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「光あれ (1)」 −−− すべての、はじまり


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全てがLCLの波間に消えようとしていた、その最後の一瞬・・・。言うに言
われぬ優しき心地よさに、今までの生を、死を、憎しみを、幸せを、寂しさを
全てを捨て去り、身を任そうとした、その最後の一瞬に・・・。アスカであっ
た思惟は・・・、光を、見た−−−。

「あなたは、それで善いの?」
「そのまま、個を無くして、全なるものへ、成ってしまうことで・・・?」
「一番、ではなくなる世界に。いえ、一番も二番もない、全てが一つの世界
に、行く・・・それで善いの・・・ね・・・?」

これは・・・ファーストの声?
もういいわ、何であっても。疲れちゃったし、このまま、此処に残っても一番
にはなれないし・・・。

「あなたの中の、一番はなに?」

私の中の一番? 私が一番なモノではなくて、私の中での一番・・・? 私が
一番大切にしているモノ・・・?

ある少年の笑顔が意識をよぎる。自分の心に寄せて来る快い波動・・・・。私
の一番大切な・・・。でも、あいつにとって私は一番じゃ、ない・・。だから。
だから、あいつの全てが手に入らないのなら、あいつの全てを拒絶してやるの
よっ!

「そう・・・。それなら、もう何も言わないわ・・・、さよなら」



* * * * * * * * * *



全てがLCLの波間に消えようとしていた、その最後の一瞬・・・。言うに言
われぬ優しき心地よさに、今までの生を、死を、憎しみを、幸せを、淋しさを
全てを捨て去り、自分の望んだ世界へ足を踏み入れようとした時、シンジは、
光を−−−見た。

「あなたは、それで善いの?」
「そのまま、個を無くして、全なるものへ、成ってしまうことで・・・?」
「逃げる必要は無いかもしれない、でも逃げ場も無くなる世界に? あなた
がずるいと言う大人も、私たち子供も、何の区別も無い、全てが一つの世
界に行くので・・・善いの・・・ね?」

これは・・・母さん? それとも・・・綾波の声・・・?
もういいんだ。疲れたよ。最後まで、誰もボクを助けてくれなかった。なのに。
なのに、ボクに無理強いをするんだ、みんなは。ボクは、ただボクで居たいだ
けなのにっ。

「あなたがあなたで居るために、必要なものは、なに?」

ボクがボクで居るため・・・? みんなに必要とされるボクでは無く、ボクが
ボクで在ることに要るモノ・・・? ボクがそばに居てほしいモノ・・・?

ある少女の怒った顔が意識をよぎる。一瞬、ビクっと心が震える。その後に寄
せて来る快い波動・・・。でも、ボクは嫌われてるんだ。どんなにボクが居て
ほしいって思っても、憎まれてるんだっ。だから。だから、拒否されるのなら
拒否も何もない世界に行くしかないじゃないかっ!

「そう・・・。それなら、もう何も言わないわ・・・、さよなら」



* * * * * * * * * *



「アスカ、ほんとにそれでいいの?」

なに? 今度はミサト?

「アスカらしいわね。全てを拒絶するなんて。でも、これから行こうとして
いる所は、彼とも同化するってことよ。もう、アスカもシンちゃんも無い
ってことよ? いいの、それで?」

シンジと同化する? シンジ以外のモノとも同化する? 私が私でなくなる?
私ではなくなる、だけど私であったモノが消える訳ではなくて、全てと一緒に
なる?

その時、アスカの心は、髪の色と同じ紅色に染まった。嫌だ・・・、イヤダ。
そんなこと、絶対いやだ。自分でなくなるのに、存在し続けるなんて、絶対に
いやっ! それなら死んでしまった方がマシよっ!

「そう、それでこそアスカよ。もう何も言わないわ・・・、じゃあね」

ミサトが笑ったようだとアスカの意識は感じた。



* * * * * * * * * *



「シンちゃん、ほんとにそれでいいの?」

なに? 今度はミサトさん?

「シンちゃんらしいわね。拒絶されるなら、拒絶の無い世界へ行こうとする
なんて。でも、これから行こうとしている所は、嫌われもしないけど、好
かれもしない、好きにもなれない世界よ。もう、アスカもシンちゃんも無
いってことよ? いいの、それで?」

嫌われもしない、好きにもなれない世界? 憎んでさえ、ボクを必要としてく
れないってこと? ボクは居るのにボクでは無い世界。ボクという存在を必要
としない世界?

その時、シンジの心は、そのガラスにヒビをいれた。嫌だ・・・、イヤダ。そ
んなこと、絶対いやだ。自分は形を変えて存在し続けるのに、自分が必要とさ
れないなんて、絶対にいやだっ! それならこのまま、此処で生きていく方が
マシだよっ!

「そう、それでこそシンちゃんよ。もう何も言わないわ・・・、しっかりね」

ミサトさんが笑ってる。傍らに居るのは加持さんかな、とシンジは思った。



* * * * * * * * * *



シンジの手が自分の首に回されて、絞め上げるように力が込められてるのがア
スカには判った。何故、自分は此処に居るのだろうか? 自分でなくなってし
まう位なら、存在し続けるのではなく、無くなってしまいたいと思ったから?
シンジが私を逝かせてくれるってこと? シンジ・・・。どうして私はシンジ
を拒否するのかしらね? 思わずシンジの頬に手を伸ばす。そして触れてみる。
いままでアスカが感じたことのない心地よい感情が、心の奥底に生まれた。シ
ンジを拒絶したのは、シンジが自分のモノにならないと思ったから。なのに。
それなのに、シンジを好きになってしまったから・・・。だから憎い。だから
拒絶した。でも私は。そう、私はそれでも、シンジが好き。

しかし、その輝きに似た想いは、アスカの心の中では、まだ居心地のあまり良
くない感情でもあった・・・。シンジの手の力が緩んだ時、口から言葉が出た。
アスカにとって居心地の悪い・・・まぶしい感情が言わせた、心の内の正直な
想い。


「気持ち・・・わるい・・・」



* * * * * * * * * *



アスカの手が自分の方に伸ばされ、頬を優しく撫でるように添えられたのがシ
ンジには判った。何故、自分は此処に居るのだろうか? 涙で曇った目をアス
カに向ける。自分が必要とされず、自分が自分で在ることの出来ない世界には
居たくないと思ったから? アスカ・・・。どうして僕はアスカを呼んだんだ
ろう? 今、こうして首を絞めてしまっているのに? 大切なアスカを喪くす
位なら自分の手で、って思ったから? 思わずアスカの瞳を見つめた。そして
悟った。拒否されても、それは相手あってのこと。憎むのにも相手が必要なん
だ。嫌われるってことは、ボクが要るってことなんだ。・・・ボクにはアスカ
が必要だ、たとえ拒否されても。ボクがボクで在るために・・・。ボクがボク
でいるために。

シンジは今までのアスカとの数々の、ケンカや憎まれ口の記憶を思い出しなが
ら、手の力を緩めた。その時、アスカの言葉を聴いた。アスカらしいと感じ、
自分は人を好きになれるかもしれない、と初めて心からシンジが信じた言葉。


「気持ち・・・わるい・・・」



* * * * * * * * * *



「光あれ」 かつて神は、こう言った

人は、人ゆえに、生き

人は、人だからこそ、死に

人は、人であるがために、新たな世代に、その生命を託しゆく

だからこそ、人は、人で在り続ける

それだからこそ、人は、個で在り続ける



そして、この新世紀は、全てを委ねた。

「光」を灯した2人の心に。




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