第7章 B29の里便り
”そだめ”の里は、1945.1.3 日本海軍の飛燕の体当たりにより、 B29 Leading Lady号が墜落した地点です。 60年経過した”そだめ”近況を報告します。
私のB29Websiteは公開して5年間が経過しました。 B29 Leading Lady号の遺族ともemailでの情報交換が出来るようになりました。 私は、”そだめ”の近況を公開することは、遺族の皆さんにとっても、 ここで亡くなった11名のB29乗組員の霊に報いる為にも、また、双方が悲惨な戦争をしないためにも 必要と判断しました。
終戦60周年を迎えた”そだめ”の皆さんは、B29墜落地”そだめ”を『B29の里』と呼び、 毎年3月中旬から下旬の梅の花が咲く頃に『B29の里・梅祭り』を祝います。 当時、B29の墜落を目撃した人は少なくなりましたが、撃墜事件は語り継がれ、 戦死者の冥福を祈る思いへとつながっているようです。
”B29・梅祭り”の主催者、阿部智昭さんの自宅と梅林です。そこは、B28墜落地点のすぐ隣です。 彼は、この梅林で、今年(2005.3.26)第9回の梅祭りを行いました。
B29墜落地点の標識墜落地点は、ご覧のような竹と杉の混合林です。しかし、村人は、そこへの進入路を整備し、 雑草を刈り、訪問者を歓迎しています。
←B29搬出路(2005年)
この標識の奥が墜落地点です。
撃墜したB29を戦利品とし、調査するために搬出した通路です。
ここから、近くの畑へ搬出したB29の残骸は、幾つもの山が出来たそうです。
B29の残骸を搬出中(1945年)→
主催者紹介左は、墜落地点の直ぐ西側にお住まいの阿部さんです。 彼は、墜落地点の整備と保存の推進者で、梅祭りの発起人です。
右は、梅祭り賛同者の鈴川さんで、当時B29のプロペラ心棒が自宅を直撃した鈴川銀多老さんの
お孫さんです。
彼は、墜落当時はまだ赤ん坊で母に抱きかかえられて逃げ廻ったと聞いているそうです。
餅つき
”B29・梅祭り”は、阿部さん宅の梅林で行います。 参加者は、そだめの皆さんと近郷の賛同者で、30人位の野外バーベキューパーティーです。 参加者は全員でパーティーの準備をします。 餅をついたり、自家製の食材を使ったご馳走を準備します。 梅林の中には、桟敷が設けられ、そこでビールを飲みながら、 過去を偲び、楽しく語り合い、ご馳走を楽しみます。
串焼き(ねぎま)
参加者は、分業で手際よく準備します。 美味しそうな”ねぎま”ですね。
鮎の串焼き
”そだめ”の近郷は、鮎の産地です。地面に穴を掘り、 焚き火をしながら串刺しの鮎がこんがりと焼けるのを待ちます。
このようにして、”B29・梅祭り”は進行します。参加者の中には、
B29ってなあにという参加者もパーティーが終わる頃にはB29の理解が進みます。
このようにして、そだめのB29伝説は、後世に語り継がれていきます。
これは、現在の日本では、稀に見る素晴らしいことのように思われます。
参加者の皆さん参加者は、左から、阿部智昭さん・中根浩樹さん・簗瀬生さんとB29墜落目撃者の 中根ミツエさんです。
中根ミツエさんのお孫さんは、B29のWebsiteを見て、僕んちの山にB29が落ちた 、というMailを送ってきました。 ”そだめ”の皆さんも、B29を通してインターネットに関心を寄せています。
この写真は、阿部さん宅の玄関で撮影した報告会の記念写真です。
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