blueball.gif (1613 バイト)  金庸の武侠小説  blueball.gif (1613 バイト)


武侠小説とは、中華世界における戦いとロマンを描いた冒険活劇である。基本的には敵・味方による武術や剣術による格闘が描かれているわけだが、それぞれの作品には格闘の他に、恋愛・大河歴史ロマン・ミステリー&サスペンス・伝奇・ハードボイルド・コメディ等々の要素がこれでもか、これでもかと言わんばかりにぶち込まれている。つまり武侠小説というのは、いくつもの物語要素が一つの作品に盛り込まれていて、一粒噛んで何度もおいしいジャンルなのである。

金庸(きんよう)とは、この武侠小説の第一人者である。現在まで12の長編と3つの中編小説を発表しており、これらの作品の多くは香港を中心に、映画化・テレビドラマ化・コミック化・ゲーム化されている。今回はこの金庸の作品のうち、徳間書店から日本語訳が出版されている10篇の長編小説と3編の中短編(2002年2月現在)を紹介したいと思う。

2002年2月3日 補足

今度から各作品ごとに「おすすめ度」を付けてみました。五つ星から一つ星までの五段階で、星が増えるごとにおすすめ度も上昇していきます。基準はほぼ私の好みに依ってますが、多少武侠小説を初めて読むのに適しているかという点も考慮してあります。


redball.gif (1607 バイト)  翻訳

書剣恩仇録
岡崎由美 訳・全4巻  文庫版有り

清の乾隆年間のこと。主人公・陳家洛は、反清秘密結社・黄花会の若きリーダーである。ある日、打倒すべき漢民族の敵である乾隆帝が、実は漢民族の生まれで自分の実の兄だと知らされ愕然とする。陳家洛は兄に、満州族を追い出して漢民族の王朝を復興させるよう説得を繰り返す。一方、彼はウイグル族の美少女・カスリー香香公主・香妃とも)と愛し合うようになるが、乾隆帝もカスリーを自分の妃にしようとしていた・・・

金庸の武侠小説の翻訳第一弾であるとともに、これが金庸自身の処女作でもある。乾隆帝漢民族説や香妃伝説といった要素を取り入れ、歴史ロマンに仕立てている。ただ乾隆帝漢民族説については、あくまでストーリーを面白くする材料という割り切りが見える。この辺は隆慶一郎氏の『影武者徳川家康』とは違う所である。

実を言うと、私自身は主人公の陳家洛にあまり感情移入出来なかったので、(特にホチントンを捨てて妹のカスリーを取っちゃうところとか)この作品については、金庸作品の中では最初に読んだ『碧血剣』と比べると思い入れは薄い。最初に『書剣恩仇録』を読んでしまってたら、『碧血剣』以降の翻訳を読もうとは思わなかっただろう。読者が武侠小説の愛好者になるかどうかは、ひとえに最初に出会う作品が自分の好みに合うかどうかにかかっているのだ。武侠小説に限らず、他のジャンルでも言えることであるが。

おすすめ度→☆☆☆

碧血剣
小島早依 訳・全3巻  文庫版有り

時は明の末期。名将・袁崇煥は明の領土を侵そうとする満州族を相手に善戦していた。しかし明の崇禎帝は、冤罪により袁崇煥を処刑してしまう。袁崇煥の息子にして主人公・袁承志は一人逃れ、華山派の総帥・穆人清に弟子入りし、父の仇である崇禎帝と満州族の頭領・ホンタイジを討とうと闘志を暖める。彼は華山派剣法のほかに、伝説の剣豪・金蛇郎君の奥義を身につけて達人となっていった。袁承志はある日、反乱軍の頭目・李自成の陣営に馳せ参じようと華山を下りる。その途上に男装の美少女・青青に出会うが、彼女はかの金蛇郎君の忘れ形見であった・・・

明末を舞台にした冒険活劇。李自成やドルゴン、ホンタイジ、李岩(李巌)と紅娘子など歴史上の人物も登場。ストーリー展開はまるでロールプレイングケームのようである。今時ゲームでも珍しい素直なストーリーで、読んでいて思わずうれしくなってくる。

まじめで没個性的な主人公、主人公を暖かい目で見つめる老師、男装のおてんば娘や身分を隠したお姫様との恋、そして最後のボスとの戦い・・・今時珍しい、見事に型にはまった正統派の冒険小説である。「エヴァンゲリオン」や「ファイナルファンタジー」等の、意味ありげな伏線だらけのトラウマストーリーに慣らされた我々にとっては、逆にこういうのが新鮮に感じられる。歴史小説に近いという点を含めて、武侠小説の格好の入門書である。

物語の見所は、前代の名剣客・金蛇郎君の清濁併せ呑む活躍ぶりである。この金蛇郎君の過去の所行が原因となって、主人公たちに様々な事件がふりかかることになる。

おすすめ度→☆☆☆☆

侠客行
土屋文子 訳・全3巻  文庫版有り

主人公の狗雑種(のらいぬ)は、自分の両親や名前さえ分からない少年である。そんな彼が、入手した者の願いを何でもかなえるという「玄鉄令」を偶然手に入れる。そして自分とそっくりの少年・石中玉石破天に間違われ、ひと騒動が持ち上がる。時に、侠客島から賞善罰悪の二使者が到来し、武林(武道家たちの社会)の豪傑たちを震え上がらせていた・・・狗雑種は石清・閔柔夫妻、史婆婆とその孫娘・阿繍といった人々とのふれあいを通して、自分の正体を探っていく。狗雑種は果たして自分のルーツを探り当てることが出来るのか?そして侠客島の謎とは?

あらすじをパッと見ると、中華版『ソフィーの世界』、或いは『家なき子』を思わせないことも無いが、出てくるキャラクターがこれまたロクでもない連中ばかりで、そういったイメージは見事に裏切られる。一日に人を三人しか殺さないという老人・丁不三、その弟で一日に四人しか殺さない丁不四雪山派の頭領である夫に対抗し、金烏刀法を編み出した史婆婆など、強烈なキャラクターが次々と登場し、頭がクラクラさせられる。

主人公の正体、侠客島の謎といったミステリーも、ストーリーを読み進んでいくうちにおおよその検討がついてしまうという代物である。やはりこれはキャラクターを楽しむ小説ではないかと思うのである。

以下は余談。前近代の中国が舞台の小説と言えば、日本では明確に時代背景の決まった歴史小説しか見かけない。しかしこの『侠客行』は時代背景をきっちり決めておらず、実在の人物も登場しない。それを知らずに『碧血剣』や『書剣恩仇録』のような歴史ドラマを期待すると、面食らうことになるかもしれない。が、それもまたよしである。「歴史が絡んでこない中国小説」のおもしろさをじっくりと味わってほしい。

おすすめ度→☆☆☆

秘曲笑傲江湖 (原題:笑傲江湖)
小島瑞紀 訳・全7巻

主人公・令狐冲華山派の一番弟子で、酒好きの陽気な青年である。彼は武林の先達・劉正風曲洋が正派の剣客たちに追われて正に死のうとする現場に出くわす。当時武林は、五嶽剣派を中心とする正派と、魔教・日月神教を中心とする邪派とが抗争を繰り広げていた。正派と邪派の垣根を越えた友情を結ぶ劉正風と曲洋は、迫害の対象となったのである。令狐冲は二人から「笑傲江湖」の楽譜を託される。

しかし令狐冲はこの件がきっかけとなって、師の岳不羣から謹慎を言い渡される。謹慎中に彼は謎の老人・風清揚と出会い、伝説の剣術・独孤九剣を授けられ、無敵の力を手に入れる。しかしそれによって更に師から疎んじられ、思いを寄せていた妹弟子の岳霊珊からも嫌われてしまう。おまけに弟弟子を殺したという無実の罪まできせられ、華山派を破門されることとなった。

一方、魔教の内部でもナンバー2の東方不敗が教主の任我行を幽閉するというクーデターが起こっていた。令狐冲は魔教の姫君・任盈盈に出会う。彼女は唯一「笑傲江湖」を演奏出来る人物であった。令狐冲は父を助け出そうとする彼女に手を貸して、秘術・葵花宝典により妖人と化した東方不敗に挑もうとするが・・・

金庸の小説の中でも傑作と名高い一編である。香港で「スウォーズマン」と題して映画化され、人気を博した。某ロボットアニメの東方不敗も、この『笑傲江湖』のキャラクターから名前が取られたのである。全七巻にもなる大河伝奇小説だが、読者の期待を裏切らない出来である。

登場人物も、善人と思わせておいてドンドンと悪役になっていく者がいると思えば、ひたすらボケに徹する連中もいて飽きが来ない。そのキャラクターの白眉は、やはり東方不敗であろう。ええ年したおっさんが、秘術・葵花宝典を会得するために自ら去勢し、髭を剃って女装し、オカマ言葉を使うのである。これにホモまで加わるのだから気持ち悪いことこの上無い。

しかしこの東方不敗さえも、更なる惨劇の伏線に過ぎなかったのである。こんな面白いキャラクターを惜しげもなく捨て去るなんて、金庸先生も凄えや!強烈なキャラクター群と質・量ともに充分なストーリー展開に酔いしれるべし!

おすすめ度→☆☆☆☆☆

雪山飛狐
林久之 訳・全1巻

明末の反乱軍頭目・李自成には胡・苗・范・田という四人の護衛がいた。しかし李自成の死をきっかけにして胡と他の三人との間に諍いが持ち上がり、血で血を争う仲となる。そしてこの因縁は子孫の代まで持ち越された。主人公である胡斐の父親・胡一刀はその胡氏の末裔であったが、同じく苗氏の末裔である苗人鳳との激烈な果たし合いのすえ、討ち取られてしまう。清の乾隆年間、雪山飛狐と呼ばれる侠客に成長した胡斐は父の仇を討つために、苗人鳳の山荘まで足を運ぶが・・・

たった一巻といえど、内容はかなり濃い。雪山の別荘に集まった人々の過去の告白がストーリーのベースになっている。その告白は主人公の父親と苗人鳳の決闘の真相を告げたものもあれば、そうで無いものもある。ともかくその告白によって、金田一物(「耕介」・「少年」両方を含む)のごとくドロドロとした人間ドラマが語られてしまうのである。

途中に挟まれた、胡一刀と苗人鳳の五日間に渡る激闘は圧巻。この小説の一番の注目ポイントである。巻数の少なさからも、武侠小説の入門書としては格好の材料・・・と言いたいところだが、ただひとつ致命的な欠点があるために、武侠小説の入門書としては失格の烙印を押さざるを得ないのである。

その欠点とは、最後の結末をちゃんと書かないままに終わっていくラストシーンである!こんな結末で一体誰が納得出来るというのか!!他の部分がよく出来ているだけに、余計に腹ただしい。残念である。

おすすめ度→☆☆

射G英雄伝
金海南 訳・全5巻

時は南宋。華北は女真族の金の領土となり、華南の豪傑のある者は勤皇の志に燃え、ある者は金と結んで富貴を得ようとしていた。そんな折り、数多の豪傑の中で誰が最強であるかを決定する華山論剣が開かれたが、全真教の開祖・王重陽が最強と認められて中神通の称号が与えられ、東邪・黄薬師、西毒・欧陽鋒、南帝・段智興、北丐・洪七公の四人がそれに次ぐとされた。

それから何年も経って、杭州牛家村に暮らす郭嘯天楊鉄心の義兄弟はやはり反金の義士であり、ともに子を宿した妻がいたが、二人とも金兵の襲撃を受けて殺されてしまう。郭嘯天の妻・李氏はモンゴルのチンギス・ハンのもとに逃れて主人公・郭靖を生み、楊鉄心の妻・包氏は金の皇族・完顔洪烈にさらわれて彼の妻となり、彼のもとで楊康を生んだ。

さて、王重陽の高弟・丘処機は郭嘯天・楊鉄心とは旧知であったが、ある時に江南七怪と呼ばれる豪傑たちといさかいを起こした。彼は自分が楊康を、江南七怪が郭靖を探し出し、それぞれ武術を教え込み、十八年後に二人に武術の試合をさせることで事の決着を着けようと提案した。彼らは無事に遺児たちを見つけ出したが、郭靖は素直な少年だが物覚えが悪く、楊康は筋は良いものの金の皇族として育てられたため、頗る我が儘である。やがて十八年の時が経ち、郭靖は果たし合いの約束を果たすべくモンゴルを発つが、旅の途中で黄蓉という少女と出会う。彼女は東邪・黄薬師の娘であった・・・

『射G』三部作の第一作にして、金庸の出世作。今まで王重陽に関しては「インチキ道士」、丘処機(長春真人)は「チンギス・ハンに説教した、枯れた爺さん」というイメージが何となくあったが、二人ともなぜか武術の達人になっているので驚いた。王重陽は棺桶の中から生き返るし、丘処機は全然枯れてないし、滅茶苦茶である。

そして『笑傲江湖』の桃谷六仙と同様、今回も老頑童・周伯通というお笑いキャラクターが登場し、シリアスなストーリーの中で一服の清涼剤となっている。この周伯通、一見すればやはり好々爺として描かれている北丐・洪七公とキャラクターがかぶっているような気もするが、洪七公=シリアスなシーンではちゃんとシリアスに決める(第3巻、丐幇の幇主の地位をヒロインの黄蓉に譲るシーン等)・周伯通=シリアスなシーンでも笑いを取るといったように、ちゃんと書き分けが出来ている。彼は続編の『神G侠侶』でも登場するそうで、今作以上にハードな物語の中でどう立ち回ってくれるかが楽しみである。

ただ、登場人物が人の話を聞かない・秘伝によって主人公がいきなり強くなる・男装の美少女が出てくるといった展開がこの作品でも見られたが、これは金庸の作風ということで納得しないと仕様がないのだろうか?特に今回はガイドブックに、主人公の郭靖が特に才能のあるわけではない平凡な少年で、努力を重ねて成長していく物語という感じの解説があったので、友情・努力・勝利みたいなストーリーを期待していたのだが、蓋を開けてみればくきっちり今までのパターンを踏襲していたので、少しガッカリした。いや、面白かったからいいんですけどね。でも次作あたり、そろそろ違うパターンの作品も読んでみたいと思うのである。

おすすめ度→☆☆☆☆

連城訣
阿部敦子 訳・全2巻

主人公・狄雲は、鉄鎖横江の異名を持つ剣侠・戚長発のただ一人の弟子で、師父の娘・戚芳に恋心を抱く純朴な青年である。ある日彼ら師弟三人は、戚長発の兄弟子・萬震山の道場を訪問するが、秘伝の連城訣を巡って戚長発が萬震山といさかいを起こし、彼に重傷を負わせて行方をくらましてしまう。また萬震山の息子・萬圭は戚芳に横恋慕し、狄雲に無実の罪を着せて牢獄に追いやったうえで、戚芳を我が物とする。

狄雲は投獄された挙げ句に肩胛骨に穴を開けられて武芸の出来ない体にされてしまうが、同房の丁典という侠客に気に入られ、内功の秘術・神照経を伝授される。実はこの丁典、連城訣に隠された秘密を知る唯一の人物であった。この連城訣を奪い取るべく、牢内に次々と刺客が送り込まれてくるが……

ガイドブックでは中華版厳窟王として紹介されているが、狄雲に比べれば『厳窟王』の主人公エドモン・ダンテスなど、まだ幸せな人生を送ったほどである。投獄期間こそダンテスの方が長いものの、狄雲のように五本の指を切り落とされたり、肩胛骨に穴を開けられるというような凄惨な目には遭っていない。また彼には師匠のファリア神父以外にも、少ないながらも恩人や友人を持ち、更にはモンテクリスト島の秘宝を手に入れた後はほぼ勝ち組の人生を歩む。

振り返ってみて我が狄雲の半生はどうか?脱獄後も仇には追われ、悪人にもペコペコと頭を下げ、善人には自分を悪人と誤解されるというように、最後の最後までほぼ負けっ放しであり、ラストシーンに至ってようやく……という感じなのである。エドモン・ダンテスがスマートに復讐を遂げていくのに比べ、この差は何なのであろうか!?(無論これには実話をもとに話を作っているという事情も絡んでくるのであろうが……)分量的には『雪山飛狐』の次に短いが、ストーリーが本家『厳窟王』以上に救いが無く、武侠小説の入門書として推す気にはなれない。

おすすめ度→

神G剣侠 (原題:神G侠侶)
岡崎由美・松田京子 訳・全5巻

前作『射G英雄伝』から十数年後、楊康の忘れ形見である主人公の楊過は、今や武林の大侠と慕われている郭靖・黄蓉夫妻に引き取られる。しかし郭一家と折り合いが悪く、楊過は亡父の師門である全真教に預けられる。しかしそこでも師匠や先輩の執拗ないじめに遭い、思いあまって全真教と浅からぬ因縁を持つ古墓派に身を投じ、全真教への復讐を誓う。古墓派の総帥・小龍女はまだ20歳にもならぬ少女であった。年月を経るうちに二人の愛は師弟愛から恋愛のそれへと変わっていく。

一方、この十数年の間に金を滅ぼしたモンゴルは、今度は南宋を版図に収めんとしていた。郭靖は英雄大宴を開いて豪傑達を集め、モンゴルの侵攻に対抗しようとした。モンゴルの国師・金輪法王は英雄大宴に乗り込んで逆に武林の盟主の座を奪い取ろうとするが、そこに小龍女と楊過の師弟が立ちふさがる……

「射G」三部作の第二。香港・台湾の金庸サイトを覗いているとどうもミ−ハ−なファンが多く、しかもやたら「ラブストーリー」というのを強調していたりして何だか嫌な予感がしていたが、実際読んでみたところ見事にいつもの金庸だったので安心しました。

主人公・楊過の気質は前作の主役・郭靖と正反対である。機転が利いて器量も良いが思い込みが激しく、タブーをタブーとして認めない。現代人にとっては、人格的に円満すぎる感のある郭靖と比べてずっと感情移入のしやすいキャラクターではないかと思う。

ストーリーの方はと言えば、小龍女と楊過との愛が師弟の名分を犯した邪恋だとされて周囲から追い詰められたり、楊過が郭靖夫妻を父の仇として付け狙ったりと、ややもすれば凄惨な展開になるところを絶妙のタイミングで前作以来のトリックスター・周伯通が引っ掻き回して、物語を陽の方向に留まらせている。また英雄大宴での対金輪法王戦、楊過と神Gの触れあい等等読み所も満載で、はっきり言って面白いです!

思うにこの『神G侠侶』の場合、他の作品と比較して主人公に降りかかる試練とそれに対するカタルシスの量が半端ではない。だから余計に面白さや読後の爽快感が増幅されるのであろう。

おすすめ度→☆☆☆☆☆

倚天屠龍記
林久之・阿部敦子 訳・全5巻

時は元末。倚天剣屠龍刀を手にすれば天下制覇も夢ではないという噂が江湖に広まり、二つの宝器を巡って血腥い暗闘が繰り広げられていた。主人公・張無忌武当派の幹部を父、魔教の教主の娘を母として生まれた。しかし彼の両親は屠龍刀の争奪がもとで自害に追い込まれ、張無忌自身も謎の刺客の放った玄冥神掌を身に受けて、武術が出来ない体となった。

武当派の開祖で父の師である張三hou4.gif (97 バイト)は張無忌のために色々と手を尽くすが、一向に彼の病状は改まらない。張無忌は病を抱えて苦難にさらされるが、ある日ひょんなことから、江湖から長らく失われていた奥義・九陽神功を会得し、玄冥神掌の病禍も打ち消された。

時に邪教集団である明教が武当派を始めとする正派の総攻撃を受けていた。張無忌は身を挺して母の実家である明教と、父の出身である正派との和解に勤める。教団の危機を救い、明教の幹部の信頼を得た張無忌は明教教主に推戴される。彼は明教と正派の力を合わせて圧政を敷く元王朝に立ち向かおうとするが、そこに元朝の王女・趙敏が立ちはだかる……

射G三部作の最終作。前二作との関わりは一見薄いように思われるが、意外な所で前作までの登場人物が絡んでくる。所々で前作のキャラクターの子孫が登場するといったようなファンサービス(?)も見られる。物語は『神G侠侶』の三年後から始まり、主人公は郭襄張君宝少年(後の張三hou4.gif (97 バイト))、武当派の三番弟子である兪岱巌、張無忌の両親である張翠山殷素素と次々と移り変わり、本来の主人公である張無忌は第一巻の終盤に至ってようやく誕生する。物語のスケールの大きさは三部作の最後を飾るにふさわしい。

今作は張無忌を巡る女難の物語と言えそうである。張無忌の幼馴染みで峨眉派shi5.gif (104 バイト)や、元の王女の趙敏、明教の侍女である小昭など何人ものヒロインが登場するが、彼女達のほぼ全員が何らかの形で主人公を騙していたり、利用しようとしていたり、恋心がかなえられないあまりに害意を抱いたりするのである。張無忌は彼女達に散々翻弄されることになる。

殊に最初は張無忌を慕う清廉な美少女として登場する周shi5.gif (104 バイト)若が、明教を倒せと言う師の遺命と張無忌への恋心との板挟みに苦しみつつ、悪事を重ねていくさまは圧巻である。そして彼の心が他の女性に向けられていると知るや、その女を陥れ、張無忌自身を害することさえ厭わない。物語の進行とともに彼女は策謀を身に付けていく。これとは対称的に、当初悪役として登場した趙敏が主人公に心を寄せていくとともに、策士としては精細を欠いていく。

張無忌は優柔不断で、いつまでたっても伴侶をこれと定めることが出来ない。個人的には小昭が最善、趙敏が次善、周shi5.gif (104 バイト)若は最悪の選択であると思うが、いかかであろう?

おすすめ度→☆☆☆☆


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