「紅き久遠−−−新世紀」

パート5

                               想音斗

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長い長い一日が終わった。これで全てにケリが付いたのか、未だ判然とはしな
いが、取り敢えず、シンジたちにとって、生命の危機からは脱したとは言える
だろう。後始末に追われていたミサトが、救出されたリツコと顔を合わせたの
は、その日の深夜過ぎであった。

リツコはセイジと再会し、思う存分泣いた後、精神的にも安定し、かなりの回
復を見せていた。リツコが涙を心置きなく見せられるのは、セイジとミサトの
二人だけであった。しかし、泣き喚ける相手はセイジ一人。

マヤはリツコの欠けた心の「かけら」を持つ相手。
ミサトはリツコの心と、善い意味で反発し合いながらも、表裏一体である相手。
セイジはリツコの心をそのままに受け入れ、更に強くしてくれる相手。

みんな少しずつ違う。しかし、みんなが自分を支えてくれている。それを、リ
ツコは感謝する。ヒトではない何かに向かって。


「リツコ遅くなってゴメン。・・・大丈夫だった?」
「・・・心配かけたわね。少し、薬の影響が残ってるけど、大した事ないわ」
「よかった・・・」
「ミサト・・・。こっちこそ、大変な時に手伝えなくて、ごめんなさい」
「ううん、そんなこと。マナちゃんのことだって、あなた一枚噛んでいたんで
しょう?」
「まあね。効果的な演出だったでしょう? ま、こういうこと考えるのは、あ
なたには無理でしょうし・・・」
「ふん。でも、こういう事態の時に不在なんてことは、今回だけにしてほしい
ものね」


二人一流の掛け合いである。ミサトはその反応にリツコの完全復帰を確信した。


「アスカには、可哀相な結果になっちゃったわね・・・」
「うん・・・。でも、大丈夫。また会う約束したんだ。それって、実現する気
がするの。・・・現実的じゃないって馬鹿にしてもいいわよ」
「・・・ううん、信じるわよ、私も・・・」
「あれま、珍しいじゃない・・・。あ、そうか、レイと逢ったんですって?」
「ええ。夢かもしれないけど・・・。あの紅葉の時、公園で撮った、みんなと
の写真のこともあるし・・・、あの会話はホントだったと思うのよ。・・・
科学者としては失格ね」


「そんなことない。マヤだって・・・あんたを助けに行く時、迷っていたらレ
イが現れて道を教えてくれたって、言ってたわ」
「マヤが? ・・・・そうなの・・・?」
「きっとホントだったのよ。医者が言ってたけど、リツコ、あなたの受けた傷
ね。ゼーレ側の治療なんて、おざなりもいいトコだったってよ。一週間、放
置されたも同然で、どうして化膿しなかったのか不思議がってたわ」


「レイね・・・。 ミサト、私、今回のことで、何か変われた気がするの」
「・・・よかったわね・・・」
「あなたもそうでしょ? ミサト?」
「・・・ええ。ますますキレイな女になっちゃった」
「フフフ・・・」
「アハハハ」


ミサトはリツコに頬を付けるように、顔を寄せ、優しく抱きしめる。


「おかえり、リツコ」
「ただいま・・・」


二人はそれぞれにレイとアスカを想う。そして、これからの時代に想いを馳せる。
そしてお互いの腐れ縁に似た「絆」に感じ入っていた。




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トクン トクン トクン

たゆたう まほろば エヴァの夢

トクン トクン

レイは言った こんど光を見たら この記憶が消えると

レイは言った 一足先に行くわね って

トクン トクン トクン

暖かい場所

あの焦燥感にも似た 不安は此処には何もない

トクン トクン

力強く 励まされるような ミサトの鼓動 ミサトの心音

トクン トクン トクン

ずっと此処に居たいけど そろそろかしら

トクン トクン

今までありがとう わたしを此処まで 育ててくれて

今までありがとう わたしをやさしく 護ってくれて

トクン トクン トクン

これからも わたしの事を 見守ってて

これからも このわたしを よろしくね

トクン トクン

さぁ、光が見えてきた あぁ、また風を感じることが出来る

また、みんなと逢える そう、シンジに、逢うことができる・・・

トクン トクン トクン

最初に飛び込んできた光景 この記憶が無くなる寸前に見たもの

ドクン ドックン

シンジの飛び切っりの笑顔

私自身の心臓が 大きく鼓動を始める

シンジ シンジ シンジ シンジ!

これからは 私のパパ

シンジ シンジ 大好きなシンジ!

ただいま シンジ!



* * * * * * *



その日以降、助産婦さんたちの中で、長い間、交わされ続けることになる会話
が、この時、為されていたのだが、その夫婦は、まるで気が付かなかった。


「この赤ちゃん、おかしいわよね?」
「ホントよね、新生児は何日か光を、まだ脳が認識しないから、物が見えない
筈なのに・・」
「ええ。それなのにお父さんの顔を、しばらくじっと見つめていたように見え
たものね」
「肺呼吸になるから、気道を通すために、普通は生まれた途端に泣き出すのに
ね・・・」
「うん。お父さんに手を伸ばしてた・・・。そしてお母さんの顔を見るまで、
泣こうともしなかったわ」


「お母さんにも挨拶してたみたいだったわよ」
「こんにちわって言うよりも、ただいま、っていう風に感じたわ、私・・・」
「あなたも? 私もそうなのよ・・・」
「そして、ご両親とも何かそれを判っていたみたいだったし・・・」
「その後は、普通の子と変わらず、元気良く泣いたけどね」
「でも・・・何か見ていて、とてもあったかくなったわ。素敵な家族だわね」


そして一人のナースが、思い出したように言った。


「そういえば・・・!」
「何?」
「3日前に生まれた女の子も、初め泣かなかったじゃない・・・」
「あら、そうね。・・・ねぇ、確かあの子も碇さん、じゃなかったかしら?」
「・・・・どうなっているのかしらねぇ?」


「21世紀になって・・・。やっと世界の脅威から開放されて生まれた子供た
ちよ。きっと・・・この15年の人類の不幸を、払拭してくれるわ。そして
・・・もっともっと良い世界を・・・人間のためだけじゃない、いい世の中
を創ってくれるわよ。だから、私たちも頑張って、幼い生命の誕生をこれか
らも見守ってあげなくちゃね!」
「新世紀の子供たち・・・か。なんか、まるで聖書の一語みたいね・・・」



* * * * * * *



分娩室の中。へその尾を切り、さっと湯浴みをした我が子を胸元に抱かせても
らうミサト。少し涙ぐんでいる。上気した顔が輝いていた。これが母親の慈愛
に満ちた笑顔。これが我が子を想う母としての喜びの涙。

その光景を優しげに見やるシンジ。ミサトの手を握り、汗で張り付いている額
のほつれ髪を掻き上げてやる。


「ミサトさん・・・よく、がんばったね。ご苦労さま」
「ううん・・・そんなことない」
「ありがとう。元気な子、生んでくれて」


感動に打ち震えるシンジ。少し疲労しながらも充実した笑顔を見せるミサト。


「ミサトさんが言ってた通り、女の子だ。一番最初に僕に何か言ってた・・よ」
「・・・でしょ? アスカは約束守る娘だったもの・・・」
「・・・アスカで・・・いいんだね?」
「もちろん。 それ以外の名前なんて考えられないわ」
「アスカ・・・」
「そう、アスカ・・・。私とあなたの、子よ・・・」


シンジは、ミサトに抱かれた生まれたばかりのアスカを、いとおしそうに撫で
る。頭の産毛は心なしか紅い気がする。小さな手に触れると、これが生まれた
ばかりの子かと思う程、力強くシンジの指を掴む。その小さな命の輝きに、迸
る力に、アスカへの想いが重なり、シンジは胸に込み上げるものを抑えること
が出来なかった。

ミサトも、握ったシンジの左手に、優しく自分の想いを伝えるように、力を込
める。ミサトがアスカの背を軽く撫ぜ、シンジが人差指でアスカの手と握手す
る。


「ぷふうぅー・・・」


シンジの指を握ったアスカは笑ったかのような、満足気なうめき声をあげる。

生まれたばかりの赤ん坊は、心が真っ白だ。泣くけど、それは悲しいからじゃ
ない。生まれたばかりの魂が声を上げているんだ。「泣く」のじゃ無く「鳴く」
んだろう。そんな喜怒哀楽を知らない筈の小さな生命は・・・それでも微笑む
ことが出来るんだ・・・。何もない無垢な心なのに、ヒトは生まれた時から微
笑みを知っているんだ。それが「天使」の微笑み・・・。


「アスカ・・・」




僕がこの世界に留まった訳 みんながこの世界に戻ってきた訳

僕とアスカが愛し合ったこと 僕とミサトさんが一緒に居ること

僕がみんなと出会った意味 みんながこの地球に生まれた意味

僕がこの世界に願ったもの 僕が自然や季節や生命に祈ったもの



そして−−−



僕が、今、此処で生きてるということ・・・

僕が、今、此処に立っているということ・・・

すべては、今、この時のために

すべては、今、この場に立ち会うために

すべては、これからを精一杯、生き続けるために・・・・




万感の想いを込めて、シンジは呟く。輝きに溢れた、天使の笑顔に向かって。



「・・・また、逢えたね・・・。おかえり、アスカ・・・」



そして、紅き久遠の天使は、新世紀へ向かって羽ばたいて往くに違いない。




*******************<< 紅き久遠−−新世紀(了)>>**********************

(
あとがき)

 


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