第一話


ココロは痛くない

予定されていた世界

それは在るが侭でしか持続できない

「もっと勝手に生きていい」

そんな風にDNAが告げる

この世に生まれし全ての生を成す者たちが…

だから無限に対立は続く

そんな世界だってみんな生きて行かなくっちゃ

これは重い様で無責任なタマシイの為せるワザ

生物は如何ともし難く生き続ける

ボクは決してワルクナイ…たぶん


それを知ったのは「あの日」の翌日であった。

一瞬の出来事ですべてが変わってしまった。我々に残された世界は想像を絶する状況と、何とか生き残ろうとする人々の拮抗する厳しい世界であった。

 かなり大きな振動があたりを襲った。
「!!…。」 彼はとっさの出来事に慌てて何も出来ずに立ち尽くした。
まわりの建物がゆらぎ、工場の機械類が巨大で赤茶けたガムランミュージックの演奏のように金属音を立てた。
少年の父が運営する工場は空のドラム缶をシェイクしたような状況で、鉄板加工のプラットフォームも穴あけ用の旋盤ドリルが倒れ、池に浮かぶ水蓮のごとく波打っていた。

 3分間ほど揺れて、一応収まったのかあたりは静寂につつまれた。
ここ数年の不景気でそれでなくても寂れていた小規模工場地域は、完全に沈黙していたが、しばらくすると隣近所の工場から従業員たちが出てきて再び騒がしくなった。

向かいの並びのプラスチック切断工場から火がでたようすで、男の叫び声が聞こえたかと思うと非常ベルがけたたましく鳴り始めた。始めの喧騒とはまた違った喧騒があたりを被い始めた。彼は家族の無事を確認するべく工場の裏口を出て、母屋の方を覗ったが、あたりの木造住宅はすでに瓦礫と化しており何処が入り口だったかも定かでは無くなっている。あちらこちらの廃墟から火の手が上がっているようで、黒い煙が夏の強い日差しを覆い尽くすのにそう時間は掛からなかった。


 黒い煙が空を覆い尽くす街中で避難しようとする人々と、渋滞の列を抜けようとする車のクラクションの音ですでに方向感覚さえ失ったまま、様々な人々がとりあえず避難民の流れに加わっていた。

恐らく死んでいるだろう子供を抱えた狂った母親や、化粧の完成していないニューハーフの集団が口々に騒いでいる。
営業の途中で逃げ出したらしいサラリーマンとライブの出来なかったグラムのシンガーは血走った目で何かで言い争っている。 こういった状況は簡単に大量のデマを呼ぶ。……北朝鮮が核を使ったんだ! あいつらは昔から日本人を憎んでいたから…おまえも朝鮮人だろう…斜視の公務員風の男があたり構わず怒鳴り散らしている。 ……巨大隕石が落ちたらしい……いや富士山が爆発したのだ……ノストラダムスの予言だ…人々の間に好き勝手な情報が飛び交っていた。…津波が来るらしいぞ!山の方へ逃げろ…
誰かが叫んでいた。

 津波に街が沈んだのはそれから数時間後であった。 

海沿いを覆い尽くしていた人工島はすぐに水に浸かってしまい、最近開発されたニュータウンもマングローブの林のようにそこに佇んでいた。
パニックに陥った人の中には海に飛び込む者もいた。当然、いきなり水位が上がったために海水は強く渦巻いており生きて陸に上がれる確立は限りなくないに等しい。逃げ遅れた人々がその高層マンションの中に孤立し、徐々に上がってくる水位に少しずつ上の階へと追いやられていった。

旧市街地も低いところはすぐに海水に覆われた。百万ドルの夜景といわれた神戸の港はすっかりその姿を変え、阪神淡路大震災からやっと復興された街も一瞬にして過去となってしまった。その光景は上空から見るとまるで大阪湾全体が拡大したかのごとく、急速に水位は上昇して行った。


「君、一人かね?」

声をかけてきた男は、白であっただろうシャツは煤けて汚れていたがそれでも落ち着いた雰囲気が上品な印象をあたえる紳士だった。
「はい。」「君は中学生かね?」
避難民の大騒ぎの中、回りの混乱を忘れたような落ち着いた口調で彼は質問してきた。
「はい…」「ああ、すまんね。いやこんな大災害の中 君のような少年が一人で避難しているのでね、私たち大人には君たちを守る義務があるからね…
‥‥ああ申し遅れた。私は冬月といって大学で学生を教えている。
たまたま神戸港の調査でこちらに来ていてね、海の間際にいたので慌てて避難してきたんだ。
危うく津波に飲まれるところだったよ。命からがらとはこのことだね……
‥‥‥ところでまだ君の名前を聞いてなかったね?」

「僕は…僕は加持。加持リョウジです」


 彼等は六甲の山腹に避難していた。辺りにはすでに闇が迫っていて、人いきればかりが耳に届く。

みんなどうすれば良いか分からないのだ――情報は極めて少ない。市街地がすべてやられたので電話回線を利用したモバイルツールは一切使えなかった。先刻やっとポータブルテレビを持っている人が見つかって何とか情勢を理解した。
東京、大阪は壊滅。
被害は世界各地に及んでおり南半球ではすでに消えてしまった島や街があるようだった。
特にオーストラリアの被害が大きく、沿岸部の大都会がすべて水に沈んでいた …そして南極大陸は完全に姿を消していた。――――まさかユイくんは!?―――思わず声にした冬月に少年は振り返っていた。 冬月は思っていた―――これはヤツの陰謀に違いない…… 加持は怪訝な顔をして冬月のほうを見ていた。

「ああ、すまんな心配かけて… 南極に私の知り合いが行っていたのでね。ちょっとびっくりしたのさ。だけどこんな状況だからね、世界中がいろんな出来事に見舞われているだろうから… みんな自分の心配で精一杯さ。」冬月はそう言って苦笑していた。 「……そんな事ないです。 実際こうやって見ず知らずの僕を連れていってくれているのですから……。」


 

 朝はいつもにも増して爽やかであった。工場が停止して、交通機間が完全にマヒしているために世界中の空気はここ数百年ぶりの清浄な状態だ。六甲の山頂の牧場付近には、大震災の反省もあってか神戸市により大量に供給されたテントを使用して避難民たちによるキャンプが出来あがっていた。

「なぜ君は一人で避難していたんだい?」
目覚めてから一言目に冬月は聞いた。
「………行きたくなかったんです。…もう一週間、学校を休んでいたし。…」
言葉少なに加持は語った。 
「そうかい。まあ色々あるけれども、それも生きるための勉強の内だよ。
…ましてやこうなってしまってはオチオチ勉強も出来ないだろうが… ご家族はどうしたね?」
「……地震の時、父さんの工場にいたから…工場の裏にある家を見に行ったんだけど……辺りはメチャクチャに壊れていて、何処が家かも分からなくなっていた……多分、母さんは……父さんも家に戻るって言ってたから………なんで…なんでこんな事にっ!?」―――これを許すわけには行かない……間違い無く彼らが係わっているだろう……ユイ君……六分儀ゲンドウ……一体彼等は何を!?―――――「加持君。…私は真実を知っているかもしれない…」「えっ!?」


 

 二人はゲヒルンのペルー支部にいた。
床にはナスカの地上絵が大きく描かれており、人類の歴史と進化のエネルギーを表現していた。
先程までキール議長らゼーレの幹部たちと会談していた巨大な部屋には、二人のシルエットだけが永遠の太陽に照らされ残っていた。

「これで良かったのかしら……」

ユイは混乱していた。
「良くは無いかもしれないが……仕方の無い事だよ、ユイ。」
「でも、私たちには止める事も出来たはず!」
少し緊張した口調でユイが言った。 
「もちろん、止めようとはしたさ、君も私も。その為に南極まで行ったんじゃないか……でも葛城博士は聞かなかった。 彼は自身の理論を証明する事にのみ必死だったのだよ、結局我々はあの場所から逃げ出すしか道は無かった………結果は、君の予測した通りのモノだった。…君のATフィールド理論は証明されたのだ。」

ゲンドウは自らに言い聞かせるように続けた。

――「でも、そのために世界中は……」
「君に罪はないさ。」――――――ゲンドウは思っていた。――― 罪は反省しようとしない人間の存在そのものにあるのだ!―――――――「…ユイは悪くないさ……君を責めようとする者はこの私が許さない…」

「……六分儀くん…」 ゲンドウの胸に抱かれるユイの頬に一筋の涙が光っていた。高地にあるペルーゲヒルンを吹き抜けるインカの風は二人には冷たかった。

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あとがき

待望のEVA小説をやっとアップしました。いまのところレイもアスカも出て来てませんが、それは後のお楽しみと言うことで……「セカンドインパクト」の衝撃から混乱した世紀末からのEVA世界を描き出します。全体の設定は基本的に本編に沿ったものとして理解して下さい(恐らくオカシイところもあるかとは思いますが…)。内容はまだまだ未熟ですが、一応の路線はお分かりいただけたかと思います。なるべく毎月続編を書いて行くつもりですので今後とも応援をヨロシク。

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