てることにした。
その翌日、単雄信たちは秦叔宝の家で祝いの席を設けることにし、豪傑達はそれぞれ寧氏に贈り物を渡して挨拶を交わしていく。そんな中で魏徴の旧知である徐洪客という道士がやはり祝いに駆け付け、長寿の霊薬の入ったヒョウタンを贈った。寧氏はその霊薬を三杯飲み、残りを一同で一杯ずつ回し飲みしたが、程咬金だけはこっそり二杯分飲み干した。そのお陰か、寧氏は百三十歳まで生き、程咬金は九十歳になってもピンピンしていたと言う。
日が明けると李密は来護児のもとを訪れて、秦叔宝と程咬金の処遇を相談した。来護児は秦叔宝に、大運河工事のための人夫五百名を開河都護の麻叔謀のもとまで護送させるという任務を与えて、取り敢えず彼を山東から逃れさせることにした。また柴紹は岳父・李淵のもとに帰り、命の恩人である秦叔宝への謝礼として三千両を贈らせるよう説得し、その三千両をそっくり青州刺史への賠償金に充て、この件は落着となった。
さて煬帝はと言えば、日夜寵姫達と放蕩の限りを尽くし、宦官に各地の美女狩りを行わせ、離宮の工事のために重税を取り立て、人々を労役に駆り立てるというありさま。彼は洛陽の顕仁宮が完成としたと聞くや、皇后の蕭氏を初めとする寵姫達を引き連れて見物にやって来た。煬帝は離宮の出来映えに満足し、皇后とともに十六人の美女を選りすぐって十六院の楼閣を住居として与え、彼女たちを十六院夫人と総称することにした。煬帝と蕭皇后もここに暮らすことにし、忠誠心の厚い王義という小男に身の回りの世話をさせることにした。
煬帝は蕭皇后や十六院夫人と、日々詩画・舞踊・音楽・蹴鞠といった遊びに興じ、特に占星術を善くする袁紫煙、剣の舞を披露して皆から喝采を得た薛冶児(せつやじ)、まだ幼く元気な袁宝児、気性の激しい朱貴児といった才色兼備の妃たちを寵愛した。煬帝は全く政務を顧みず、たまに朝廷に出たと思ったら、寵姫達と風光明媚な江南に船で巡幸するために、都から江南に至る大運河の工事を行おうと言い出すありさま。
群臣の反対と、人夫として駆り出される民衆の怨嗟をよそに、残忍かつ貪欲な人物として知られる麻叔謀が開河都護に任命しされ、工事が開始された。工事は順調に進み、雍丘の地まで至ったが、そこで隠士墓と呼ばれる墳墓にぶつかった。麻叔謀はその墳墓を掘らせたが、その墳墓を崩した後に底の知れない大穴が有ることがわかった。彼は狄去邪という豪傑に命じてその大穴の底を調査させることにした。
穴の底には別天地が広がっており、皇甫君という仙人が彼を出迎えた。狄去邪が大運河工事の事を告げると、「見せたいものがある」と彼をある石室に案内した。そこには巨大なネズミが鎖でつながれていた。皇甫君はその大ネズミを、「この畜生め!私はお前を哀れんで皇帝にしてやったのに、ろくに政務を執らず、民を苦しめるばかりとはどういうことだ!」と罵り、衛兵に棍棒で打たせた。そしてその後で「阿摩よ、あと十年の間に失政と荒淫の罪を償うがよい。もしこのまま悔い改めないのなら、破滅を免れることは出来ぬぞ!」と声を掛けた。
皇甫君は狄去邪に道を教えて地上に帰らしたが、狄去邪は道々考えるに、今の皇帝はあの大ネズミが変化したのではないかと思い当たった。(そもそも阿摩とは煬帝の幼名である。)彼は隋朝の命運もそう長くはないと判断し、官職を辞して故郷に帰ることにした。
狄去邪と入れ替わりで、山東から逃れてきた秦叔宝が麻叔謀のもとに到着したが、腹黒い麻叔謀と秦叔宝とが馬が合うはずもない。それについては次回にて。