「紅き久遠−−−新世紀」
パート3
想音斗
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モニターが再び機能の取り戻した時、シンジは未だビルの屋上に立っていた。
其処だけはATフィールドの被害を受けていない。ミサトは呆然としながらも、
瞳に輝きを取り戻した。
あれがシンジなんだ。私が好きで好きで堪らないシンジなんだ。敢然と立ち尽
くすシンジは、この上なく凛々しく見えた。その映像を見て、ミサトはシンジ
を信じることに決めた。もう、逃げない。全てこの目で見届けるんだ。彼女は
深呼吸をすると、まだ幾分、上ずった声で確認をする。
「どういうこと、日向くん?」
「判りません。シンジくんがATフィールドを展開して中和した形跡は無し。
またアンチATフィールドの発生も確認されていませんっ」
「・・・一体、何をやらかしたの、シンちゃん・・・」
「!
またエヴァがATフィールドの投擲を行いますっ!」
再び、モニターが光で一杯になる。画像が回復した時、前と同様、シンジは手
摺につかまる格好で、立ち続けていた。ミサトの心に歓喜の感情が渦を為して
溢れ出してきた。言い換えるなら、それは希望という光。
「これは・・・!
シンジくんの所でATフィールドが消滅。中和でも弾いて
いるのでもありません・・・。敢えて言うなら・・・」
「何なの?」
「はい。敢えて言うなら、シンジくんがATフィールドを飲み込んだ・・・い
や・・取り込んでしまった感じです」
シンジにはATフィールドが効かない?
そう、彼は言った。あのパイロット
は私たちの知っているアスカから生まれたものだ・・と。ならば、アスカの生
み出したものなら、例えATフィールドであっても、シンジにとってはアスカ
以外の何物でもないのかもしれない。
シンジの言うように、確かに僅かでも道は開ける可能性がある?
私はシンジ
を信じてあげればいいだけなのかもしれない。でも、このまま此処で見ている
だけなんて、私には耐えられない。ミサト、アンタは一体どうするの?
一体
どうしたいの?
自問自答を繰り返す内に、やけに簡単な答えが浮かび上がっ
てきた。
私は、シンジと一緒にいたい。
いつでも、何処ででも。彼と一緒にいたいっ!
ならば。そうであるなら。することは一つしかない。
「日向くんっ! 此処は任せたわ!」
「え・・・まさか葛城さん・・・?」
「私もあそこへ行く。 何がなんでもねっ!」
「そんなの駄目ですっ!
行かせる訳にはいきませんよっ」
「・・・行かなきゃダメなの。お願い、判って頂戴っっ」
「葛城さん・・・」
「今度は・・・私、シンちゃんとまだ約束をしてないのよ・・・」
前の時は・・・補完計画発動の時は「続きをしましょう」って約束した。そし
てシンジは戻ってきてくれた。でも、今回は・・・まだだ。このままになんか
させない。そのためには、作戦部長なんてもんは、ゼーレにくれてやる。
「・・・行くわ!」
日向は、ミサトの表情を眺め、説得を諦めた。代わりにインターコムをミサト
に放る。そして、少し笑いながら言う。
「判りました。もう止めません。でも約束なら僕らにも、して下さい。必ず、
此処へ戻るってね」
「・・・日向くん・・・」
「それと、そのインターコム付けといて下さい。MAGIを仲介にして、常に
指令所との回線を繋ぎっぱなしにしときますからっ!」
「・・・ありがとう!
危険になったら、此処を迷わずに放棄しなさいね」
「そこら辺はご心配なく。・・・気をつけて!」
ミサトは、愛車を止めてある駐車スペースまで最短記録で駆けつけると、決し
て華麗とは言えない動作で車をスタートさせ、芦ノ湖を目指した。見てなさい、
アスカ。今回ばかりは、あんたには負けない。そして
アンポンタンのシンジ!
あんたにも葛城ミサトの純情ってのを見せてやるんだからっ!
待ってなさい
よ!
ミサトは車のエンジン音に負けないくらいの大声で宣言していた。ミサ
トがシンジを見誤ったように、シンジもミサトの想いの深さを読み違えていた。
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リツコは光を感じた。まただ。またレイの放つ青い光が見える。
「レイ・・・。今度は何?」
「・・・迎えが来てる。・・・そろそろ目覚めて・・・あげて」
「迎え・・・?」
「そう・・・。あなたを、とても大切に思っている人・・・」
「・・・マヤ?」
レイはただ微笑んだだけだった。リツコは、セイジではなく、不思議とマヤの
顔を思い出していた。ある意味では、リツコにとって、マヤこそ大切でこの上
ない相手であるのを、彼女自身は昔から解っていたのだが、こうもはっきり認
識したのは珍しい。
レイに母と呼ばれてから、尚更、自分の心が澄んだような気がしていたが、こ
うした素直さもレイの言葉がもたらしてくれたのかも知れなかった。私はまた
・・・あのコたちに助けられたってことね・・・。シンジには「命」を。アス
カには「希望」を。レイには自分が封印していた「想う心」を。
自分の心に欠けた部分を持つマヤ。そうした繋がりは、単純な先輩・後輩とい
う事だけでは言い尽くせない。また単純な愛情とも言い難い。男女間の恋愛感
情とも違う。姉妹に多少似ているかもしれないが、やはり違う。
非常に微妙な感情だが、失いたくない、とても大切な「絆」であることだけは
確かだ。それを改めて自覚した。この気持ちは、セイジと出会ったあとも、変
わることがなかった。
マヤが家庭を持ったとしても変わることはないだろう。マヤのためになら自分
は命を賭すことも厭わずに行動するに違いない。これからもこの想いは変わら
ない・・・。そう考えている内に、マヤの声が意識の中に聞こえてきた。
「先輩、先輩っ! ね、起きて下さい!
先輩っ!」
目をゆっくりと開ける。そこには見慣れた涙目のマヤがいた。
「先輩っ!」
気付いたリツコに顔を埋めるマヤ。リツコは、これって二度目だわ、と思いな
がら、感謝を込めて、自由な右手でマヤの髪を撫ぜてやる。
「マヤ・・・。ありがとう、迎えに来てくれて・・・。あなたしかいないと思
ってたわ」
「・・・・先輩・・・」
しばらくそのまま抱き留めていたが、意識が次第にはっきりしてくると、リツ
コの身体に痛覚も戻り、少しうめき声を上げてしまう。マヤはギクっとして、
リツコの腹部の応急処置を施しはじめる。
「大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫よ。それより早く此処から・・・。ネルフは何事も無い?」
「・・・いいえ、ちょっと大変な事になってます。でも、今はその心配はしな
いでください。自分の身体の事だけ考えて下さい、お願いですから」
「判った、今は、あなたの言う通りにするわ・・・」
「先輩・・・?」
リツコが、こうまで自分に素直に従うとは思っていなかったマヤは、少し驚く。
マヤが此処まで辿り着くのに見せた強さ。リツコが此処で見せた素直さ。二人
とも、今回の事で、今までとは違う何かを得ていた。少しだけ、彼女たちを変
えたモノは、確実に二人を以前よりも輝かせている。
リツコの受け答えが予想以上に、しっかりしているため、マヤの心の余裕が生
まれる。簡易担架の組み立てを終えたメンバーを呼び込み、リツコを乗せると
脱出を開始した。扉を出る時、リツコがマヤの手を握る。
「・・・マヤ、あなたが好きよ。・・・助けに来てくれて、ありがとう」
「先輩・・・!」
「・・・・・」
それに続くリツコの呟きは、マヤには聞き取れなかった。
<<レイ、ありがとう・・・また逢えるわね・・・?>>
扉を出て行く二人の姿を、寝台の脇で、ジッと見送る少女は、少しだけ嬉しそ
うに微笑む。リツコの横たわっていた寝台に腰を下ろし、一回だけ、リツコの
匂いのこもるシーツに青い髪と顔を埋めてから、再びいずこともなく去ってい
った。レイが纏っていた光の名残りが、シーツに残る彼女の涙の跡を、静かに
輝かせていた。それは、実に暖かな光輝であった。
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その時のキール・ローレンツは、背後に迫った多くの足音を聞きつつも、振り
向くことはせずに、ただ低い声で告げただけだった。
「もはや、逃げることはせんよ。仲間も皆つかまったようだな・・・。ただ、
この映像だけは最後まで見届けさせて貰おう・・・」
ネルフの瓦解を疑っていなかったキールは、エヴァ量産機が放ったATフィー
ルドが消失したのに、驚きの念を感じていた。彼が感情を覚えることは実に久
しぶりなのだが、そのATフィールド消失の先に碇シンジの姿を認めた時、思
わず感嘆してしまっていた。憎しみだとか復讐だとかの感情を超えて、ただ、
この行く末を・・・自分の思惑を超えた事態を見届けたくなっている自分を自
覚する。
「碇、貴様とて此処まで息子がやると・・・は予想しておるまい・・・。ヒト
の底力・・か。それは・・・宿命を・・・使徒の力を・・・超えるものなの
か・・・私も見たくなったぞ」
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はじめセカンドは疑いも無く、機外モニターが捉えた人影を軽く吹き飛ばした
ものと思っていた。しかし、生態反応が消えていないのを驚きを持って確認す
ると、怒りの感情に顔を真っ赤に染め、再びATフィールドを投げつけてやっ
た。今度こそと勢い込んでモニターを凝視するが、依然その人物は立ち尽くし
ている。完全に頭にきて、その後、立て続けにATフィールドを投擲するが、
その全てが、係る人物を消滅するには至らなかった。
「何で! 何で当たらないのよっ!
何で、アイツは立っていられるの!!」
彼女が怒号を上げた時、件の人物が何かを叫んでいるのに気付いた。集音マイ
クの感度を上げる。
「アスカ! 君と話したい!
話したいんだっっ!」
生意気に! 話しですって?
アスカってのも誰のことよ。バカバカしいった
らありゃしない。フン・・・でも、いざとなったら、この手で叩き潰してやれ
ばいいか・・・。
「あんた、誰よっ?」
「シンジ・・・碇シンジ!」
「シンジ・・・?
あんた、私の攻撃をどうして生身で耐えられるのよっ!」
「君は・・・君のATフィールドじゃ、僕を飛ばすことは出来ないよ」
「何故!
ATフィールドは絶対の筈なのにっっ!」
「カヲルくんが言ったんだ。ATフィールドは心の壁だって・・・。であるな
ら、そして君がアスカであるなら・・・僕には、君の心を何ら拒絶する必要
は無いんだ。アスカの心なら、例え僕らのことを知らない君であっても、僕
には、全部、受け入れられるんだよっ!」
「アスカ、アスカ、アスカ・・・さっきからアスカって、誰のことよっ!」
「君のことだっ! 君なんだよ、アスカっ!」
「知らないっ、私はアスカなんかじゃない」
「ちがうっ。アスカなんだ!
紛れも無いアスカなんだよっ!」
セカンドの心は知らず知らずの内に、少し混乱した中でアスカという言葉をリ
フレインしていた。
「あんた、私のこと判ってるつもりなの!」
「ああ、そうだ!」
「判ってないわよ、バカっぁ!」
「馬鹿でも、何でも、僕は君を知っているんだ・・・」
「それこそ傲慢な思い上がりよ!」
「なら君は、僕がどうして此処に立っていられると思うんだ!」
「知らないっ!
でも、あんたを見ていると、イライラすんのよーっっ!」
「それは、真実だってことを、君の心が、細胞の一片であっても覚えているか
らだよ・・・。僕の不甲斐なさを、アスカが知っているからこそ、イライラ
するんだ!」
「違う違う違う違う違う違う違う違うっ!」
「いや、違わないんだ!!」
「違うったら違うっっ。・・・この、バカシンジっ!」
バカシンジ、この言葉に、セカンドの心の奥底に眠る何かが反応した。懐かし
さ。セカンドの知らなかった、記憶に無かった暖かさが、彼女の中で、身じろ
ぎしながら、その羽根を大きく広げようとしていた。
* * * * * * * * * * * * * *
JAは、予定時間を若干、越えたものの、ミサトが指示した通りの場所に配置
を終えていた。腹ばいになったJAはお世辞にも格好良いとは言えなかったが、
射撃には何ら影響は無い。遠隔操作用のコントロールは、軍事用のFM周波数
を使って高密度・高速通信で行われる。
JAとエヴァを結ぶ線上の後方1キロに、マナはケンスケと共にいた。ポジト
ロン・ライフルの照準スコープと連動しているモニターを凝視しながら、マナ
は10分前から発射のタイミングを計っていた。
しかし、なかなかエヴァが動きを止めない。ネルフ配備の防衛線があまり役に
立っていないのだ。それ程に、戦力に差があるということであり、それはその
まま射線を定められないことを意味する。誰か何とかして、あのエヴァの足を
止めて・・・彼女は、そればかりを念じていた。
その祈りが通じたのか、あそこを越えられると照準がつけられなくなる、とい
う最後の線で、エヴァが動きを止めるのが見えた。それまで放ち続けていたA
Tフィールドによる攻撃が、止まった。チャンスである。マナはケンスケを振
り返ると、力強く首肯して、トリガーを引き絞ろうとした。
「あ、あれは!」
JAにトリガーを引かせる寸前に、マナは照準スコープに映る視界の左隅に、
人影らしきモノを認めた。とても小さな塵のような大きさの人影である。しか
し、マナだからこそ気づけたのかもしれない。マナには判った。あれはシンジ
くんだ。絶対にそうだ。エヴァに乗るアスカさんを止めるため、単身で・・・
あんなムチャなこと・・・。こんな事するのはシンジくんしかいない。
「だ、だめっ。今、撃っちゃいけない・・・っ!・・・あ、」
ほんのコンマ何秒かで判断したものの、脳が下した指の動作を止めるには至ら
なかった。しかし、マナにとってシンジは初恋の人なのだ。このまま撃って、
エヴァのS2機関を破壊すれば、それに伴う爆風でシンジにも危害が及んでし
まう。それだけは、シンジの命だけは、危険に晒すことは出来ない。例え第三
新東京市の被害が甚大になろうとも、それだけは避けなければならない。それ
が霧島マナの初恋に対する純情であった。
トリガーを止めることは出来なかったものの、強引な力技で、狙いの角度を、
ごくわずかながら、ズラすことには成功していた。
ポジトロン・ライフルは一条のビームを発射する。それは、ほんの少しだけ狙
いをズラして、ゼーレ・エヴァに、その射線を繋いだ。
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セカンドはシンジに対して叫び続けており、ビームの到来に気付くのが遅れた。
左脚に衝撃が走る。神経接続が切れない状態に置かれたセカンドは、そのまま
痛みをその身体中に走らせた。JAのポジトロン・ビームは、エヴァの左脚の
膝から下を吹き飛ばしていた。セカンドは絶叫し、エヴァは轟音を立ててシン
ジの立つ方向へ倒れ伏す。
初めて感じる肉体的な激痛が、セカンドの脳裏に、過去に繋がる場面をフラッ
シュバックさせる。ロンギヌスの槍に串刺しにされた映像。使徒に精神汚染さ
れた時の苦痛。今、自分が乗るものと同型のエヴァ・シリーズに貪り食われる
惨劇。浜辺で感じた気持ち悪さ。出産した時の痛み。それは、アダムの因子が
記憶したアスカの過去の映像だった。
「なによなによなによぉっっ!
これは・・・何なのーーっっ!」
倒れ伏してもエヴァは既に左脚の復元を開始しつつあった。苦痛と、妙な記憶
の奔流に混乱しながらもセカンドは、シンジの方へ這っていく。シンジは目鼻
先に来ているエヴァを見ても逃げはしなかった。それがセカンドに怒りの感情
を植え付け、意識の混乱に拍車を駆ける。心にぶつかる感情のうねりにイライ
ラしながら、シンジを左手で握り取る。一気に握り潰そうとした時、シンジが
微笑んだのが見え、驚きの余り、彼女は力を込めることを忘れた。
「何故、笑うの?」
「・・・笑ってなんかいないさ」
「笑っているじゃない!
私が握り潰そうとしているのに!」
「だって全然、恐くないんだ・・・」
「そんな戯言!」
「僕を怖がらせたいんだったら、アスカ・・・。もっともっと憎しみを叩き付
けなきゃダメだ・・・。もっと心の底から、僕を憎まなくちゃダメだ・・・」
確かにシンジの声は震えてもおらず、怖がっているような表情には、とても見
えない。彼の言うことが本当であることを、彼女は認めない訳にはいかなかっ
た。
「もっとアンタを憎めっていうの?
これ以上?」
「そうだ。もっと本気で憎むんだっ。僕の知るアスカの憎しみは、もっともっ
と深かった!
もっと身体の奥底から迸る本当の、君の心の声だった!!」
「本当の心・・・・?」
「そうだ。今の君からは、ホントの憎しみの声が聞こえやしないよっ!!」
「今よりもっと、アンタを・・・憎む?」
少しだけ、シンジの顔が歪んだ。しかし、それは身体的な痛みに因ってではな
く・・・過去の記憶によるものだった。
「本物の憎しみの刃は、とても鋭くて、心を抉るんんだ。そして、本物の鋭い
刃っていうのは、例え憎しみの刃であっても、輝いてるんだよ・・・。心か
ら迸ったホントの想いは、憎悪であったって美しく輝いてるんだ!
僕はア
スカの憎しみの輝きを知っている!
今の君のは、鈍く光る、なまくらの刃
でしかないっ」
「でも、今以上に憎むなんて出来ないっ!
だって・・・だって私の心がこれ
以上、何を感じているかなんて、私には判らないんだものっ!」
「じゃあ探すんだ。君の心の中に本当の憎しみを!
僕への憎しみを!」
「アンタって、ホントにバカなのね・・・」
彼女は苦笑した。それは、苦笑であったが、セカンドが初めて顔に刻んだ笑顔
に違いなかった。
(続く)
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想音斗さんへの感想は
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