blueball.gif (1613 バイト)  東周拾遺伝  blueball.gif (1613 バイト)


鄒忌拾遺


鄒忌(すうき)は、身の丈が八尺(約180p)にもなる美男子であった。彼は琴の名手であり、もともとその技術を買われて威王に仕えていた。しかし後に政治家としての才能が認められ、の宰相にまで登りつめたのである。

彼はある日出仕の支度をしている時に、鏡をのぞき込んで妻に尋ねた。「私と城北徐公徐君平)と比べたら、どっちが美しいと思うか?」徐公というのは、当時で一番の美男子とされていた人物である。彼の妻が答えた。「あなたの方が徐公なんかよりずっと美しい顔立ちをしていますわ。」鄒忌は、自分では徐公よりずっと器量が劣ると考えていたので、妻の言葉が信じられず、妾に同じ事を尋ねた。するとやはり妾も、「ご主人様の方がずっとお綺麗でございます。」と答えた。次の日、客人が彼を訪ねて来たので、座談の折りにやはり同じ事を尋ねた。客人が言うには、「徐公の顔なぞあなたとは比べものになりませんな。」

その次の日、当の徐公が彼を訪ねて来た。彼の顔を眺めて、「やはり徐公の器量には到底かなわないな。」と考えた。後で鏡を見てみても、やはり彼の顔立ちの方が美しく思える。夜になって寝床で妻・妾・客人の返答のことを考え合わせ、鄒忌はある事に思い立った。「妻は私への身びいきから、妾は私への畏れから、客人は私に取り入ろうという下心があって、それぞれお世辞を言ったのだろう。」

そこで翌朝、鄒忌は主君の威王に会見し、事の次第を話して聞かせた。「・・・と、このように私は自分の器量をわきまえておりましたが、私の妻や妾、客人は、徐公よりも私の方が美しいと言って譲りません。さて、目下のところ我が国は、領土は千里四方に渡り、百二十の邑を持つ大国であります。さすれば妃や侍女に殿に身びいきせぬ者は無く、家臣に殿を畏れない者は無く、仕官にやって来た遊説家に下心を持たない者はおりません。そうしますと、殿はさぞや周りの者に目がふさがれているということになりましょうな。」

「うむ、そちの言う通りである!」威王鄒忌の言葉に納得し次のようなお触れを出した。「貴族・平民を問わず、私の過ちをよく諫めた者には重い恩賞を与えることにする。」布令が出されると、朝廷の群臣たちが王に諌言を申し上げようと、宮門の前の広場に列をなすようになった。こうして一年もたつと、諌言しようにも諫める事が全く無くなってしまった。すると燕・韓・魏・趙といった国々がその噂を聞きつけ、に朝貢して来るようになったという。

鄒忌威王・宣王の二代に宰相として仕え、たびたび人を官吏に推挙した。王は、鄒忌が自分の手の者を推挙して朝廷で権勢を誇ろうとしているのだと考え、彼のことをあまりよく思っていなかった。一方、晏首という家臣は高位にあるのに人を推挙することが少なく、王は彼に好意を持っていた。

そこで鄒忌は、王に次のように意見した。「私は常々、『一人の子供の孝行は、五人の子供の孝行に及ばない。』という言葉を範としており、殿のお役に立てる人材を事あるごとに推薦してきました。さて晏首が官吏に推薦した者は、一体何人おりましょうか?」王はその言葉を聞いて、晏首が官に仕えようとする人材の登用を阻んでいるのだと考えるようになり、彼を遠ざけるようになった。


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