安彦良和と古代史 


今回は安彦氏のマンガを肴に、私の偽古代史についての思い出をば・・・


ナムジ−大國主−
安彦良和・徳間書店(全5巻)or中公文庫(全4巻)

一介の鉱夫であった青年・ナムジは、ひょんなことからスサノオの娘・スセリに仕えることになり、やがて二人は結ばれることになる。ナムジはスセリや師匠のスクナビコナに支えられ、王としての風格を備えていくが・・・ナムジこと大国主の半生を描いた安彦版古事記の第一弾。

元ネタとなった本の主張に反してオオクニヌシノミコトを主役に配し、そのサクセスストーリーに仕上げている。序盤から後半の流転部分まで、その展開に目が離せない。下にも書いたが、古代史の真実云々は抜きにして、単純にストーリーが面白い。

神武
安彦良和・徳間書店(全5巻)or中公文庫(全4巻)

『ナムジ』の続編。今作の主人公はナムジの息子・ツノミ。彼はヒミコの孫のイワレヒコ(後の神武天皇)に仕えることになる。そして大和の王・ニギハヤヒの娘であるミトシとイワレヒコの政略結婚に尽力するが、ミトシは実はツノミを愛していたのである・・・神武東征をクライマックスに配置した、安彦版古事記第二弾。

前編にあたる『ナムジ』もそうだが、日本神話のエピソードをうまくアレンジして配置している。元ネタとなった本は所謂トンデモ本であるが、入口がトンデモ本でも、出来あがった物が傑作であれば問題なし!『神武』でものっけから読ませる展開となっております。最後は無理矢理まとめたという感じがしないでもないが、全体としては前作と並ぶ傑作に仕上がった。


私が日本神話に注目するようになったのは、一冊の本との出会いがきっかけであった。高校時代のある夏、私は友人たちと泊りがけで海水浴へ出かけたときのこと。電車内でのヒマをつぶすため、ある駅の売店で『神々が明かす日本古代史の秘密』(中矢伸一・日本文芸社)という本を買ったのである。

その内容はと言えば、日本人の祖先は失われたユダヤ十部族であるとか、スサノオノミコトの息子・ニギハヤヒノミコト(※1)が真の日本の初代天皇であり、皇室はその事実を隠しているとか、卑弥呼はアマテラスで、邪馬台国は九州の西都原にあったとかいうようなことをづらづらと述べているわけである。いま読み返して見ると、『先代旧事本紀』(せんだいくじほんぎ)や『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)といった怪しげな資料を使用していたり、チャネリングはインチキと言っておきながら、北川某というチャネラーだけは信用できると主張したりと、その記述は全く信用ならない。今で言えば「トンデモ本」の部類に入るだろうか。

しかしその頃の私は、本の記述を疑うということを知らなかったので、この『〜日本古代史の秘密』の内容を7・8割がた信じたのである。そしてこのニギハヤヒノミコトの事跡を小説かマンガにでもまとめれば面白い話になるだろうと思ったのである。この時の私はまだ知らなかった。『〜日本古代史の秘密』の内容を既に安彦良和氏がマンガ化していたことを・・・

そのマンガというのが『ナムジ』・『神武』二作である。正確には、ナムジことオオクニヌシノミコト父子を主人公としており、ニギハヤヒノミコトはそのライバル的存在として描かれている。更には安彦氏が引用しているのは『〜日本古代史の秘密』ではなく、その記述の元ネタとなった(というより丸写しにしているように思える)、『古代日本正史』(原田常治・同志社=今の婦人生活社)という本である。

安彦氏は『ナムジ』第1巻のあとがきで、この『古代日本正史』が学究的ではなく雑文に近いとしながらも、原田氏の仮説は注目に値すると考えてこのマンガを描いたのだと言う。実際この古事記シリーズは、原田氏の主張(ニギハヤヒが初代天皇だったとか、神武東征は史実であるとかいったこと)をベースに安彦氏が絶妙な脚色を加え、非常に面白い古代史ファンタジーに仕上がった。トンデモ本にインスピレーションを得て、傑作が出来あがったわけである。

『ナムジ』の後、続編として『神武』が書き下ろされた。続作では神武天皇の即位までを描いているが、古事記シリーズはまだまだ続ける予定だという。しかし1995年3月をもって、古事記シリーズの刊行はパッタリと止まった。安彦氏の他の仕事が忙しく、こちらまで手が回せないのか?それならそれで良いのだが、ここに奇妙な符号がある。1995年5月に、あの『トンデモ本の世界』(と学会 編・洋泉社or宝島社文庫)が発行され、原田氏の『古代日本正史』がトンデモ本として紹介されたのである。これを読んで安彦氏が、やはり原田説は信ずるに足らぬと考えるようになり、古代史への情熱が冷めていったというようなことは考えられないだろうか?

もしそうだとしたら、由々しきことである。少なくとも私はこのシリーズが古代史の真実を記しているからとか、鋭い着眼点を示しているからといった理由で読んでいるのではない。純粋にマンガとして面白いから愛読しているのである。そこらあたりのことを踏まえ、安彦氏には是非とも古事記シリーズの続作を描いてもらいたいものである。


※1  ニギハヤヒノミコトとは、あまり聞き慣れない神である。『古事記』に於いて彼は、神武天皇が東征して大和に着いたおりに、宝物を奉ってその家来になったとある。もちろん『〜日本古代史の秘密』等ではこれを史実の改竄と主張している。彼はスサノオノミコトの息子・オオトシと同一人物であり、神武天皇以前に大和に入り、土豪のナガスネヒコと協力して王権を築いていたと言うのである。


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