第二話


眠る事さえムズカシイ

笑うともっと

「悲しい」あなたが見えてくる

優しい「ワタシ」が信じられない

それはまるで他人のよう…

急いで見渡す橋の上には

辿り着けない子供たちの姿

「なぜ信じられないの?」

それはきっと子供の頃の自分の姿

「なぜ信じなかったの?」

それは最も「夢」と遠いところにあったから

だけど時間はずっと流れてる

小さなアミノ酸が大きな空を思った日から

その日れてる

側に


眠る事さえムズカシイ


 試験管の中にはディスプレイの青白い光に発光する濁った液体が揺れている。

――― 今度はうまくいったわ 
――――電子顕微鏡のモニターを覗きながらユイは一人で呟いた。
今まで何回やってもちゃんと融合しなかったのがウソのように一つになっている。
―――― 私のDNAデータの混合比は99.89%で良かったのね。信じられない比率だわ……殆どが人間のものなのに…ATフィールドの計測数値は遥かにアダムに近い……これは神の領域と言えるわね ―――葛城博士の推論は正しかったのね ……… だけど、技術は使い方次第でその価値は変わるものだわ ――――――――

「ふぅ…」

―――少し疲れたかもしれない。

「ユイ、少しは休んだらどうだ……」

「でも今、いいところなのよ」

「しかし、君はもうまる三日間眠っていないのじゃないか?」――――――――

ユイの眼の下にはくっきりと隅が出ていた。
「これが終わったらまた二人で山歩きにでも出かけよう。」
「そういえば…二人で出かけるのは京都以来になるわねえ…」
――― セカンドインパクト以来、ユイは憑かれたように研究に没頭していた。―――― やり過ぎだ、限度というものがある。―――― ゲンドウはユイが何処かに行ってしまいそうなな感覚を覚えていた―――それくらい彼女の影が薄かったのである。

「あなた、やったわ! 遂に分裂をはじめたわ。」

「おお!すばらしいじゃないか ユイ!」

「これは、只のクローンではない、人類の新しい可能性よ。99.89%は私のものだけど……後の0.11%は間違い無くアダムの遺伝子。たった0.11%なのに信じられないほどATフィールドは高い値を示しているわ。」

――― 水槽の中、橙色の液体はそれを照らす照明に、少しだけ濁って見えた。

 「ユイ、よくやったな・・・これで君も落ち着いて休んでくれるな。」
「あなた・・・・」「!! ――― ユイ!」一瞬だけ微笑んだユイはゲンドウの方に踏み出そうとして、そのまま水槽の前に倒れこんでしまった。――――――――

 碇ユイは身ごもっていた。


 

 世界は常に犠牲者を求めていた。――――――――

 セカンドインパクト以降 復旧に掛かる巨大なコストの分担をめぐって、世界は陰惨な争いの時代を迎えていた。

急激な海面上昇により壊滅的な被害を受けたオセアニア、アフリカ大陸南部、南アメリカの南半球各国はその救済処置と原因解明を国連に求めた。しかし、米国、ヨーロッパ、中国、ロシアなどの常任理事国は自国の復旧に手一杯の状態で、尚且つ原因解明にも積極的とは言い難く、日本も含めた先進各国は本格的な救済処置に難色を示した。

 対するインドは対立していたにも係わらずパキスタンとともに周辺諸国に呼びかけ、閉鎖的な経済体制を取ろうとする先進各国の影響力に危機感を覚えた東南アジア、中近東の各国と南半球諸国は新たな経済安全保障同盟を発足。真っ向から先進諸国と対峙する形となった。慌てた先進諸国側は当然のごとく経済制裁を発動、貧困は世界の各地で戦火を呼ぶ事になった。

これにより海面上昇と大地震によりさらに狭くなっていた東京にも火の手が及び、同盟側の核を使った地域テロにより東京はほぼ壊滅―――40万人の死者を数える悲惨な結果を迎えた。この事態に慌てた日本政府は以前より計画していた“遷都”を実行。すでに主要な首都機能の移っていた長野県松本市を、「第二新東京市」と名付け、再出発を図った。――――――――しかし、世界は既にその人口の半数を失っていた。


――――― 松代にて

 広い窓からは欝蒼と繁るメタセコイアの枝葉を通して、日差しが涼しく部屋に届いていた。――――― 病院は静かであった。明治に創建された建築は時代を超えて息づいていた。微かな薬品臭と清潔なベッド。古いヒノキの床はピカピカに磨きこまれ廃墟を寄せ付けない。

「もうじきだなユイ。」―――― 臨月を迎えて入院したユイにゲンドウは付き添っていた。

「あなた、今日はEの様子は?」――――ユイは窓の外を見ている――――

「今週から惣硫博士に来てもらっている……彼女にまかせておけば大丈夫だろう。EVAは少し手間取っているが……レイは順調だ。」―――― 少し眉間に皺を寄せて呟くようにゲンドウが答えた。

「そう… レイが…… よかった。」

ゆっくりと振り返ったユイは満面の笑みを湛えていた。木漏れ日に照らされた彼女の表情は天使のごとき美しさであった。思わずゲンドウは息を呑んでいた。

「昨日 冬月先生にアレを見てもらったよ……」――― しばらくの沈黙を破るようにゲンドウが告げた。

「…そう………それで良かったの?」

「ああ、…私達には味方が必要だ。それに彼は期待した通りの人物だ。」

「いい先生です……この子達にも未来が必要だわ、それを託す事の出来る人…」――――――ユイは自分の腹をいとおしむ様に撫で、呟いた。

「しかし、それでも危険である事は違いない。老人たちの思惑を邪魔するものだからな… 」

――――「自らの快楽、永遠の命のみを求める孤独な老人達に未来を任せるわけには行かないわ。未来は子供たちの為にあるの…… そのためならば私達に与えられる痛みなど問題外だわ。」―――― そう告げるユイの表情は厳しくは無くむしろ慈悲の優しささえ感じられた。

 窓辺の木々が風に煽られ、一瞬、強い日差しが部屋に届いた。


 そこは丘陵になっていて、山に囲まれた場所に新しい建築物が未来都市のごとく配置されていた。―――――――

セカンドインパクトから4年、やっと人々は復興の兆しを感じていた。

 神戸市は海面上昇を考慮した新都心を六甲の裏手に整備していた。――――――――因みに、セカンドインパクト前に人気のあったプロ野球のオリックスブルーウェーブの本拠地である、グリーンスタジアムもこの一角にある。―――――

 加持は冬月の紹介を得て、そこにある施設に入っていた。高校生になった彼の身長は急激に伸び、今では180cmを越していた。続けていた格闘技も全国大会で優勝を争うほどの実力をつけて尚且つ、学業成績も極めて優秀で他の少年達が羨むほどの学生となっていた。

 

 青空は何処までも高く、眩しい日差しが校庭の砂を白く照らす。セミの声は相変わらず響いていた。

―――――「終わらない夏か……」

加持は空を見上げて誰に言うともなく呟いた。

そして視線の向こうにに立塞がるバーを睨むと、強いキックでスタートダッシュを切った。そして2メートルを越すであろうバーを背面飛びで悠々飛び越していた。

―――― セミの声が一瞬止んだように感じた。――――――

「キャー! 加持さ〜ん」

周りで見ていた女子高生達の黄色い歓声が飛ぶ。しかし、加持の視線はそこにはなく、少女たちの頭上を超えグラウンドの蜃気楼に揺れる人影を見つめていた。

 スッキリした顔で更衣室のドアを開けて出てきた加持は、青いナイキのトレーニングウェアにタオルを肩から掛けていた。

「冬月さん、お久しぶりですね。」

笑顔になると加持の端正な顔立ちもまだ少年のままであった。――――

「ああ、久しぶりだね。」―――冬月は幾分年をとった印象で、少し疲れているようだ。

「今年は卒業だね。早いものだ……あれからもう4年経つ…」加持は無言で聞いていた。

「時に、君は進学はどうするつもりかね?」――――――――――――

「いえ、お世話になってばかりですから… 僕は就職して少しでも世の中の為になりたいと思っています。」――――――

「うーん、残念ながらそれは安易な結論だ。君は成績も良いし体力だって人一倍だ。その力をもっと大きな事に役立てようとは思わんかね?」

「・・・・・・・・でも・・・」 

「第二東京大学へ進まんかね。奨学金も出るし、君の成績なら何の問題も無かろう ・・・・・ それに君には頼みたい事が有るんだ。―――― 第二東京大学には、あの葛城博士の一人娘も進学する。」

「!!」

「葛城調査隊、ただひとりの生き残りだよ ―――――― 君に彼女を守って欲しい。」

「でも、どうして・・・・・ 絶対に許さないって!?」―――― 4年間も姿を見せないで学費と生活費だけを送って来ていたのに…… いきなり姿を見せたたと思ったら…… 葛城なんてあの事件の張本人じゃないか!―――――加持は唇を噛締め下を向いていた。

「僕は冬月さんには本当に感謝しています。でもこれはあんまりじゃないですか! あの葛城の娘を守れだなんて…… 真実を解明するって言ってたじゃないですか!」

「いや、だからこそ君に頼んでいるんだ。調査隊の生き残りとは言っても彼女はむしろ被害者だよ。 それに、どんな組織の輩が彼女の命を狙わんとは限らん。それに ――― 彼女は美人だ。私が保証するよ。」―――― 

冬月は余裕さえ感じさせる笑顔で言った。

「私は今、ゲヒルンに在籍している。」

つづく


あとがき

思ったよりも早く第二話をアップすることが出来ました。まだまだ甘い展開のさせ方に自ら反省するばかりです。表現方法についてもとても誉められたものではありませんが… これに懲りずにまた次回も読んで下さいネ (^_^;)

1998年6月18日 Nam-Nam

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