Dear My Friend

 

 

 

 

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この日の伊吹マヤは休日であった。使徒迎撃を主務としなくなった新生ネルフ
は、完全週休2日という、誠に平和的な勤務体系へと移行していたのである。
とは言え、激務と人手不足の感は否めず、交代制で一か月に二度の休日出勤が
義務とされてはいたが。

まだ正午前の、朝のひんやりした大気の名残が気持ち良いこの時間、彼女は花
屋に向かっていた。今まで色々な・・・本当に色々な事態に携わり、脅え、泣
き・・・それでもリツコたちと共に充実した時間を過ごしてきた。しかし、E
計画が本格化して以降の、ここ一年近くは、好きだった花を飾る程度にも心の
余裕を見出せなかったのも、また事実であった。

久しぶりに部屋に花を飾ろうと思い立ち、カジュアルなスカート姿で、以前よ
り少し伸びた髪を、そよ風になびかせながら、マヤは、ゆったりした散歩を楽
しんでいる。

部屋を出てから此処まで、行き交う人たちに「ご機嫌いかがですか」「おはよ
うございます」と挨拶し、魅力的な笑顔を振りまいている。それこそ老若男女
を問わずに。ここ数ヶ月の間に、彼女のファンが、この街で急増しているとい
うのも肯ける。だが、今回の彼女の微笑みの原因は、青春を謳歌してのもの、
というものとは少しばかり違い、自分の足先に存在していた。そのキレイな脚
の先にはピンクのスニーカーが履かれており、彼女は時々、それを眺めては終
始ニコニコしているのだった。

「でも冬月司令は、何故、私にこれを贈ってくれたのかナ?」

冬月はゲンドウ亡き後、新司令の任に着いたのだが、影になって組織を支える
ことの重要さ・大切さを、他ならぬゲンドウの影であった彼自身が、よく知る
が故に、ミサトやリツコの成果の元には、マヤの貢献が不可欠であることに気
づいていた。幾分、依怙贔屓ではあったのだが、今までのマヤの仕事ぶりを労
うために贈ったのが、何故だか、そのスニーカーだったのである。初めは戸惑
った彼女だったが、週末に一回履いてみたところ、えらく気に入ってしまい、
休みの度に愛用するようになっていた。

「この、きゅぽっ、きゅぽっ・・って鳴る音が、なーんか良いのよね・・・」

しばらく午前の散歩を楽しんでいたが、ミサトの住むコンフォート・マンショ
ンの近くに来たことに気づき、自然とミサトの部屋の辺りを見上げる。

「!」

マヤはその光景を見た途端、硬直してしまった。見てはならないモノを目にし
たかの如くに。一瞬、呆然自失としていたが、その後、一目だけ空を仰ぎ見て
から、電話ボックスに向かって走り出した。

「もしもしっっ、先輩!」

挙式前にも関わらず、セイジとの新生活を営み始めたリツコは、突然鳴った電
話を取った瞬間、マヤの絶叫を聞いた。

「マヤ、一体どうしたの!?」
「先輩! せ、洗濯してたんなら、すぐに取り込んでください!」
「え? どういうこと? 外は良い天気じゃないの」

そして、マヤから事情を聞いたリツコは、取るものも取らず、コンフォート・
マンションに急行した。自分の目で見るまでは如何にマヤの言であっても鵜呑
みにする訳にはいかない。それ程に彼女にとっても信じられない事態だったの
である。ミサトの部屋の扉を開け、リビングに向かいながら、声をかける。

「ミサト! あなた大丈夫!?」
「あらリツコ。どしたの? 珍しいじゃない、こんな早い時間に、私のトコに
来るなんてさ」

リビングに入りミサトの姿が目に入った途端、マヤと同様、リツコも硬直した。

「で、何の用よ?」
「・・・ちょ、ちょっと・・・電話、借りるわっ」
「?」
「・・・・あ、セイジ? 私よ。悪いけど、すぐ洗濯物を部屋の中に入れてっ」
「何なのよ、まったく」

泡を食ったようなセイジの声を耳に残しながら電話を終えた後、ホーっと深呼
吸を一回してから、リツコはミサトと向かい合った。

「ミサト・・・。あなた一体何をやってるの!」
「え?」
「なんで・・・どうして、そんな格好してるのか、って聞いてるのよっ」
「ん・・・? そうじ、だけど・・・」

頭に三角巾を巻いたミサトは、少し頬を紅に染めながら、うつむき加減に答え
る。オーマイガッ、リツコは無音声で叫ぶと瞠目した。マヤは三角巾姿のミサ
トが布団をバルコニーで干しているのを下から見たのだった。そしてリツコは
今、リビングの床を雑巾がけしているミサトを目前にしている。

ミサトと掃除。これほどに両極にある事象を、リツコは他に知らない。散らか
っていないミサトの部屋など、かつて存在したことが、果たしてあっただろう
か。晴天も一転、にわかに掻き曇り・・・となるに違いない、と彼女たちが判
断したのも当然かもしれない。

「今日の夕方、シンちゃんが戻ってくんのよ。・・・だから、ね・・・」

それを聞いて、リツコはやっと理解した。ミサトの待ちに待った想い人が、や
っと此処に戻ってくる。その嬉しさが、ミサトをして有り得ない行動を取らせ
ているのだ。そういえば自分もセイジと出会った頃、似たような事をした気が
する。リツコの頬に、とても奇麗な微笑みが浮かんだ。

「嬉しさに我を忘れた、か・・。いわゆる一刻の気の迷いってヤツね・・・」

一言、憎まれ口を利いてから、ミサトともども、シンジの帰還を喜びあった。
ミサトとシンジが再会を果たした、あの日より2週間が過ぎている。シンジと
一夜を過ごしたミサトは、すぐにも連れ帰ろうかとも考えたのだが、シンジに
とっても、ミサト自身にとっても、もう少し、各々の時間が必要であった。

「でもミサトったら、ネルフでだって今日がその日だなんてこと、一言も言っ
ていなかったじゃないの」
「だってぇ、恥ずかしいじゃない・・・」
「・・・・」

恥ずかしい? 今や頬を真っ赤に染めているミサトを見ながらも、やはりミサ
トのセリフだとは思えないリツコであった。そもそも、出会ってから此の方、
怒りの感情以外で「このコ」が顔を赤くしたのを見た記憶がない。

そういう意味では、ミサトは今、初めて、夢見るような恋に陥ちた、と言って
も良いのだろう。加持リョウジですら与え得なかったものを、シンジくんがミ
サトに、もたらしたって事か・・・。少し感慨に浸ったリツコは、その後、セ
イジにも此処に来るよう電話を入れ、そのままシンジの帰宅を、一緒に待つこ
とにした。

「ね、掃除もいいけど、そろそろ迎えに行く時間なんじゃないの?」
「んー・・・実は朝一番で迎えにいっちゃったの。そしたら、ちょっと寄ると
ころがあるって、途中で車、降りちゃってね」
「そう・・・。それで、布団干しに掃除って訳?」
「うん、まぁね。やっぱ、キレイな部屋で迎えてあげたいじゃない。一応、私
だって女なんだしさ、・・・・少しはね」
「いくらシンジくんが・・・いえ、今はシンジさん・・・かナ、男前になった
からって、今更どうなるってもんじゃないでしょう? 大体、シンジく・・
さんは、あなたがズボラでこの上ないってこと、十分知ってるじゃないの」

言われるまでもない。自分でも十分判っているつもりなのだ。しかし、リツコ
から改めてそう言われると、カチンとくるミサトであった。売られたケンカは
買う。そう判断するのが作戦部長たるミサトが、ミサトである所以である。

「ところでね、リツコ。私とシンちゃんが一緒になって、あんたがセイジくん
と結婚したらさぁ・・・」
「な、何よ?」

リツコの胸にモヤモヤとした不安が膨らんできた。良からぬことが起きる。ミ
サトの目を見れば、それは明瞭だ。対ミサト防御策を一瞬の内に40通り思い
浮かべながら、シャム猫の様に用心深く身構える。

「私って、リツコの義母ってやつになんのよねぇ・・・・?」
「!」
「近い将来、リツコ、あんたは私をお母様って呼ぶことになるのよ!」

この時、後に「魔女の10日間戦争」と称される闘いのゴングが鳴ったのだった。


* * * * * * * * * * * * * * *


今日は土曜日だから、授業は午前中だけだ。まだ疎開先から第三新東京市には
戻れていない。隣のクラスにいるトウジを思い、午後、一緒にどっかに行きた
いナ、などと最後の授業時間中に夢想するヒカリに、クラスメイトたちのざわ
めきが聞こえたのは、終業のチャイムまであと15分という頃だった。

「あれ、誰かしら? 結構カッコよくない?」
「うーん、でもちょっとオヤジ入ってるよぉ」

ヒカリも、話題の対象となっている人物、校門の脇に佇んでいる男性をチラっ
と眺めた。なるほど、遠目ながら格好いいかもしれない。背が高くてガッシリ
してる。でも鈴原の方が素敵だわ、と結論付けて視線を教壇の方に一旦は戻し
た。

ガッシリしてるのに不思議と線が細い印象だわね。まるで碇くんみたい・・・
黒板を見つめながらフッと思う。漠然とした感覚だったのだが、次の瞬間、ヒ
カリは椅子を倒しながら立ち上がり、みんなが目を剥く中、校門に向かって全
力で走り出していた。

息を切らせて門の所に着いた時、当の人物はヒカリに背を向けていた。広い背
中だ。少し見上げるようにして、ヒカリは息を整えようとした。ゼイゼイいっ
ている呼吸の音に男は気が付き、振り向いてヒカリと視線を合わせる。

「・・・・・」
「・・・あの、もしかして・・・碇・・・くん・・・?」

一瞬、男は驚いたような表情をしたが、次に、ヒカリにも見覚えのある笑顔を
浮かべた。ヒカリは疑わなかった。この男性がシンジであることを。

「委員長、よく判ったね。・・・すごく・・・すごく嬉しいよ」
「・・・・よかった、無事だったのね!」
「うん・・・。委員長たちとは別の時間を生きて来てしまったけど、こうして
また会えるようになった・・・」

ヒカリはシンジに抱き付いた。この娘にしては大胆な行動だが、歓喜に近い感
情が全てを凌駕していた。涙が頬を伝わる。年齢がずっと上になろうと、間違
いなく・・・この人はシンジなのだ。ヒカリ自身は自覚していないが、彼女は
人の本質をごく自然に見抜く目と、純粋な心を持った可愛い少女であった。彼
女はこのシンジに違和感をまったく感じはしなかったのである。ひとしきり泣
いた後、シンジの体から身を離し、ヒカリは辺りを見回した。

「碇くん・・・。アスカは? アスカも一緒なんでしょう?」

しかし、ヒカリはシンジから肯定の返事を聞くことは出来なかった。替わりに
見たのは苦渋の表情をしたシンジの顔であった。

「・・・・ごめん。アスカは・・・連れて来られなかった・・・」
「!・・・・どうして? なんで!」
「アスカは・・・、アスカは死んだんだ・・・2年前に・・・」
「そんな・・・!」
「ごめんよ、委員長の前に連れて来られなくて・・・」

今度は悲しい涙が頬を濡らす。鳴咽が漏れる。シンジは優しく抱きしめていた
が、ヒカリが泣き止むまでに先ほどより長い時間を要した。

「今日は、僕だけが戻って来てしまったことを・・・委員長に謝りにきたんだ。
・・・そして僕が・・・ミサトさんと一緒になるってことの報告も・・・」
「ミサトさんと? そんな、そんなの、ひどい! 碇くん、アスカが居なくな
ったからって、・・・そ・・・そんなこと、私、絶対ゆるさないっ!」

次の瞬間、シンジの頬は小気味のいい音を発していた。自分の頬を叩いた右手
を包み込むようにして走り去るヒカリの姿を、シンジは哀しそうに見送るしか
なかった。ヒカリが校舎の中に消えた後、嘆息をついて去ろうと歩きかけたシ
ンジに、怒声が飛んだ。

「オッサン 待たんかい! 人の彼女、泣かしといて去るっちゅうんかい!」
「・・・トウジ・・・」
「え・・・? なんや? ・・・もしかしてシンジ、か? センセなんか?」

それから二人は、少しの間、話をした。シンジの境遇を聞き、すべてを納得し
たトウジはシンジに保証した。ヒカリのことは任せろと。そんなトウジに、シ
ンジは一つの紙袋を渡す。

「委員長に渡してくれないかな。これは僕なんかより委員長に持っていてほし
いんだ」

再会を約し、シンジは第三新東京市に帰っていった。トウジは、シンジの背中
を見送ってから、既に終業時間を過ぎた校舎に戻って、ヒカリを探す。しばら
く探し回って、ようやく屋上で彼女を見つけると、側に寄り、優しく諭した。

「イインチョの気持ちは判る・・・けどな、センセの気持ちも考えてみぃ」
「・・・判ってるわ・・・でも、アスカのこと考えると・・・許せないの!」
「・・・・今度、リツコさんのお祝いとシンジの帰還祝いを併せてやるって
言うとった。・・・な、機嫌直して、一緒に行こ」
「・・・・」
「しゃーないな。ほれ、これセンセからや。いいか、ちゃんと読むんやぞ」

トウジの慰めの言葉は、思いの他、ヒカリの心を穏やかにした。そして、そっ
と去っていったトウジに感謝しながら、渡された紙袋を開ける。

「これ・・・!」

古ぼけた、分厚いノートが8冊出てきた。8冊とも違う色のモノである。瓦礫
となった店の中からでは、同じ種類のノートを揃えるのが困難だった、という
ことであろうか。中をめくってみると、それはアスカが綴った日記であった。

「アスカ・・・」

ヒカリは、そのまま屋上にペタンと腰を下ろし、本格的に読み始めた。決して
読みやすい字では無かったが、それこそ貪るように読み進んだ。

その決して短くない時間の中で、アスカの心を感じた。アスカが持ったいた深
い憎しみに、ヒカリも身を焦がした。そしてアスカの実感していた充実感に支
配された。数時間後、最後のページから顔を上げたヒカリの表情は、輝いてい
た。執筆者であるアスカと同化して、彼女の生きた20年を鳥瞰したのである。
アスカが苦労しながらも、シンジと生きた時間を如何に大切に想っていたのか
が、よく判ったのだ。

「アスカ、哀しまなくていいんだよね? あなたは、こんなに頑張ったんだも
んね・・・」

補完計画の発動後、たった二人で生きた最初の2年間。ほとんど毎日のように
日記は綴られていた。セイジが生まれて以降は、子育てに奮闘したのか、かな
り飛び飛びになっているのは仕方ないのかも知れない。ただ、この8冊にはギ
ッシリとアスカの思いが詰まっているのは間違いない。シンジがこれを自分に
託した意味が、何となく判る気がした。そして、シンジの気持ちも、痛いほど
伝わってくる。他ならぬアスカの、この心を、自分に託してくれたのはシンジ
自身であるのだから。

「・・・あやまらなきゃ、私・・・・碇くんに・・・」

もう一つ、ヒカリが感動して、思わず涙してしまったのは、記載日が飛び飛び
になっていても、毎年2月18日には必ず記述があったことだ。そこには、表
現はまちまちであるが、決まって同じ意味の一言が添えてあった。


<< ヒカリ、今日はあなたの誕生日 −− HAPPY BIRTHDAY, HIKARI !! >>


自分は未だ14歳だ。でも、私たち人間のいなかった20年余りを、アスカは
一年と欠かさずに、自分の誕生日を20回以上も数えて、祝ってくれていたの
だ。カレンダーも時計も無い筈なのに、一日一日を数え・・・積み重ね・・・
それを20年もの間! これに優る友情なんて、果たして在るのだろうか。当
人に逢えないまま、記憶にしか無い私のために、20年を経ても尚。アスカは
・・・アスカは、私を忘れないでいてくれた。そのばかりか、私の誕生日を祝
ってくれてたんだ。こんなの・・・こんなこと、他に真似出来る人なんか、い
やしないっっ! ヒカリの瞳に哀しみのものとは違う、感動と感謝の涙が湧き
上がってくる。

「アスカ・・・アスカ・・・! ありがとう、アスカ!」

陽が山端に沈み始める頃、ヒカリは家路につくため、大事に日記を胸に抱えて
立ち上がった。と、その時、最後の日記帳から一葉の封書が舞い落ちる。空白
となったページ以降に挟まれていたので、日記をめくっていた時は気づかなか
ったようだ。きっとシンジもこの封書の存在を知らないのではないだろうか。

「?」

ヒカリはそれを拾い上げるとシゲシゲと眺めた。少し黄ばんだ封筒は、しっか
りと糊付けされていて、開けられた形跡はない。そして、アスカのサインが右
隅にある。すぐに表を返してみる。

「!」

そこには、こう記されていた。


<< Dear My Friend, Hikari >>

「いよいよ、リツコの披露宴まであと一週間ね。どう感想は?」
「どうって・・・そんなこと、みんなの前で言わせないでよ」
「もうラブラブって感じぃ?」
「ミサトに言われたくはないわね。そういうあなた達は何時、式を挙げるの?」
「12月4日です、リツコさん」

シンジのその言葉に、ヒカリがハッと反応する。

「碇くん、それって・・・」
「そう。アスカの誕生日だよ。アスカにも祝ってほしいから・・・ね」
「・・・うん。あの・・・碇くん、この間はごめんね」
「・・・・いいんだ」
「・・・あれ貰ってもいいの? 碇くんにとっても、大切なものでしょう?」
「委員長に持っててほしいんだ。僕も日記を読んだよ。・・・そしてね、読ん
だからこそ、ミサトさんの所に来る決心が、ついたんだ。 だから・・・」
「うん、わかったわ・・・」

シンジが第三新東京市に戻って10日後の、ミサトのマンションである。シン
ジの帰還およびリツコ・セイジ挙式の前祝いの宴が催されていた。マヤからヒ
カリまで、総勢10名を数える。ただそこにケンスケの姿だけが無い。なんで
も初デートとぶつかったらしく、彼は事もあろうにデートの方を選択したのだ。
それでもケンスケ自慢のカメラだけは徴取されており、色々な人の手によって、
既にかなりの枚数の写真が撮られていた。

「へぇ・・・ケンスケにも春が来たのか」
「そや、センセ。確か相手は・・・マユミっちゅう名前だったかいのぅ・・・」

シンジは22年の辛苦に満ちた生活を経て、大自然と身一つで闘い、生き抜い
てきて・・・逞しさと冷徹さ、そして力強さを得てはいたが、アスカ・セイジ
以外との対人関係だけは、経験を積む訳にはいかず、こうして仲間の中に居て
も昔ながらの14歳のままといった純朴さがあった。しかし、逆にそれが違和
感を払拭する役目を果たし、みんなから好感を持って迎えられるに至っていた。

加えて、年齢差を気にすることなく、みんなが昔のように「シンジくん」「シ
ンちゃん」と呼ぶようになる誘い水にもなっていたのだ。そして、その事をシ
ンジ自身が一番喜んでいた。

「12月4日か・・・2ケ月後ですね。あっ、それってミサトさんが30歳に
なる4日前ってことですねっ。 滑り込みセーフって狙いですかぁ?」
「マヤっ! あんた何てことを!」
「ナイスよ、マヤ。いい着眼点だわ」

まだ、あまりアルコールが出ていないのに、なんとも賑やかな宴である。14
歳当時のまま、シンジが何かと甲斐甲斐しく給仕していた。

「でもシンジくん、そんなことじゃぁ、葛城くんに良いようにこき使われてし
まうぞ。今や君の方が年上なんだから、此処はガツンと・・・」

冬月がボソっとしゃべっている。それを脇で聞いていたリツコも、ここぞとば
かりに相の手を入れる。

「そうよ、シンジくん。ミサトに好き勝手やらせちゃ駄目よ。あなたが帰って
きた日みたいに、掃除とか洗濯とか、ちゃんと、やらせなくっちゃネ」
「か、葛城さん・・・が、そうじ・・・ですか?」
「そうなのよ日向くん、聞いてくれる? ミサトったらね・・・・」
「待ったぁ! 駄目よ、それ以上は。・・・私の娘になる奴が、ナマイキ言っ
てんじゃないの!」
「えーっ! 娘・・・?」
「ち、ちがうわよ、マヤ。誤解しちゃだめ」
「・・・あぁ、そっかぁ! セイジくんって、シンジくんの・・・」
「だ、だからぁ・・・」

ミサト vs リツコの闘いは、この10日間、職場でもプライベートでも、一進
一退の攻防を幾度と無く、繰り返してきた。勿論、周りを大いに巻き込みなが
ら、である。この期間、ネルフの執務能力が普段の半分以下であった事実から
も、如何なる意地の張り合いであったのかは想像に難くはない。「魔女の闘い」
と称されるようになる由縁である。さしずめ女豹と山猫の取っ組み合いといっ
た所だろうか。一応、将来の登記上の義母というカードを持ったミサトが一歩、
優位に立っていた。が、リツコは、今日のために起死回生の切り札を開発して
いたのである。

「ミサト、あなたが望むなら、休戦協定を結んだって良いのよ」
「あーら、何故、戦局有利な私がそんなことしなくちゃいけないのかしら?」
「そう、わかったわ・・・。後悔しないわね」
「ふんっ・・・」

一瞬、水を打ったように場が静まり返る。ヒカリたちは固唾を飲み込んで戦況
を見守った。静寂は、リツコの猫撫で声で、破られた。

「ミ・サ・ト・お・義・母・様」
「な・・・なによ」
「お義母様。お話があります」
「・・・・なによぉ、娘の分際で親に意見しよっての!」
「私とセイジの間に子供が出来たら、お義母様のこと、お祖母さまって呼ばさ
せていただきます」
「お・・・おばあさま!? え、私が? えーっっっっ!」

さすがの作戦部長 葛城三佐も、この意表を突いた攻撃の前には沈黙せざるを
得なかった。リツコ恐るべし。それを眺めていたセイジは背中がむず痒くなっ
たような感覚に一度だけ身を震わせた。リツコの怖さを垣間見たかのように。
「早まったかナ」勿論、誰にも聞かれてはならないセイジの独り言である。

「おばあちゃんか・・・。これは、葛城くんの負けだな」

冬月が司令らしく、ノーテンキにコメントを入れる。場が一気に爆笑の渦に取
って変わった。戦闘は終わったのである。ネルフの面々が一様にホッとした表
情を浮かべていたのは言うまでも無い。

「えーんっ・・・シンちゃーん・・・。まだ30にもなってないのに、おばぁ
ちゃんだって、リツコがいじめるぅー・・・」
「ミサトさん、大丈夫ですって。僕だってそうなったら、お祖父さんなんです
から。だから・・・抱き付いての泣きマネだけは止めましょうよ・・・」

当のミサトは拗ねてしまっていたが、シンジが傍らでフォローしているので、
態度で見せている程には、堪えていないようだ。

「すると、今晩辺りから子作りに励むってことですか?・・・」
「え・・・、ば、馬鹿っ! 青葉くんっ なんてことを!」
「み、みんな不潔よぉ!」

マヤとヒカリが、笑いながらユニゾンでお約束の言葉を叫ぶ。来てよかった、
心からヒカリは思う。この場の光景は、ヒカリの今までの人生の中でも、もっ
とも幸福に包まれた一瞬であった。ふと、窓のカーテンが揺れたと思い、視線
をやる。勿論、何が在る訳でもなかったが、ヒカリは其処にアスカの存在を感
じていた。

<アスカ・・・あなたも、そこに居るのよね?>

今まで以上に大切なものになった、箱根の天神様のお守りを、服の上から、そ
っと握りしめ・・・ヒカリはアスカに想いを馳せた。


* * * * * * * * * * * * * * *


シンジと再会し、屋上でアスカの日記を読んだ、あの日の晩。ヒカリは学校か
ら帰ると、夕飯の準備を姉のコダマと妹のノゾミに無理矢理、任せてしまい部
屋に閉じこもった。机に座り心を落ち着けてから、屋上で見つけた便箋を取り
出し、注意深く封を切る。

中には4枚の便箋と共に、一房の髪が入っていた。ヒカリが予ねてより、羨ま
しくてしょうがなかった髪。水が流れゆく様な、豊かな光艶のある紅い髪。ア
スカの髪・・・。思わず、頬を摺り寄せていた。

「アスカの匂いが、する・・・。とっても、あったかいよ・・・アスカ・・」

今日はいったい何度、涙を流せばいいんだろう? 枯れることって無いのかし
ら? 哀しい涙。嬉しい涙。切ない涙。感謝の涙・・・。それらの涙は、ヒカ
リの心そのもののように、みんな美しく輝いていた。

数分後、便箋を読み終えたヒカリは、鳴咽を止められないまま、それでも微笑
んでいた。

「バカ・・・。最後の最後で、間違えてるわよっ アスカ! <完璧>って字は、
『壁』じゃなくて『璧』でしょう・・・!」

でもアスカ、きっとこの間違いは、ワザとでしょう? 私を・・・ううん、私
だけじゃないわね。私たち、みんなを悲しませないように、してるんでしょ?
判るわよ、その位。え? ばっかねぇ、当たり前じゃないの。だって私はあな
たの親友なんだからね! その位、判んなくてどうすんのよ・・・。

「ありがとう、ね。アスカの想い、私にも、ちゃんと届いたからね・・・。ア
スカ・・・、これからも私たち、ずっとずっと友達だから・・・!」


アスカの髪が、ヒカリのお守りに編み込まれたのは、この時である。


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<< Dear My Best Friend >>


No.1
HELLO! ヒカリ・・・!


今あなたが、これを目にしているなら。それは、きっとシンジが

あなた達と会えたってことね? だとしたら、それは私としても、

とっても嬉しいことだわ。よかった、本当に・・・。




ヒカリ、とても懐かしいわね。あなたとのこと、色々なこと。お

弁当のこと、一緒に買い物したこと。家出した時、泊めてくれて。

そして一緒に寝たこと・・・まだ昨日のことのように、はっきり

思い出せるわ。それなのに・・・会いに行けなくてゴメンね。私、

多分、そこには行けないから・・・。戻れないと思うから・・・。




シンジと20年近く一緒に、自然に囲まれて生きてきて、生きる

ってことの意味がよく判ったの。そしてね、自分の生命というも

のも。だから判るのよ。来年のヒカリの誕生日は迎えてあげられ

ないかもしれないって。だからね、思うだけじゃなくて、ちゃん

と形の残るもので、あなたにお礼を言っておかなくちゃ、って。

あなたに届くかどうか分からないけど・・・。 親友のあなたに、

今このお礼の手紙を書いておかなくちゃって思ったの・・・。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


No.2


でも悲しまないで。私は精一杯、生きてきたんだから。それこそ

後悔なんてする暇が無いくらい、毎日の密度が濃かったのよ。ヒ

カリがこれを読んでいるなら、私の日記も見てくれたわね? だ

ったら判ってくれるでしょう?




どんなに生活が酷かったか、生き抜くことが大変で辛いものだっ

たのか・・・。でも・・・。それでも! 生きるだけの意味が、

生きていくことの素晴らしさが、確かに在るってことも。 シン

ジやセイジが私の生甲斐だったってことも。憎しみも一杯あった

けど、何モノにも代え難い「絆」が在ったんだってことも。判っ

てくれたでしょう?




「誰もが等しく同時に幸せになれる世界」なんてモノは、この世

に在りはしないわ。でも、そんな世界にだって、その人その人、

それぞれ別の形の幸せ、というものが在ると思うの。自分が立て

る光に満ちた場所がね、必ず在るのよ。そう必ず、見つけられる

の。自分の足で立てる場所が、必ず。




私の場合・・・初めっから持ってたのに・・・シンジがずっと傍

にいてくれたのに・・・気づくのに、長い長い時間が、かかっち

ゃったけどネ。 いい? とにかく、絶対その人だけの幸せが、

この世界には存在するのよ。ヒカリ、あなたが私よりも早く、そ

の場所を見つけること祈ってる。もし見つけられなくても、ヒカ

リなら自分で創り出せるって信じてる・・・! だから・・・、

だから頑張んなさいっ。こっちで、ずっと応援しててあげるから!

ずっと見ていてあげるからっ!



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


No.3


そしてヒカリ、忘れないで。シンジとセイジとは別のところで、

私を同じように、心の深いところで、ずーっと支えてくれたのは

ヒカリ、紛れもなく、あなたなのよ。ヒカリと友達として過ごし

たのは、とっても短い間だったけど、ドイツに住んでた頃よりも、

ずっとずっと・・・。

ごめん、うまく言葉に出来ないわ・・・・。




もう30歳も、とうの昔に過ぎてしまって。オバさんになっちゃ

った今の私にとって、あなたはあの頃のままに・・・いえ、むし

ろあの頃以上に、私の親友で在り続けてくれた・・・。私にそう

思わせ続けてくれた・・・。ずっとずっと本当の友達でいてくれ

た・・・ずっと・・・。私、嬉しいのよ・・・あなたに逢えて。




ありがとう。ホントにありがとう・・・。私、ヒカリのこと、い

つまでも忘れない。そして例え、ヒカリたちと逢えなくても、私

はいつでもあなた達のこと、すぐそばで見ているからね。ちゃん

と、見守ってるんだから・・・いい? 鈴原と仲良くしなくちゃ

ダメよ。




それから・・・シンジのことだけど、時々見てやってね。図体は

でかくなったのに、ぜーんぜんっ、あの頃から成長してないから。

機会があればセイジにも会ってやって。優しい子よ。・・・シン

ジにそっくりなの。




そしてミサト。ケンカばっかりしてたけど、まるで本当の姉さん

みたいだった。シンジをよろしくって伝えてね。そして、ありが

とうって・・・。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


No.4


妻としての愛はシンジへ。母としての情をセイジに。姉妹として

の信頼はミサトに。そして、ヒカリ、あなたには女として、友達

として、一人の人間として・・・・私の真心、私の想いすべてを

・・・親友のあなたに!




いつまでも元気で−−−−あなたの幸せ、祈っているわ




いっぱいの まごころ を 込めて
碇 アスカ・ラングレー



追伸: どうヒカリ? 私、ちゃんと漢字書けるようになったでしょ?

完壁よネ。昔も今も、この私、アスカ様に不可能なことなんて

ないのよっ!


* * * * *


May Your Days Be Happy & Bright!


ヒカリ・・・。あなたの名前の通り、あなたの未来が光り輝く

ものでありますように・・・・!




*******************************<< 完 >>*******************************

エピローグ

 

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